第二十二話:君の強さ
徐々に人気のない方向に向かっていく。
この先には体育館くらいしかない。雑草の茂り放題になった校庭の隅を足音を立てないように、慎重に歩きながらクマッチョの後を十メートル以上離れてついていく。
体育館まで着くと、クマッチョはそれに沿って歩き出す。裏側に向かっているようだ。
体育館裏とはまたベタだな、と思いながら少し年季の入った体育館を見遣った。バスケット部だろうか、キュキュと靴が体育館の床を擦る音が聞こえる。
クマッチョはどことなく重い足取りで、体育館の壁をなおも並行する。
クマッチョの体が体育館裏に曲がって消えると、俺はピタリと壁に張り付いて顔だけを角の向こうに突き出した。
クマッチョの丸い背中が見えた。
次いでその奥にヘラヘラと笑う三人の男子が見える。知った顔が二つある。
うちのクラスの笹川、柏木の顔だ。嫌な顔だ。
俺は耳を澄ませて、会話を聞くことに専念した。
「持ってきてくれた?」
笹川の声だ。独特の高い声。嫌な声だ。
「…もうないよ。僕のお小遣いは…」
クマッチョの完全に気後れしたような、震えた声。
「ないじゃ困るんだよねえ。俺たち今月ピンチだからさあ」
柏木の声。
「で、でも」
クマッチョの震える声は言い切る前に止まった。
三人の視線の先を追って振り返り、俺の姿を見つけたからだ。
「クマッチョ!そんなやつらに金を渡すことなんかない!」
俺の声は怒りで震えていた。そんなことはどうでもよかった。
胸が熱くて、目頭も熱い。とっくに限界を超えていた。
「コーヨー!どうしてここに!?」
「悪いと思ったけど、つけてきたんだ」
言いながら、俺の目は三人の男子生徒を睨みつけていた。
「日野…熊野の世話係が駆けつけたってか?」
ニヤニヤと見下したような笹川の顔に、完全に体温が沸点を超えるのを感じた。
「黙れ」
「あ?」
「黙れって言ってんだよ!」
俺は言い終わる前に走り出していた。ぶっ飛ばしてやる。二度とこんなことが出来ないようにボコボコにしてやる!
俺は一番こちら側に近い笹川に拳を振りかざした。
痛い。頬を殴られた。けどそんなことはどうでもいい。
殴れるだけ殴ってやる。拳も痛い。それもどうでもいい。
俺は涙を必死にこらえながら、目の前にある顔を、笹川だか柏木だか、もう一人の名も知らぬ男子のものだろうが、手当たり次第に殴り続けた。
それ以上に殴られた。頬も頭も腹も。
だけど、こんな痛みはすぐに、一ヶ月もあれば消える。
でもクマッチョが味わった痛みはすぐには消えないだろう。
辛かっただろう。悔しかったろう。
目から涙が零れるのを感じた。
俺は気付いてやれなかった。
笹川のものだろうか、こめかみに拳が入る。頭がくらくらするのを感じた。
歯を食いしばって、笹川の目頭に拳を返す。
背中に衝撃が走る。地面が近づく。
俺は顔から地面に突っ伏した。すぐに起き上がろうとするが、腹を蹴られる。
息が一瞬止まる。
「この野郎!」
柏木が罵声を上げる。
俺はゆっくりと立ち上がる。ぶっ殺してやる!俺の友達を傷つけやがって。
「てめえらは…それでも人間か!」
端正な顔にアザを作り、鼻から血を流している柏木の腹を思いっきり殴った。
「優しい…こんなに優しいクマッチョを傷つけて…」
俺を巻き込むまいと、黙っていたんだ。再び目頭が熱くなって視界がブレる。
「てめえらは、クマッチョを弱いヤツと思っているんだろうが…」
もう一人の男子が殴りかかってくる。俺は殴られるのも構わず、顔に膝を入れる。
グシャッという鈍い音がして、その男子は動かなくなった。
「本当に弱いのはテメエらの方だ!!」
腹の底から大声を出していた。さっき蹴られた腹筋が悲鳴を上げる。
あまりの声量に怯んだ残りの二人めがけて、残った全力を足にこめて猪のように駆ける。
「お前等何やってんだ!!」
突然の怒声に、俺の足は急停止した。俺の名を呼ぶクマッチョの声が聞こえる。
振り向くと、怯えた顔のクマッチョと、上下のジャージを着たデカイ体が見えた。
体育教師の志田だ。
「やべえ、逃げろ!」
笹川の焦った声が背後から聞こえる。
「逃げても無駄だ!笹川!!」
志田が大声を上げるが、背後で笹川と柏木が走り去るのを感じた。
志田が大きく息を吐くと、憮然とした態度で俺とクマッチョの顔を順に見遣った。