94. 代償
前回のお話
1時間の訓練?楽勝っしょー。
マジ無理。もう動けない。何あの人。人?
大魔術士優剛、エルフのような華奢な体格の人間で回復魔術の達人である。その魔術は瞬時に怪我を癒し、古傷も綺麗に治す。性格は穏やかで、エルフ語にも精通している。
魔王優剛、古代魔術を極めた魔術士の王であり、あらゆる生き物を恐怖のどん底に叩き落す魔王である。日々の鍛錬は厳しく、その一端に触れただけで精根尽き果てる。魔王と敵対してはいけない。死んでも蘇生させられて再び殺される。魔王に慈悲は無い。
優剛、それは神の名である。神に秘密は無い。神の教えを受けた幸運な者は、神の使途として神の教えを広め、隠す事もしない。全て余す事無く神の教えを伝えるだろう。探せ。神の使途を。さすれば手に入るだろう。神の力の一端が。
「なんですか・・・その物騒な僕の別人は・・・。それに神じゃないですよ。」
「全てユーゴ様ですよ。」
優剛が戦場から離脱してすぐに港町を鎮圧した同盟軍は、戦力の大半を解散させた。残った部隊は、逃げた悪魔の討伐と捕獲に注力している。
既に独立戦争が終わって3か月が経過していた。
優剛はムラクリモから自分の噂話を聞かされた。所詮は噂話である。合っている噂の方が少ないのだ。一部では神にもなっていた。
チャミレーンが優剛の教えを誰かに伝える時には必ず言うのだ。『神は言った』と。師匠の教えとは言わない。チャミレーンが教えるのは神の教えである。
敬虔な優剛の信者である。
飛行屋さんのお客さんたちは優剛の噂話を、笑いながら優剛に話す事もあった。噂の優剛と実際の優剛が違い過ぎて笑い話にしかならないのである。
遠慮なく優剛の肩をバシバシ叩くおばちゃんたち。そこには神に対する信仰心も、魔王に対する畏怖も無い。
「人間ですよ?神じゃないですよ。魔王って完全にヒーローごっこを見た人たちが広めてるじゃないですか。」
「彼らが広げる訳がありません。ユーゴ様を本物の魔王だと思ってるんですから。話して回っているのが、ユーゴ様にバレたら本気で殺されると思っていますよ。ウフフ。」
「殺さないですから・・・。」
紅茶を一口飲んでからムラクリモが口を開く。
「しかし、ユーゴ様が戦場に行ってから噂が増えたのも事実です。私の勘違いから戦場に行かせてしまったので、少し責任を感じています。」
「気にしないで下さい。勘違いは誰にでもありますよ。バスタからも長い手紙が届いてましたからね。」
バスターナンの手紙は季節の挨拶から始まり、優剛の健康を気遣った後にようやく本題に入る手紙である。先代の病があって、予定よりも早く王位に就いたバスターナンは、王国内の勢力争いの準備が不十分で、今はそちらの力を増す為に力と時間を注いでいる。
本来であれば先代の王が次代の王を手助けするのだが、病のせいで動く事も出来なかった。また、突然の病で王位を譲る準備もしていなかった。
個人的な準備はしていたが、それだけでは不十分だったのだ。
徴兵制度について詳しくなかったのも軍事をラーズリアに任せている為である。その点の事情説明と謝罪の手紙は長かった。こんな事まで伝えて良いのか?という内容の手紙は優剛の手で焼却済みだ。
勘違いした!ごめん!くらいの内容でも優剛は許すだろう。結果的に別大陸の勢力も、優剛を脅かすほどではない事が確認出来たのだ。少し意地悪はするだろうが、その程度である。
「今日もユリちゃんに会ってから帰りますか?」
「ううん。今日はバスタに呼ばれたんですよ。だから良い着物を着て来たんですよ。」
「あら、理由はご存知ですか?」
優剛が自慢するように両手を広げて見せる服装を華麗にスルーしたムラクリモに、優剛は異空間から手紙を取り出して投げ渡す。良い着物なんてムラクリモにはわからない。優剛もわかっていない。服屋が言うには、生地や染め方に拘っているらしい。
ヒラヒラの紙が意思を持っているかのようにフワフワ飛んでいく。そして、手紙はムラクリモの目の前に広がった形で置かれた。
「読んでも良いんですか?」
「良いですよ。長々と書いてありますけど、褒美をやるから来いって事らしいです。」
