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淫魔と幼女  作者: 南野 雪花
第1章 淫魔、運命の出会いを果たす
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第2話 水商売をなめんなよ


 こうなるから、同族のそばにいたくないってのもある。


 気を遣われまくるんだよなあ。

 ちょっとでも俺が栄養補給できるようにって。


 夜魔族に限らず、たいていの種族は同族に対して親切だ。

 人間族くらいかな? 他人に対して無関心だったり、同族同士でいがみ合ったり殺し合ったりするのなんて。


 悪魔でも天使でも、あるいは鬼族でも、同族が困っていたら無条件で助けるもんだし、そこに疑問を差し挟む余地はない。

 同族だもの、という理由でオールオッケーだ。


 人間がそうならないのは、数が多すぎるからじゃね? なんて説を提唱してる学者もいたよーな気がする。

 でも、人間は人口が一人以下になるまで殺し合うし憎しみ合うよって説もあった気もするから、ようするに、自分以外を攻撃するのが好きな種族って解釈が一番近いんだろう。きっと。


 なかなか理解が難しいけど、地球上で最も栄えてるのが人間だ。

 結局、その闘争心によって世界の覇者になったのである。

 ちょっと話がそれたね。


 同族に親切にするのは当たり前だから、他のインキュバスもサキュバスも俺に良くしてくれる。

 テグルトなんて、俺のためにホストクラブの支店を出しちゃったくらいだ。


 正直なところをいうと、ちょっと重い。

 だって俺、なんにも返せないんだもん。


 一方的にもらうだけ。

 そんな関係に居心地の良さを感じられるほど、俺は厚顔じゃない。なけなしのプライドだって傷ついちゃうんだよ。


「変に遠慮なんかされたら、そっちの方が迷惑だからな」


 俺の表情を読んだのか、テグルトが腰のあたりをバッシバシと叩く。


「べつにアゾールトのためだけってわけじゃない。餌場は多いほど良いんだからよ」


 にかっと笑う。

 そういう言い方をされたら、俺としては遠慮しづらい。


「判ったよ。テグルト」

「おう。判れば良いんだ。おめえは唯一無二の珍種、ロリキュバスだからな。ちゃんと保護しねえと」


 ウインクなんかしやがった。


 くっそう。

 誰が珍種だ。誰がロリキュバスだ。

 殴りたい。その笑顔。






 ムーディーな音楽が回遊し、ボックス席のそこここから精気が発散されている。

 夢を見せる以外にも、最近はこういう方法で精気を集める夜魔も少なくない。


 魔族ではないんだけど、やっぱり吸精によって栄養を得てる妖怪が、秋葉原でメイドカフェをやってるって噂も聞いたことあるし。


 時代は変わったよな。

 俺が生まれた百年前は、女がこういう店で遊ぶなんて想像すらできなかった。


 だからこそ淫夢を見せるって方法が有効だったんだ。

 性的なモノが溢れてなんかいなかったし、そもそも性欲を表に出すのが恥ずかしいこととされていたからね。


 変わったのは一九七〇年代に入ってからかな。

 女だって遊んでも良いじゃない、女の子がエッチで何が悪いの? って風潮が、少しずつ浸透していったんだ。

 そして今となっては、女の方が積極的なくらいになった。


 あ、もちろん個人差はあるよ。

 一般論の話さ。


「どうよ? 食えそうな精気の持ち主はいるかい?」


 バーカウンターでちびちびとバーボンを舐めてると、テグルトがやってきた。


「残念ながら」


 俺は首を振る。

 客のほとんどは二十代の前半。中には十八、九の娘もいるかもしれない。

 しかし、この女性(ひと)こそはっ! と思うようなのはいなかった。


 さっき淫夢を見せた女子大生は、まさにそう思った相手だったんだけどなぁ。

 でも吸った精気には拒絶反応が出てしまった。

 つらい。


「選り好みしすぎなんじゃね? 処女じゃなきゃダメだとか言ってたら、一生エサになんかありつけねーぞ?」

吸血鬼(ヴァンパイア)じゃないんだからさ……」


 苦笑しかでない。

 あいつらはこだわるからね。

 処女童貞どころか、血液型にもこだわるやつもいるって話だ。


 残念ながら、俺の場合はこだわってるわけじゃないんだよ。むしろ何でも食いたいよ。腹減ってるもの。

 けど、普通の精気を受け付けない仕様なんだ。


 自分で言っていて悲しくなってくるわ。なんだこのクソ仕様。


「まあ、ひとりで飲んでいても仕方ねえさ。試しについてみろって」

「おいおい……」


 つく、とは、この場合、女性の隣に座って接客するという意味だ。

 ホストじゃなく、接客技術も学んでない俺になにをしろと?

