72. 王都に残る
前回のお話
電話を作りたい。
夕方になる頃には王都に出掛けていた面々がラーズリア邸に帰宅を終えていた。
明日、イコライズは学園との事ので、ラーズリア邸には来ていない。ミロマリアも名残惜しそうに麻実とムラクリモに別れを告げて帰宅していた。
優剛は夕食が終わって一息ついていた時に、ラーズリアから信じられない事を聞かされる。
「ごめん。もう1回言って・・・。」
「ユリは学園の準備があるから、帰らずにそのままうちで預かるそうだぞ。」
「学園って春からだよね?今は秋の始まり・・・え?準備って何・・・?」
狼狽える優剛にラーズリアが告げる。
「試験の準備だ。魔術試験は問題ないだろうが、算術、歴史、地理などの一般常識の勉学だな。」
「フィールドでも出来るでしょ?」
「王都ならフィールドより質の良い家庭教師が揃っているからな。それにティセと一緒に学んでくれれば双方に良い影響があると思うぞ。」
ティセルセラは身体を動かすのが好きだ。勉学は正直に言って苦手である。しかし、由里と一緒であればなんとか頑張れると言っているようだ。
由里は異世界に来てしまったので、小学校低学年までしか通学出来なかった。しかし、低学年までなら勉強する内容もそれほど難しくは無く、勉強を苦にしていなかったので成績も良かった。
その事を知っている優剛はすぐにティセルセラのモチベーションに、由里が利用されている事に気が付く。
「由里は1人でも平気だからフィールドで試験の準備をするよ。」
そんな優剛の声を聞いた由里が口を開く。
「お父さん、私はティセと勉強したい。」
(ノオォォォォ!ここに残るんだよ!?帰らないんだよ!?)
「よーし。家族会議だ。皆の者、集合するのだ。」
優剛は仰々しい態度で家族会議を宣言する。優剛がふざけているとわかっていても、近くに寄って来る子供たちと麻実。しかし、麻実が会議の根底を覆す。
「由里が残る話は昨日終わってるわよ。」
「・・・なん・・・だと・・・?」
「昨日、優剛たちが帰って来るのを待っている時に話し合ったからね。」
「なぜ昨日話し・・・真人は良いのか!?姉ちゃんが一緒に帰らないって言ってるんだぞ!?」
優剛は昨日の話を意図的に回避した。買い食いのお説教で全てが上書きされたから、昨日の内に教えて貰えなかったのだと判断した。ここを掘り下げても自爆するだけである。
「ボクは昨日聞いたから知ってるよ。ちょっと寂しいけど由里がやりたいんなら良いと思う。」
(大人か!頭脳は大人か!?)
「なるほど・・・。僕の意見待ちって事か・・・。」
「意見って言うか決定事項を優剛に知らせただけなんだけど。」
「麻実さん!決定なの!?もう決定してるの!?」
慌てる優剛に麻実と由里は首を縦に振る。それを見た優剛は座っていた椅子の背もたれに全ての体重を預けてだらけた姿勢になる。
「マジか・・・。」
優剛は諦めたように呟いた。
子供の意見は出来るだけ尊重したい。危険な異世界ではあるが、ラーズリアは信用が出来るし、由里の強さも既に常識の枠からはみ出している。
理性では親元を離れても良いと判断が出来る。しかし、感情がそれを許さない。
俯いていた優剛は顔を上げて、窓を見ながら口を開く。
「あぁ・・・。雪が降ってるから帰れないや・・・。」
「まだ当分は降らないわよ。」
「お父さん!まだ暖かいよ!」
麻実と由里から冷静なツッコミを喰らう優剛だが、諦めきれないのかラーズリアに同じ質問をする。
「ラーズ・・・。雪・・・降ってるよね・・・?」
「あぁ・・・んー。雪か・・・。」
ラーズリアは去年、同じ事を言ってフィールドから帰らなかったのを覚えている。方々から散々怒られたのだ。軍に関係しない限り王都からの外出禁止まで出ているのだ。忘れる事は出来ない。その為か非常に歯切れが悪い。
