血だらけの執念
石勒、字は世龍という。彼の元々の名は㔨であるが、このまま石勒と記す。
彼は上党武郷の羯人(匈奴の別部・羌渠の冑(後代))で、祖父の耶弈于・父の周曷朱はいずれも部落小帥(部族の中の小集団を束ねる者)の地位にあったが、父は凶悪粗暴な性格であったことから、傘下の諸胡人から信頼されていなかった。
一方、石勒はいつも小帥の地位を代行して部内の統治に当たり、膽力があり、騎射を善くした。そのため父とは異なり皆から信愛を得ていたという。
石勒が幼い頃、彼の家族が住処を構えていた武郷北原の山下で騎兵のような形の草木が見られた。
さらに石勒の家の庭中には人参が突如として生え、周りの花もまた葉が盛んに茂り、その見た目は人の姿にそっくりだったという。
この奇妙な現象に村長や黄色い服の人相見が石勒の下に集まり、
「この胡(石勒の事)の容貌は非凡であり、並々ならぬ志と度量が見られる。これは計り知れぬぞ」
と口を揃え、村人に対して石勒を厚遇するよう勧めた。ほとんどの人は失笑してまともに取り合わなかったが、鄔県出身の郭敬と陽曲県出身の甯駆だけは正に言う通りであると感じ、共に石勒に資金援助をした。
石勒はこの二人に恩を感じ、農作業に協力してそれに報いたという。
太安年間(302年~303年)、并州では飢饉の発生に伴い、騒乱が各地で多発するようになった。その為、石勒は傘下の諸胡人と共に災いを避けて遠方へ逃散することになったが、やがて雁門より郷里に帰還し、かねてより親交のあった甯駆に庇護を求めた。
北沢都尉・劉監はそのことを知ると彼らを捕縛して売り捌いてしまおうと考えた。しかし甯駆が上手く石勒らを匿ったため難を逃れる事が出来た。
別の都尉である李川は劉監と異なり寛大な処遇を示していた事から、石勒は密かに彼の下に投降しようと考えて再び移動を始めた。しかしその道中で食料が尽きてしまいほとんど食事が摂れず、また寒さにも苦しんだ。
そんな最中、郭敬に出会った。石勒は涙ながらに彼へ窮状を訴えて援助を請うた。
郭敬もまたこれに同情して涙を流し、手持ちの銭と食料や衣服を提供したため、石勒らは難を逃れる事が出来た。
石勒は郭敬と語らい合い、
「今、大飢饉に見舞われており、ただ困窮するのを待つべきではない。諸胡の飢餓は甚だしいのだから、穀物があると言って彼らを冀州に招いて、捕らえて売ってしまうべきだ。そうすれば、あなたも我々も共に飢えを凌ぐことが出来るだろう」
と述べると、郭敬もまたこれに深く賛同の意を示した。
并州を大飢饉が襲った時、建威将軍・閻粹が東嬴公・司馬騰に、山東で諸異民族を捕えて売ることで、軍実(軍の食糧・物資)を充たすよう進言した。
司馬騰はこれに同意し、将軍・郭陽・張隆らに命じて各地の胡人を捕らえさせ、山東へ売り捌くことにした。
この一行が冀州を通過した時、石勒らもまたその中に組み込まれて連行された。その過程で、母の王氏や甥の石虎とも離別する事となった。
更に石勒は何度も張隆から暴行を受けて辱められたが、郭敬は連行の任務に当たっていた族兄の郭陽とその甥である郭時をあらかじめ石勒の傍につけ、郭陽らはいつも張隆に暴行を控えるよう訴えて石勒を庇った。また、道中は飢えや病にも苦しんだが、郭陽の世話により石勒は命を繋ぐことができたという。
一行は東へ移動し、平原まで至った所で売りに出され、石勒は茌平に住む師懽という人物の下に売り渡されることになり、しばらくは彼の奴隷となって農作業に従事するようになった。
「また、聞こえる……」
彼はそう呟いた。
若い頃、石勒が村で農作業を行っていた時、鞞鐸(戦場で合図に用いる太鼓や角笛・鈴の事)の音が聞こえてきた。
何度か同じことがあり、不審に思った石勒は帰るとこの事を母・王氏に告げたが、母は、
「働きすぎて耳鳴りがしてるだけです。不吉な予兆などではありませんよ」
