第十四話:団欒の中の疎外感
馬が風邪を引いたとき、人はどうするのだろう。そんなことを考えても答えは出ない。
そもそも、メルヘルは馬じゃない。昨日、馬の風邪にはどう対処するのかと聞いたら、目を見開いて激しい剣幕で怒鳴られた。私は馬じゃありません!!とのことだった。ならユニコーンは風邪を引いたときどうするのかと聞いても要領を得ないのだから、昨晩は大変だった。
仕方ないので家から氷嚢と、以前キャンプで使った丈夫そうな布のハンモックを持ってきて、頭に氷嚢を乗せてやった。ハンモックは二本の木の間に吊るして、脚に負担をかけないようにと、その上に腹を乗せられるようにしたが、実際役に立つのかはわからない。そもそも年中無休で四本の脚で立っているのだから、その狙い自体見当違いなのかも知れない。
「じゃあ、俺はそろそろ行くけど…大人しくしてるんだよ?」
俺の声にも疲れが出る。昨日は寝ずの番だ。おまけに森から登校する羽目になっているのだから、精神的にも参っていた。
「はい…でもこれ本当に効くんですか?」
「さあね」
何せユニコーンの風邪の治し方なんか知るはずもない。また夜に様子を見に来ると言って、投げやりに手を振ってメルヘルの寝所を後にした。
今日の夕食には珍しく、クマッチョのお父さん、忠さんがいた。
忠さんは現在単身赴任中なのだが、久々に休みを取れたので赴任先の九州から帰ってきたのだ。俺自身彼と顔を合わせるのは数年ぶりのことだった。クマッチョとよく似た丸顔に、優しい垂れ目。思えば父親のほうがクマに似ているかもしれない。
「久しぶりだね、コーヨー君」
大抵忠さんは、口の中に何か入れながら喋っているようにモゴモゴと話した。間違いなく忠さんだ、と思って少し顔が緩むのを感じる。
「はい。おじさんもお変わりないようで…」
「堅苦しいなあ」
メイメイがからかうような口調で口を挟んだ。顔を向けると目が笑っている。きっと彼女も久しぶりに父親に会えて嬉しいんだ。メイメイだけじゃない。クマッチョのお母さん、恵美さんも、普段は控えめな笑みばかり見せるクマッチョも嬉しそうに笑っていた。
「ははは…誠司も芽衣もコーヨー君には世話になっているようだね?」
「違うよ?あたしがコーヨーの世話をしてるの」
メイメイの饒舌は止まらない。木製の椅子をガタガタと落ち着きなく前後に揺らしている。
「メイメイ…芽衣ちゃんには確かによく世話になってます。それにいつもご夕飯まで頂いて」
「それは言わない約束でしょ?」
恵美さんが少し淋しそうな笑みをこちらに向ける。母さんが死んでしまった日野家の台所事情を察して、彼女のほうから俺を夕飯に誘ったのが、この食客制度の始まりだ。それ以来恵美さんは一度たりとも迷惑そうな素振りは見せないでいてくれた。感謝してもしきれない。
俺は彼女に出来る限り優しく微笑んでから、鳥の唐揚げをつまんだ。
「…何はともあれ、コーヨー君。二人とこれからも仲良くしてあげてね」
忠さんが突然、食卓に両手をついて深々と頭を下げた。恐縮しながらも俺は、当たり前ですと即答した。
忠さんがほっとしたような笑顔を浮かべる。メイメイとクマッチョは子供と見紛うようなあどけない笑顔を見せる。恵美さんは包み込むように優しく笑っている。
ここは温かいな、と思った。
何だか無性にメルヘルに会いたくなった。