優剛はトーリアに言われて来ているだけで、手紙を読んだわけでは無い。チラっと見たら長くて嫌になったのだ。手紙を運んだ使者は王都までの旅費も置いていったが、優剛は空を飛んで短時間で王都まで来てしまうので、旅費はそのまま収入の扱いで帳簿に記録された。
「あら、本当に今日ですね。行かなくて良いんですか?」
「絶対行け。って言われてるので行きますよ。由里に会ってから。ふふん。」
その後、優剛は由里とティセルセラに見送られて王城に徒歩で向かった。久しぶりの「いってらっしゃい」に、優剛の機嫌は非常に良かった。
徒歩で王城に辿り着いた優剛は当然のように門番に捕まっていた。道中の職務質問も頻繁にあった。徒歩で城に向かう者など極少数である。さらに優剛の着物は異世界では着ている人も居ない。あやしさで言えばトップクラスである。
「国王陛下に謁見です。」
「徒歩で来るような奴が謁見なんて信じられるか!」
「こいつ、怪しすぎるぞ。頭おかしいんじゃねぇか?」
優剛は話の進まない門番に、懐から取り出した手紙を渡す。手紙を読み終わっても疑い続ける門番だが、手紙が本物の場合は自分たちが処罰の対象になる。その為、嫌々ながらも確認の為に走り出した。
戻って来た門番は確認の為に走った時よりも、さらに速い駆け足で戻って来た。
「ハァハァ・・・、通れ・・・下さい。」
「はーい。ありがとうございます。」
優剛が門を抜けて跳ね橋を渡り切った所で優剛を案内する為の女性が迎えてくれた。
「ユーゴ様、本日のご案内を担当致します。」
「よろしくお願いします。」
頭を下げる優剛に不思議そうにする案内の女性だが、優剛にとっては普通である。仰々しい態度の方が苦手である。むしろネタにされる。
優剛はそのまま王城内を女性の案内で歩き回った後に部屋で待機させられる。手紙には日付の指定はあったが、時間の指定は『午後』としか記載が無かった。既に陽が落ち始めているが、午後である。
時間の感覚や謁見の前準備を知らないのは平民だから仕方ないよね。という堂々たる不遜な態度である。
優剛の待っている部屋に少し髪の長い男性が入室してきた。白髪混じりで優剛より10歳以上年上に見える男性が口を開く。
「儂はエキズミである。後ほどバスターナン様からこの度の褒美が其方に告げられる。しかし、今は城の中にラーズリアも他の魔導騎士もおらん。其方は非常に優秀な魔術士で危険視する者も多いのだ。申し訳ないが、念のためにこの腕輪を着けてくれんか。」
優剛は差し出された腕輪を嫌がる素振りも見せずに装着する。装着した瞬間、エキズミの口元が動いた気はするが、優剛は全く気にしなかった。
(おぉ!魔封じの腕輪かな?これ面白いなぁ!)
優剛は腕輪を着けた直後から、自身の魔力が勝手に体内をかき乱すように動き続けるのを感じている。
(一定の方向じゃなくて、グチャグチャに回すのか。でも外に出した腕輪に触れていない魔力は動かないのか。面白いなぁ・・・。)
しかし、面白いと感じていたのも10秒ほどである。すぐに勝手に動く魔力に飽きた優剛は乱される魔力の流れを強引に止めてしまう。
「あっ、すみません。初めて着けたもので・・・。」
「気にするな。皆、同じような反応をするぞ。くっくっく。儂も謁見には同席する。また後でな。」
「はい。態々ありがとうございました。」
エキズミが去ってしばらくすると、謁見の間に案内するという兵士が部屋に入って来た。
優剛は兵士に案内されるままに謁見の間に足を踏み入れる。
謁見の間は前回来た時と同様に、中央の1番奥には国王であるバスターナンが鎮座している。そして、王に向かう道の左右には政治に関係するであろう者たちが立っていた。しかし、前回の謁見時よりも非常に少数である。
優剛が部屋に入って2,3歩進んだところで、突然バスターナンが立ち上がる。
(何!?なんで立った!?)
公式な場である。優剛は習った通りの礼儀作法で、一礼して3歩進んだだけである。ビビった優剛だが、イレギュラーには対応出来ない。そのまま歩みを進める。
バスターナンはそんな優剛をジッと見つめた後に、ドカッと座り直して、凄まじい形相で1人の人物を睨みつけている。
(ん?さっきのおっさんを見てるのかな?)
