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第二十四話:ハニー

喧嘩の最中は脳内麻薬のせいか、痛みなど気にならなかったが、今更になって全身が痛み出した。

「イテテ…もうちょっと優しくしてくれよ」

メイメイが俺の背中の傷に赤チンだか、傷薬だか、よくわからない液体を塗っていく。

ひんやりとした液体と、メイメイの指の感触が傷をなぞる。その度にヒリヒリと痛む。

「もう…しょうがないでしょ?」

メイメイが不貞腐れたような声を出す。

「大体こんなになるまで、喧嘩するなんて…」

不平不満たらたら。メイメイは喧嘩など、暴力が嫌いなタイプだ。格闘技の試合などをテレビで観ていると、チャンネルを変えられることもしょっちゅうだった。事情が事情だからこれくらいで済んでいるが、つまらない理由だったら軽蔑されていたかもしれない。

「頭に来たんだよ…今はちょっとやりすぎたかなって思ってる」

「全く…これっきりにしてよ?」

「それは約束出来ないかな…」

「何でよ!?」

メイメイが身を乗り出して、俺の顔に自分の顔を近づけた。怒り心頭といった顔。

「例えば…お前が同じ目に遭ってたら、多分また同じコトをすると思う」

メイメイの怒り顔が一転、真っ赤になった顔を慌てて引っ込めた。

「馬鹿!!」

パシっと背中を平手で叩かれて、俺の口から呻き声が漏れた。


「男の子っていつのまにか逞しくなってるんだね」

手当てを終えてメイメイが焦点の合わない目で窓の外を見つめながら言った。

俺の体つきのことか、喧嘩をする精神性のことかは判断がつかなかった。

「うちのお兄ちゃんなんか、ぷよぷよだからね」

ふふふ、と笑うが、俺はそれが照れ隠しなんだとわかった。どうやら体の方らしい。

「クマッチョは食べ過ぎだ」

今も階下で遅めの夕食を食べていることだろう。俺の分のおかずを残しているだろうかと不意に心配になった。

「お兄ちゃんがお腹すいた、って言うとすぐにお母さんが何か作っちゃうんだよね」

今度はメイメイは苦笑い。

「過保護かな?」

「いや……母親ってのはそんなもんだろ」

俺は言いながら、母さんが生きていた頃、同じように俺によくホットケーキを焼いてくれたのを思い出していた。バターを天辺に乗っけて、ハチミツを垂らしたそれを俺はとても好きだった。

「ところでさ…今思い出したんだけど、お前が言ってたアレ…本当だったんだな」

「アレ?」

「俺たち三人の中では、クマッチョが一番お兄ちゃんで、次にメイメイ、俺が一番末っ子ってやつ」

まだ小学生のとき、メイメイが俺たち三人を兄妹に見做して、そう序列付けた。

今思い出した、なんてのは嘘で、その言葉は何故か印象的でいつも頭の片隅にあった。

「そんなことも言ったね」

「言われたときは不満だったけど、今ならわかる気がするよ」

クマッチョは俺が思っているよりも、もっと色んなことを深く考えている。

メイメイもそうだ。俺よりももっと色んなことに気付く。

いつまでも亡くなった人を思い出して泣きじゃくる、母さんを求めて泣いている俺は、本当のガキだ。今はそう思えた。

「思いつきで言っただけなんだけどね…でもコーヨーがそう思えるだけコーヨーも前に進んでるんだよ」

メイメイの笑顔が、いつもよりも大人びて見える。

「メイメイ…ホットケーキ焼けるか?」

久しぶりに三人で食べようと思った。メイメイとクマッチョと。

「さっきからコーヨー唐突…焼けるけど…」

「じゃあ焼いてくれないか?」

いいけど、と呟くメイメイに俺は小さく笑いかけた。

いつの間にか女の子は可愛らしくなるものだな、と思った。



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