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第一話:偶然と白いお尻

森は夕方だと言うのに薄暗かった。鬱蒼とした雑木が夕陽を遮り、獣道と呼んだほうが似つかわしい林道は数メートル先も見渡せない状態だ。薄気味悪い情景に俺はこの森にまつわる、幽霊が出るだとか、妖怪が住んでいると言った不吉な噂が頭を巡るのを感じた。

引き返したい衝動を押し殺して、俺は一歩その林道に足を踏み入れる。

死んだ母さんがよく言っていた。約束は守らなきゃいけないんだ、って。


林道には落ち葉や虫の死骸で培われた腐葉土が広がり、その独特の匂いと湿気で俺は足元が濡れるような気持ち悪さを感じた。ふわふわの感触に本当に地面を踏んでいるのか怪しくなってくる。今からでも引き返すことは簡単だが、俺はひたすら歩を進めた。

約束だから。ゲームで負けた者が罰として、この森に一人で入るという約束だから。



放課後珍しく、忘れ物をした俺は教室に戻るはめになったのだが、そこにはよく遅くまで教室に残って話し込んでいるクラスメートの女子二人が、今日も今日とてそうしていた。

なるべく目を合わさないように、急ぎ足で自分の机に向かった俺にその内の一人が話しかけてきた。

「ねえ、日野君もやらない?」

少女らしい、幼い声。確か木田きだとか言ったか。机に座った状態から前かがみになった拍子にポニーテールの黒髪が少し顔にかかった。

「……何を?」

言って俺は少女達の中心の机に、トランプが散らばっているのを見とめた。

「ポーカー」

木田の向かいに座った少女、湯原ゆはらが、気に食わない笑みをたたえて答えた。どうやら少女達は放課後残って仲良し二人でポーカーに興じているらしかった。寂しいヤツらだと、心の中で思った。

「ごめん、俺あんまり興味ないから」

「何でえ?今日は熊野君のお守りもないでしょう?」

湯原の馬鹿にしたような口調と、笑みにカッと胸が熱くなった。

「いいよ。やろう」

気が付くと彼女達の勝負を受けていた。

「オッケー!じゃあさ…負けたほうが例の幽霊森に行くってのはどう?」

湯原の顔がより醜く歪んだ。



重苦しい湿気と、初夏の隆盛を極めんとする緑の匂いは一歩進むごとに濃くなっていく。

今思えば、あの小馬鹿にしたような言動から容易に推察できたはずだ。彼女達は俺に対してイカサマをしていた。俺は最善を尽くしてツーペアを揃えるのがやっと、向こうは二人ともストレートフラッシュだった。事前にその五枚を隠し持っていたのか、配り方に何か細工をしたのかはわからない。


足元に忍んでいた木の根っこに蹴躓き、名も知らぬ広葉樹の幹にしがみついた。

「…くそっ!」

クマッチョのことを馬鹿にするような発言に、衝動的に分の悪い勝負をしてしまった。

自分に対する怒りを抑えきれずに、幹を殴った。ドスっと鈍い音がして、拳に痛みが走る。

その時だった。


白い馬がいる。


幹の向こう側に、暗がりでもわかる真珠のような白が見える。

そこだけ暗闇から切り離されたように、はっきりと白い馬のお尻が見える。

馬のお尻は俺のことなどお構いなく、むしろ逃げるように走り出した。


俺もなんだか知らないうちにそのお尻を追いかけて、走っていた。



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