優剛は首を振らずに横目で、バスターナンが睨みつける人物を特定する。エキズミは優剛を歓迎するかのように、微笑んで手を叩いて迎えている。
優剛が所定の位置で跪くと、エキズミが優剛に近づいて口を開く。
「では、これよりユーゴに褒賞を与える!」
(お?さっきのおっさん偉い人だった?)
苦々しい表情のバスターナンを無視してエキズミが告げる。
「ユーゴ、其方は此度の戦で千を超える同盟軍の兵を治療した事を称える。その治療は短時間で完治までさせる素晴らしいものだった。すぐに戦線復帰出来る者が多数であり、我が軍に多大なる影響を与えたその働きに免じて褒賞を言い渡す。」
バスターナンは目を閉じて、この後の展開を想像して静かに深呼吸している。
エキズミは優剛を見据えたまま手に持っている書状を読み上げる。
「ユーゴには王都にある貴族街の屋敷。さらに軍の講師として特別待遇で迎える。以上だ。」
謁見の間が拍手で包まれる中、優剛は困ったような表情で床を見つめていた。
(要らねぇぇぇぇ!)
黙ったまま跪く優剛にバスターナンが恐る恐る尋ねる。
「ユーゴ、何かあるか?」
「辞退致します。」
即答である。
しかし、謁見の間で直々に言い渡される命令のような褒賞を断るのは不可能である。優剛が辞退を口にしてすぐにエキズミが口を開く。
「無礼者!陛下の御前であるぞ。謹んで受け取られよ。」
優剛はチラっとエキズミを見てから口を開く。
「バスターナン様、今回の褒賞はバスターナン様が考えたものでしょうか。」
「勝手に喋るな無礼者!これは勅命である!」
(いや、褒美じゃないんっスか?)
「貴様が凄腕の回復魔術士だというのはわかっている。それに妻の聖女もだ!王都に居を移し、王都の為に働くのだ。」
(おぉ!クソ貴族の陰謀ですね!・・・頑張れよバスタ。)
優剛と麻実の回復魔術を自分たちが管理する。優剛たちを王都に監禁して、その魔術を軍に広げる。さらに治療にも従事させる。治療には多額の治療費を請求して、私腹を肥やす事も忘れないだろう。
(えぇぇ?マジで?バスタって権力なさすぎじゃない?あ・・・無いって言ってたな。)
男3人の愚痴大会で、バスターナンは常に嘆いていた。バスターナンが王になって日は浅い。先代国王から仕えている古株の貴族が好き勝手やっており、バスターナンにはそれを単純な力で止める事は出来ない。まだまだ古株の影響力が強く、単純な力で抑えつけても反発されてしまうのだ。
反発を受ければ影響は民に及ぶ。バスターナンはそれだけは許容が出来ず、甘んじて受け入れる事も多い。今は自分たちの勢力を広げて、後進の育成に力を注いでいる。
もちろん病から回復した先代の国王もバスターナンには協力的で、敵対勢力は日に日にその力を削がれている。しかし、現状では我慢出来ない事も多く。バスターナンは日々の不満をラーズリアと優剛にぶつけているのだ。
「辞退致します。」
優剛がエキズミの言葉を無視して、再び辞退を口にした。
「貴様がラーズリアと親交があるのはわかっている。しかし、これは勅命である!ラーズリアもここには居ない!助けが来ると思うな!!」
優剛は跪くのを止めて立ち上がる。そして、鼻からフーっと息を吐き出して口を開く。
「バスターナン様、止めなかったのですか?それとも止められなかったのですか?」
「黙れ!おい!こいつを捕えろ!」
エキズミは控えている兵士たちに命じた。兵士たちは優剛の両腕を抑えて、さらに別の兵士が跪かせようと肩を抑えるが、優剛は全く動かない。
困惑する兵士たちに気づかないエキズミが優剛に近づいて囁く。
「安心しろ、牢獄で知識だけを搾り取ってやる。」
優剛はエキズミを無視し続けて、ずっとバスターナンを見つめ続けている。バスターナンも優剛から目を離さない。
バスターナンの直属の護衛であるレオネルは、優剛が暴れない事をひたすら祈るだけだ。国家の危機が今まさに目の前なのだ。
「おい!そいつを連れていけ!何の為に魔封じの腕輪を着けたと思ってるんだ!」
優剛にとって魔封じの腕輪は玩具である。当然、兵士が優剛に力ずくで何かしても全く動かない。
「バスタ!答えろ!髪の毛全部毟り取るぞ!」
「えーい!何をしておる!魔封じの腕輪を追加で着けるんだ!」
