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淫魔と幼女  作者: 南野 雪花
第1章 淫魔、運命の出会いを果たす
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第1話 だれがロリキュバスだ!


 四つん這いになった俺は、げえげえと嘔吐(えず)いた。

 えれえれえれえれ、と、口からあふれ出した精気(リビドー)がこぼれ落ちていく。


 いきなりこんなシーンで申し訳ない。

 あと、精気を与えてくれた名も知らぬ人よ。あなたにも申し訳ない。

 ベッドで眠る妙齢の美しい女性に、俺は深々と頭を下げた。


 しどけなく眠る姿。

 顔は上気して、息づかいが荒くなっている。

 淫夢を見ているためだ。


 無意識のうちに胸や股ぐらまでまさぐっている。どこぞの怪盗の三代目だったら、いっただきまーすとか言いながらベッドにダイブしちゃうようなシチュエーションである。


 いや、そいつだけじゃなくて普通の淫魔だって、発散されている精気(リビドー)を美味しくいただくことだろう。

 悲しいかな、俺を除いては。


 さて皆々様、初めまして。

 しどけなく眠る美女の横で四つん這いになり、けろげろと精気を吐いてる俺は、インキュバスのアゾールト。

 この世の夜を統べる夜魔(ヤマ)族の一員だ。


 インキュバスって響きは、耳慣れない人も多いかもしれない。サキュバスに比べたら知名度も低いしね。


 サキュバスは人間族の男性に淫夢を見せ、発散される精気を吸い取る女魔族だ。インキュバスってのはその男版だな。淫夢を見せる対象は女性。

 相手の性別が違うだけでやってることは一緒なんで、まとめて淫魔って呼ばれることもある。


「はあぁぁぁ……」


 いい加減、吐くものもなくなった俺は立ち上がった。

 黒い髪、黒い瞳、町ですれ違う女の十人に八人くらいは見惚れるような美貌と均整の取れた体躯。

 ちょっと嫌味なくらい格好いいのは、種族的な特性である。


 人間の女を虜にするような容姿になるのだ。栄養補給をしやすくするためにね。

 動物の赤ちゃんがどれも可愛いのと一緒。

 庇護欲をそそるってのが、彼らの武器だから。


 ゆえに、淫魔は男も女も美しい。あくまで人間から見て。

 同族から見た場合には、そんなもんは一ミリグラムの価値もなかったりする。 我々にとって良い男良い女というのは、どれほど良質な精気を集め、上の位階へと進むことができるか、その一点で語られるんだ。


 まー、人間の男だって、金持ちかとか、出世できるかとか、そういうので判断されることはままあるだろ?

 女なら良い子が産めるかとか、気立てが良いかとか、そういう部分。


 容姿が最優先ってケースの人も、もちろんいるだろうけどさ。夜魔族ってかなり実力主義なんで、人間よりずっと容姿に対するウェイトは小さい。

 変身魔法で好きなように変えられるからって理由もあるかもしれないけどね。


 俺はベッド眠る女を見下ろす。


 いい女なんだよなー。

 年の頃なら二十歳前後。ぷっくりとした唇といい、肉感的な身体といい、男が放っておかないだろうに、いまだに清い身体。

 蓄積されていた精気だって、そりゃもう上々のモノである。


 けど、やっぱりだめだった。食あたりを起こしてしまった。

 俺はもう一度ため息をつく。


「良い夢みろよ。お嬢さん」


 眠り続ける美女にささやきかけ、翼を広げた。

 空きっ腹を抱えて。

 そのまま、すーっと壁をすり抜け、夜空へと舞い上がる。


「腹減ったなあ……」


 情けないつぶやきが、夜の空気に溶けていった。






 人間だって食べ物の好き嫌いくらいあるだろ?

 食品アレルギーをもってる人だっている。

 べつに珍しい話でもなんでもない。


 ようするに俺は精気アレルギーだってだけなんだ。

 うん。主たる栄養素だね。

 死ねってことかな?


 いや、ためしたんだよ? いろいろとさ。

 何なら食えるのかって、そりゃもう涙ぐましい実験を繰り返したさ。


 もしかしたら女の精気がダメなのかもと男に淫夢を見せて精気を吸収したりもしたんだよ。そっちの気がある人にね。

 よけい気持ち悪くなっただけだったよ!


