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紅蓮の大地  作者: 大田牛二
第一章 八王の乱

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盧志

 河間王・司馬顒しばぎょうは李含らが死んだと聞くやすぐに兵を起こして長沙王・司馬乂しばがいの討つため兵を発した。


 この時、大将軍・司馬穎しばえいが上表して張昌討伐を請い、許可されていたが、劉弘りゅうこうらの活躍により、張昌が既に平定されたと聞くと、司馬穎はこの機に司馬顒と共に司馬乂を攻めようと欲した。


 これに盧志ろしが諫めた。


「あなた様は以前、大功があったのに、権力を棄てて恩寵を辞退したことで、時望(当時の声望)が美しくなりました。今、もし関外に軍を駐屯させて、兵を用いずに文官の服で入朝するなら、これは覇主の事業です」


 参軍・魏郡の人・邵續しょうせきもこう言った。


「人に兄弟がいるのは、左右に手があるようなものです。しかしあなた様は、天下の敵に当たろうと欲しながら先に一つの手を除こうとしています。これが相応しいことでしょうか?」


 司馬穎はどちらの意見にも従わなかった。


 八月、司馬顒と司馬穎が共に上表した。


「乂は論功が不公平で、右僕射・羊玄之ようげんし、左将軍・皇甫商こうほしょうと共に朝政を専断し、忠良(李含らを指す)を殺害しました。よって、羊玄之と皇甫商を誅し、乂を遣わして国に還らせることを請います」


 しかし詔(司馬乂の意思が反映された詔)はこう答えた。


「顒が敢えて大兵を挙げ、内に進んで国都に向ったので、私(西晋の恵帝・司馬衷しばちゅうのことだが、司馬乂の意思が反映されている)が自ら六軍を率いて姦逆を誅殺しよう。ここに乂を太尉・都督中外諸軍事とし、これを防御させる」


 司馬顒は自分の将・張方ちょうほうを都督に任命し、精兵七万を指揮して函谷から東に進ませた。張方が洛陽に向かった。


 司馬穎も兵を率いて朝歌に駐屯し、平原内史・陸機りくきを前将軍・前鋒都督に任命して、北中郎将・王粹おうすい、冠軍将軍・牽秀しんしゅう、中護軍・石超せきちょうらの軍二十余万を監督させ、南下して京師・洛陽に迫らせた。


 陸機は羇旅(異郷の人。客居している身分)として司馬穎に仕えていたが、今回、一旦にして突然、諸将の上に立つことになったため、王粹らは皆、心中で不服であった。


 白沙督・孫恵そんけいは陸機と親密だったため、陸機に対して、都督の地位を王粹に譲るように勧めた。


 しかし陸機は、


「都督を譲ったら彼は私を首鼠両端(躊躇して決断できないこと。どちらにも附こうとしないこと)とみなすことだろう。まさに禍を速めることになる」


 と返した。


 司馬穎は陸機に、


「もし事が成就したならば、汝を郡公に封じて大臣の職を与えよう。努力するように」


 と述べると、陸機は、


「かつて斉の桓公は管夷吾を信任した事により、九合諸侯の功を打ち立て、燕の恵王は楽毅を疑った事により成功の業を失いました。今回の事の成否は王にかかっているのであって、私にかかっているのではありません」


 と述べた。


 盧志は陸機のことを妬んでおり、司馬穎に、


「陸機は自らを管仲・楽毅になぞらえ、主君を暗君になぞらえました。古来より、将に命じて軍をつかわす際に、臣下が君主をさしおいたままで成功したためしはありません」


 と讒言した。それを聞いた司馬穎は押し黙ってしまった。


 陸機が出発した後、司馬穎は朝歌から河橋まで軍を連ねた。彼らの鼓声は数百里にわたって聞こえたという。


 司馬乂は将軍・皇甫商を派遣し、一万余人を指揮させて、宜陽で張方を防がせた。


 九月、張方が皇甫商を襲って敗ってみせた。


 大将軍・司馬穎が進軍して河南(黄河の南)に駐屯し、清水を隔てて営塁を築いた。


 尚書右僕射・興晋公・羊玄之が憂い懼れて死んだ。


「お父様……」


 羊献容ようけんようは父親の死を大いに悲しんだ。それを綠珠りょくじゅは静かに眺めるだけであった。


 一方、司馬乂は恵帝と共に緱氏(地名)に軍を進め、牽秀を撃って走らせた。


 皇甫商を打ち破った張方は勢いのまま京城に入って大略奪し、清明、開陽の二門を焼いて、死者が万を数えた。






 李特の後、勢力のまとめ役であった李流りりゅうが病を患って重くなり、諸将にこう言った。


「驍騎(驍騎将軍。李特と李流の弟・李驤)は仁明なので、元より大事を成就させるに足りる。しかし前軍(前将軍。李特の子・李雄りゆう)は英武で、恐らく天が選んだ者なので、共に前軍から指示を受けるべきである」


 李流が死ぬと、衆人は李雄を推して大都督・大将軍・益州牧とし、郫城を治所にした。


 勢力を正式に率いることになった李雄は策略を巡らし、武都の人・朴泰ぼくたい(朴氏は板楯七姓蛮の一つ)を羅尚らしょうの元に送り、朴泰に自ら内応になると伝えさせ、羅尚に郫城を襲うよう進言させた。


 羅尚はこれに大いに喜び、隗伯かいはくに命じて、兵を率いて郫を攻めさせた。


 李雄は羅尚自ら来ないことにため息をつきつつも、朴泰に火を挙げて内応の合図にすると約束させ、李驤りじょうを道に兵と共に伏せさせた。


 朴泰が長梯を城外に出し、火を挙げた。


 隗伯の兵は火が上がるのを見て、争って梯をよじ登った。そこに李驤が兵を放って攻撃させ、隗伯軍を大破した。


 李驤は奔走する敵を追って夜の間に城下に至り、偽って万歳を唱え、


「既に郫城を得た」


 と言った。そのまま李驤が少城に入った。


 羅尚は李驤の入城に気づき、太城に退いて守りを固めた。


 隗伯はひどい怪我を負い、李雄に生け捕りにされたが、李雄は隗伯を赦して殺さなかった。


 李驤は犍為を攻めて羅尚の輸送路を断ち、太守・襲恢しょうかいを獲て殺した。






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