「ラーズ、降ってないわ。」
「父さま、降ってないわよ。」
ムラクリモとティセルセラに援護されて、ラーズリアは優剛から視線を逸らして口を開く。
「うーん。雪は・・・まだ降らんな・・・。」
そんなやり取りにイラついたのか由里が声をあげる。
「もうお父さん帰ってよ!」
「ぐはっ。」
優剛は椅子から転げ落ちてそのまま床にうつ伏せに倒れて動かない。
そんな優剛を心配する者は居ない。
優剛は呻き声をあげながらフラフラと椅子を支えにして立ち上がり、ゆっくりと椅子に深く腰かける。
「条件がある。」
優剛は真剣な表情で言った。その表情と声色からは優剛の本気度が伺える。この雰囲気の優剛に気安い反論は意味がない。
麻実は頷いて先を促す。
「由里、聴覚の魔力玉を作るのが条件だ。魔力で音を聞くっていう魔術が出来たら良いよ。」
「何それ?簡単?」
「診る魔力で自分がどうやって音を聞いて、頭で理解してるのかっていう仕組みを分析して、それを再現する魔力を練れば出来るよ。」
「やってみる。」
由里とて優剛の娘である。生まれた時から優剛と生活していて、本気になった優剛に簡単な反論をしても無駄である事は知っている。素直に聴覚の魔力玉の作成に取り掛かる。
診る魔力自体は既に習得済みである。あとは分析して理解する。そして、それを魔力で再現すれば良いだけであるが、それが出来たら異世界人は誰も苦労しない。
麻実は勤めている病院の医師や看護師たちにも診る魔力の指導を続けているが、未だに診る魔力の作成が出来る者は居ない。
もちろん田中家に仕えている使用人たちも作成は出来ない。
重苦しい沈黙が部屋を支配するが、それを由里が打ち砕く。
「なんか喋ってて。音が無いとわかんない。」
「わん!」
(くっ!この忠犬が!)
「ユーゴの言ってる事は意味がわからないけど、それは今に始まった事じゃないし。マコト、ユリの近くでお話をしましょう。」
「はーい。」
優剛は腕を組んだまま椅子に座ってじっとして動かない。
数十分してから優剛は口を開く。
「お風呂入って寝るね。」
優剛は椅子から立ち上がって、扉に向かう際に由里の近くを通りながら由里に告げる。
「あんまり無理しないようにね。」
「うん。・・・出来そう。」
優剛は由里の返答を聞いて立ち止まる。
(はぁぁ・・・。やっぱり簡単だもんね・・・。)
優剛は診る魔力が使えて、朝の訓練にも参加している由里が、すぐに使えるようになるのは想定内だった。
「今、出来そう?」
「うん。」
優剛の確認に由里は目を閉じたまま頷き、ゆっくりと目を開けて優剛に尋ねる。
「これなんだけど・・・よくわかんない。」
由里の手には魔力玉が1つ作られている。しかし、この魔力玉で本当に何かを聞く事が出来るのか疑問があるようだ。
「じゃあ、実験してみようか。それをここに残して部屋を出て。」
優剛が由里に指示を出すと、由里は黙って部屋を出ていく。由里が部屋を出たのを確認した優剛は、由里が残した魔力玉に話しかける。
「扉を3回ノックして。」
すぐに部屋の扉が3回ノックされる。
次に優剛は小声で魔力玉に話しかける。
「扉を2回ノックしたら部屋に入ってきて。」
扉が2回ノックされた後に、由里が嬉しそうな表情をして部屋に入って来た。
そして、ドヤ顔で優剛に告げる。
「出来たよ。」
優剛は由里の頭を軽く撫でて口を開く。
「これの凄く小さいのって作れる?これくらいのサイズ。」
優剛は実際に作って欲しい大きさの魔力玉を掌に浮かべて由里に見せる。
由里は1分ほどで優剛の要求する小指の爪の先ほどの大きさをした魔力玉を作成してみせた。
「ありがと。」
優剛は感謝を述べて由里の作った魔力玉を摘まんで回収する。
意味のわからない由里が口を開く。
「それじゃ小さすぎて何も聞こえないよ?何に使うの?」
「電話に使うんだよ。」
