79. お爺ちゃん
前回のお話
良いなぁ良いなぁ。優剛と模擬戦が出来て良いなぁ。
「何ぃ!?ユーゴが来てるだとぉ!?」
(うげ。また来たのかよ。ラーズリアさんまた帰っちゃうよ。)
「はぁー。もうすぐ冬も終わるね。」
「はい。もう雪も降らないし、随分暖かくなりましたよね。」
午前中の優剛は外で飛行屋さんの営業だ。その傍には護衛としてフガッジュが付いている。
フガッジュではシオンのように営業終了時間を逆算して、最終飛行組の判断が出来ないのだ。そうなると門での受付か護衛の2択になる。
受付など絶対に志願はしない。
受付では毎日のように新規のお客が揉め事を起こして、テスにボコボコにされている。例え貴族が来ても結果は変わらない。
しかし、シオンは優剛の執事としてのプライドからか、最終飛行者を選定した後は優剛に紅茶を淹れる為にフガッジュと交代する。
受付では無いので、フガッジュもこれには抵抗しない。
「そろそろ試験も近いし、王都に行く準備をしないとね。」
「ユーゴ様は準備なんてしなくても、よく行ってるじゃないですか・・・。」
優剛が冬の終わりを実感しながらフガッジュと会話をしているところに、シオンが駆け足で近づいて来る。
「兄さん、交代しよう。」
「あいよ。父ちゃんは戻って来た?」
「うん。最後尾で新しい人が並ばないように見張ってるよ。」
「ういー。」
フガッジュは門を抜ける際にテスと揉めていた大きな男の顔面を殴ってぶっ飛ばした。
本当に片手間で済ませたその行動に、見ていたお客たちが称賛している。
もちろんそれを見ていた優剛も口を開く。
「きゃー。フガッジュ様、素敵―。惚れちゃうー。」
振り返ったフガッジュがなんとも言えない表情で優剛を見てから、列の最後尾に向かって歩みを進めた。
実際にフガッジュは人気があった。獣人の女性たちはフガッジュの強さに心酔している。獣人は強い者に憧れに近いものを持つようだ。
さらに身体も引き締まっており、顔立ちも悪くない事で種族を問わず人気があった。
フガッジュが列の後方に移動するのを、うっとりした表情で見ている女性が居るのは仕方がない事だ。
「あ!紅茶淹れますね。」
「ありがとねー。」
シオンは優剛の空のカップを見てすぐに紅茶を淹れ始める。
「なんで兄さんは紅茶も淹れられないんだよ・・・。」
「いや、いや・・・、護衛だからでしょ・・・。」
シオンの小さな愚痴のような呟きに優剛は冷静にツッコミを入れる。
営業時間も終わりに近づいて来た頃に1台の馬車が優剛の屋敷の前で止まった。荷台を牽いている馬は立派な体躯をしており、とても普通の馬には見えない。
しかも、馬車はシンプルな作りではあるが、非常に大きく、装飾も綺麗で下品な飾りも付いていない。一目見ただけで上位貴族だとわかるものだ。
さらに、馬車の前後左右には馬に乗った護衛が何人も控えている。
テスとトーリアはその馬車と護衛団を見て、非常に面倒な予感を抱いた。今はまだ営業時間中である。優剛との面会は断るのが基本方針である。
テスはトーリアに最初の対応は任せる!と目で訴える。
トーリアは微笑んで1歩前に出る。
護衛の1人が下馬して、トーリアに近づいて口を開く。
「ユーゴと面会だ。」
「大変申し訳ございません。ただいま飛行屋の営業中でございます。ユーゴ様は面会する事が出来ません。」
まずはテンプレの回答をぶつけるが、当然それで引き下がる者はいない。
「それはわかっている。しかし、面会を希望しているのはエンジアルゴ様だ。どうか取り次いで頂きたい。」
「・・・失礼ですが、それが証明出来る物を何かお持ちですか?失礼でなければ窓を開けてお顔を拝見させて頂けますでしょうか。」
トーリアの対応にテスは非常に驚いていた。
テスはエンジアルゴなんて知らないが、エンジアルゴの名前を聞いたトーリアの態度が柔らかくなり、緊張もしているからだ。