と気にも留めなかった。
師懽の家で奴隷として働くようになり、野に耕作に出た石勒はまたもや度々鞞鐸の音を聞くようになった。
石勒は他の奴隷にこの事を告げると、他の者も同じように音が聞こえていると答えた。石勒は、
「俺がまだ幼く家にあった頃、いつもこの音が聞こえていたのだ」
と語った。奴隷達は帰って師懽にこの事を報告すると、師懽もまたかねてより石勒の風貌にただならぬものを感じていため、この報告を聞いて奴隷から解放する事を決めた。
師懽の家の隣には馬の牧場があり、その牧場の主は汲桑という人物であった。石勒は奴隷だった頃から彼と交流があった。汲桑は石勒には馬の状態を見抜く能力があると思い、評価したため、自由の身となった石勒は彼に従うようになった。
やがて石勒は汲桑と共に壮士と結んで群盗になり、各地で略奪行為を働くようになっていった。石勒はその略奪で得たものはすべて汲桑に渡した。
そんな中、公師藩が挙兵すると、汲桑は石勒を誘い、数百騎を率いて赴いた。そして、汲桑は石勒に「石」を姓とさせ、「勒」を名とさせた。ここで初めて彼は石勒となったのである。
公師藩らは郡県を攻めて攻略し、二千石や長吏を殺していった。どの戦いにおいても先鋒を務めたのは石勒であった。
その後、向きを変えて前進し、鄴を攻めた。
鄴を守る平昌公・司馬模は甚だ懼れたが、范陽王・司馬虓が将・苟晞を鄴に救援に向かわせた。
苟晞は広平太守・譙国の人・丁紹と共に公師藩の軍と激突した。
この戦いにおいても石勒は先鋒として敵軍に向かった。
二振りの小刀を逆手に持ち、彼は軽やかに敵兵を切り裂いていく。
「ちっやりづれぇ」
しかし今回はその軽やかさが失われていた。
苟晞の軍は今まで戦ってきた晋軍の兵とは違い、まとまりがあった。彼らは盾を並べ自分を囲むように戦うため、周囲から一斉に攻撃を受け、彼の体中に傷が増えてきた。
「将軍ってやつが変わるだけで軍の強さってのは変わるのか……」
今まで勝ってきた自分たちは苟晞の軍によって敗北しようとしている。その時、頭に向かって矛が振り下ろされ、石勒は地面に叩きつけられた。
兵が彼を囲み、とどめを誘うとした瞬間、石勒は地面から跳ねるように飛び上がると兵の一人の首を斬り飛ばし、別の兵の頭に手を置くとそのまま回転し、兵の首をねじ切ってから地面に降り立つ。
「ふふ、あはははははっ、あははははははっ」
彼は敵兵に囲まれている中、笑う。そして、彼は再び飛び上がり、敵兵へと襲い掛かった。盾が並べようとされる瞬間、縫っていき兵の首を飛ばしていく。
「敵は一人だ。囲め、囲めぇ」
「うるせぇな」
兵の指揮を執っていた部隊の指揮官に石勒は小刀を振るう。それを指揮官は盾で防ぐ。すると石勒の小刀は折れた。
「死ねぇ」
それを見て指揮官が剣を振り下ろす。その瞬間にもう一本の小刀を石勒は剣の持ち手に投げつけた。
小刀が刺さり、剣を手放した指揮官に向かって石勒は飛び掛かり、右手で指揮官の顔を握り、左手で相手の体を押さえつける。そしてそのまま驚異的な力で相手の首を引きちぎってみせた。
「あははははっ」
更に首を別の兵に投げつけ、飛び掛かる。
兵の攻撃を受けながら、傷だらけになりながら石勒は戦場を駆け巡り、暴れていく。
拳の皮が剥がれようとも、血だらけになりながらも、彼は一切、止まることなく、暴れていく。
やがて敵軍の本陣近くまでいき、敵軍の将軍・苟晞の姿を見ると指さし、
「てめぇの顔、覚えたぜ」
そう言って石勒は再び、敵兵に囲まれ戦い始めた。
公師藩の軍は苟晞の軍に敗れた。
石勒は血だらけの体を引きずりながら撤退する公師藩の軍の中にいた。
「次は勝つ……何度でも挑んでやる……生きている限り……次に勝つのは俺だ……」
彼の呟きを聞くものは誰もいなかった。しかし、彼の言葉が実証されることを天のみが知っていた。




