83. 入学式
前回のお話
入学式の準備
優剛はダイチキに勧められた宿を訪れていた。
その宿は少々高めだが、貴族が泊まるには相応しくなく、平民が泊まるには高すぎる。かと言って富豪が泊まるには少し物足りない。
入学式による地方からの参列者たちで、宿が満室になっている事を懸念していたが、小市民の優剛にとってギリギリであるこの宿は満室では無かった。
優剛は大きい部屋を2つ、小さな部屋を2つ確保して、トーリアとアイサ、フガッジュに預かっていた荷物を渡した。
荷物の整理が終わった優剛たちは1階にある食堂で昼食を食べている。
「ちょっと高いけど空いてて良かったよね。」
「ダイチキさんが言ってた高級な宿にすれば良かったじゃない。」
「僕はここが精一杯です。主に精神面で・・・。」
麻実は「慣れの問題よ」と軽く優剛に告げるが、トーリアが優剛に同意する。
「使用人の私たちが同じ宿で恐縮ですが、この宿は私たちの予算でギリギリでございます。」
優剛と麻実は不思議そうに首を傾げて見つめ合ってから、優剛が口を開く。
「トーリアたちの宿代は僕が出すよ?あれ?言ってなかった?」
「王都まで連れて来て頂いた上に宿代まで出して頂く訳には参りません。」
「でも、使用人の滞在費って主人が出すんだよね?」
優剛はトーリアから教えて貰ったら常識で反論する。普段は全く主らしい振る舞いをしない癖に、こんな時だけ主らしく振る舞うのだ。
「私たちは休暇でございます。滞在費は自分たちで・・・。」
優剛はトーリアの言葉を遮って、右手に持ったフォークをビシっとトーリアに向ける。
「だが、断る!」
「しかし、それでは・・・。」
「じゃあ、何かお土産を買ってよ。留守番してる人たちにね。」
明らかにお土産より宿代の方が高額である。再度トーリアは断ろうとするが、トーリアを見つめる優剛から譲る気はないという意思が伝わり、トーリアは苦笑して諦める。
「ありがとうございます。」
トーリアは心の底から感謝する。この世界で誰がフィールドから王都まで、僅かな時間での旅を実現出来るのか。そのような力があるのに他者を見下したりせず、ほぼ平等に接してくれる主が何処に居るのか。
トーリアはそんな主に仕えられる幸運を天に感謝する。
「あと、これ持ってて。」
優剛は唐突に懐という名の異空間から木の板を取り出して、テーブルを滑らせてトーリアに渡す。
「これは・・・デンワですか?」
「なんか困った事があったら呼んでね。すぐに行くから。」
「はは。最強の用心棒を得たようで安心します。本当にありがとうございます。」
「そんな物騒な物じゃないでしょ・・・。」
トーリアは優剛と離れても非常に安心が出来る。これがあれば何があっても優剛が助けに来てくると確信している。しかし、すぐに助けを求めるのではなく、自身で解決する努力はしようと心に誓う。
昼食が終わって優剛たちはトーリアたちとは別行動だ。王都には予定通り2泊する事も伝えてある。出発前に合流して帰るだけだ。
優剛たちは徒歩でラーズリア邸を目指している。
「ユーゴ、なんで人力車じゃないのよ。」
「歩こうよ。あれ牽くと目立つんだよ。」
「着物が悪いのよ。」
「人力車だよ!」
フガッジュは「両方だろ」と言いたいが我慢する。優剛は笑って許してくれる。しかし、麻実も怒りはしないが、夕飯の品を減らされるかもしれないという違った恐怖がある。
ビッグマムには逆らわないのが1番である。
「こんにちはー。」
「おぉ、ユーゴさん。今日は門からなんですね。」
「正規ルートです。」
ハハハっと笑い合う優剛と門番の仲は良い。ラーズリア邸に通い詰めている優剛はラーズリア邸の使用人たちとも良好な関係を築いている。気を遣わなくても良い来客なのは優剛だけだし、傲慢な態度も取らない優剛は非常に扱いやすいのだ。
すぐに中に案内されて、麻実は久しぶりに会った由里と会話を始める。
