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紅蓮の大地  作者: 大田牛二
序章 晋王朝の傾き

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遼東の雄

 慕容廆が自分の部族から離れてから二年が経った。彼は張華ちょうかの元で書物を読んだり、張華の政治を眺めたりと自由に過ごしていた。


 そんな彼の元に客人がやってきた。


「暗殺しに来たというわけではなさそうだな」


 口元を隠してやってきた男に慕容廆はそう言った。すると男は彼の言葉に答える形で、彼の叔父である慕容刪ぼようさくが部下に殺されたことを話した。


「叔父上には子がいたであろう」


「我々には強い指導者が必要なのです」


 慕容廆はその言葉に苦笑した。その強い指導者とやらのために自分ではなく、叔父を選んだのは自分たちではないか。


「わかった。だが、こちらとて筋を通さなければならないのでな」


 慕容廆は同意しつつもそう言って客人を下がらせた。そして彼は張華の元に向かい、自分の部族の元に戻ることを話した。


「そうですか……」


 張華は別れを惜しむように呟いた後、慕容廆に近づくと身に付けていた簪と頭巾を外して、丁寧に慕容廆に結び付けた。これは別れる友への礼の示し方である。


「私が戻れば、己の部族の利益のために動きます。このようなことをしてもらうなど……」


「友へ別れを告げるだけです」


 張華の言葉に慕容廆は目を細め、頭を下げた。


 翌日、慕容廆は出発した。


 その道中、彼はふと身に覚えのある場所に着いた。


「ここは……」


 慕容廆は少し寄り道をするように告げるとある家を探した。


「あった……」


 彼が探していたのは、逃亡中、匿ってくれた徐郁じょいくの家である。


「ここで待っておれ」


 慕容廆は家の戸を叩いた。


「なんじゃ」


 ふてぶてしく徐郁が出てきて彼を見ると怪訝そうな表情を浮かべ、後ろにいる者たちを見た。


「家にお邪魔するのは私だけです。他の者たちは絶対に入れません」


 その言葉に徐郁は入るように促し、慕容廆は一緒に入ろうとする者たちを目で制した後、入った。


「何の用じゃ」


「この度、自分の故郷に戻ることになりまして、その途中で通りかかったので来ただけです」


「ふん、命を狙われていたのにか?」


「狙っていた叔父が殺されましたのでね……」


 慕容廆はそこまで言ってから少し黙るとこう言った。


「ただ不安もあります……」


「ほう、お前さんがな」


「叔父を殺したのは私の部族の者たちです。そして私を招いているのもその部族の者たちなのです」


 徐郁は彼の言葉に頷く。


「ふん、なるほど自分たちに都合の良い者としてお前さんを招いているということじゃな。だが、それが人の上に立つということじゃよ……」


「そうか……」


「そこから本当の意味で指導者足りうるか。そこを心配しておるのか」


「ええ、もしかすればそのことを相談したかったためここに参ったかもしれません……」


 慕容廆はそこまで言ったところで何かを思いついたかのような顔をすると徐郁に言った。


「お願いがあります。徐郁殿。私と共に参っては下されないか」


「鮮卑である汝の元に私が行けと……何を馬鹿げたことを……」


「匈奴の元で働いていた漢人もいたはずです。鮮卑の長の元で働く者がいても可笑しくは無いでしょう」


 徐郁はその言葉に黙り込む。


「私はまだ若く、不才の身だ。あなたのような者の助言が欲しいのだ」


 慕容廆は若くして一人、故郷を離れることになったため股肱の臣と呼べる者がいないのだ。その臣下の一人として自分が思い浮かんだのが徐郁である。


『遼東の徐郁じょいくが汝を救うだろう』


 あの時、黄色い服の男が言った言葉はここでのことも含めたものではないか。


(だとすれば、ここでこの人を逃せば、天の意思に背いてしまうのではないか)


 そう思ったのである。


(鮮卑の元へか……)