 客を怒らせるだけじゃねーか。


「大丈夫大丈夫。俺たちは顔が良いからな。それだけで人間のメスなんて八割方おとしたも同然だって」


 いや、おまえ水商売なめすぎ。

 それから、世の女性たちに心から謝罪するべき。

 男の外見しか見てないとか、もちろんそういう人もいるんだろうけどさ。数のうちには。


「たいへん申し訳ありませんでした」


 あさっての方向に頭を下げるテグルトだった。


「冗談はともかくとして、俺たちに技術講習なんていらないだろ。その女が望むとおりに振る舞えばいいだけだって」

「それはそれで間違ってると思うけどな……」


 夢魔とも呼ばれる俺たちは、相手が望む夢を見せることができる。

 それは表面的なものでなく深層心理にも及ぶ。たとえば普段はSっ気がある人が、心の憶測では乱暴にされたいとか思っていたとしても、それを看破して希望通りの淫夢を見せることが可能なのである。


 これを応用すれば、客が何を求めているか、ホストにどういう態度を取って欲しいのか丸わかり。

 望み通りの接客をすれば良いだけ。

 なんだけど、それって夢だから良いんであって、現実にやるのは違うと思うんだよな。


 なんでも望みを叶えてくれるマンは、男女の緊張感を消してしまう。

 んーと。

 自分に逆らわず、なんでもいうことをきいてくれて、どれほどひどいことや裏切りをしても笑って許してくれる相手、って考えてみると良いかも。


 そりゃラクさ。自分は好き勝手に振る舞って良いんだもの。

 けど、すぐにつまらなくなると思うよ。

 ただの人形じゃん、それって。


 恋愛でもなんでもないね。あるいは鏡に映った自分と恋愛ごっこをしているだけ。

 相手は自分とは違う人間だから、スリルがある。緊張感がある。ときめきがある。


 相手は自分とは違う人間だから、すれ違う。誤解する。傷つけたりもする。

 そして、互いを理解しようと努力するわけだ。

 そうでなくてはつまらないだろう?


「恋愛なら、お説ごもっともだがね」


 テグルトが肩をすくめて見せる。

 ウブなネンネじゃあるまいしって語ってるような表情が、微妙に腹立つなー。


「ここは疑似恋愛を楽しむ場所だからな。相手は自分の理想型に近ければそれでいい。にもかかわらず、そいつに好かれるための努力も必要ない」


 知性を身につけたり、センスを磨いたり、会話術を勉強したり、そういう努力の部分を金で買うのが水商売。


 ホストクラブもキャバクラも変わらない。

 正規の料金さえ払っていれば、どんなブスだろうがバカだろうがオッサンだろうがハゲだろうがデブだろうが、足が臭かろうが脇が臭おうが口が臭かろうが、にこやかに対応してくれる。


 すごいねー、素敵だねーって持ち上げてくれる。

 チヤホヤしてくれる。

 そのためのバカ高い料金だからな、と笑うテグルト。


「お手軽なもんさ。ホストやホステスが、自分じゃなくて金に対して微笑んでるだけなんだって事実にさえ目を瞑れば、これ以上気持ちの良い場所はないだろうよ」

「そうなんだろうけどな……」


 俺はいまひとつ釈然としない表情を浮かべてしまう。

 そういうもんだと判ってはいるんだけどね。


「良い夢を見せるって意味では、俺たちにとって天職なんだぜ」

「うーむ」

「おめえは悩みすぎなんだよ。ロリキュバス。つべこべ言ってないでぐるっとホールを回ってこい。で、よさげだと思った女の隣に座れ。指名だの何だのは考えなくて良いから、好きにやれ」


 べしんと尻を叩かれてバーカウンターを追い出されてしまう。

 ていうか、そこまで勝手にやっちゃっていいのか?


 他のホストから恨まれそうだな、などと思いながら、俺はふらふらとホールを歩く。


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