第十六話:同属の夜の散歩(下)
夜も九時を過ぎると、高校生が遊べる場所はほとんどなく、俺たちは住宅街の一角にある小さな公園に足を踏み入れた。公園はせいぜい大きめな一軒家程度の大きさしかなく、ブランコとジャングルジム、水飲み場があるだけ。十年近くこの街に住んでいるが、こんな公園があるとは知らなかった。湯原によると、「カササギ公園」というらしい。
湯原は公園に入ると真っ先に、二つしかないブランコに駆け寄って座る。その後を追いながら、俺は小さく身震いした。
「まだちょっと寒いな」
夜風にはまだまだ夏の気配は感じられない。ホットパンツから伸びた湯原の足にも小さな鳥肌が立っている。
「五月だと、まだこのあたりはねぇ」
「カラオケ屋にでも入れればよかったんだけどな」
ほとんどの店は、十時以降の高校生の利用はお断りとなっている。今から入っても一時間と経たずに追い出されてしまう。
「ごめんね…私また無理言ったよね?」
湯原が足をさすりながら、消え入りそうな声で言った。矛盾していると思った。彼女について深く知っているわけではないが、俺の知る限りでは湯原早紀という少女は、わがままを言っては謝る。その繰り返し。そんな印象だった。
「その無理を聞いたのは俺だ……気にすることはないよ」
案外誰もがそうなのかも知れないな、とも思った。自分の欲求を通したい。でも相手に無理をさせるのは心苦しい。人は誰しもわがままで、優しい。そういうものなのかもしれない。
「コーヨーは優しいね」
嬉しそうに湯原は笑う。
「いつの間にか下の名前で呼ぶようになったと思ったら、今度は呼び捨てか?」
「いいじゃんかあ。熊野君もあのお喋りな妹さんもそう呼んでんだしぃ」
口を尖らせて湯原は抗議する。付き合いの長さが違うだろうと言いたくなったが、本当に子供みたいにコロコロ表情を変える彼女を見ていると、まあいいかと思えた。
「昔からさ…一人でいるのが嫌だったんだ」
湯原が焦点の定まらない視線を夜空に向けて呟いた。それきり何も喋らない。
絵画のように動かない湯原を見つめていると、何だか居心地が悪くなって小さく身動ぎする。
ブランコがキイと嫌な音を立てた。
「私…お母さんの顔知らないんだよね」
もう違う話題を振ろうか、と口を開きかけたところで湯原が思い出したようにまた呟く。
「お父さんは、何ていうのかな…仕事人間でさ」
「……」
「いっつもひとりぼっちだった」
湯原は斜め上を見つめたきり、こちらを振り返らない。何かあるのかなと、俺も夜空に視線をやるが、小さな星の光が二、三輝いているだけだった。
「学校に行けば、友達がいる。学校は楽しかった。でも…家に帰ると誰もいない。だから家に帰るのが嫌で仕方なかった」
催眠術にかかったみたいに、湯原は淡々と言葉を紡ぐ。
「かった、てのはおかしいかな…今もそう」
「お父さんのこと…嫌い?」
口を挟むつもりはなかったのに、気が付くとそんな疑問を湯原にぶつけていた。
俺の父さんも仕事人間の部類に入るだろう。一年の中で、家を空けていることの方が多い。
だけど俺は、父さんが好きだ。湯原はどうなんだろう。それが気になった。
「どうだろう…あんまし話さないからわかんないや」
そう言って湯原は一つため息を吐いた。そうしてちらりと俺を見て、また空に目を向ける。
「でも…お母さんが、お父さんに愛想尽かして出て行ったのは事実」
湯原はわからないと言ったが、彼女は父親が嫌いなんじゃないかなと思った。