第二十八話:光明と誠意
「困ったときのユニコーン頼み…」
自分で言ってみて、反吐が出そうになった。
自分の失態を自分で拭うことも出来ない俺が、精一杯余裕を生もうと思ったが逆効果。
懐中電灯の光を頼りに暗い森を進む俺は、どうしようもなく愚かで醜い生き物に思えた。
いっそ暗がりから狼でも出てきて、食い散らかしてはくれないかと本気で思った。
ぼんやりと光る白が俺の目に飛び込んでくる。
メルヘルが迎え出てくれたのだろう。
救いの光だ、と思ってまた自己嫌悪した。
「素直に謝るしかないですね」
メルヘルの口調がいつもより厳しく感じたのは、俺の心が優しい言葉を願っていたせいだと十分に自覚していた。この期に及んでまだ甘えを捨てていない自分が情けなくて仕方なかった。
メルヘルには、友達を傷つけてしまったときはどうすばいいだろう、と曖昧に尋ねただけだった。体面も気にしているのだ。
「誠心誠意謝る…それで許しを請う」
当たり前の真理。メルヘルを直視できずに、干草の上に目を落とす。
「やっぱそうだよな…でも許してもらえるかな?」
今更になって罪の重さを実感していた。木田も湯原も何も悪くない。なのに俺のせいで彼女達の友情に亀裂を生むかもしれない事態になっている。俺の配慮が欠けた発言のせいで。
「許してもらうために謝るんじゃないんです。その人を失いたくないから謝るんです」
メルヘルの言葉には熱がこもっている。
「そうだったね」
俺は本当に馬鹿だ。こんなに言葉を尽くしてもらわなきゃ気付かないなんて。
その人をこれからも大事にしていくっていう約束。
同じことだ。大事なのは心。
「貴方ならもう出来るはずです。クマッチョは何て言ってましたか?」
「ありがとう」
顔を上げると、メルヘルの優しい笑顔が飛び込んできた。
湯原の家に行くのは、二度目だ。
湯原の家はまだ新しく、鉄筋コンクリートで出来た丈夫そうな印象だった。
「湯原」と書かれた表札も傷一つない。上を見上げると、一つの窓が照明に照らされている。
黒い窓枠、白地のカーテン。以前来たときに「私の部屋」と湯原が指差した場所だ。
呼び鈴を押すと、家の中で誰かが動くドタドタという足音が聞こえる。
しばらくするとガチャっという鍵を開ける音がして、玄関のドアが開いた。
「コーヨー!どうしたの?」
中から部屋着らしきジャージにTシャツの湯原。俺の姿を見て、目を丸くしている。
「…実は話があって」
これから話すことを思うと、声が小さくなる。怒鳴られても、絶交されても文句は言えない。
湯原は眉根を寄せると、小さく後ろを振り返った。
「こないだの公園行こうか?」
夜の十時を過ぎた湯原一人の家に上がりこむのは気が引ける。俺も首肯した。
「それで?」
湯原はどこか落ち着かない様子だ。ブランコの上でバタバタと子供のように足を前後に動かしている。
「実はさ…俺お前の家族のこと、木田に喋っちゃった」
「え?」
「木田は知ってるものだと思ってて…」
今のところ、湯原の顔からは驚き以外の感情は読み取れない。これから事態を把握してくると、それが怒りに変わるんじゃないかと、歯医者の待ち時間のように不安で一杯だった。
「ごめん…本当にごめんなさい」
俺は頭を目一杯下げた。街灯の届かない土は真っ黒だった。
「何だ〜。そんなことか」
湯原の呑気な声に、弾かれたように顔を上げる。
「いや…だって」
「謹慎中なのに、わざわざ訪ねてくるからさあ…告白でもされるんじゃないかと思ったよ」
しかもこんな時間でしょ、と長いポールの先についた公園の時計を指差す。
「告白って…」
俺は開いた口が塞がらない。どうやったらそんな発想が出てくるのか。
「奈美はさ…別に気にしてはいないと思うよ?」
「なんでそんなこと…」
「だって私と奈美は友達だもん。そんなことで怒ったりはしないよ」
湯原がにぱっと笑う。疑うことを知らない幼児のような笑顔。
俺はここにきてようやく理解した。二人の意識は決定的に違う。木田の疑心を湯原は少しも理解してはいないのだと。本当に話し合うべきは、俺と湯原じゃなくて、湯原と木田なのだと。
「湯原…明日空いてるか?」
「何?デート?」
このままでは、彼女が一番傷つくことになる。友だと信じていた木田が離れていく。
無邪気に小首を傾げて俺を見つめるこの少女が、悲しむ姿を俺は見たくない。
ぎゅっと拳を握ると、そうだよと湯原に笑いかけた。