ガチャガチャと優剛の空いている手首や足首にも魔封じの腕輪が装着されていく。優剛の足首には、異世界基準の太い腕輪も余裕で装着出来てしまうのだ。
バスターナンは優剛の詰問に恐怖していた。髪の毛を全部毟られる。それはいつか?今なのか?バスターナンは自分の髪の毛がある事を確認するかのように、何度も両手で髪をかき上げる。
バスターナンは囁くように告げる。
「・・・止められなかった。」
「じゃあ次は頑張ってくれれば良いよ。今日は10円くらいで許すよ。」
バスターナンは10円の意味がわからなかったが、全部毟り取られる事は無い事が理解出来た。しかも優剛は許すと言ったのだ。夜中に襲撃するような面会も無いだろうと安心する。
「えーい!何をしておる!この無礼者は回復魔術士だぞ!そんな小さく細い奴が動かない訳ないだろう!」
優剛はエキズミに視線を移してから腕にまとわりつく兵士を無視して、魔封じの腕輪を壊しながら外していく。
優剛は魔封じの腕輪を順番に外して、エキズミの足元にポイポイ放り投げていく。
優剛の後ろの兵士や周囲の貴族たちからは「なんで外せるんだよ・・・。」という声が聞こえるが、玩具を外すのに特別な苦労など感じないのだ。
優剛を掴んでいた兵士たちは自分たちを振り回しながら腕輪を破壊するように外していく優剛に恐怖を感じて、腰を抜かして座り込んでしまい、震える手足でなんとか優剛から離れようとする。
1人の兵士が呟くのが優剛の耳に入る。
「・・・魔王だ・・・。噂は本当だったんだ・・・。」
(止めて・・・。もうヒーローごっこで魔王って言うの止めようかな・・・。)
腕輪を外すだけなら剣を抜いて兵士たちは優剛に挑んだかもしれない。しかし、優剛の噂を知っていた為に、優剛に挑むというような選択肢を取れない。
優剛から距離のある貴族たちは震える足でなんとか立っているが、動く事は出来ない。それは兵士たちに任せて少し離れたエキズミも同じである。
優剛はゆっくりエキズミに歩み寄っていく。
「く・・・来るな!おい!誰か!おい!儂を・・・。儂を助けろ!」
エキズミの言葉に従う者は居ない。エキズミ専属の護衛でも、震える手で剣の柄に触れているのが精一杯である。目の前に居るのは噂通りの魔王である。誰がゴミを捨てるかのように魔封じの腕輪を外せるというのか。挑めば待っているのは死である。
もはや肉壁になって主より僅かに先に死ぬ事しか許されない。護衛は震える足に力を込めて、エキズミの前に踏み出そうとした時に優剛の歩みが止まる。
「エキズミさん、今回の褒美は辞退します。」
「・・・は・・・はは。辞退は・・・出来ん。娘がどうなっても・・・。」
優剛はエキズミの言葉を聞いて全力で魔装した。
優剛の魔装を見ただけで、何をしても優剛にダメージを与えられない事は強制的に理解させられる。その巨大過ぎる魔力で何をする?膨大な魔力で強化された身体能力は軽く触れただけで、人間が簡単に壊れる事が容易に想像出来てしまう。
護衛が肉壁になる覚悟すら嘲笑うかのような瞬間移動で、いつの間にか優剛はエキズミの目の前に立っていた。
そして、エキズミの顔面を右手で掴んで、周りを見渡してから口を開く。
「”俺”の家族に手を出せば、次はこんなもんじゃないぞ。」
さらに優剛は威圧の魔術をエキズミに放った。優剛の手が離されたエキズミは、その場に蹲って震えて動かない。
さらにハラハラと髪の毛が抜け落ちていく。
魔装を解除した優剛が口を開く。
「バスタ、褒美の家は売っておいて。そのお金は今回の戦で発生した遺族に均等に渡してあげて。講師の話は辞退するからね。」
バスターナンは小さく首を何度か縦に振って、優剛の要求を承諾する。
「じゃあ帰るね。」
優剛が謁見の間を出ようとした時に、1人の男性が前に出て声をあげる。
「ま・・・待て!貴様・・・、こんな事をして・・・。」
尻すぼみに声は小さくなっていくが、優剛は振り返って、エキズミを指差して口を開く。
「貴方も?・・・そこのおじさんと同じになりますか?」
エキズミの白髪交じりの髪は殆ど抜け落ちたが、頭には僅かに髪の毛が残っている。
改めてエキズミを見た者たちは、同じ感想を抱く。
中途半端過ぎる。いっそ全て抜いて、楽にしてやってくれと心の中で叫ぶ。
斑に生える髪をこのままにするのは非常に醜い。毎日のように剃っても、すぐに存在を主張するだろう。しかも一部ではない。全体である。かと言って放置も出来ない。
