07. オーパーツ
前回のお話
魔法が超使いたい。
獣耳に触りたい。特に少し先端が垂れている耳がお気に入り。
屋敷の中は天井も高く、廊下も広い。洋風の豪華な壁紙と内装に土足でも問題が無いように毛の短い絨毯が廊下には敷かれていた。
「お父さん、靴は脱がなくて良いの?」
「先頭の執事の人も土足だし、平気だよ。」
屋敷に入ってからは優剛から降りた由里は、初めての土足文化に戸惑いながら優剛に確認し、真人はヒロに倣って堂々と土足で廊下を歩いていた。その抜群の適応力に優剛は感心して良いのか、生意気だと考えるべきか悩み始める。
そんな真人の手を捕まえた麻実は、何やら真人と会話を始めるが、聴覚強化をしていない優剛の耳には届かず、優剛は由里と手を繋ぎながらヒロの後ろを歩き続ける。
背後には騎士の人たちも追いついており、広い廊下を物々しい雰囲気で一行は進んでいき、立派な扉の前で止まると、執事風の男性が扉をトントンとノックする。
(雪だるm)
ノックした扉や屋敷の雰囲気に毒されたのか優剛の脳内で不思議な歌が再生され始め、中からの声を確認した執事風の男性が扉を開けて一行を中に通した。
部屋の中は広く、部屋の真ん中には対面で大人三人は余裕で座れるソファーとテーブル、一番奥には扉の方向を向いて座れるように配置された椅子と机、そして椅子には耳が隠れるほどの長さがある濃い茶色の髪を真ん中で分け、髭は無く、全体的に清潔感のある男性が座っており、こちらを窺うように濃い茶色の瞳で見つめていた。
そんな男性にヒロは机を避けて横から歩み寄ると「ガッハッハ」と笑って肩を叩く。
(ヒロ!?その人、どう見ても偉い人なんですけど!?)
優剛は目の前の男性がこの街での領主ではないかと予想しているので、ヒロの態度が驚きで、立ち止まって二人を眺めていた。
そんなヒロに嫌そうな顔で会話を続けていた領主(仮)は、立ち上がって優剛たちにソファーに座るように促すと、執事風の男性に何やら声をかけてから、優剛たちに促した方と反対のソファーに腰かけた。当然のようにヒロが横に座る。
(こっちの世界の人はみんな背が高くて体格良いなぁ。)
立ち上がった際にヒロと同じくらいの身長、骨太で体格が良い事を確認した優剛は、男として少々の悔しい気持ちを押し殺しながら二人がソファーに座るのを眺めていた。
優剛は小さい頃から身体が細く、骨も細い。身体を鍛えても骨が太くなるわけではないので、骨太の体格良い男性に憧れのようなものを持っていた。職場の体格良い同僚からは細い方が良いと言われるが、お互いに無い物ねだりで、隣の芝は青く輝いて見えていた。
「失礼します。」
言葉が通じないのはわかっているが、偉い人の前では小市民の優剛は座る前にそう言ってソファーに座った。優剛たち四人が座ってちょうど良いくらいのソファーで対面の領主(仮)の言葉を待つ。
領主(仮)が言葉を発せず、窺うように優剛たちを順番に見てくるので、部屋の中が重い雰囲気で静まり返る。そんな中で執事風の男性が淹れているのであろうお茶の音だけが静かな部屋に響いていた。
ヒロがお茶を飲んでから何やら執事風の男性に声をかけると、彼は微笑んで一礼しているので、お茶が美味しかったのだろう。
「いただきます」
小市民の優剛はそう言って、お茶に手を伸ばして少量を口に入れた。
(砂糖欲しいけど、良い香り)
「由里と真人には、ちょっと美味しくないかも。」
「砂糖なしの紅茶ね。」
優剛と麻実が紅茶の感想を言うが、猫舌の由里は紅茶に手を伸ばさず、真人は飲んで顔を顰めていた。そんな真人を見て、ヒロは「ガッハッハ」と笑っている。
そこに紅茶を淹れ終わった執事風の男性が、あやしい占い師の前に置かれているような胡散臭い水晶玉をテーブルの上に置いた。水晶の右上の表面に薄く小さな丸いマークが描かれており、反対の左上には薄く小さな六芒星が描かれている。
転がるのを防止するような柔らかい材質の留め具の上に置かれた水晶玉の丸いマークを領主(仮)は指差してから手で触れた。
そして、同じ事をやってみろと優剛にジェスチャーで伝えると、優剛も恐る恐る水晶玉に手を触れた。
(しかし、何も起こらなかった。・・・この台詞までがテンプレかな?)
