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淫魔と幼女  作者: 南野 雪花
第1章 淫魔、運命の出会いを果たす
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第3話 ホストの道は厳しいのだ


 隅のテーブルにぽつんと座ってる女がいる。

 はて?

 なんで誰も接客してないんだ?


 テーブルはちゃんとセットされてるから、ウェイターが忘れてるってわけじゃなさそうだけど。

 ホストがトイレにいってるとか?

 そう思ってちょっと待ってみたけど、戻ってくる様子もないなあ。


 女の寂しげな表情。

 あー、ダメだ。

 こういうのほっとけないんだよ。


 つくづくインキュバスって厄介だよな。お節介だって判っていても、寂しそうな女がいたら手を差し伸べたくなるんだ。


「はじめまして。北斗(ホクト)といいます」


 近づいて一礼。

 名乗ったのは戸籍上の本名だ。源氏名とかないんで。


 ちなみにアゾールトを日本語で読んだだけ。苗字は中村(なかむら)。これは日本人に多い苗字のなかから適当に選んだ。

 年齢はたしか五十歳だったかな。見た目的には二十二、三にしか見えないから、そろそろ若作りって言い訳ではごまかしきれなくなってきたから、別の戸籍を手にいれる必要がある。


 あ、実年齢は百七歳くらいなんだ。俺。

 歳月の降り方が、夜魔族と人間族ではぜんぜん違うんだよ。

 でも世の中には、何年経っても外見上まったく歳を取ってない漫画家もいるから、あと十年くらいはこのままいけるかもしれない。


 女が戸惑ったような表情を見せる。

 話しかけられるとは思っていなかった、というところだろうか。


 手入れの行き届いた黒い髪と薄い化粧が、生真面目な印象だ。

 美人ではあるものの希少価値を主張するほどではなく、どちらかという陰りがあるタイプに見える。

 さっと観察した結果だ。


「えっと……」

「担当のホストが見当たらなかったので、つい声をかけてしまいました。お邪魔でしたら退散します」


 にっこりと笑う。

 女の頬に朱がさした。


 これも種族特性である魅了の力である。

 表情のひとつ、一挙手一投足にいたるまで、異性の興味を惹くようにできているのだ。

 なので、俺自身が魅力溢れる男性というわけではまったくない。


「座ってもよろしいですか?」

「あ、はい。喜んで」


 ぽーっと応える女性の隣に身体を滑り込ませる。

 すまんな。担当ホストくん。


 けどきみが悪いんだぜ。女に寂しそうな顔なんかさせたらダメでしょ。

 グラスにワインを注いで差し出す。


「改めて。北斗です。お客様のことはなんとお呼びすれば?」

美咲(みさき)、と」

「はい。美咲さま」

「美咲」


 ちょっと拗ねたような表情だ。

 呼び捨てにしろつてことだね。承知いたしました。お嬢様。


「はい。美咲」


 微笑とともに応える。







 美咲からちょいちょいと聞き出した話によると、こうやって放置されるのは珍しい話ではないらしい。

 指名しているハヤテってホストは人気があって、あちこちのテーブルを掛け持ちしているんだそうだ。


 そうかー?

