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淫魔と幼女  作者: 南野 雪花
第2章 ロリババア、探偵助手になる
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第10話 王女さまがやってきた


 三軒の家に三匹の猫を届けて、今日の仕事はおしまいだ。


 移動は自動車。

 これは、キャリーケースを持って、えっちらおっちら電車移動ってのが大変だから。


 今の季節ならまだしも、夏とかだったら猫たちだって参ってしまう。

 エアコンの効いた車内でくつろいだ方が良いだろう。


「ありがとうございます! ありがとうございます!」


 白金(しろがね)の高級住宅。

 玄関でキャリーケースごと愛猫を受け取った依頼主が、涙を流しながら感謝している。

 有閑マダムって感じの上品なご婦人がおいおい泣いてる姿は、正直いたたまれない。


 ホントにな。

 こういうことになるから、脱走なんかしちゃダメなんだ。

 捕まえたというか、合流した猫には充分に言い含めてあるけどね。


 結局、猫って好奇心がすごく強い生き物なので、ついつい外に出てしまうことがあるのだ。そして夢中になって走り回っていると、家の場所が判らなくなる。

 これが、迷子猫の最も多いパターンだ。


「先生! 本当にありがとうございました!」


 俺の右手を両手で握りながらの言葉。

 感極まったのか、先生呼びになってる。

 しがない探偵なんだけどね。


 そしてそのままリビングまで引っ張り上げられてしまう。俺も美鶴も。

 せめてお茶でも飲んでいってくれ、と。

 最後の受け渡しだったため、仕方なくお相伴にあずかることになった。


「先生から連絡があって、すぐに買い求めました。お口に合えばよろしいのですが」


 などと言いながらケーキの乗った皿をソファテーブルに置く令夫人。

 すっげー高級なやつなんだろうなーってのは見て判る。

 美鶴が目を輝かせた。


「さあさあ。可愛い助手さんも召し上がって」


 うん。

 あきらかに美鶴をもてなすためのケーキだよね。


 ちなみに依頼主には、妹で助手なのだと説明している。平日に子供が探偵の真似事を、と思う人もいるだろうが、そこはそれ相手の事情を忖度しないというのが探偵の流儀だ。

 あーだこーだと文句をつけてきたら、俺は依頼を受けないだけだし。


「先生にお願いすれば、ものの数日で解決してくださる、という噂は聞いていました。ですが頼んだ翌日に見つけてくださるとは」

「妹は猫娘でしてね。猫には猫の居場所がわかるんですよ」


 冗談めかして俺は言い、美鶴もにゃーんと合わせてくれる。

 これはまあ、リップサービスのようなものだ。


「先生、こちらを」


 しばしの歓談のあと、依頼人が立派な封筒をテーブルに置いた。

 もちろん報酬だが、少し封筒が厚すぎる気がする。

 手に取ってたしかめると、やっぱり一万円札が二十枚も入っていた。


「奥さん。桁がひとつ多いようですが」


 俺はその中から二枚だけ抜いて、残りが入った封筒を押し返した。

 昨日依頼を受けて今日解決。

 調査に要した日数は一日なので、料金は二万円である。


「いえいえ先生。私の気持ちですので」

「しかしですね。正規の料金以外を受け取ってしまいますと、いろいろと問題があるのですよ」


 俺は柔らかく拒絶してみせた。


 誰も彼もが、この依頼主のように金満家なわけではない。

 一日分の調査費用である二万円を、やっと捻出している人だって少なくないのだ。


 だからこそ、俺は必ず一日で解決するのである。


「受け取ってもらわなくては私が主人に叱られてしまいます」

「そういわれましても」

「でしたら、先生の妹さんに服をプレゼントするということで。ただ私には好みが判りませんので、服代ということになりますが」


 手を変え品を変えて押しつけてくる。

 そして何度も断り続けるというのも、非礼な話なのだ。


 俺は大げさにため息をついて、美鶴の髪を撫でた。


「良かったな。奥様が服を買ってくださるそうだよ」

「ありがとうございます。奥様」


 ぴょこりと幼女が頭を下げる。

 押し負けた格好で受け取ることとなった。じつはこれ、珍しい話ではない。