「ふむ。エンジアルゴ様のお顔を知っているのか?」
「何度か拝見する機会を頂きました。」
「よかろう。少し待て。」
護衛は馬車に近づいて、外から中に話しかける。
すぐに馬車の扉が開いて、中から白髪で少し長いヒゲを携えた男性が、魔術士と見られる男性に支えて貰いながらゆっくりと降りて来る。
馬車から出てきた白髪の男性を見た瞬間、トーリアは跪いた。
そんなトーリアを見てテスと残り少ないお客たちはトーリアと白髪の男性を交互に見る。
男性はゆっくり歩いてトーリアに近づいて口を開く。
「表を上げよ。」
「はっ!」
テスとお客たちは益々わからない。誰もこの白髪の男性を知らないのだ。
「儂を知ってるそうだな。」
「はっ!先代国王陛下、エンジアルゴ・ムーフリット様。」
トーリアの言葉を聞いた瞬間、テスも含めて全員が跪いた。大人たちは子供の頭を掴んで強引に跪かせる。
特に年配の者は祈りを捧げる者も居るほどだ。
そんな光景が広がる中でエンジアルゴが口を開く。
「偽物の可能性もあるぞ。」
「私は声も知っております。間違いなくご本人様でございます。」
「ほぉ。ユーゴに仕える前は何処に居たのだ?」
「はっ!ヒロイース様に仕えた後はレミニスター様に仕えておりました。」
エンジアルゴはその答えに納得したのか、顔を綻ばせる。
「おぉ。ヒロとレミに仕えていたか。それなら納得だ。入らせてもらうぞ。」
「はっ!」
紅茶を飲んでボーっとしていた優剛が、空を飛んでいる者たちが門を指差しているのを見て、なんとなく門の方に視線を向けた。
「げっ。何してんだあの爺ちゃん。」
シオンも視線を門に向けて確認したが、状況がよく理解出来ない。
「誰ですか?」
「元王様だよ。」
「はい?」
「先代の国王だよ。」
「お守りしますね。」
シオンにとっては相手が誰であろうと優剛を守る護衛である。優剛の前に出て警戒するように入って来る者たちを見る。
「大丈夫、大丈夫。何もしないで良いからね。僕の後ろに下がって立ってて良いよ。あのお爺ちゃんが何かする分には大丈夫だから何もしないでね。」
シオンは優剛の指示通りに後ろに下がるが、警戒を止める気はない。
エンジアルゴは非常にゆっくりした歩みで優剛に近づいて来る。馬車を降りる際には支えて貰っていたが、今は完全に1人で歩いている。
遂に優剛の目の前まで歩いて来たエンジアルゴに優剛が告げる。
「座ります?」
「・・・覚悟しろユーゴ!」
エンジアルゴが振り上げる右手にシオンは優剛を守ろうと素早く反応するが、足が動かない。
ハッとした表情で足を見れば、地面と靴底が貼り付けられているようになっていた。
視線を優剛の後頭部に移した時には、エンジアルゴの右手がバシッと優剛の頭を叩いていた。
しかし、優剛は叩かれた頭を摩りながら、再び同じ質問を繰り返す。
「座ります?」
「当たり前じゃ!」
優剛は土の魔術で簡易の椅子を作り出して、座るように勧める。ひじ掛けや背もたれまで完備された豪華な椅子である。
その椅子に腰かけたエンジアルゴが口を開く。
「家の中には通さんのか?」
「営業中ですからね。」
「貴様は相変わらず無礼じゃな。」
「こうなるって知ってるのに来るのが悪いんですよ。」
悪びれる素振りも見せない優剛にエンジアルゴは溜息を吐き出してから口を開く。
「はぁー。儂が直接来たら全てを放り出して、招き入れるもんだぞ?」
「急に来られてもお客さんが優先ですから困るんですよ・・・。今日は麻実にリハビリの報告ですか?」
「そうだ!驚かせてやりたくてな。ハッハッハ。あと貴様を叩く為だ。」
楽しそうに笑うエンジアルゴに優剛が告げる。
「リハビリ頑張ったんですね。短期間でここまで回復してるのは凄いと思いますよ。」
「はっ!貴様を叩きたい一心で耐えたわ!しかし、儂と話しながらよくこれだけの人数を飛ばせるものだな。」