少ししてムラクリモとティセルセラも加わって女子会のような雰囲気だ。
優剛は真人とジェラルオンと遊びながら過ごしていると、ラーズリアが息を切らして帰宅した。
「ユーゴ!模擬・・・ん?」
優剛だけかと思って帰ってきたが、今日は麻実も居る。真人も居る。謎の獣人が居る。ハルも居る。素早く状況を把握したラーズリアは再び口を開く。
「君、模擬戦しよう。」
「・・・え?」
最初の犠牲者はフガッジュ。既にラーズリアの手はフガッジュの肩に置かれている。
「ちょ・・・。ユーゴ様、この人は何ですか?」
「ラーズだよ。王国最強の魔導騎士だね。僕は彼を戦闘狂だと思ってる。」
「なんですかそれは!?・・・くっ!」
「おぉ!君は強いね!ハッハッハ。楽しみだよ。」
ラーズリアはフガッジュを引きずって訓練場に行こうとしたが、フガッジュは身体に力を入れて耐えている。ラーズリアとしてはそれだけで十分に興味を持つとも知らずに。
「ハル、真人。一緒に行ってあげて。」
「はーい。」
『夕食』
「もちろんだ!期待してろハル!」
ハルは自分の要求が通ると、身体を猫のように伸ばしてから訓練場に向かう。真人もハルと並んで楽しみな様子で歩みを進める。
フガッジュは諦めたような表情で、ラーズリアに腕を持たれたまま訓練場に向かった。
慌ててレイが訓練場に向かうのを優剛は見逃さなかった。
ハルだけ夕食に品が追加されるのはズルいのだ。レイは夕食の品を増やす為に慌てて訓練場に向かう。
優剛が4人を見送った後は、ラーズリア邸を自宅かのように寝転がってゴロゴロ寛いだ。
時折、優剛は傷だらけで部屋に来るフガッジュとラーズリアとラーズリアとラーズリアを治療した。
何度も傷だらけになっていたが、ラーズリアは非常に満足したようで、その日の夕食は機嫌が良いのが印象的だった。
夕食を終えた優剛たちは宿に戻って入学式に備えた。
由里はティセルセラと一緒に向かうとの事で、学園前での待ち合わせを約束した。
翌朝、学園前で正装を着て由里を待つ優剛は、既に窮屈そうにしている。
「うー。苦しい・・・。女性は良いなぁ・・・。」
「スカート履く?」
「そっちじゃない・・・。」
麻実が着ている正装は落ち着いた色と雰囲気のワンピースだ。首元は空いているが、控えめな宝石の輝くネックレスが身に着けられている。
優剛が窮屈だと感じているのは主に首元である。もっと言えば袖や足元も不快だ。麻実の少し空いている首元を羨ましそうに見つめる。
次々に親子連れが学園の門を抜けていくのを、ボーっと眺める優剛と真人。
こんな人前でいつものように遊ぶわけにもいかずに、時間を持て余していた。
新入生はお揃いのローブコートを着ており、それが学園の制服になるのだろう。ローブコートの下は自由なようで、前を全開にしている生徒や胸元から見える服装は皆それぞれ違っていた。
ようやく近くに止まった馬車から由里が降りて来た。
(由里!1番可愛いぞ!)
由里も同じローブコートを纏っており、胸元までしっかり止められていて、下に着ている服は殆ど見えない。しかし、優剛は1番似合っていると断言する親馬鹿である。
「お父さん、ちゃんとした服を着てるんだね。」
「主役が由里だからね。お父さんが目立っちゃ駄目でしょ。」
「ふふ。そうなんだ。」
どこから嬉しそうな由里に優剛の顔も自然と綻んでしまう。
遅れて馬車から出て来たラーズリアは軍服のような物を着ていて、非常に威圧感がある。当然、注目も集めているが、魔導騎士が注目を集めるのは自然であるし、娘のティセルセラも有名で、既に即日合格の話も漏れている。
優剛はなるべく関わらないように、遠くから軽く手で挨拶するだけで、由里と一緒に学園に入っていく。
ティセルセラの足止めは真人がしっかりと務めていた。真人はそんな仕事を引き受けていないが、恥ずかしそうなティセルセラと手を繋いで学園に入っていく。