 依頼人のうち、一から二割くらいの人がこうして追加報酬を出してくるのだ。


 さすがに十八万円もというのは滅多にないけどね。

 だいたい一万円くらいかな。






「居場所がわかっている迷子猫と合流し、家に連れて帰るだけで二十万円。しかもケーキまでついてくる。こんなに美味しい仕事もそうそうないじゃろうの」


 帰りの車内で、美鶴が苦笑を浮かべる。

 まともに働くのがばかばかしくなる、などと言いながら。


「ゆーて、十八万は美鶴の取り分だぞ。お前さんの服代ってことで受け取ったんだからな」

「いらぬよ。と言ってしまうと、話が面倒になるのじゃったな」


 困った顔の助手さまである。

 ついさっきの押し問答を思い出すまでもなく、一度出した財布は引っ込められないものなのだ。

 プライドってのがあるからね。


「家賃も光熱費もかからぬ上に高給優遇され、追加で金が入ってくる。堕落への道、一直線じゃな。誰の引いた絵図面やら」


 ふふりと笑う。


「しまった。俺の高度な心理作戦が見抜かれてしまったか」

「社長は高度という言葉の意味を、辞書で引き直した方がよかろうな」

「金の力で美鶴を籠絡するのだあ」

「はいはい。社長はすごいのう」


 助手席からひらひらと手を振る。

 社長、なんて呼ばれてるけど敬意は一ミリグラムも籠もってない。


 いっそ家にいるときのように、アゾールトと呼び捨てにされた方が清々しいというものだが、仕事の時はちゃんとしなくてはダメだ、という謎のポリシーによって社長と呼ばれ続けている。


 つーかちゃんとしてるのって、二人称代名詞だけじゃねーか。

 客がいないときは、普通にちょー上から目線で接してくるじゃん。


 車を駐車場に入れ、事務所へと戻る。

 時刻はまだ十五時を回ったばかり。朝に予想していた通り早く終わりそうだ。


 ならば早じまいして、美鶴とショッピングに出かけるのも良いかもしれない。

 せっかく服代をいただいたのだし。


 なーんていう俺のささやかな夢は、事務所に入った瞬間に無残にも打ち砕かれた。

 施錠していたはずの事務所に人の姿があったのである。

 しかも、社長席にでーんとふんぞり返っている。


「遅かったじゃない。ロリキュバス」


 背の高い美人で、胸部はわがままな自己主張をしており、道行く男の八割くらいは生唾を飲み込んじゃうような女性だ。

 そうじゃない二割は、老け専とかブス専とか処占とかロリコンとかに分類されるような、業の深い人々だろう。


「これはラシュアーニ姫、このようなむさ苦しいところに何のご用でしょう。あと、変なあだ名で呼ばないでください。お願いします」


 すっごい嫌そうな顔で挨拶してやる。

 夜魔族の第三王女であるラシュアーニに。


「マゾールトだっけ?」

「アゾールトです。わざとやってますよね?」


 女もののスーツからこぼれそうな胸をゆらして、ラシュアーニが笑う。

 蠱惑的な笑みだ。

 男の心をとろけさせるような。


 もちろん、同族である俺には、これっぽっちも効果はないけどね。

 インキュバスの魅力はサキュバスには通じないし、逆もまた真なりというやつた。


「まあ、用件はいつも通りよ。お金をすこし引き受けて欲しいの」

「いくらです? うちはしがない探偵事務所なんで、あんまり多くは無理ですよ? 姫」

「三億くらいいけそう?」

「ぎりぎりですね」


 やれやれと両手を広げる。


「どういうことじゃ?」


 うしろから、つんつんと服の裾を引っ張られた。


 ふむ。

 ちゃんと説明しないと判らないよな。


 美鶴とラシュアーニを応接セットに招く。とくに後者な。そこ俺の席だから。

 で、軽く双方を紹介した。


「人妖にも、姫と呼ばれる存在がおるのじゃなあ」

「ついにロリキュバスが食事にありつけたのね」


 一方は妙なことに感心してるし、他方は涙ぐんでるし。

 なに? この状況。


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[良い点] ひーめさまっ!ひーめさまっ!
[良い点] 美鶴さんのにゃーん!! 美鶴さんのにゃーん!! ありがとうございます!!ありがとうございます!!
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