エンジアルゴは楽しそうに飛んでいる者たちを見上げて優剛に告げた。
「営業が終わったら飛んでみます?」
「今は駄目なのか?」
「この中にお爺ちゃんを入れたら、他の人が委縮しちゃうでしょ・・・。既に知ってる人は飛んでもいないですよ?」
エンジアルゴはそれを聞いて護衛に何かを指示した。
「民に迷惑を掛けたようだから、迷惑料を渡す事にしたぞ。」
「うわー。お金持ち感を出すのは麻実に嫌われますよ。」
「むぅ。それは困るのぉ・・・。おい!口止めも忘れるなよ。」
エンジアルゴは迷惑料を渡す為に駆け出した護衛の男性に向かって追加の指示を出した。
エンジアルゴ自身も聖女だと思っている麻実には嫌われたくないのだ。
(いやー。なんか違う気がするんだけど良いか・・・。)
「それでマミは居るのか?」
「それも知ってますよね?今は病院で仕事してますよ。」
「直近の予定を調べるくらいなら、こうして出向いた方が早かろう。」
「まぁ、僕は良いんですよ。お爺ちゃんが頭に穴を空けるのを、怖がってたお爺ちゃんだって知ってるから。でも、他の人はみんな跪いちゃうし大変ですよ。」
それを聞いたエンジアルゴは興奮するように口を開く。
「馬鹿もんが!怖がってた訳じゃないぞ!下手な治療をされては困るから警戒していただけだ!貴様はもう少し年上を敬ったらどうだ!」
「その椅子の座り心地、良くないですか?」
エンジアルゴは急に変わった話に眉根を寄せたが、すぐに口を開く。
「うむ。土で作ったにしては良いぞ。どんな魔術を使っているのだ?」
「基本は土です。しかし、身体に触れる部分は布にして、中に水を入れてます。さらに布が濡れないように、布と水は魔術障壁で遮ってます。」
話を聞いた者すべてが絶句している。もはや優剛が何を言っているのかわからないレベルだ。
「僕、お爺ちゃんを最大限に敬ってると思うんですよね・・・。」
「・・・う・・・うむ。貴様の最高の魔術を披露している訳だな・・・。」
終了時間を前にして、トーリアたちが戻って来た。待っていたお客たちにエンジアルゴの護衛が迷惑料を渡して帰って貰ったのだろう。
「残り1分でーす!」
シオンはテーブルに置かれた砂時計を見て叫んだ。
既に半分ほどが地上に降りてエンジアルゴの護衛から迷惑料を受け取って帰っているが、知らない者は飛び続けているのだ。
最後のお客が飛行を終えて門を出ていく。その際に事情を説明されて、驚いた顔でこちらを見てから迷惑料を受け取って帰っていった。
「ふぅー。今日は終わりだね。みんなお疲れ様。中に入ろうか。お爺ちゃんも中にどうぞ。」
「いや、貴様を叩くという目的は果たしたからもう良い。マミが戻る頃にまた来るぞ。」
エンジアルゴはそう言って椅子から立ち上がり、ゆっくりとした足取りで庭から出て行った。
(えぇぇ・・・。客を追い出して帰るのかよ・・・。)
優剛は不満があります。という表情で先代の国王であるエンジアルゴを見送った。
「さぁ、お爺ちゃんの事は忘れて、ご飯食べよう。」
「ユーゴ様、忘れる事は出来ません。夕刻にまた来ると仰っておりましたので、準備を致します。」
トーリアは大急ぎで屋敷に入っていくのを呆然と見送った優剛と護衛の獣人4人家族。
「ねぇ・・・、またあのお爺ちゃん来るってさ・・・。」
「俺はもう顔を覚えたから大丈夫だぞ。来たら通せば良いだけだからな。」
「父ちゃんの言う通りですね。俺たちは門番なんで、素直に通すだけです。」
「それ・・・、門番じゃないよね・・・?」
優剛の愚痴のような呟きに門番担当のタカとフガッジュが、門番の職務を放棄するような発言をしていた。
優剛のツッコミは無視してテスが口を開く。
「私は部屋で今日の売上をまとめますから、会う事は無いと思います。」
「僕は今から王都に行こうかな・・・。」
優剛は面倒になって逃げだそうとするが、それを聞いたタカが口を開く。
