71. 電話への一歩
前回のお話
買い食い
王都滞在3日目。
麻実は昨日久しぶりに再会したミロマリアとムラクリモに、ハルを加えてお出掛けである。
昨日の晩、イコライズはラーズリア邸に宿泊していて、女の子3人はティセルセラの部屋で遅くまでお喋りをしていたようで、今日の朝は全員が眠そうにしていた。
しかし、朝の訓練ですっかりと目を覚まして、護衛としてレイを連れて仲よくお出掛けである。
真人はイコライズとティセルセラに挟まれ、手を繋いで出掛けていった。
ラーズリアは午前中だけ部下の訓練の為に外出中である。
優剛だけは本日の予定が『無し』である。
(ハーッハッハッハ!)
朝の訓練も終わってそれぞれの出発を見送った優剛は、客間に案内されるとすぐに寝転がっていた。傍にはシオンが執事として控えているだけだ。
トーナは子供たちの付き添いで、アイサは母親たちに付き添っている。
ミロマリアは戦士ではない為、しっかり護衛と使用人を傍に置いていた。そうするとムラクリモもミロマリアに合わせる為に使用人を付ける。
自然に麻実も使用人を付ける話になり、アイサが名乗りを上げた。
トーナは自然に真人と一緒に歩いていたので、シオンかアイサの2択になっていたが、ミロマリアとムラクリモに付いている護衛と使用人が女性だった為に、ほぼアイサ1択という状況になっていた。
アイサが名乗りを上げた事でシオンはホッとしたような表情をしていた。
(あっ!アレを試してみよう。)
ゴロゴロしていた優剛は魔力を使って何をするのか閃いたようで、ゴロゴロしていてもその表情は真剣そのものだった。
仰向けになった優剛の上に水の玉が浮かんでいる。
この部屋には優剛とシオンしか居ない為、何もない場所から水を発生させても驚くような者は居ない。
(確か魔道具の中には魔術の維持だけを目的に作られた物があって、維持する魔力は周囲に流れる微弱な魔力を使ってるんだよね・・・。)
水道管などがそれに該当する。
予め魔術が触れる場所に周囲の魔力を吸収、放出する機能を備えて、魔術で作られた水などの魔力が触れた時に、具現化した術者の魔力が無くなった状態でも、水の形を維持する為の魔道具である。
この技術は異世界の文明を支える技術で、あらゆる場所で見かける事が出来る。
しかし、触れている事が必須条件になっているので、火の魔術を遠くに飛ばすような、武器としての扱いは出来ない。
例えば20m以上の長い筒を相手に密着させて、火の魔術を放てる状況に出来ると思っている馬鹿は居ないという事だ。
(あ・・・。大気中の魔力の吸収ってどうやるんだ・・・?)
目の前の水玉を睨むように見つめながら優剛は深く思考する。そして、そのままの状態で口を開く。
「シオン、そこの照明って使える?」
ラーズリア邸の照明は魔道具だ。起動には人の魔力が必要だが、維持には周囲の魔力で補っている。
「はい。少々お待ち下さい。」
シオンは照明を確認した後に扉の近くの壁に貼り付いている小さな板に向かって歩いていく。
シオンは掌サイズの板に触れて魔力を流すと、天井に備え付けてある照明が部屋を照らす。
優剛は天井を向いていたので、眩しそうに目を細めるが、すぐに照明に向かって診る魔力を飛ばす。
診る魔力玉は照明を覆うようにしたまま動きを止める。
(魔力を吸収・・・そして・・・放出・・・維持・・・。)
優剛は診る魔力で照明の魔力の流れや使っている魔術を分析する。
分析が終わったのか優剛は何やら呟くように声を出す。
「あぁ・・・。へぇー。」
そして、優剛は既に浮いている水の玉を新しく作った魔力玉で覆う。
そのまま数分してから優剛は立ち上がってソファーに腰かける。
「出来たけどわからんな・・・。」
水の玉は浮いた状態を保っているが、この状態は優剛が作り出した現象で、第三者が見ても、浮いた水の玉が周囲の魔力で維持されているとは思えない。
そこで優剛は浮いていた水の玉を消してから、シオンに視線を向けて口を開く。
「シオン、水があれば水を作れるよね?」