 一方、徐郁は考え込む。かつて鮮卑と仲良くしていた漢人はいた。しかし、実際に仕えていた者はいなかった。


「春秋の時を、既に過ぎた身にも関わらず、新天地に挑むか……」


 だが、この中華に訪れようとする乱世を思い、更に徐郁は張華に晋王朝から離れることを進言してきた日々を思い返す。


「わかった。お前さんに着いていこう」


「おお、感謝する」


「だが、わしが臣下としていることを納得させるのはお前さんの仕事じゃよ」


「わかっている。誰にも文句は言わせん」


 慕容廆の言葉に徐郁は頷き、立ち上がる。


「では、行くとするかのう」


 二人は家から出る。周りの者たちが徐郁に驚くが、慕容廆はそれらを黙らせ、故郷に向かった。


「よくぞ、参られました。若様」


 多くの者たちが慕容廆を迎える。


「そこの者は何者でしょうか?」


 誰もが徐郁について尋ねるが、その度に、


「我が師である」


 と、慕容廆は答えるのみであった。やがて彼を迎え入れる宴が開かれた。


 隣に座っている徐郁が慕容廆に言った。


「最初が肝心じゃぞ」


「わかっております」


 慕容廆は頷くと臣下たちの中で代表格に当たる者たちが慕容廆に言葉を告げに来た。


「ほう、汝が私を推してくれたと聞いたぞ」


「ええ、あなた様こそが我らが長に相応しく……」


「叔父上を殺したのも汝であるとも聞いている」


「左様でございます。あの者は我々の長として相応しくなく……」


 その瞬間、慕容廆は剣を抜き、その代表者を切り捨てた。宴の場は静粛に包まれる。


「己の主であった者を殺害した者をこの場で処罰した。私は主を己の欲望のために殺害する者を許さない。これはその証明である。しかし、汝らの罪をこれ以上、咎めるつもりはない」


 酒杯を掴む。


「私はこれから我が部族に栄光をもたらせるために尽くすつもりである。諸君にもそのために尽くしてもらいたい。我らに栄光あれ、我が部族に栄光あれ」


 そう言って、彼は酒杯を掲げると宴の参加たちも一斉に酒杯を掲げた。


 宴の後、慕容廆は徐郁と話し合う。


「取り合えず、先代の仇を取りつつ、逆らう者への牽制にもなっただろう」


「ああだが、それでもお前さんの指導力に疑問を持っている者も多いだろう。だからこそ次は明確な敵を作ることだ」


「敵……なら父上の時代から対立している宇文部に戦を仕掛けるべきか?」


 宇文部も鮮卑の一種族である。


 なぜ宇文氏というのかと言えば、その先祖に普回という大人がおり、狩りをした際に玉璽を得たという。そこに「皇帝璽」の文字が刻まれており、普回は天から授かった物だと思い、彼らの習慣では天子を「宇文」といったため、国号を「宇文」にして、あわせてそれを氏にしたという。


 また、宇文氏は炎帝から出ており、鮮卑は草を「俟汾」と言ったため、炎帝の後代が嘗草の功(百草を嘗めて薬草を分類した功績)を元に「俟汾氏」と号すようになり、それがなまって「宇文」になったとも言う。

 

「それで、晋に許可を求めに行くとするかのう」


「許可を?」


 わざわざ許可を取るべきだろうかと思う慕容廆であったが、


「わかったやろう」


(信じると決めたのであれば、信じぬくべきであろう)


 と、思い徐郁の言われた通り、晋の朝廷に討伐することを請うた。


 しかし朝廷は許可しなかった。


「許可されなかったか……」


「これで良いのだ。このまま遼西に攻め込むとしよう」


「それでは……」


「お前さんは今まで中華におり、わしは漢人じゃ。そのことに疑っている者もいるだろう。その者たちを黙らさなければならん」


「なるほどな。では、やるとしよう」


 慕容廆は遼西に侵攻し、多くの人を殺害・略奪した。


「これが鮮卑の戦というものか」


 それを見ながら徐郁は呟く。


「だが、これから訪れようとする乱世はこの比ではないだろう」


 そう言って目を閉じた。


 西晋の武帝・司馬炎しばえんはこの事態を受け、幽州軍を派遣して慕容廆を討たせることにした。


「大将は張華殿か……」


 慕容廆はそう呟く。


「私はあくまで鮮卑としての利益で戦いましょうぞ」


 そう言って慕容廆は晋軍と肥如で戦ったが、慕容廆の軍は大敗した。


 しかしながら慕容廆はこの後も、毎年辺境を侵すようになり、東に向かって扶餘を攻撃すると扶餘王・依慮を自殺に追い込み、扶餘の国城を破壊して平地に変え、一万余人を駆り立てて帰るなど、遼東の雄・慕容廆としての存在感は更に増していった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 張華は張良の血をひくとはおもえないほど波乱万丈な生涯を歩んだ人ですよね、祖先は目立つべきでないときは見事に存在感をけしたのに、この人は意外にへんなことで顔をだす。
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