「マミさんが帰って来る。旦那が留守でさっきの人が来る。もしくはマミさんの帰りをこの屋敷で待っていた。それを王都に行った旦那は知っていた。マミさん、怒るだろうなぁ・・・。」
「・・・ねぇ!タカ!僕はどうしたら良いの!?ねぇ!」
優剛はタカの肩を掴んで揺さぶりながら叫ぶように問う。タカは揺さぶられながら呆れるように告げる。
「諦めてもう1回会うしかないですよ・・・。」
優剛は「ぐぅ」と唸ってトボトボと屋敷の中に入っていった。
美味しい昼食は優剛に一時の安らぎを与えた。優剛は料理人であるケンピナに感謝を述べるが、返って来た答えで再び優剛を現実に引き戻した。
「ありがとうございます。ユーゴ様、私はエンジアルゴ様を迎える軽食を用意してきますね。」
「あぁ・・・。うん。よろしくね・・・。」
ケンピナはブツブツ言いながらキッチンに戻っていった。
「驚かせるならシュークリームだと思うけど、手掴みはちょっとなぁ・・・。」
未だにシュークリームは市場には出回っていない。
優剛の屋敷を訪れるヒロイースやレミニスターしか、フィールドでシュークリームの存在を知っている者はいない。
王都ではラーズリア邸で食べる事が出来る。訪れる貴族や商人に振る舞われているが、レシピは完全に秘匿されている。
王都でラーズリアがシュークリームのレシピを売ろうが、バラ撒こうが優剛は全く気にしない。しかし、優剛の許可も無く、ラーズリアがレシピを誰かに譲る事は無い。
優剛の許可待ちの人たちは大勢いるが、ラーズリアが優剛に会えば頭の中が模擬戦で一杯になる。シュークリームの事など頭の片隅にも残らない。そして、忘れ去られる事になり、いつまで経っても王都でシュークリームのレシピが広まる事は無い。
(せめて来るまではゴロゴロしてよ・・・。)
優剛はやけくそ気味に寝転がって趣味である魔力で遊び始めるのだった。
夕方、麻実と一緒にエンジアルゴが優剛の屋敷にやってきた。
「ただいまー。エンジアルゴ様が病院の前で待ってたみたいだから一緒に帰って来たわよ。」
「もうあのお爺ちゃん、ストーカーじゃん・・・。」
「失礼な事を言うもんじゃないわよ。」
現在はトーリアの案内で応接室に移動中との事だ。
「すぐ帰るって言ってたわよ。私はリハビリの経過も確認出来たし、もう用は無いけど話があるって言ってたわ。」
「本当かね・・・。とりあえず応接室か。」
優剛は麻実と一緒にリビング側から応接室の扉をノックして部屋に入る。
応接室には先ほどの魔術士と護衛が2人。そして、エンジアルゴだけがソファーに腰かけていた。
「あぁ、ユーゴか。まぁ座れ。」
(ここ僕の家なんだけど・・・。)
初めて屋敷に入ったエンジアルゴが家主のように席を勧めた。
しかし、優剛の後ろに続いて入って来た麻実には笑顔で告げる。
「おぉ。マミも一緒か。ほれ、そこに座ってくれ。」
「んふふ。ここは私の家よ、エンジアルゴ様。」
(年寄りキラーだ・・・。麻実様はジジイを手玉に取っておられるぞ・・・。)
そんな麻実にだらしなく表情を崩すエンジアルゴが口を開く。
「はっはっは。そうだったな。ちょっと話があってな。」
エンジアルゴは後ろを振り返って魔術士の男に喋るように促す。そして、魔術士の男が口を開く。
「マミさん、ご無沙汰しております。エンジアルゴ様の治療とリハビリメニューありがとうございました。今回こちらに来た用件は3つです。」
(この人が専属医みたいな人なのかな。)
優剛は麻実と面識がある事から、王城でエンジアルゴを治療した後に麻実を呼び出した回復術士の事を思いだした。
「イチゴーエさん、お久しぶりです。」
麻実が挨拶すると、護衛の1人がテーブルに革袋を置いた。
「そちらはリハビリメニューの報酬です。」
「あら、ありがとうございます。遠慮なく頂きますね。」
(遠慮してー!ドシャって鳴ったよ?ジャラジャラだよ?)