残っている髪にピンで留めるようなカツラは、今のエキズミには装着が難しい。ピンで留められるような髪の束が残っていない。スッポリ被るタイプのカツラしか身に着ける事は出来ない。しかし、固定は出来ない為、非常に不安定になるだろう。
固定出来るような髪の束を優剛は残していない。髪の束が作れない程度の髪の毛が満遍なく頭に生えている。しかし、頭皮は完全に見えている。
エキズミが蹲っている体勢から動いて、横に丸くなって倒れた時に目撃してしまう。エキズミの顔を見てしまった者の中には涙目になっている者も居る。
「な・・・、鬼・・・鬼か・・・。」「あれが魔王・・・。」「ひぃぃ。」
エキズミの眉毛が片方だけ無いのだ。片方はフサフサを維持しているが、片方は綺麗サッパリ消えている。
恐怖に震える貴族たちに優剛が告げる。
「それ・・・二度と生えないようにした。」
謁見の間は男たちの悲鳴で満たされている。女性の貴族は声も出ない。優剛を取り押さえていた兵士たちは、涙目で自分の髪の毛と眉毛を触って確認している。
バスターナンは自分の髪を確かめるようにかき上げている。
優剛は先ほどの男性に向かって告げる。しかし、その声は謁見の間に響く。
「殺しはしないですよ。何かあれば言って下さい。」
優しい声色の優剛であるが、男性は何も言えない。エキズミと同じ状態になるのは絶対に回避したい。あのような髪と眉毛にされるなら、むしろ殺して欲しい。いや、殺して下さい。
結果、声をあげた男性は首を横に振るのが限界であった。
優剛は微笑んでから「失礼します」と言って退出していった。
バスターナンは絶望の表情で後頭部を右手で抑えている。中指が捉えている現実が受け入れられない。
バスターナンは後頭部を抑えたまま口を開く。
「解散だ!」
そして、後頭部を抑えたまま足早に玉座の後方にある扉から自室に戻る。
バスターナンは荒い呼吸をしながら信頼出来る執事を呼んで確認する。
「あるか・・・?」
「・・・無いです。」
「くぅ!」
机に両手をついて俯くバスターナンの後頭部には丸い禿げが出来ている。綺麗にくり抜かれたそれは、普段は他の髪に隠されているが、動いて髪が揺れると見えてしまう。10円サイズより大きい禿げがチラチラ見えてしまう。その後ろ姿に威厳もクソも無い。
バスターナンは涙が零れるのを堪えて口を開く。
「手紙を・・・、ユーゴに手紙を書く。」
内容は2つ。
今回の謝罪と生えるのか。である。バスターナンの脳内では優剛の『二度と生えないようにした』の言葉が何度も再生される。
エキズミだけだよな?俺は生えるような?時折、上を見上げて涙が手紙に落ちないように、気を付けながらバスターナンは手紙を仕上げて使者を走らせる。
手紙の返事は不要。しかし、手紙を読み終えた優剛から必ず答えを聞くように念を押す。渡すだけでは不十分である。優剛の返事を聞いてから戻って来るように厳命する。
バスターナンにとって優剛の返事は死活問題である。
かつてない厳しい表情でバスターナンは使者に命令した。
優剛を管理、利用しようとしていた貴族たちは、今回の出来事で優剛から手を引いていく。既に無い者は強気に続けようとしたが、どちらにしろあの魔力は異常で手出しが出来ないという結論に至る。
しかし、力で従える事は諦めたが、他の手段の模索は続ける。地位、名誉、金、女。まだまだ、優剛に試していない策略は多い。
失敗の代償は大きい。しかし、優剛を得られた時の利益も大きい。古くから先代に仕えていた年老いた貴族の一部は、築き上げた権力と地位が失われる事を恐れている。バスターナンが嫌いな訳では無い。泥水を啜ってでも自らの権力や地位を守りたいのだ。
優剛を手に入れれば地位も名誉も安泰である。そんな夢を見続けて、年老いた貴族たちの議論は続く。
力を増したバスターナンに潰されるその時まで。
今日は私の誕生日です。ちょっと違う事がしたかった。
それだけの理由で更新しました。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
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Happy birthday to me.




