第二十九話:愛おしく思えたら
朝飯を食べながら、朝のニュースをテレビで観ている。
今日から早速ゴールデンウィークの休暇を取ったキャスターもいるようで、いつも観るのとは少し顔ぶれが違う。そうか、ゴールデンウィークなんだなと他人事のように思った。
木田と湯原が、仲直りといっては語弊があるが、上手くいくかどうかで俺の頭は一杯だ。
もしも失敗してしまえば、恐らく修復不可能なまでに両者は溝を作ってしまうだろう。
そしてその責任は俺にある。
最悪二人の人生を変えてしまうかもしれない。
番組の最後、いつもはさほど気にしない星座占いは、七位としっくりこなかった。
10時五分前に待ち合わせ場所に着いた。
駅前にある、天使の彫像が甕をひっくりかえしている噴水の前。湯原は既にそこにいた。
白いワンピースの上にジーンズ素材のジャケット、ベージュのスカートにはフリルの意匠が見える。
「ごめん、待った?」
陳腐な台詞が俺の口から出た。
「遅い…三十分前には来てないと」
湯原の腕にはピンクのベルトの可愛らしい腕時計。それを俺の顔の前まで持ってきて怒る。
「三十分は言いすぎだろ」
五分前行動が社会人の基本らしい。つまりはそれで相手には失礼に当たらないということ。
「まあいいや。どこに連れてってくれるの?」
「そうだね…ベタだけど映画かな」
俺にとっては午前中のデートは本当におまけみたいなもの。昨日清水の舞台から飛び降りるような心持で電話したところ、木田の都合が夕方からなら空いているらしかった。
「おう、いいね。私観たい映画があったんだ」
喜んでくれて何よりだ。ちなみにその後は湯原の買い物に付き合うことになった。
湯原の観たい映画は、俺のあまり得意としない感動モノだった。
捨てられた犬が飼い主を探して、最後には飼い主が改心して再び飼うというストーリー。
湯原が隣で「よかった、よかった」と泣くものだから、俺も神妙な顔を作って頷いていた。
暗い映画館の中、スクリーンの光に湯原の涙が照らされる。
「よかったね、チョコ」
まだ言っている。チョコというのがその犬の名前らしかった。
「チョコって、日本で一番多い名前らしいね。犬の名前では」
上映が終わって、照明が戻ってきた館内を見渡しながら、何の気なしに呟いた。
「むう。何だよ?その気の抜けた感想は」
「ごめんごめん。でも俺…こういうのあんま感情移入出来なくてさ」
「私感動したんだよ?」
わかってるよと返すと、湯原は小さく首を横に振った。
「そうじゃなくて…コーヨーが柏木たちと喧嘩したの」
「……」
「コーヨー頑張ったよ」
湯原が優しく笑いかけてくる。むず痒いような、照れくさいような気持ちになって、ぶっきらぼうに、そうかよとだけ返した。
俺はいつの間にか、デートを楽しんでいる自分に気付いていた。
幼いくせに時々見せる大人びた笑顔。
本当に告白していたらどうなっていたんだろうと、ふと湧いた疑問を慌てて振り払った。