第二十七話:不実
木田奈美は、外見はメイメイよりも幼く見える。
パッチリとした二重の目と、小さな唇が可愛らしい女の子。
控えめな性格の裏に、自分をよく見せたいという願望や、友人にすら素直に心を開けない不器用さを内包している。全体的にはそんな印象を俺は抱いていた。
そんな木田が俺の家を訪ねてきたのは、謹慎二日目の夕方五時頃だった。
二日間の授業で配られたプリントや、ノートのコピーを俺に手渡しに来たのだそうだ。
それらの束をぱらぱらと捲ると、女の子らしい丸い文字が踊った。
「ありがとう」
木田がコクンと頷いた。俺も二の句が継げない。妙な沈黙。
木田はそれだけの用で来たわけではないようだ。プリントやノートはただの口実。そもそもそんな用だけならクマッチョがやるだろう。
「日野君…ちょっと話せないかな?」
こっちは暇を持て余している。断る理由は特に思い浮かばなかった。
「今日は湯原はいないのか?」
何かするわけでもないのに、女の子を家に上げるのは少し気恥ずかしくて、俺は木田に声をかけた。
「…他のクラスの子とカラオケだって」
別にあの子と私はいつも一緒ってわけじゃないよ、と苦笑する。
寂しいのか?だから俺のところに来たのか?
口にする勇気はまだなかった。
「日野君のお家、お母さんとかは?」
木田が玄関のたたきにぽつんと一足だけ置かれた俺のスニーカーを見遣りながら、遠慮がちに言った。どうやら湯原のお喋りも時と場合を弁えるらしい。
「…五年前に亡くなったよ」
「え?」
木田が泡を食ったような顔で固まる。
「ちなみに父さんも仕事で家を空けることが多い…つまり今は俺しかいない」
なるだけ淡々と感情を込めずに言った。気を遣わせるのも忍びない。
「そう…なんだ」
「湯原んちと一緒だな。アイツの母さんは死んじゃいないらしいが」
謝られる前に、よく意味も考えずに適当に言葉を次いだ。
それがいけなかった。
「え?そうなの?」
木田は今日一番の驚いた顔を見せた。しまったと思ったが、もう遅かった。
「へえ、知らなかったなあ。早紀話してくれないんだもん」
曇った表情のまま無理に笑うものだから、木田の顔はあちこち引き攣っていた。
木田は結局十分と経たず、帰っていった。
きっとあんなことを俺が口走らなければ、もっと色んなことを話そうと思っていたんだろうなと一人残された居間で、他人事のように考えていた。
失言だった。
冗談のように軽々しく話すことでもなかったし、木田には話していない可能性も考慮すべきだった。湯原が俺に話してくれたのは、俺が同じような境遇だったからだ。
結果として木田を傷つけた。湯原にも彼女の与り知らないところで、その一端を担わせてしまった。
最低の行為だ。木田の引き攣った顔を思い浮かべて、湯原のあどけない笑顔を思い出して、
俺は自分で自分の膝を思いっきり殴りつけた。