小市民の優剛はテーブルに置かれた金貨が詰まっているであろう革袋の重量感に圧倒されていた。
しかし、トーリアの教育なのか、元々の気質なのかわからないが、麻実はそれを平然とした表情で一瞥して口を開く。
「トーリア、中を確認して。」
「畏まりました。」
(え・・・。何、君たち・・・。)
圧倒される優剛を無視して、トーリアが革袋を手に取って中身を確かめる。
優剛もやろうと思えばトーリアに教えられた記憶を、魔術で引っ張り出して貴族のように振る舞う事は出来るが、通常時ではそんな記憶は頭の引き出しの奥底に封印されている。
「マミ様、金貨30枚でございます。」
「あら?5枚多いですよ?」
(え?最初から合意済みですか?麻実さん?何者ですか?)
「5枚はマミさんを疑ってしまった私の謝罪だと思って下さい。」
「では遠慮なく頂きますね。」
(遠慮してー!謝罪に500万は多いですよーー!!)
狼狽える優剛を全員が無視して、イチゴーエが口を再び開く。
「2つ目の用件はマミさんに王都で活動して頂きたい。それも王城に患者を呼ぶ形です。既にレミニスター様の了解も取っています。あとはマミさんの返事次第になります。」
革袋を置いた護衛が懐から1枚の厚い紙を取り出して「条件はこちらです」とテーブルに置いた。
麻実はそれを見ずに返答する。
「その件はお断り致します。私はフィールドが好きですし、何よりここは辺境故にハンターたちの怪我や未知の病気も多い。私の目的の1つである、様々な症例数を得るのに非常に良い環境なのです。」
「じかし、王城勤めになれば娘さんと一緒に暮らす事も出来ますよ?」
この言葉を聞いた優剛は無表情になり、目も少し細くなる。
(由里の事を調べて人質にでも取ったつもり?考えすぎ?)
優剛が何か発言する前に麻実が間に合った。
「脅迫なら無意味ですよ。由里の傍にはレイが居ますから。由里に何かすれば王都は壊滅ですよ。もちろん優剛も行くでしょうね。」
麻実の答えに慌てるようにエンジアルゴが口を開く。
「すまんのぉ、マミ。こいつには儂から後で言っておくから許してくれんか?」
「しかし、エンジアルゴ様・・・。」
「馬鹿もん。マミは断ったそれで終わりじゃ。次の用件じゃ。」
イチゴーエは納得していないような表情だが、エンジアルゴに促されたので次の用件を告げる。
「2つ目の用件と似ているのですが、マミさんに回復魔術の教育者として、王城に勤めて頂きたい。」
「そちらも辞退します。」
麻実の即答に再びイチゴーエが喰らいつく。
「何故ですか!?それだけの腕がありながら、こんな地方で燻っているのは勿体ないです!」
「教えるなら私の勤めている病院に何人か派遣して下さい。私の技術は全て病院で働いている人に教えていて、秘匿は一切しておりません。」
回復魔術や薬の製法などは秘匿するのが常識である。自分の飯の種を見ず知らずの者にホイホイ与えて良い訳が無い。しかし、麻実は隠すような事をしていない。
優剛が非常識すぎて隠しても無意味であると考えているからだが、優剛の魔術は常識を飛び越えていて理解出来ない。
しかし、麻実の魔術や知識は常識の1歩先くらいの位置にある為、革新的な技術として理解が出来るのだ。
麻実の魔術が模倣出来るかどうかは別にして、革新的な技術を提供している麻実は聖女の地位を不動のものにしている。
驚きで固まるイチゴーエを無視してエンジアルゴが口を開く。