「はい。ユーゴ様のように何も無いところからは出来ません。遠くにも飛ばせないですよ・・・。」
「大丈夫だよ。ほんの少しだけ浮かしてくれれば良いから。・・・この水を使って水を作って。」
優剛は新しく作った水をシオンの前に飛ばす。
シオンは水に触れて魔力を練る。そして、数十秒後にシオンの掌には水の玉が出現する。
「ありがと。少しで良いから浮かせててね。」
「・・・はい。」
身体の外に魔力を留める技術を苦手にしているシオンの表情は真剣そのものだ。しかし、優剛の鬼指導もあって、少しの距離であれば身体の外でも魔力を維持させる事が出来る。
それでも透明な煙の魔力であれば、それなりの距離を飛ばす事は可能だが、魔術となるとその距離は大きく減衰する。
優剛は真剣なシオンが作り出した水の玉に魔力玉を飛ばす。透明な煙の魔力玉は水の玉とぶつかって、水の中に吸収されるようにして合体した。
「よーし。魔力を解除して良いよ。」
そんな優剛の言葉を聞いて、ふぅーっと息を吐き出しながらシオンは魔力を解除する。
しかし、目の前に浮かぶ水の玉が消えないので、驚きの表情で水の玉を見つめる。
「・・・え?なんで・・・?あれ?」
シオンの驚く様子をソファーに座りながら見ていた優剛が、満足そうな表情をして口を開く。
「おぉ!良いリアクション!わかりやすいなぁ。」
「これはユーゴ様の魔術ですか?」
すぐに優剛が何かしたという結論になったシオンは優剛に尋ねた。
「周囲の微弱な魔力を使ってシオンの水を維持してるの。」
「うわ・・・。魔道具の魔術を再現したんですか・・・?」
若干引き気味にシオンが優剛に尋ねた。優剛は『ふふん』というドヤ顔で答える。
「吸収、放出、維持の3つを備えた魔力玉を作ったの。」
「ユーゴ様だから。ユーゴ様だから。ユーゴ様だから・・・。」
シオンは小声で呪文を繰り返して、徐々に落ち着きを取り戻していく。
そんなシオンに向かって優剛が尋ねる。
「この魔術を応用すれば、誰でも火の玉を遠くに飛ばせるんだけど、この技術が軍や世間が知らないのはなんで?知ってる?」
「・・・はい!えっと・・・。」
シオンは呪文に集中していて優剛の言葉を聞き逃していたが、最後の部分は辛うじて認識が出来たおかげで回答が可能だと判断する。
「攻撃に使えるような威力を保つのに周囲に存在する微弱な魔力では足りません。小さな火の玉なら出来るかもしれませんが、それだと相手の脅威にはなりません。」
「なるほど・・・。簡単に防御出来ちゃうから、嫌がらせくらいしか出来ないのか・・・。」
(ん?仕組みはわからないけど、聴覚を付与した魔力玉って遠くの音も聞こえるから、これで作ったら盗聴やり放題じゃない・・・?)
優剛は自分が思い付くくらいだから、きっと既存の技術だという思いがある。それに危機感を覚えたのか、すぐに聴覚を付与した永久機関の魔力玉を作成する。
もちろん隠蔽効果は付与しない。
「シオン、この魔力玉はすぐ気が付く?」
「はい。この程度であれば誰でも違和感を覚えるかと思います。」
「なんだ、良かった、良かった。盗聴やり放題かと思ったよ。」
(うーん。隠蔽効果を付けると・・・。)
優剛は追加で隠蔽効果を付与すると、すぐにシオンが口を開く。
「あっ・・・消えました?」
「消してはいないけど・・・。」
「はい。この辺りから不自然に魔力が消えてますね。」
聴覚と隠蔽を備えた魔力玉の周囲は不自然なほどの勢いで魔力が消えていく。
「これは逆に何かあるってわかるね・・・。」
「はい。しかし、何をしたんですか?」
「魔力の気配を薄くする魔術だよ。」
優剛の言葉を聞いてシオンは目を閉じて深呼吸を始める。そして、目を閉じたまま真剣な表情で立ち尽くす。脳内では『ユーゴだから』が連発されている事だろう。
そんなシオンに優剛はまた自分が何かやらかしたんだと判断して、声をかける事はしなかった。
(うーん。電話作れないかな・・・。電話してる時は魔力が発生してても不自然じゃないよね。問題は電話していない時に魔力を隠せるかどうか・・・。あれ?魔道具を作れば良いのか?ダメさん案件か?)
