また一つの主従が生まれる
ある日、前秦帝・苻生が見た夢の中で、大魚が蒲を食べた。苻氏は元々、蒲が氏だったため、大魚が蒲を食べる夢を奇異に思った。
また、長安でこのような謡(童謡、流行り歌)が歌われた。
「東海の大魚が化けて龍となり、男は皆、王になり、女は公になる」
そこで、前秦帝は太師・録尚書事・広寧公・魚遵とその七子十孫を併せて誅殺した。姓が魚だからである。
金紫光禄大夫・牛夷はこのような状況を見て、禍を懼れて荊州への赴任を求めたが、前秦帝は同意せず、中軍将軍に任命して引見した。
前秦帝が戯れて牛夷に言った。
「牛の性格は穏重慎重で、車を牽くのが得意だ。駿馬の足はないが、動けば百石を背負うこともできるだろう」
牛夷はこう答えた。
「大車を制御することはできても、まだ峻壁(峻険な崖道)を通ったことがありません。重載(重い荷物。ここでは荊州の重任)を試すことを願います。そうすれば、私の功績を知ることができます」
前秦帝が笑って言った。
「何と痛快なことか。汝は載せている物が軽いのを嫌うのか。私は魚公の爵位を汝に属させようではないか」
牛夷は朝廷で重責を負うことに懼れを抱き、帰ってから自殺した。
「なぜわざわざ死ぬのだ」
前秦帝は牛夷の死に何ら思うことなく、相変わらず昼夜を分けずに酒を飲んだ。
最近では、前秦帝は月を連ねて外に出ることもなく、奏事が省みず、往々にして放置する有様であった。やっと外に出てきたと思えば、酔った状態で現れてその状態で政事を裁決した。
左右の者がそれを利用して姦を為し、賞罰に基準がなくなっていった。
前秦帝は申酉(午後三時から七時)になってから、やっと皇宮を出て視朝し、酔いに乗じて多くの殺戮を行ったこともあった。
また、前秦帝は自分が眇目(片目)だったため、「残、缺(欠)、偏、隻、少、無、不具」といった言葉を忌避しており、誤って禁忌を犯したために死んだ者は数え切れないほどいた。
好んで牛・羊・驢・馬の皮を生きたまま剥いだり、鶏・豚・鵝・鴨に熱湯をかけて毛を取り除いたりして、これらを殿前に放って数十頭(または「数十羽」)の群れを作らせたこともあった。
更には人の顔の皮を剥いでから歌舞をさせ、そこに臨観して娯楽とすることもあった。
かつて前秦帝が左右の者にこう問うたことがあった。
「私が天下に臨んでから、汝は外でどのような事を聞いているか?」
暗君はいつの時代でも自分がどう見られているのかを周囲の者に聞くものである。
ある者がこう答えた。
「聖明が世を主宰して賞罰が明確で適切なので、天下はただ太平を謳歌しています」
すると前秦帝は怒って、
「汝は私に媚びておる」
と言い、引き出して斬らせた。
他の日にまた左右の者に問うと、ある者がこう答えた。
「陛下は刑罰が少し度を過ぎています」
前秦帝はまた怒って、
「汝は私を誹謗した」
と言い、やはり斬らせた。情緒不安定な人である。
こうして勲旧・親戚も誅殺されてほとんどいなくなり、群臣は一日を保つことができたら十年を過ごしたように思うほどであった。
そんな中、衆望を集めていた者がいた。
東海王・苻堅である。彼はかねてから時誉(当時における称賛)があり、姚襄の参軍だった薛讃や権翼と善い関係にあった。
薛讃と権翼が秘かに苻堅を説得した。
「主上は猜忍暴虐(猜疑心が強くて残忍暴虐)なので、中外が離心しています。当今において、秦祀(前秦の祭祀・社稷)を主宰すべき者は、殿下の他に誰がいるでしょうか。早く計を為すように願います。他の姓の者に秦祀を得させてはなりません」
その言葉を受け、苻堅が尚書・呂婆楼に意見を求めると、呂婆楼はこう言った。
「私は刀鐶上の人に過ぎないので、大事を行うには足りません」
「刀鐶」は刀の柄の先端部分のことである。胡三省によると、魏・晋の時代は刀鐶で人を撃ち殺したので、呂婆楼が自分を「刀鐶上の人」と言ったのは、間もなく苻生に殺されるはずだ、ということを意味している。もしくは、刀とは鋒刃を使うものであり、刀鐶は役に立たない場所であるため、ここは呂婆楼が自分を「役に立たない者」として「刀鐶」に比喩したという説もある。
「僕の里舍(故郷・同郷の人)に王猛という者がおり、その人の謀略はこの世にまたとないほど優れているので、殿下は招いて教えを求めるべきです」
苻堅は呂婆楼を通して王猛を招いた。
腕が膝に届き、目に紫光を宿す。それが苻堅の容姿である。
(覇王の相だ)
王猛は彼が奇相の持ち主だけではないことを期待しながら対話を始めた。
苻堅は気宇壮大で豪快でありながらも、決して傲慢さを感じさせない。
(ああ、この乱世にこのような方がいたのか)
二人は一見して旧友のようになった。談論が時事に及ぶと、苻堅は大いに悦び、
「劉玄徳(劉備)が諸葛孔明(諸葛亮)に出逢った時のようだ」
と称した。
(劉玄徳に諸葛孔明……)
王猛は彼の言葉にそれほどの評価を与えられた喜びと同時に、その主従は成功しなかったと思った。
(不吉に思いすぎか……)
そんな考えを彼は振り払い、苻堅に仕えることにした。ここに一つの主従が生まれたのである。
「王猛は諸葛亮にはなれるかもしれない。はてさて、苻堅は劉備になれるのか……」
黄色い服の男は建物の上で、足を揺らしながらそう呟く。
「まあ、あれになれるやつがいるのであれば、私は会ってみたいがな」
彼は苦笑する。
「さあ、彼ら主従はこの歴史においてどれほどの輝きを見せるのだろうか。それとも……何も為せないまま終わるのか……」