 知り合いのサキュバスが、老け専の男には自分たちの魅力が通用しないって嘆いていたから、それだ! って思って八十代の老婆に淫夢を見せたりね。

 結果は訊かないでくれ。頼むぅ。


 で、血を吐くような試行錯誤の結果、俺が吸収できる精気の種類が判ったわけだ。

 それは、幼女の精気!


 初潮も迎えてないような幼女の精気じゃないと、俺の身体は受け付けないってぽい。

 はい、詰んだね。


 当たり前だけど、そんな年齢の女の子に性欲があるわけもなく、淫夢を見せたところでキョトーンとするだけ。

 精気(リビドー)のリの字も発散なんかされやしない。


 死ねと?

 いやあ、さすがの俺も諦めかけましたわ。


 けどこのアゾールト。そのくらいじゃへこたれないもん。

 このまま消滅してなるものかって気合いで、夜の息吹からちょっとだけ精気を吸収する方法を編み出したのだー。


 具体的には、人間のカップルがイチャイチャしているときに発散される精気を、ほんの少しだけ自分のものにできるようになった。

 幸せのお裾分け的な? いやまあ勝手にもらっていってるだけなんだけどね。


 ともあれ、この方法でなんとかギリギリ消滅を免れてるんだよ。

 でも存在を維持するのにエネルギーの大半を使ってるから、夜魔としてのチカラはほとんど使えない。


 ぶっちゃけ魔法も封印してる。

 魔力使いすぎたら、俺の存在自体が危うくなるからね。

 つらい。


 空を飛ぶのと壁抜けくらいかな。使ってるのは。

 さすがにそれまで封印しちゃうと、商売あがったりだからさ。


「よーう。ロリキュバスのアゾールトじゃねえか」

「げ。テグルト。ていうか誰がロリキュバスだこのやろう」


 吸精に失敗し、深夜の渋谷(しぶや)センター街をうろうろしていたら、同族に声をかけられた。


 こじゃれたスーツを着た男だ。茶色い髪を伸ばして後ろで一本に縛り、無造作でありながらもおしゃれさを感じるような、そんな色男である。

 ぶっちゃけホストにしか見えないが、事実としてこいつはホストを生業にしている。


「相変わらずひっでえ顔色だなあ。今日も失敗したのか?」

「ほっとけ」


 俺の苦情なんかさらっと華麗にスルーして、なれなれしく肩なんか組んできやがる。


 美形同士の絡みだから、道行く女たちの注目を浴びた。

 キャーキャー黄色い声もあがってるし。

 この酔っ払いどもめ。


「ククク……」


 テグルトが愉悦に顔をゆがめた。

 こいつ、あの女どもが発散する精気を吸収してやがる。

 いいなあ。

 俺がそれをやると、身体が受け付けなくて吐いちゃうんだよなあ。


「これ飲め」


 そういってテグルトが手渡してきたのは、いわゆるエナジードリンクというやつだった。

 缶入りで、三百円くらいするやつ。


「気休めにもほど遠いな……」


 受け取りながら苦笑する。

 こんなもんで解決するなら苦労しないって。


「つべこべ言わずに飲め。なんもしねーよりはマシだろうが」

「へいへい……」


 逆らうと、飲むまでまとわりついてきそうだから、仕方なくプルタブを開けて一気に飲み干す。

 気持ち悪くもならないかわりに、回復したという感覚もない。

 相変わらず魔力はほぼ枯渇状態である。


「飲んだらいくぞ」


 強引に腕を引く。


「どこへだよ?」


 俺としては、あんまり同族の近くにはいたくないんだけど。

 妬みそねみというなかれ。

 周囲にちゃんとしたインキュバスがいると、どーしても比べてしまうんだよ。

 で、我が身の情けなさを顧みて、ずずーんと落ち込むのさ。


「俺の店だよ。きまってんだろ」


 ビルを指さす。

 いかにもな感じの看板がきらびやかに女性たちを誘っている。


「おまえの縄張りって歌舞伎町(かぶきちょう)じゃなかったっけ?」


 首をかしげた。

 このあたりだと遊んでる年齢層も低いから、ホストクラブに金を落とす客はあんまりいなそう。


「支店を出したんだよ。料金お安めのな。若い女でも遊べるように」

「…………」


 あー、そういうことね。

 だからわざわざ声をかけてきたのか。


「若い客なら、ロリキュバスのお前でも食えるやつがいるかもしれねえだろ」


 ほらね。

 気を遣われちゃってるよ。俺。


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