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淫魔と幼女  作者: 南野 雪花
第3章 淫魔、人間の所業に怒る
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第19話 猫探偵物語


 相変わらず、猫探しばっかりである。

 家に帰した猫たちには、もう脱走しないようにちゃんと言い含めているんだけどね。

 とにかく猫を飼ってる人って多いから。


「戦後しばらくは犬を飼っているものの方が多かったのじゃがの。数年前に逆転されて以来、差は開く一方じゃな」


 すっと今日の予定が記された用紙を差し出しながら、美鶴が苦笑した。


 猫は人間を籠絡(ローラク)するために宇宙人が送り込んだスパイだ、なんてタワゴトがあるくらい、昨今は猫とともに生きる人間が増えている。

 犬と違って散歩とかの手間がない、つかず離れずの距離感が心地よいなど、理由は様々だ。


「一日休むとがっつり貯まってしまうなぁ」

「うむ。今日はややハードなスケジュールになるぞ」


 午前中に依頼を六件受け、午後からは猫を自宅に届ける作業が8件だ。

 効率よく回らないとな。


「最初の来客は十五分後じゃ。身支度をととのえよ」

「了解」


 応えて俺は全身鏡の前に立ち、服装と髪型をチェックする。

 探偵なんて胡散臭いと思ってる人は多いからね。チンピラっぽく見えないように、かといってガチガチ真面目にも見えないように。

 いつでもスマイルを忘れずに。


「にっ」

「にーっ」


 なぜか真似をする美胡だった。


 そんなこんなで、次々に訪れる依頼人と談笑して仕事を受ける。

 美鶴と美胡に驚く客もいたが、妹たちで助手なのだという説明で簡単に納得してくれる。


 俺の話術もあるけど、ぶっちゃけ逃げた飼い猫のことで頭がいっぱいってのが本当のところだろう。

 心配だろうからね。


 そしてそれが終わったら、昼食を挟んで外回りだ。

 といっても北斗探偵社には社員食堂なんて上等なものはないから、事務所の来客用ソファで、美鶴謹製の弁当を食べるだけ。


 作るのが面倒なら外食でもかまわないと言っているのだが、たいした手間ではないと笑って拒絶されている。

 昭和の時代から、専業主婦として家事に育児にと辣腕を振るってきた人だから、家事スキルの経験値の積み重ねが、ちょっとハンパじゃないところまでいってるっぽいね。富士山を軽く越えるくらいの高さまで。


「わしの技術の高さはおくとしても、外食などしたら美胡が目立ってしまうからの」

「幻術が効いているから大丈夫だと思うけどな」

「そういう意味ではない」


 苦笑した美鶴が、美胡の口元と手を拭ってやる。

 あいかわらずべったべたに汚してるから。


 捕まっていた軍なり組織なりで、ちゃんとした教育を与えられていなかった、という一つの証拠だろう。

 最低限の意思疎通ができれば問題ない、とでも考えていたんだろうな。人間どもは。


「電車で赤ん坊が泣いていたら、あやすのではなく、うるさいと怒鳴るのが今の日本人じゃ。レストランで食べ方の汚い子供を見かけたら、なんと文句を付けてくるか知れたものではない」