それを聞き逃さなかった麻実が優剛に近づいて問い詰める。
「電話って何?」
「今日、作った魔術だよ。」
「聞いてない!」
「あぁ・・・。うん。言ってない・・・。」
麻実は大きく溜息を吐き出してから目で説明を促す。気圧された優剛はそれだけで説明を始める。
「今日作った魔術は周囲の微弱な魔力を吸収して、任意の何かに魔力を提供。そして、魔術を維持するっていう魔術だよ。」
もちろんラーズリアも優剛の話を聞いているので、驚いた表情で優剛に尋ねる。
「それは・・・魔道具の仕組みを魔術で再現したのか?」
「その通り。」
優剛の短い回答でもラーズリアには十分に衝撃を与える。
「魔法陣も特別な素材も使用せずに、魔術のみで再現したのか?」
「うん。この仕組みは色んなところで見られるからね。例えばそこの照明とかね。」
優剛は部屋の照明を指差して答えた。呆れるラーズリアを放置して由里に向き直って口を開く。
「この魔力玉を維持する為に周囲の魔力を少しだけ吸収して利用しているから、これはもう消えないよ。」
由里は魔力玉を消す意識を持ったのだろう。しかし、魔力玉が消える事は無かった。
「ホントだ!消えないね。」
「本気で消そうと思ったら消えるから消さないでね・・・。」
優剛はこれも実験していた。
いくら周囲の魔力を利用しているとは言っても、消えないのは欠陥があるのでは。という疑問から、本気で消そうと集中した際にあっさりと消す事が出来た。
「それでこの魔力を僕が強化すると・・・。」
優剛はそう言って部屋を出ていく。そして、扉が閉まって数秒後に由里がその場で軽く跳んだ。
周囲の者は由里が跳んだ事に疑問顔になるが、部屋に入って来た優剛を見つめて説明を促す。
「僕が部屋を出ててから由里は跳んだ?」
「跳んだよー。」
「僕の声が聞こえたでしょ?」
「うん!」
この会話を聞いて麻実は納得の表情に変わる。
「なるほどね。聞く魔力玉?になるのかわからないけど、普段は極小サイズで維持だけに周囲の魔力を使うのね。それで、電話したい時に聞く魔力玉を強化して聞こえるようにするってわけね。」
「そう言う事。それで僕の魔力玉を由里に渡せば、いつでも連絡が取れるってわけ。電話でしょ?」
「うーん。完全に電話とは言えないけど電話ね・・・。」
「さらに極小サイズにする事で周囲の魔力を吸収する量も本当に微量。異空間に入れても魔力が減る量なんてわからないくらいだよ、奥さん。この電話は良い品アルヨ。」
麻実と話す際は怪しい商人を装っていた優剛が、真面目な口調に変わってラーズリアに尋ねる。
「ラーズ、魔力を帯びた道具は偉い人と会う時は外すんだよね?」
「・・・あ・・・あぁ、そうだな。武器になる魔道具がある以上、その辺りは徹底されているな。」
優剛たちが王であるバスターナと謁見する際も、不思議な道具を使って優剛たちを調べていた。幸いにも優剛たちが身に付いている物に魔力が宿っている物は無い。
その為、この聞く魔力を何か物に貼り付けて所持した場合は預ける、もしくは没収の対象になるという事だ。
「由里、明日は魔力を貼り付ける道具を探しに行こうか。そのネックレスに貼り付けて誰かに取られたら大変だからね。」
「はーい。じゃあ、お風呂入って寝るね。」
「え・・・。あっ・・・。はい。」
優剛は自分が先にお風呂に入ろうとしていたなどとは言わずに、由里の要求を素直に受け入れた。
アイサとレイを従えて部屋を出ていく由里を、呆然と見送る優剛に麻実が声をかける。
「さて、私にも教えてくれる?」
「ボクもー。」
若干1名増えているが、優剛が聞く魔力を教える事に否は無い。しかし、真人は良い意味で優剛の期待を裏切る。
「ボクもう出来てるよ。ティセ姉さまと話してる時にやってみたの。」
(おおぅ。ティセ姉さま。あんたが優秀なのか?真人が優秀なのか?)
