第三十三話:peace and path
メルヘルは黙って俺の述懐を聞いてくれていた。
湯原のこと、木田のこと、俺のこと、クマッチョのこと。
「メルヘルが気付かせてくれたことなんだよ」
大切なのは誠意。たとえ間違ってしまっても、きっと誠意があれば、相手を思う気持ちが伝われば許してもらえる。俺はそう信じている。
「お役に立てて何よりです」
本当に嬉しそうに、メルヘルが鼻を鳴らす。俺を導いてくれる優しい馬。時には言葉を尽くし、時にはこんな愛らしい所作で癒してくれる。
俺は心がリラックスしていくのを感じていた。
「ところで…コーヨーは誰が好きなんですか?」
「はい?」
メルヘルが表情を変えずに言うものだから、俺はからかわれているのだと気付くのに時間がかかった。
「好きとかそういうんじゃなくてだな…」
「でも、そこまで出来るのは相手を憎からず思っているからでしょう?」
そして、相手は女の子。俺も年頃の男の子。下世話だと一笑に付すのは簡単だが、俺は少し考えを巡らせていた。
子供のように可愛らしい湯原。でも時折見せる大人びた表情にドキッとさせられる。
自分の妹のように気の置けないメイメイ。時に優しく、時に厳しく俺に忠告をくれる。
不器用で優しい木田。俺と同じような悩みを抱えていたが、やっと少し打ち解けた気がする。
三人の中で一番俺が特別に感じているのは誰だろう。付き合えるとしたら誰がいいのだろう。
「コーヨーにはまだ早いですかね?」
メルヘルのからかうような口調。少しムッとなる。
「第一向こうがどう思ってるかも分からないのに、付き合うもクソもないよ」
「私が聞いているのは、あなたが誰を好きなのかです」
急に真面目な顔を作るメルヘルに、俺は言葉に詰まった。何なんだ一体。
「…わからないよ。皆好きだし、皆一緒にいたい」
俺の本心。メルヘルは少し相好を崩して、溜息を吐いた。
「それでは友達です…やっぱり少し早いですか」
「さっきから早いとか、遅いとか、何の話なんだ」
「いえね…私を早く安心させて欲しいって話なんですよ」
そう言って微笑むメルヘルを見て思った。
本当に母親のような馬だ…と。
森からの帰り道、駅から家への最短ルートとなる大通りに抜けた。
前を歩く背中は少しくたびれた、それでも中々良いものであるとわかるスーツ。
大学時代には水泳をしていたと言うだけあって、体つきはしっかりしている。
だけど頭にはちらほら白いもの。
「父さん」
俺はその背中に声をかけた。
「コーヨーか…また例の馬のところに行っていたのか?」
父さんは笑ったが、疲労の色はどうしようもなく滲んでいた。
「うん……父さん休み取れたんだ?」
「ああ。やっと都合がついてな」
二、三日は家でゆっくり出来そうだと力なく笑う。
明日からは父さんがいる。どこかに連れて行ってもらおうか。
久しぶりに釣りに行こうか。母さんの墓参りにも行かなくちゃ。
俺は父さんに追いつくと、隣をゆっくり歩き出した。