第三話:余韻つぎたして
森の入り口に戻ると、少し遠目に木田らしきポニーテールが見えた。
「日野君!」
やっぱりそうだ。よく見ると木田に隠れるように湯原もいる。
「待っててくれたんだ?」
「…うん。心配になって」
木田が駆け寄り、遅れて湯原も俺のほうに歩いてくる。存外良いヤツラなのかもしれない。
「何ともなかった?」
木田が俺の全身を隈なく見回しながら聞いた。湯原はそっぽを向いているが、時折気遣わしげな視線を俺に向け、目が合うと逸らすという動作を繰り返している。
「……ああ、何とも」
打ち付けて汚れた右手を何となく後ろに隠した。帰ろう、と湯原が呟いた。
二人は帰路で、イカサマを使ったことを謝りながらも森の様子に興味深々と言った様子だった。森に何もいなかったか、変わったことはなかったかなどしつこく聞いてきた。
俺はそれらに全て適当に答えた。誰にも言わないとユニコーンと約束したからだ。
今日はいろんなことがあった。
クマッチョの家が外食をするというから、家族の団欒を邪魔するのも悪いと思って別々に帰った。幼馴染といえど踏み込んではいけない領域もあるのだ。
忘れ物をした。珍しいことだった。あまり話したこともない女子二人にポーカーをやろうと誘われた。罰ゲームで幽霊森に入っていくことになってしまった。
…ユニコーンと出会った。
絵本の中でしか見たことのない、角の生えた白い馬。本当にいるだなんて思ったこともなかった。外国の人が考えた空想上の生き物。でも日本にいた。しかも俺の家から三十分と離れていない森の奥に。きっと日本、いや世界中でもあそこにユニコーンがいることを知っているのは俺だけだ。
そんなことを考えていると、俺はベッドの中でもんどりうって眠れなくなった。
クマッチョにも、メイメイにも教えちゃダメなんだ。約束なんだ。二人に秘密を作るなんてあっただろうか。背徳よりも高揚が大きい。ドキドキする。
「ユニコーンか…また会いに行ってもいいかな?」
俺の呟きは、見慣れた部屋の天井に吸い込まれるだけだった。
夢を見た。
見ている途中で夢だと分かった。明晰夢というやつだ。
父さんと母さんが、俺に優しい笑顔を向けている。俺の目の前にはケーキがある。
確かこれは俺の十歳の誕生日だ。つまりこのときに既に母さんは癌を患っている。何とか伝える方法はないのか。何とか助かる方法はないのか。
母さんが何事か俺に囁いた。この後俺はどうしたんだっけ。ケーキに刺さった蝋燭の火が消えた。そうだ、吹き消したんだった。
母さんがいない。
蝋燭を消した途端、母さんがいなくなった。どこに行ったんだ。俺を置いて行かないで。
ふと、後ろを向くと父さんがいた。寂しそうに笑っている。母さんが死んだとき泣きじゃくる俺に向けた笑顔そっくりだと思った。
その隣にユニコーンがいた。優しく笑っている。なんで……
目が覚めると、俺は泣いていた。涙が頬を伝い枕をじっとりと濡らしている。
しばらくそうしていて、ユニコーンを悪いモノじゃないと思った理由がなんとなくわかった気がした。
「…母さんに似てる」