 そういう輩とて、たいして美しく食べてわけではあるまいにな、と、ふふんと鼻で笑う美鶴。


 たしかになー。

 しょーもないイチャモンをつける中高年の男性、という話題は、SNSなどで事欠かない。

 あれは一部を切り取ったものだから、実際にはまだまだあるだろう。


 もちろん文句を付けてくるのは、中高年の男性だけでなく、女性だって同じ確率だ。

 とにかく他人のやることは、なにからなにまで気に入らないって人間がけっこういるから。


「そやつらを叩きのめすことなど、一杯の茶を飲み干すより容易じゃがの。無意味に人目を引いてしまうからのう」


 やれやれと両手を広げる。

 じっさい美鶴は強い。


 初対面のとき、俺もテンプルに良い蹴りをもらってる。あれって俺が夜魔だから無事で済んだけど、普通の人間だったら脳しんとうくらい起こすようなハイキックだった。

 が、まさかランチタイムのレストランであんな技を披露するわけにはいかないのである。


 となると言われっぱなしになるだけ。

 ストレスが溜まりすぎるというものだろう。


「まあ、外食するにしても美胡がもう少し社会性を身につけてからじゅな。アゾールトはわしの弁当ばかりで飽きるやもしれぬが」

「いや? 美鶴弁当の方が良いに決まってるだろ。外で食ったって精気の補給なんかできないし」


 美鶴の弁当なら『お母ちゃんの愛』で、わずかながら精気が吸収できるのだ。

 それに比べたら、どんな高級レストランの食事だって生ゴミとイコールである。

 そのまま排泄されるだけなんだから。


「そなたは、まったくブレないのう」






 国産高級車が東京の街を疾走する。

 内装も充分に金がかかっていて、しがない探偵が転がすのは分不相応ってもんだ。


 もちろん買ったのはラシュアーニである。

 こんな上流階級ぶった車、まったく俺の趣味じゃない。

 ぶっちゃけ軽自動車で充分なんだ。車なんて走れば良いんだから。


「若者の車ばなれじゃな。かつては高級車を乗り回し、高級腕時計を決め、高級ライターで外国タバコに火を点すのが、男のステイタスだったというのに。昨今の若い衆は覇気がなくていかん」


 助手席で、美鶴が謎の嘆きを見せている。

 あんたはバブル時代の人か。


 むしろもっとずっと年上だろうが。

 欲しがりません勝つまではっていう、質素倹約の時代を生きてきたじゃないか。


「価値観の多様性ってやつさ。高級腕時計でなくても時間は判るし、高級ライターでつけたってタバコの味は変わらないからな」


 運転しながら肩をすくめてみせる。

 もちろん、買いたくても資金的な余裕がなくて買えないって人も多いだろうけどね。


「ロマンがないのう」

「ロマンより現実を選んだのは、日本人自身さ」


 精神的な豊かさを捨て、物質的に満たされた生活を優先した。 


「現実を選んだあげく、みんなで貧困にあえいでおるがの」


 高度経済成長、バブル経済、それがこの国の人々の選択である。ゆえに、そのあとの不景気や、就職氷河期、失業率の増加などは、彼ら自身が背負わなくてはいけない結果だ。

 誰のせいにすることもできない。


「まあそれでも、オカルトやスピリチュアルの話で国を運営するよりはマシだろうけどね」

「そなたがそれを言うのかや?」


 オカルトな存在のくせに、などとのたまいながら、助手席から後部座席をのぞき込む。

 合流した猫たちと一緒に美胡が眠っているはずの。


 人猫の彼女は、当然のように猫と意思疎通ができる。

 さっきまで、猫たちとおしゃべりに興じていたのだ。


 無邪気なものであるが、美胡が加わったことで余録もあった。


 基本的に、猫というのは自動車に乗るのを嫌がる。俺が説得しても、かなーり渋々って感じでキャリーケースに入るのだ。

 しかし、後部座席に美胡が乗っているのを確認すると、わりと自分から彼女の膝に飛び乗るようなやつが多い。


 縁続きの種族だと本能的に判るのだろう。

 夜魔に対しては畏敬、人猫に対しては友愛。

 猫たちの感情はそんな感じだ。


「あまり親しくなってしまうと、離れがたくならぬかのう」


 ちょっと憂い顔の美鶴である。

 ていうか、あなたもたいがい心配性ですね。


「猫は独立心の強い生き物だからな。人間族みたいにいつまでも親にべったり友達にべったりってのは、そうそうないさ」

「それは、わしが美胡や美咲を甘やかしていると言いたいのかの? アゾールトや」

「邪推だ。気のせいだ。言いがかりだ」


 わいのわいのと騒ぎながら、午後の業務も滞りなく終了する。

 猫を自宅に送ってあげるだけの簡単な仕事だので、滞りようもないのだが。


「美鶴がスケジュールを管理してくれるから、ものすごく効率がいいよな」

「むしろいままでどうやって仕事を進めてきたのやら」

「高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に?」

「ようするに、行き当たりばったりということじゃな」


 とあるSF超大作アニメのセリフをもじったやりとりをして笑い合う。

 と、携帯端末が震えた。


 運転中の俺は出ることができないため、美鶴に手渡す。

 ちらりと画面を確認すれば、発信者は美咲だった。

 受け取った美鶴が、二言三言会話を交わし、微妙な表情で通話を終える。


「美咲、なんだって?」

「どうやら家には帰れぬらしいぞ」


 昨日の連中にまた襲われているとか、そういうやつか。

 ずいぶんと動きが速い。

 半日も経ってないのに。


「マスコミが押しかけているそうじゃ」

「は?」


 あまりにも予想の斜め下な美鶴の言葉に、思わず間抜けくさい声を返してしまった。


「マンションに、マスコミ各社が詰めかけているそうじゃ」


 いっそ厳かに、美鶴が繰り返す。



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