入学式は校長の挨拶があって、在校生代表の挨拶など日本との違いは多くなかったが、新入生代表は国王であるバスターナンの子供で、優剛の周りが少しザワついた。
王子と御学友というやつだ。それを知らなかった者たちがザワついたのだ。
王子とのコネクションは非常に重要である。友人になれれば、卒業した後にも恩恵を受けられるだろう。恋人になって結婚なんて事になれば、それこそ王族の仲間入りである。
子供よりも親の方が夢を見ているのだ。
優剛は最後まで他の参列者に埋もれるようにして目立つ事は無かった。子供が主役という舞台を守り切ったのである。
入学式が終わって親が退場を促される。
生徒は事前に発表された自分のクラスに行って、自己紹介等を終えて帰宅するとの事だ。
クラスは成績順という極めて分かりやすい振り分けで、由里とティセルセラは同じクラスだ。
「んーー!終わったねぇ。」
「ボク疲れちゃったよ。」
「ハルは置いてきて良かったわね。」
ハルは宿で留守番だ。入学式にペット同伴は目立つと説明したら、あっさり宿で待っていると了承してくれた。単純に動きたくないだけかもしれない。
帰ろうとする優剛にラーズリアが声をかける。
「おーい!ユーゴ!待ってくれ!今日は暇だろ?うちに来い。」
軍服姿の魔導騎士が声を張り上げているのだ。非常に目立っている。ザワつく周囲を無視してラーズリアは優剛たちに歩み寄っていく。
「暇だけど着替えたいから、あとで行くよ。」
「む・・・。絶対だぞ。絶対来いよ?」
そんな2人を見つけた男が声をかける。
「おーい!ユーゴ!ラーズ!」
2人は声がする方に視線を向けて、こちらにゆっくり歩み寄って来る国王を若干嫌そうな表情で見つめる。そして、優剛は小声でラーズリアに告げる。
「逃げるわ・・・。ラーズは有名人だから逃げられないよね。ぷぷぷ。」
「ふっふっふ。逃がすと思うか?」
ガシっと優剛の肩に腕を回して、逃げられないように拘束する。
「ぐぉ!本気じゃん!こんなとこでバスタと会っても、礼儀作法とかわからんよ。」
バスターナンはじゃれ合っているように見える優剛とラーズリアの仲は良好に見えていた。そして、いつかあんな風にじゃれ合いたいと思いながら歩みを進める。
そんな2人に歩み寄ったバスターナンが口を開く。
「余の息子がお前たちの娘と同じ学園に通えて嬉しく思うぞ。」
「はい!私も光栄に思います。」
「・・・光栄です。」
ラーズリアは非常に慣れた様子で返答したのに倣って、優剛は同じ言葉を返す。
「ハッハッハ!ここではなんだな。城に来い。そこで話そうでは無いか。」
「はい。お供致します。」
「大変申し訳ございません。私は徒歩で来ておりますので、少し遅れて伺います。」
ラーズリアは優剛の変化に驚いた。まるで貴族のような所作と言葉を使ったからだ。
優剛は記憶の底から魔術で引っ張り出した礼儀作法で対応している。全てはトーリアのおかげである。
「ふむ。徒歩であれば仕方ないか。待っているぞ。」
ラーズリアは悔しそうに小声で優剛に告げる。
「くっ!絶対来いよ・・・。」
「ふふん。」
ラーズリアは優剛が逃げると直感して、すぐに口を開く。
「私の馬車には余裕があります。ユーゴを乗せて一緒に参ります。」
(ぬぉ!この野郎・・・。)
チラっと優剛に視線を向けるラーズリアの口元は笑っている。
「私、本日は4人で参っております。妻と息子を宿に送ってから伺います。」
「全員乗れるから問題ないぞ。」
2人は微笑みを貼り付けて見つめ合う。いや、笑顔で睨み合う。
(ラーズリアァァァ!)(絶対逃がさんぞ!ユーゴォォォ!)
「ま・・・まぁ、城に来てくれるなら問題ないぞ・・・。」
若干、気圧されたバスターナンはそう告げたが、優剛が2人だけに聞こえるように告げる
既に周囲では聞き耳を立てている者が大勢いるのだ。
「バスタ、何の用なの?僕は平民だよ?こんなとこで声を掛けないで欲しいんだけど。」
「む?ただ話したいだけだぞ?」
(女子か!?)
