黒いモエルギ―
「さぁ、主よ! やってしまっていいのよ!」
俺のやや斜め後方で騒いでいる銀髪。
この展開は全く読んでいなかったよ。
全く理解できないが、こんな服装にこんな格好。
何で俺がこんな目に合わなければならないんだ!
しかも、女のかっこうだぜ?
こんな華奢な手でどうやって殴れって言うんだよ!
「あ、あのさ。悪いんだけど、元に戻してくんない?」
ダメもとで銀髪に問う。
もしかしたら普通に戻れるかもしれない。
「無理。あいつを始末しない限りこの空間からは出れないわ」
「まじすか」
「まじっす」
あの黒い物体じゃなくて、目の前の銀髪を殴りたい。
だが、そうも言ってられない。
「ギャオース!」
口があるのか? 変な声が聞こえてきた。
「来るわよっ!」
さっきまであんなにとろかった奴がいきなり飛びかかってくる。
「わっ! な、何なんだこいつ!」
生暖かい! そして、ぬるぬるする!
き、気持ちわるぅぅぅ!
黒い物体は俺の首からお腹、太ももを締め付け、そして、頭部の髪をひたすらノペノペしている。
い、痛くはないけど、何されているんだ?
「あひゃっ!」
こいつ、人が黙ってみていりゃぁ調子に乗りやがって!
人の太もも触ってんじゃねーよぉ!
思いっきりグーパンをしてみた。
「痛っ!」
黒い物体はゼリーのように柔らかく、そのまま自分のグーパンで自分の太ももを殴ってしまった。
これ、無理じゃね?
「主よ、早く『モエルギ―』を出して!」
何だよ、さっきから言っている『モエルギ―』って。
あれか? 新しい元素か何かか?
そんなコントをしていると、次第に腹の辺りが冷えてきた。
なんだ?
良くみると服が溶けてきている。
ちょっと待て―! なんだ、こいつは服を分解するのか?
「おい、銀髪! そこで見てないで何とかしろよ!」
「私? 無理よ。私がそいつに触ったら、逆にモエルギ―を持っていかれるわ」
「そんな事しらん! こっちだって色々とやばいんだ!」
すっかりへそ出しルックになってしまった。
つか、いつまでまとわりついてんだよ!
掴んでもすり抜け、叩いてもスルー。
モエルギ―があれば何とかなるのか?
「目を閉じて妄想するのよ! 妄想から莫大なモエルギ―が得られるわ!」
目を閉じて、妄想しろと?
えっと、妄想……。
――
黒い髪ロングのクールな女の子。
普段はツンとしているが、俺の前だけでは甘えてくる。
学校でもちょっと目が合うと、頬を赤くしそっぽを向いてしまう。
別に好き合っているわけではない、仲が良いわけでもない。
でも、そんな彼女とたまたま帰りが一緒になると嬉しいのはなんでだ?
『あのさ、明日も一緒に帰っていいかな?』
『俺と? ん、いいよ。一緒に帰ろうか』
そんな彼女の長い髪が風に流され、俺の頬をくすぐる。
黒髪のロング、最高だよな。
――
妄想終了!
ふぅー。普段から色々とラノベやアニメを見ていて良かったぜ!
――刹那!
俺の体から黒いオーラがあふれ出した!
な、何だこれは!
「やればできるじゃない! それがモエルギ―、妄想から生まれた萌え。モエルギ―よ!」
わけわからーーん!
何だそれは、未知の領域じゃないですか!
え? 何これ。俺の体から出てるの? な、なんかやばくないか?
でも、その勢いのおかげで黒い物体は遠くに吹き飛んでいる。
「あ、なぁ、この勢い、何かやばくないか?」
「そうね。そのままだと、主は倒れてしまい、元の世界に帰れなくなるわね」
まっずーい! な、何とかしないと!
「な、なぁ何とか止めてくれよ。このままだと倒れちゃうんだろ?」
「まぁまぁ、落ち着きなさい。それはモエルギ―よ。妄想して。全ては妄想」
と、とりあえず。目を閉じて、妄想する。
この黒いのが俺の妄想だとすると、俺が何とかできるはず。
俺はやればできる子。自然体で受け入れろ!
今一番しなければならない事は何だ!
そして、目を開く。
なぜか銀髪少女が俺の出した黒いモエルギ―にとらわれ、そのまま宙に浮かんでいる。
うん、正解。こいつを何とかしないとね。
「ず、随分上達が早いのね。さすがだわ」
「早く元の世界に戻せよ」
「さっきも言ったけど、あの黒い奴を倒さないと戻れないわ」
「どうやって倒すんだ?」
「モエルギ―を身に纏って戦うのよ! そうすれば主の攻撃も通じるわ!」
あ、なるほどね。このモエルギ―ってやつで倒せばいいんだ。
よし。さっき応用で、身に着ける感じを妄想しろ。
こう、体にまとわりつく感じで。
でも、ネットリ系はダメだな。
出来れば普通の服がいい。動きやすい服だったら何とかなりそうだ。
そうだな、かっこいいヒーローみたいな鎧がいいな!
次第にモエルギ―が固まっていく……。