優剛は由里が聞く魔力を作成しようとしている時に目を閉じて、周囲の会話も聞いていなかった。由里がラーズリア邸で生活しても問題が無いのか必死に考えていた。
問題が無いという結論はすぐに出ていて、その後はイメージトレーニングだ。
由里との別れ、由里の居ない生活。様々な場面を想像して、その時が来た時の衝撃に備える準備をしていた。
これ以上やれば確実に涙が出て来ると感じた優剛は、お風呂に入ってベッドで続きをやろうとしていたのだ。
「凄いじゃない真人、私も少し練習してたし出来ると思うわよ。」
真人は麻実にも褒められてご満悦だ。
由里にやったような確認作業を終えて、真人も無事に聞く魔力の作成に成功した。
喜ぶ真人、目を閉じて集中する麻実。そんな中で新しい魔術が誕生した瞬間に立ち会ってしまった驚きで固まるラーズリアたち。
「・・・魔人・・・様?」
「ムラクリモさん・・・僕は人間です・・・。」
優剛はムラクリモの呟きにしっかりツッコミを入れる。しかし、ムラクリモは止まらない。
「魔人様では無いとしたら貴方様は何者なのですか?」
「異世界の日本で生まれ育った田中優剛です。」
「しかし、言い伝えられている魔人様のお姿と余りにも酷似して・・・。」
優剛は困ったような表情をしながらも口を開く。
「黒髪、黒目に細身で背は高くない。ですよね?日本では珍しくもないですよ。」
「優剛が日本人の中でも細いって言うのは珍しい点よ。優剛、出来たわよ。」
麻実が聞く魔力玉を優剛に放りながら割り込んできた。
(姐さん・・・男前な登場ですな・・・。)
「ムラちゃん、魔人は歳を取らないのよね?私は優剛と10年以上の付き合いだからわかるけど、優剛は歳を取っているわ。」
「もうおじさんだよ・・・。ぐすんぐすん。」
優剛は泣き真似をして麻実の話に乗っかる。
「はい、はい。お爺ちゃんは黙っててね。」
「御意。」
「それに私たちの世界には写真っていう技術があるの。それは絵みたいな物でその時の光景を切り取って保存出来るんだけど、私は優剛の子供の頃の姿を知ってるし、優剛の両親にも会って話を聞いたわ。」
麻実の話を聞いていたムラクリモは落胆するようにして口を開く。
「では・・・ユーゴ様は本当に魔人様では無いんですね・・・。」
「わかって頂けて良かったです。ありがとね、麻実。」
「黒い髪がこっちでは珍しいのはわかるわ。本当に見ないものね。それに背が高い人も多いし、体格も良い。優剛なんてもやしよ。もやし。」
麻実の悪口は優剛には聞こえていない。何かを考えているような真剣な表情をしている。
(日本人が魔人の子孫っていうのは可能性の1つだよね・・・。日本人はみんな魔術の習熟が早いんだろうか・・・。ん?蘭丸ってノブさんの話だとこっちに来てすぐは魔力が使えなかったって話だったな・・・。でも、最強になったんだっけ。)
引き続き麻実とムラクリモが会話を進める中で、優剛は真剣な表情のまま固まってしまった。それを不審に思ったラーズリアが優剛に尋ねる。
「ユーゴ、どうした?」
「ねぇ・・・ラーズってレミさんとはどんな関係なの?学園時代の同級生ってだけ?」
真剣な表情の優剛にラーズリアはふざける事も無く答える。
「レミとは学園時代の友人という事もあるが、俺の母がヒロさんの姉だ。従兄弟になるのか?歳も同じだったし、小さい頃からよく一緒に遊んでいたぞ。」
(イコライズとジェラルオンの魔力が使えなかったのは偶然じゃない?蘭丸の血が濃いから?検証しようにも数が少なすぎて無理だな・・・。それに魔力が使えないのは珍しいけど、既知の病みたいな扱いだし、蘭丸だけの責任にするのも暴論か。)
優剛は考える事を止めた。他に魔力が使えない人を探して、その人の祖先が全て蘭丸に行きつくのはありえない事だ。
蘭丸の血筋も関係しているのでは?という疑いだけは優剛の中に残ったが、優剛は考えてもわからない事はすっぱり忘れる事にした。
「そうなんだ。仲良いもんね。ありがと。」
そう言った優剛の表情はいつも通りのものに戻っていた。
「あぁー。真面目な話をしてたから疲れちゃったよー。」
優剛はそう言って床に寝転がる。みんなのお風呂が終わるまでの暇な時間を、ゴロゴロして過ごす事にしたのだ。
「んー!・・・・あぁぁ。」
寝転がって大きく伸びをすれば声が出てしまうのは仕方が無い事である
最後まで読んで頂きありがとうございました。
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