 そこまで忙しそうには見えないし、テーブルがかぶったらヘルプが入るだろう。普通に考えて。

 客をひとりぼっちにするなんて、ホストクラブだろうがキャバクラだろうがありえない。


 ちょっとテグルトに問い質したいところだ。

 けど、ここで俺まで席を立つのはまずいな。また美咲をひとりぼっちにしてしまう。

 仕方ないな。


『テグルト』

『ちょ! おま! なに念話の魔法なんか使ってんだよ! 魔力大丈夫なのか!?』

『ぜんぜん大丈夫じゃない。けど、ほっとくわけいもいかないから』


 念話というのは、人間たちのいうテレパシーみたいなもんだ。

 超能力じゃなくて魔法だけどね。


 なけなしの魔力を使って、俺はテグルトに事情を説明し、調べるよう依頼する。

 俺の読みが正しければ、担当ホストは他のテーブルなんか行ってない。サボってるだけだ。


 生真面目で遊び慣れていない美咲は、こういう世界に詳しくないから、そこにつけ込まれた格好である。

 惚れさせておいて利用するってのは、まあよくある手ではあるんだけどね。ホストでもホステスでも。


 でも、よくあることだから見逃せって理屈にはならない。

 人間の女性というのは、俺たちに精気をくれる大切な存在なんだ。

 ぞんざいに扱って良いものではけっしてないのである。


 俺は食えないんだけどね。

 つらい。

 かなしい。


「ホクトくん? どうしたの? 怖い顔になってる」

「ああ。ごめんなさい。美咲。あなたに寂しい思いをさせたホストは絶対に許さないって考えてました」

「まあ」


 くすくすと笑う。

 とても魅力的な笑顔だ。

 これを曇らせただけで、ハヤテとかいうホストは万死に値するよね。


「でも、そのかわりホクトくんと出会えたから。差し引きは大きなプラスかも」

「俺も美咲に出会えました」


 チン、と、グラスをぶつける。

 薄暗い店内でも、美咲の瞳が情欲に潤んでいるのが判った。


 たしかにこれは、インキュバスにとって絶好の餌場だわ。

 精気食べ放題じゃん。

 バイキングかよってレベルで。


 俺は手を伸ばし、美咲の髪を撫でる。

 すっげ。指先にまでびりびりと精気が絡みついてきた。

 これを吸収しちゃうと、またゲロゲロゲロって吐いちゃうから、指でもてあそぶに留める。


 惜しいなあ。

 間違いなく極上の精気だよ。これ。

 テグルトに紹介してやろうかな。や、それも余計なお世話か。

 あいつ俺みたいに餓えてないし。


 楽しい時間はあっという間に過ぎ、二時間ほど滞在した美咲は帰って行った。

 これで一万円ちょっとの会計だから、ホストクラブの料金としてはかなり良心的だと思う。


 もちろんオーナーであるテグルトが金儲けを目的としていないって事情もあるだろう。

 従業員たちに支払う報酬がペイできれば、利益なんか最小限でかまわないから。


「スマホゲームなんてしてやがった。その場でクビにしてやったぜ」


 そのテグルトが憤慨している。

 ちょっと耳を疑うような話なんだけど、ハヤテとかいうホストは最初だけちょこっと接客したあと、他のテーブルも回らなきゃとか嘘をこいて、控え室で遊んでいたらしい。


 しかも一度や二度ではないんだと。

 驚愕だよ。

 そうまでしてやりたいゲームなのかって思っちゃうよ。課金地獄に落ちるような。


 でも、そういう話でもないらしい。

 もちろんゲームにはどっぷりハマってるんだけど、ようするに金にならない客にはつきたくないってことにらしいんだ。


 美咲はべつに金持ちのマダムってわけじゃない。チップをくれるわけでもない。高い酒を注文するわけでもない。

 セット料金で、ごく無難に遊んでいくだけ。


下客(げきゃく)だなんて抜かしやがったからな。今すぐ荷物をまとめろっていってやったさ」

「俺がその場にいなくて良かったよ。殴ってたかもしれない」

「そんなへろへろの身体でか?」

「ヘロヘロパンチでも、決めなきゃいけないときはあるだろ?」

「違いない」


 頷き合う。

 正規の料金を支払って、とくにトラブルもなく遊ぶお客さん。それを上客(じょうきゃく)というのである。

 ただの大学生でチップもくれないから下客だなんて、客をバカにするにもほどがあるというものだ。


 まして、さぼってゲームをしているとか。客だけじゃなくて仕事ってもんまで舐めきっている。

 即時解雇はむしろ温情。店の評判に傷を付けたって賠償させられても文句言えないレベルだ。


 あ、法的にって意味じゃないよ。

 裏社会なんで、そもそも法律の加護なんかないからさ。


「で、どうだったよ? 貴重な魔力まで使って夢を見せた女は」


 テグルトが問う。

 アホホストのことなんて、ぽーいって一光年彼方に忘却しちゃった感じで。


「いい女だったよ。精気も上質だった」


 肩をすくめたあと、俺は右手を見せた。

 ところどころ焼けただれたようになっている。

 あまりに良質な精気だったため、身体に取り込まなかったにもかかわらず拒絶反応が出てしまったのだ。


「質が良ければ良いほど食えないって、相変わらず難儀な身体だなぁ」


 なんともいえない表情のテグルト。

 ほっとけ。

 俺だってつらいんだい。


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