シオンが目を開いた時、物思いに耽る優剛の前には様々な魔力玉が浮いていた。
(隠蔽だけなら何かあるってわかる程度・・・。聴覚だけでも同じ。合わせると違和感バリバリ空間。浮かせるのを止めても・・・変わらないか。)
優剛は色々試していくが、良い結果を得る事が出来ずに愚痴を溢す。
「うーーーん。切り替えって出来ないのかな・・・。」
術者以外の魔力で術者の聴覚の付与を起動させれば、形としては一方通行ではあるが完成である。
(切り替え・・・じゃなくて、強化で考えるか。)
この世界の魔術は魔力を使って何かを強化、或いは複製である。
自然現象を再現しようとすれば、複製と強化の両方が必要になる。さらに身体の外で魔力を操作するのは困難な事もあって、火の玉などを飛ばせるような術者は少ない。
優剛は隠蔽の効果を付与した魔力玉に聴覚を付与した。しかし、込めた魔力が少なすぎて、この魔力玉で何かを聞く事は出来ない。さらに浮かべるなどの操作機能も排除する。
「シオン、これ持って。」
シオンは優剛から魔力玉を手渡されると、恐ろしい物でも受け取るようにして、最大限の警戒と共に魔力玉を両手で受け取る。
「その魔力玉を強化して。」
「・・・はい。」
一瞬だけ躊躇ったシオンであったが、優剛が傍に居れば危険も無いと判断して魔力玉を強化する。
魔力玉の周囲からは魔力が勢いよく消えていく。しかし、魔力の気配は感じ取れないという違和感満載の状況になる。
「うわー。全部が強化されるのか・・・。あっ!」
優剛は何を閃いたのかシオンに渡した魔力玉を消して、小指の爪よりもさらに小さい極小の魔力玉を作り出した。
「シオン、これは感知出来る?」
「いや・・・これだけ小さいと周囲の微弱な魔力と一緒になってわからないです。」
優剛はシオンの答えに満足そうに頷いて、再びシオンに極小の魔力玉を手渡して口を開く。
「それを強化して。」
シオンは優剛の指示通りに強化する。野球ボールほどの大きさになったところで優剛が口を開く。
「それくらいで良いよ。シオンはこの部屋で待機ね。」
「はい。」
優剛は部屋を出ようしてから振り返ってシオンに指示を出す。
「僕がノックしたらその玉に小声で朝食に何を食べたのか話して。」
「わかりました。」
優剛は部屋を出てすぐに扉をノックする。そして自分の耳を塞いで扉から離れる。
「パンとハムとスープに・・・あとなんだっけ・・・。」
(おぉ!聞こえるぞ。マジか。)
優剛は嬉しくなって勢いよく扉を開けて、部屋の中に入っていく。驚いたシオンが口を開く。
「あれ?もう良いんですか?」
「十分、十分。ありがとね。」
(あとは接着剤みたいな魔術で魔力玉を何かに貼り付ければ完成か。)
優剛はシオンから魔力玉を受け取って、異空間から魔鉱石の短剣を取り出す。オリハルコンの短剣は優剛の中では封印状態である。
聴覚の魔力玉を短剣の先端に貼り付けて、短剣をブンブン振り回す。かなり高速で振られている短剣だが、刃の中に貼り付けた聴覚の魔力玉が飛んでいく事は無かった。
満足した優剛は再びシオンに短剣を手渡して指示を出す。
「見てたからわかると思うけど、短剣の先端を意識して強化して。」
「はい。」
シオンは素直に聴覚の魔力玉がある部分を意識して強化すると、短剣の先端から奇妙な魔力の玉が発生する。
「よし、よし。じゃあ、うーん。今、食べたいおやつをなんか言ってみて。・・・おぉ!僕が部屋を出たらね。」
優剛は指示通りすぐに短剣に向かって何かを言おうとしたシオンを慌てて止める。そして、小走りで部屋を出てなんとなく扉をノックしてから耳を塞ぐ。
「シュークリームが食べたいです。」
(うおぉぉぉぉぉ!完成だあぁぁぁぁ!)
優剛は扉を開けながら異空間からシュークリームを1つ取り出す。シュークリームを取り出した優剛に驚いてシオンが口を開く。
「え?なんで?」
「シオンには感謝だよ。はい。これで食べて良いよ。」
シオンは差し出されたシュークリームを短剣と交換するように受け取った。そして、少し申し訳なさそうにしながらもしっかりとシュークリームを食べ切った。
食べている時、シオンの尻尾は揺れていた。
美味しそうに食べた終わったシオンを確認した優剛が口を開く。
「シオン、聴覚を付与した魔力玉って作るのは難しいの?」
「はは・・・無理ですよ。聴覚を魔力で作ろうとしても、僕たちがどうやって音を聴き取っているのかわからないですから。何と魔力を同期したら聴覚になるのか見当もつきません。」
シオンは呆れるような表情で優剛に答えた。
(あぁ・・・。僕はその辺を診る魔力で理解したから出来るのか・・・。診る魔力様は意外と万能でございますね。)
由里が留学する際に電話があれば何かあった時に便利だと思っていた優剛は、この魔術を使用すれば優剛が由里の声を聞く事は可能になった。あとは由里が聴覚の魔力玉を作る事が出来れば、遠くに居ても会話が可能になる。
異世界基準ではトンでも無い魔術だが、そもそも聴覚が付与された魔力玉が作成出来ない異世界人ではこの魔術は出来ない。
もしかしたら何処かに使える者が居るのかもしれないが、会話するとなれば双方が聴覚の魔力玉を作成する必要があるので非常に難しいのは変わらない。
「色々実験に付き合ってくれてありがとね。はぁー、とりあえずゴロゴロしよー。」
優剛はシオンに感謝を述べて大きく伸びてから再び至福のゴロゴロタイムに戻る。
ラーズリアが帰宅して一緒に昼食を食べた後は模擬戦タイムになってしまったが、優剛は魔術で人形を作ってラーズリアと戦っていた為、訓練場でも結局ゴロゴロしていた。
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