第三十二話:少し哲学的なこと
木田を駅まで送っていく道すがら、俺は今回の浅慮について改めて謝った。
「日野君は何も悪くないよ」
木田の返答はそれだった。
「でも、ややこしくしたのは俺だ」
「……私さ、こういうのも必要なんじゃないかって思うんだ」
少し日が陰ってきた。木田は思案顔で夕暮れの空に視線を上げた。
「本当に仲良くなるためには…」
各々の家に帰る途中なのか、数人の小学生たちが自転車を漕いですれ違っていく。彼等も時には喧嘩して、時にはすれ違って、お互いの仲を縮めていくのだろうか。そんなことを思った。
「誰にでも踏み込んで欲しくない領域はあって、でも本当は誰かに聞いて欲しくて…」
木田は一言一句言葉を選んでいるようだ。俺は黙って前を向いていた。
「そんな時、自分と同じような境遇の人間に出くわしたら…」
不意に喋ってしまう。木田が言っているのは湯原の家庭環境のことだ。
「そうかもね」
「…私が子供なんだよ。全部話して欲しいって自分勝手に思う…子供」
誰かの家に着いたのか、背後で先ほどの小学生の一団が、バイバイと無駄に大声を張り上げている。
「クマッチョはさ…いじめられていることを黙っていたんだ」
俺が勝手に付け回して分かったことだったんだ。あの時俺は…。
「そうなの?」
「水臭いって思った。どうして話してくれなかったんだって聞いた」
「……」
「今までも困ったことがあったら、俺はアイツの力になってきたって自負してた」
でも違った。俺が力になりたいと思うのと同じように、もしかしたらそれ以上に彼は俺のことを考えていてくれた。俺を陰ながら支えていてくれた。
「アイツはアイツなりに、俺のことを思って黙っていたんだ。そんなことも分からないで俺はアイツの友達のつもりだったんだ」
木田が俯く。きっと湯原のことを考えているんだと思った。
「湯原も…お前を疎外しようと思って黙っていたんじゃないんだ。きっとお前に余計な気を遣わせたくないから黙っていたんだ」
コクンと頷く木田のポニーテールが揺れた。
「話して欲しい。相手のことをよく知りたい。そう思うのは…当然のことだと思う。だけど喋らないのは、きっと相手にも考えがあってのことなんだよ」
その気持ちを汲まなければいけない。それは自分への思いやりなんだから。
「じゃあ…話してくれるまで待つのが正しいの?」
それも違う。少なくとも俺はクマッチョの一件に関して何ら後悔していない。
「わからない。対人関係に絶対的な正解なんてないんだと思う。俺はクマッチョが話さないことを無理矢理に知った。でも正しかったと信じている」
「…難しいんだね」
「ああ。一歩間違えば取り返しのつかないことになってたかもしれない」
針の穴を通す。そんな言葉が俺の脳裏に浮かんだ。
知らなきゃいけないこと。知ってはいけないこと。紙一重なこと。
きっと正解や間違いを繰り返して、少しづつ上手くなっていくんだ。
そっと微笑む木田を見ながら、そんな風に思った。