表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅蓮の大地  作者: 大田牛二
第一章 八王の乱

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/226

賈氏の強大化

 天下に大赦して永熙二年から元康元年に改元された。


 西晋の恵帝・司馬衷しばちゅうの后・賈南風かなんふうは偽の詔を発し、後軍将軍・荀悝じゅんかいを使って楊太后を永寧宮に送らせた。特別に太后の母・高都君・龐氏の命を保全して、太后と一緒に住むことを許可した。


 しかし間もなくして群公・有司に促し、こう上奏させた。


「皇太后は秘かに徐々に姦謀を為し、社稷を危うくさせようと図り、飛矢に書を繋いで将士を募集し、悪と共に助け合って自ら天道と断絶しました。魯侯が文姜と関係を絶ったのは、『春秋』が許したことです」


『春秋』が許したというのは、文姜が魯の桓公の夫人であった人物で、彼女の兄・斉の襄公が夫の桓公を殺すと、文姜は襄公と一緒になり、子の魯の荘公が即位してからも、文姜は斉に留まったことを言う。


「思うに、祖宗を奉じたら天下において至公(極めて公正な責任)を担っているので、陛下が無已の情(やむを得ない情け)を抱いているとはいえ、臣下は敢えて詔(楊太后とその母を赦して永寧宮に住ませるという詔)を奉じるわけにはいきません」


 これに恵帝は詔を発した。


「これは大事である。更に詳しく討議せよ」


 有司がまた上奏した。


「太后を廃して峻陽庶人と呼ぶべきです(峻陽は武帝陵)」


 中書監・張華ちょうかが建議した。


「太后は先帝に対して罪を得たのではありません。今、親しくする者と党を成し、聖世(恵帝の世)において母として相応しくないことをしたので、漢が趙太后を廃して孝成后にした故事に則り、皇太后の号を落として称号を武皇后に戻し、異なる宮に住ませ、こうして終生の恩徳を全うさせるべきです」


 左僕射・荀愷じゅんがいと太子少師・下邳王・司馬晃しばこうらが建議した。


「皇太后は社稷を危うくさせようと謀りましたので、再び先帝に配すべきではなく、武皇后と称すのも相応しくありません。尊号を落とし、廃して金墉城に向かわせるべきです」


 有司も上奏して、司馬晃らの意見に従い、太后を廃して庶人にするように進言した。恵帝は詔を発してこれに同意した。その後、有司がまた上奏した。


「楊駿は造乱したので、その家属は誅されるべきです。詔はその妻・龐の命を赦して太后の心を慰めましたが、今、太后を廃して庶人にしたので、龐を廷尉に送って刑を行うことを請います」


 恵帝は詔を発して許可しなかったが、有司が再び固くなに請願したため、ついに従った。


 龐氏が刑に臨むと、楊太后が抱きかかえて大声で叫び、髪を切って叩頭し、上表して母の命を乞うた。賈南風を訪ねて妾と称すことで母の命を全うさせるように願い出た。しかし、相手にされなかった。


 冷酷非道とはこのことであろう。


 浚儀(地名)の隠者・董養とうようが太学に遊行し、堂に登って嘆息して言った。


「朝廷はこの堂を建てたが、将来、何になるのだろうか」


 太学といった学校は孝悌の義を教えるためにある。今回、恵帝は太后を廃してその母を処刑したため、孝の教えを自ら棄てたことになる。


「いつも国家の赦書を閲覧するたびに、謀反大逆も皆、赦されていたが、祖父母や父母を殺されてきた。それは王法が容認できないことなので、大赦があっても赦されなかったのだ。どうして公卿が決議する際、礼典を修飾する様がこれほどまでになってしまったのだろうか。天と人の道理が滅べば、大乱が起きることになる」


 この後、董養は妻と一緒に蜀に入り、消息は分からなくなったという。












 有司が楊駿の官属を逮捕して誅殺しようとしたが、侍中・傅祗ふていが恵帝に進言した。


「昔、魯芝は曹爽の司馬を勤めており、関を破って曹爽を訪ねましたが、宣帝(司馬懿)は彼を用いて青州刺史にしました。楊駿の僚佐も、全てに罪を加えるべきではありません」


 楊駿の官属は詔によって赦された。


 恵帝は大司馬・汝南王・司馬亮しばりょうを召して太宰に任命し、太保・衛瓘えいかんと共に録尚書事にして輔政させた。


 また、秦王・司馬柬しばかんを大将軍に、東平王・司馬楙しばぼうを撫軍大将軍に、鎮南将軍・楚王・司馬瑋しばいを衛将軍・領北軍中候に、下邳王・司馬晃を尚書令に任命し、東安公・司馬繇しばようを尚書左僕射にして爵位を東安王に進めた。司馬楙は司馬望(司馬孚の子)の子である。


