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紅蓮の大地  作者: 大田牛二
第二章 五胡躍動

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漢趙での崩御と混乱

 成漢の武帝・李雄りゆうがその将・張寶ちょうひんに言った。


「汝が梓潼を得られるようならば、私は賞として死んだ李離の官を汝に与えよう」


 張寶はまず殺人の罪を犯してから、逃亡して梓潼に奔った。訇琦こうきらは張寶を信じて彼に重任を委ねた。


 ちょうど羅尚らしょうが派遣した使者が梓潼に至り、使者が帰る時、訇琦らが城を出て使者を送ったこの時、張寶も後ろに従い、訇琦らが城を出た隙に門を閉じて梓潼をそのまま占領した。


 梓潼が占領されたため、訇琦らは巴西に奔った。武帝は喜び、張寶を太尉にした。


 梓潼を失ったことに動揺したのか晋の羅尚は巴郡で死んだ。蜀の人々は彼を評して、


「羅尚が愛すのは邪か佞の者で、憎むのは忠か正の者だ。魯・衛の如く富を築き、家は市場をなすほどだ。まるで豺狼のように貪欲であり、それが尽きることはない」


 と、言った。また、


「蜀の賊はまだ良いが、羅尚は我々を殺戮するだろう。平西将軍らしいが、禍をもたらしているだけに過ぎない」


 と、評したという。


 これを受け、懐帝は詔を発して長沙太守・下邳の人・皮素ひそに代わらせた。





 五月、石勒せきろくは汲郡を侵して太守・胡寵こちょうを捕らえた。そのまま南に向かって河を渡った。晋の滎陽太守・裴純はいじゅんは恐れて建鄴に奔った。


 七月、漢趙の楚王・劉聡りゅうそう、始安王・劉曜りゅうようと石勒および安北大将軍・趙固ちょうこが懐(地名)で晋の河内太守・裴整はいせいを包囲した。


 西晋の懐帝・司馬熾しばしが詔を発して征虜将軍・宋抽そうちゅうに懐を救わせたが、石勒と平北大将軍・王桑おうそうが宋抽を逆撃して戦死させた。


 河内の人々は漢趙の勢いを恐れ、裴整を捕えて漢趙に投降した。漢趙の光文帝・劉淵りゅうえんは裴整を尚書左丞に任命した。


 晋の河内督将・郭默かくもくが裴整の余衆を集めて自ら塢主(城の小さいものを「塢」という)となった。劉琨りゅうこんは正式に郭默を河内太守に任命した。


 趙漢が晋王朝へ猛攻を仕掛けている中、光文帝が病に倒れた。


 彼は病の中、陳留王・劉歓楽りゅうかんらくを太宰に、長楽王・劉洋りゅうようを太傅に、江都王・劉延年りゅうえんねんを太保に、楚王・劉聡を大司馬・大単于に任命し、四人そろって尚書の政務を主管させることにした。平陽西に単于台が置かれた。


 また、斉王・劉裕りゅうゆうを大司徒に、魯王・劉隆りゅうりょうを尚書令に、北海王・劉乂りゅうがいを撫軍大将軍・領司隸校尉に、始安王・劉曜を征討大都督・領単于左輔に、廷尉・喬智明きょうちめいを冠軍大将軍・領単于右輔に、光禄大夫・劉殷りゅういんを左僕射に、王育おういくを右僕射に、任顗じんがいを吏部尚書に、朱紀しゅきを中書監に、護軍・馬景ばけいを領左衛将軍に、永安王・劉安国りゅうあんこくを領右衛将軍に任命し、安昌王・劉盛りゅうせい、安邑王・劉欽りゅうきん、西陽王・劉璿りゅうえいの三人に武衛将軍を兼任させ、分かれて禁兵を主管させた。


 この中の劉盛は幼い頃から読書を好まず、ただ『孝経』と『論語』を読んで、


「これだけを諳んじて実行できれば充分だ。どうして実行しないのにたくさん読む必要があるのか」


 と言っていた。


 ある時、李熹りきが劉盛に会って感嘆し、


「彼を遠くから眺めたら軽慢に見えるが、近くに至ったら、厳粛な様子は威厳のある君主のようであり、君子とみなすことができる」


 と言った。


 光文帝も劉盛のことを評価しており、彼が忠篤であるとして臨終に及んで要任を委ねた。


 その後、光文帝は太宰・劉歓楽らを召して禁中に入らせ、遺詔を授けて輔政を命じた。その数日後、光文帝は崩御した。


 光文帝・劉淵は高潔にして、大志を持ち、晋打倒を明確にして戦った時代を動かしたと言える人物である。


 太子・劉和が即位した。


 劉和の字は玄泰といい、身長が八尺あり、剛毅で姿儀が美しく、学問を好んで『毛詩』・『春秋左氏伝』・『鄭氏易』を学んだ。そのため評価されたという。


 しかしながら皇太子になると劉和は疑い深くなり、恩徳を示すことはなかった。


 宗正・呼延攸こえんゆうは光文帝の最側近であった呼延翼の子であったが、才能と徳行がなかったため、光文帝は、終生、呼延攸を昇格させなかった。また、侍中・劉乗りゅうじょうは以前から楚王・劉聡を嫌っており、衛尉・西昌王・劉鋭りゅうえいも顧命に預かれなかったことを恥じとしていたため、三人が互いに謀って劉和にこう説得した。