「ふーむ。困ったのぉ。儂はマミに王都に来て欲しいんだがなぁ・・・。」
「私はここでの暮らしに何も不自由していませんよ。」
「うーむ。無理強いすればユーゴが怒るだろうし、諦めるか。」
エンジアルゴは思い出したのだ。息子のバスターナンが麻実に側室にならないかと打診した際に優剛が怒った事を。さらに、自分は何らかの魔術で威圧されて震えた事を。
「しかし、エンジアルゴ様!マミさんをこんな男の妻にしておくのは勿体ないです!」
エンジアルゴが諦めきれないイチゴーエに告げる。
「止めておけ。ユーゴはマミよりも回復魔術が優れておると、マミもラーズリアも認めている。表に出て来てないだけで、ユーゴは恐ろしい男だぞ?」
(いやん。褒めても何も出ませんぜ・・・。あ、シュークリーム出してあげよう。)
エンジアルゴの言葉に気を良くした単純な優剛は口を開く。
「トーリア、ケンピナがシュークリームを用意してるはずだから持って来て下さいな。」
すぐにトーリアは上下に真っ二つに切られたシュークリームを持って来た。
(おぉ!上品なシュークリームだ。高級なお店で見るやつだ。よくこの形に辿り着いたな・・・。)
下にはクリームがたっぷりと乗っていて、上の部分は下に寄り掛かるようにして斜めに置かれている。
「ほぉ。これは見た事が無いな。」
「お爺ちゃんが来るって言うから用意したんだよ。」
エンジアルゴはナイフとフォークを使って、シュークリームの上部分を一口大に切ってクリームを付けて口に運ぶ。
「・・・これは・・・。美味いな・・・。」
パクパクと美味しそうに食べ進めるエンジアルゴ。
そして、後ろからそれを眺める護衛とイチゴーエには、手掴みで食べる通常のシュークリームをトーリアが手渡す。
「おぉ。」「むぅ。」
すぐにシュークリームを食べ切ってしまった護衛たちが名残惜しそうに、皿に載っているエンジアルゴのシュークリームを見るが、既に最後の一口である。
「非常に美味かったぞ。これは何処で手に入るのだ?」
「僕が作ってるだけで買えませんよ。」
「なっ!貴様は菓子まで作るのか!?」
「尊敬しても良いんですよ?」
一瞬口ごもったエンジアルゴだったが、頭を左右に振って口を開く。
「馬鹿もん!しかし・・・、その・・・、なんだ・・・。」
「なんですか?」
「王城でも食べたいのだ。作り方を教えるのだ。」
(子供か!?)
「言い方が子供っぽいですけど、良いですよ。」
「なっ!・・・いや、良いのか。うむうむ。褒美は期待しておけよ。」
「ここに居る人に教えても・・・ダメそうですね。王城の料理人に教えるので、暇な時にラーズの家に行って下さい。そこで教えてくれると思います。」
優剛がシュークリームを教える為に護衛やイチゴーエを見回した時である。彼らは明確に首を左右に振って拒絶したのだ。今ここで作り方を教わっても作れる訳が無いと全身で優剛にアピールした。
優剛も鬼では無いので、彼らの意見を採用して、ラーズリアに放り投げた。
「ほぉ。ラーズの小僧もこの菓子を知っているのか。」
「僕が教えたんで、ラーズの家でも食べられますよ。」
「ほぉ・・・ズルいのぉ。まぁ、話は以上だ。10日ほどフィールドに滞在しているから、何かあれば連絡して来い。」
そう言ってエンジアルゴたちは優剛の屋敷を出て行った。
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