 黄門・董猛とうもうを武安侯に封じ、三人の兄も全て亭侯にした。


 司馬亮は衆人の歓心を得ようと欲したため、楊駿を誅殺した功を論じて封賞を濫発した。督将で侯になった者が千八十一人に上った。


 御史中丞・傅咸ふいが司馬亮に書を送った。


「今、封賞が熏赫(激しく盛んなこと)として天地を震動させており、このようなことは古以来、あったことがありません。功績が無いのに賞を獲られるようなら、人々は国に禍が起きることを望むようになります。この事は東安公の爵が王位に進められたことから始まります。人は殿下(司馬亮)が来たらこのような状況を正すはずだと思っていました。道によって正されるならば、どうして衆人がまた怒ることがあるでしょう。衆人が怒る原因は不公平にあります。それなのに今、更に全ての功績を過大に評価したら、失望しない者はいません」


 しかし司馬亮はそれに従わず、権勢を独断したため、傅咸がまた諫めた。


「楊駿は震主の威(主君を脅かすほどの威勢)があり、親戚に重任を委ねました。これが天下が喧噪した原因です。今、あなた様は重任に居る時なので、楊駿の過失を改め、静寂にして精神を養い、大事があったら判断を下して正しい道を維持する。大事ではないようならば、全て抑えて関係部署に委ねるべきです。最近、繰り返し尊門(司馬亮の門)を通り過ぎたところ、官員の車馬が街路を満たしていました。このような翕習(人が集まること)も、もう止めさせるべきです。また、夏侯長容(長容は夏侯駿かこうしゅんの字)は功がないのに突然抜擢されて少府になりました。論者は長容が公の姻家(婚姻関係がある家)なのでこうなるに至ったのだとみなしており、四方に噂が流れています。これは益となることではありません」


 司馬亮はこれらの意見に従わなかった。


 賈南風の族兄(同輩の親族で年長の者)に当たる車騎司馬・賈模かぼと従舅(母親の従兄弟)に当たる右衛将軍・郭彰かくしょう、妹の子・賈謐かひつおよび楚王・司馬瑋、東安王・司馬繇がそろって国政に関与した。


 この中の賈謐は本来、韓謐といい、賈后の妹・賈午かご韓寿かんじゅに嫁いで彼を生んだ。賈充の死後、後嗣がいなかったため、韓謐が跡を継いだため賈謐となったのである。


 賈南風の凶暴姦悪が日に日に甚だしくなったため、司馬繇が秘かに皇后の廃位を謀った。彼女はそれを懼れ、排除に動いた。


 司馬繇の兄・東武公・司馬澹しばせんはかねてから司馬繇を嫌っていたため、しばしば讒言して太宰・司馬亮にこう言った。


「司馬繇は誅賞を独断で行っており、朝政を専断しようと欲しています」


 司馬繇は詔によって官を免じられ、また、叛逆の言があったという罪に坐して、廃されて帯方に遷された。


 司馬楙は阿諛追従を得意とし、楊駿に仕えていた。楊駿が誅殺された時、法に則って死刑に処されるはずであったが、司馬繇と仲が良かったため連座しなかった。暫くして大鴻臚に遷り、侍中を加えられた。


 しかし、司馬繇が朝政の専断を欲して汝南王・司馬亮と不和になったため、司馬亮は、


「楊駿を討つ時、司馬繇は観望していた」


 という理由で司馬繇を罷免し、同時に司馬楙も罷免して封国に就かせた。


 この後、賈謐と郭彰の権勢がますます盛んになり、賓客が門を満たした。


 賈謐は驕慢で奢侈であったが、学問を好み、喜んで士大夫を招いた。


 郭彰、石崇せきすう陸機りくき、陸機の弟・陸雲りくうん和郁わいく、滎陽の人・潘岳はんがく、清河の人・崔基さいき(斉の大夫・崔氏の後代)、勃海の人・歐陽建おうようけん)越王・句践の後代が烏程の歐陽に封じられ、その子孫が歐陽を氏にした)、蘭陵の人・繆徵びょうび、京兆の人・杜斌とふ摯虞しぐ、琅邪の人・諸葛詮しょかつせん、弘農の人・王粹おういき、襄城の人・杜育といく、南陽の人・鄒捷すうしゅん、斉国の人・左思さし、沛国の人・劉瓌りゅうかい周恢しゅうかい、安平の人・牽秀けんしゅう、潁川の人・陳眕ちんしん、高陽の人・許猛きょもう、彭城の人・劉訥りゅうのう、中山の人・劉輿りゅうよと劉輿の弟・劉琨りゅうこんが皆、賈謐に附き、「二十四友」と号した。


 和郁は和嶠わきょうの弟である。


 石崇と潘岳は特に諂って賈謐に仕え、いつも賈謐や広城君・郭槐かくかい(賈充の妻。賈南風の母)が出て来るのを待って、二人とも車から降りて路の左に立ち、砂塵を望んで拝礼し、見送った。


 これほどに賈氏の権力が強大化し始めていたのである。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