そんな理由でも優剛は諦めたような表情で口を開く。
「じゃあ、麻実と真人は行かないで良いでしょ?たぶん今日もラーズの家で遊ぶんじゃない?」
「あぁ・・・。そう言えば今朝、ムラからそんな話を聞いたな。
「んじゃ後でラーズと城に行くから待っててよ。」
バスターナンはコクコクと首を縦に振って優剛に同意する。こんな人の大勢いる場所での内緒話が楽しくて仕方ないのだ。
バスターナンの同意が取れた事で優剛が1歩引いて仰々しい動作で一礼してから口を開く。
「お誘い頂きありがとうございました。それでは後ほど。」
バスターナンは「うむ」とだけ言って去っていった。その足取りは見る人が見れば軽い事がわかるほど喜んでいる。
「はぁー。ラーズ、馬車乗せて。このままラーズの家に行こうよ。」
「おぉ!良いな!模擬戦でもやってから行こうか。」
「僕以外なら好きな相手を選びなよ。・・・あっ!」
優剛は宿に置いて来たハルの事を思い出した。麻実はバスターナンを避けるようにムラクリモと会話をしており、その傍にはフガッジュも居る。
優剛はそこに歩み寄って口を開く。
「麻実、ラーズの家に行く?」
「うん。これからムラちゃんとお茶をするわ。」
「はーい。ねぇ、フガッジュ。1人で宿に戻ってハルと一緒にラーズの家に来てよ。ラーズの家はハルに聞けばわかるから。」
(覚えて無くても匂いでわかるでしょ。)
優剛たちから護衛が離れる事になるが、フガッジュは何の心配もせずに同意する。
「わかりました。」
自分より強い人たちの心配など不要である。
「ラーズ、馬車どこ?乗れるんでしょ?」
「あぁ。こっちだ。」
「由里とティセは待たなくて良いの?」
「問題無い。今日の予定は知っていたし、2人で歩いて帰ると言っていたぞ。」
「りょうかーい。」
由里の心配がなくなった優剛は麻実と真人と一緒に、ラーズリアの馬車に乗って、ラーズリア邸に向かった。
「さぁ、模擬戦しよう。」
「その服で?」
到着早々に模擬戦をしようというラーズリアに向かって、優剛が軍服のままで良いのかと告げた。
「問題ないぞ。俺は剣だけあれば良いからな。」
ラーズリアは自分の腰に身に着けている革袋をポンポン叩いて主張するが、優剛は両手を広げて反論する。
「僕は出来ないからね。今すぐ脱ぎたい。」
「あぁ・・・?ん?・・・おい、なんだその恰好は?」
「今!?今なの!?ラーズは何処を見てるの!?」
ラーズリアは首を傾げて優剛を見つめてから口を開く。
「んー、・・・雰囲気?」
「お前の目は飾りか!」
「ユーゴは何を着ててもユーゴだろうが!」
「どんな変装しても見破られそうで怖いわ!」
「あぁ。問題ないな。」
自信満々のラーズリアに項垂れる優剛は、バレンの案内で着替える為の部屋に向かっていた。
優剛はいつもの着物に着替えを終えて部屋を出たが、すぐ目の前にラーズリアが居た。
「さぁ、模擬戦しよう。」
言葉を放った直後にラーズリアは意識を失って倒れた。度重なる申し入れに若干怒りを抱いた事と、面倒になった優剛がラーズリアの準備が整わない内に、高速の右フックで顎を打って意識を奪ったのだ。
常に魔装中の優剛と、何か違和感を覚えた時に魔装するラーズリアでは、咄嗟の時の対応力に少しだけ差がある。本当に誤差程度の差だが、優剛が無防備なラーズリアを襲うには十分な時間であった。
優剛は倒れたラーズリアの片腕を掴んで、引きずりながら外に向かう。すれ違う使用人たちが、引きずられるラーズリアを見て驚いて道を空ける。
そのまま外に出た優剛は、ラーズリアを馬車の中に放り投げて、待機していた御者に告げる。
「王城までお願いします。」
「え・・・あっ。はい!」
王城に着けば話を聞いていた案内の者が優剛を案内する。
ラーズリアは優剛が背負っている。流石に王国最強の魔導騎士を王城で引きずって歩くのは外聞が悪いと判断した。
バスターナンが唯一、素で話せる部屋に優剛は案内されて扉を開く。
「おぉ!ユーゴ、待っていたぞ。・・・ん?ラーズはどうした?寝てるのか?」
優剛はバスターナンの質問にはすぐに答えず、扉を閉めてから口を開く。
「ちょっと煩いから寝かせた。」
優剛はラーズリアを乱暴に放り投げる。床に落とされたラーズリアは意識を取り戻して、ガバっと起き上がり、周囲をキョロキョロと見渡す。
「・・・王城か?」
既に優剛は椅子に座って給仕に紅茶を貰っている。
「はー。美味しい。ありがとうございます。」
給仕は軽く頭を下げてから優剛から離れていく。そんな優剛にラーズリアが声をかける。
「ユーゴ、俺は模擬戦したのか?」
「したよ。記憶ない?」
「あぁ・・・。んー。無いな。」
「大丈夫?ちょっと強かったかも。身体のどこかに違和感があったらすぐに言ってね。」
優剛の優しい言葉の方が、ラーズリアには違和感を覚えるが、意識を失った直前の記憶が無くなる現象は知っているので、深くは追及しなかった。
「まぁ、問題ないだろ。」
手や足を色々動かしてからラーズリアは優剛に告げて、椅子に座って紅茶を飲む。
(頑丈だな・・・。)
ラーズリアの頑丈さに少し驚く優剛が口を開く。
「バスタ、話って何?」
「おぉ!そうだ。そうだ。」
その後は男3人で他愛も無い雑談だった。本当に雑談だけだった。
バスターナンは日々の業務で精神的に疲労しており、素で話せるラーズリアや優剛と会話したくて仕方が無かった。
バスターナンの心のオアシスになっている優剛とラーズリアであった。
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