「先帝は軽重の勢を考慮せず、三王に内で強兵を総領させ、大司馬に近郊で十万の兵を擁して駐屯させました」


 ここの「三王」は安昌王・劉盛、安邑王・劉欽、西陽王・劉璿または斉王・劉裕、魯王・劉隆、北海王・劉乂」を指すと言われている。大司馬・劉聡は平陽西に駐屯している。


「陛下は寄坐(客位に居ること。立場が安定せず、実権がないことを意味する)を為しているだけなので、早くこれのために計るべきです」


 劉和は呼延攸の甥に当たるため、呼延攸を深く信用してこの進言に頷いた。


 夜、劉和は安昌王・劉盛、安邑王・劉欽らを召してこの事を告げた。劉盛は言った。


「先帝の棺が殯にあり(「殯」は埋葬前に棺を安置すること)、四王(光文帝の第四子に当たる劉聡を指す。あるいは、劉聡、劉裕、劉隆、劉乂の四人)にもまだ逆節がありません。一旦にして自ら互いに殺し合ったら、天下は陛下をどうみなすことでしょうか。そもそも、大業は始まったばかりなのです。陛下は讒夫の言を信じて兄弟を疑うべきではありません。兄弟すら信じることができないのに、他人の誰が信じるに足りましょうか」


 呼延攸と劉鋭は怒って、


「今日の議に二つの道理はない。領軍は何を言うのだ」


 と言い、左右の者に命じて彼を斬殺させた。劉盛が死ぬと、劉欽は懼れて、


「陛下の命に従うだけです」


 と、言った。


 劉鋭は馬景を率いて単于台で楚王・劉聡を、呼延攸は永安王・劉安国を率いて司徒府で斉王・劉裕を、劉乗は安邑王・劉欽を率いて魯王・劉隆を、そして尚書・田密でんみつと武衛将軍・劉璿を派遣して北海王・劉乂に侵攻した。


 しかし田密と劉璿は劉乂に強制して関を破らせ、劉聡に帰順した。劉聡は甲冑を身に着けて、待機するように命じ、備えをしっかりとした。


 劉鋭は劉聡に備えがあると知って馳せ還った。呼延攸、劉乗と共に劉隆、劉裕を攻めた。そんな中、呼延攸と劉乗は劉安国と劉欽に異志があると疑い、殺害した。


 劉裕と劉隆は敗れ、斬られた。


「ここで戦わなければ、滅びるだけだ」


 劉聡は反撃して西明門を攻略した。劉鋭らは逃走して南宮に入り、劉聡の前鋒がその後に続いた。劉聡は光極西室に乗り込み、劉和を殺し、劉鋭、呼延攸、劉乗を捕えて、大通りで首を斬って晒した。


 群臣が劉聡に対して帝位に即くように請うたが、劉聡は、北海王・劉乂が単后の子だったため、位を譲ろうとした。


 ところが劉乂は涕泣して頑なに劉聡に即位を請うた。


 劉聡は久しくしてやっと同意し、こう言った。


「乂および群公は、正に禍難がなお盛んであることを理由に、私が年長であるとし、即位を求めただけである。これは国家の大事であり、私がなぜ敢えて辞退できるだろうか。乂が年長になるのを待って、大業を帰すことにする」


 こうして劉聡が即位した。以後、漢趙の昭武帝とする。


 昭武帝は大赦を行い、光文帝の河瑞二年から光興元年に改元した。単氏を尊んで皇太后とし、実母の張氏を帝太后にした。そして劉乂を皇太弟・領大単于・大司徒にした。


 妻の呼延氏を皇后に立てた。因みに呼延皇后は光文帝の従妹である。


 子の劉粲りゅうさんを河内王に、劉易りゅうえきを河間王に、劉翼りゅうよくを彭城王に、劉悝りゅうかいを高平王に封じた。


 更に劉粲を撫軍大将軍・都督中外諸軍事に任命し、石勒せきろくを并州刺史に任命して汲郡公に封じた。


 略陽臨渭氐の酋・蒲洪ふこうは驍勇で権謀も多かったため、群氐に畏服されていた。


 昭武帝・劉聡が使者を派遣して蒲洪を平遠将軍に任命したが、蒲洪はこれを受け入れず、自ら護氐校尉・秦州刺史・略陽公を称した。


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― 新着の感想 ―
[一言] 趙漢に晏子(晏嬰ではなく晏弱)のような人物がいたらなぁとか考えちゃいますね、劉淵が魅力的なだけに。
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