首を傾げる優剛に領主(仮)が首を横に振って、掌を上に向けると手からわずかに煙が出ていく。
(あぁぁ。OKOK。このマークに手で触れたまま煙を出すのね。)
優剛は手で触れてない方の手で親指を立ててサムズアップすると、触れている手から魔力を出す。すると水晶が優剛の手から煙を吸収するように勝手にゆっくりと吸い上げていく。
(お?吸われるー。ん?これだけ?)
再び首を傾げる優剛に領主(仮)は慌てて、もう片方の手でも水晶の六芒星のマークに触るようにジェスチャーする。
(そのジェスチャーゲームはヒロに似て・・・お?よく見たらヒロも同じ瞳の色で顔も似ているような・・・。)
そんな事を思いながらもう片方の手で水晶に触れた瞬間、脳内の一部分が自動的に強化された。そして、数字と文字と音声で数字の読み書きの解説動画が始まった。
十まで終わると今度は喋る棒人間がパラパラ漫画風の動画のような映像が脳内で再生されているように感じる事が出来た。
(おぉ。これ凄い、面白いね。うーん。あぁ。)
棒人間が喋りながらジェスチャーゲームをする。という内容の動画で、ジェスチャーのわかりやすさと、最初に数字である程度の文字と読みを刷り込まれた影響で、棒人間の台詞の文字が音声と合わさる事で読む事と聞き取るが出来た。
さらに脳が強化されている影響なのか、次々とジェスチャーにあった言葉が優剛の脳内に記憶されていく。
うーん。へぇ。と時折、優剛は声を出してテーブルに置かれた水晶に両手を置き続けた。
「お父さん、何してんの?」
「んー。勉強?」
由里の質問に優剛は回答しながらも、脳内では動画が続けられる。
「どんな勉強なのよ、優剛。」
「異世界語。」
「え?その水晶、何?」
麻実が警戒感を出しつつ、水晶を指差しながら優剛に質問する。
「煙を水晶に入れると、棒人間が音声と文字付きでジェスチャーゲームを始めて、ジェスチャーに応じた異世界語がわかる。脳も勝手に強化してくれるから忘れないし、理解力も上がっているのかも。」
「凄いわね。私にもやらせてよ。」
「待って。待って。僕が終わってからにしてよ。」
「ボクにも貸してよ!」
「順番、順番。終わりまでやらせてよ。うわわ、手が使えないんだから揺らさないでよ。」
優剛の周りが少し騒々しくなってくると優剛は少し疑問を感じる。
(水晶に入れる煙の量を増やしたらどうなるのかな?壊れるのかな?ゆっくり増やしたら良いよね・・・)
少しずつ水晶に入れる煙の量を自分で増やしていく。そうすると動画の再生速度は変わらないものの、周囲の流れる時間が遅くなっていく。
(あぁ。この感覚はあれだ。動体視力と反射神経を強化した時と似ているね。あんまり勢いよく入れると壊れそうで怖いな・・・。)
優剛はそんな事を思いつつも煙を入れ続けていると、動画が最初の数字の読み書きの場面に戻る。
最初に戻った事を感じた優剛は両手を離して、ヒロと領主(仮)に向かって頭に流れ込んできた言葉を発する。
「初めてお目にかかる。拙者の名前は田中優剛でござる。」
「おぉ!わかるぞ。ユーゴ!儂はヒロイース。ヒロイース・フィールドだ。最初だけ観て終わりにしたのか?最後まで観ないと自己紹介しか出来んぞ。ガッハッハ。」
「否。最初に戻ったので、終わりまで全てが完了したでござる。」
「何?こんなに早く終わるわけないぞ?なぁ、レミよ。」
「父上・・・俺の紹介もして下さいよ。俺はこの街の領主でレミニスター・フィールドだ。よろしくな。ユーゴ。」
(おぉ!やっぱり領主だったか。それに父親がヒロか。息子さん落ち着いたイメージでヒロには似てないね・・・。)
「すまん。すまん。ガッハッハ。」
「しかしユーゴ、完了までは数時間は必要なはずだぞ、途中で魔力が尽きる事も考慮して数日かける者もいるほどだ。何故ここまで早く終わったのだ?」
「拙者自身で魔力を注ぎ込んだので、早く終わったでござる。」
(煙とか違和感とか言っていたけど、異世界語に合わせると魔力だったなぁ。魔力最高。響きが良い!くっ!中二病が捗る!黒歴史が蘇る!静まれ!俺の右腕!)
動画再生中も魔力を説明するシーンでは必死に顔に出さないようにしていたが、かなり興奮していた。
「ただでさえ吸い込む魔力は多いのに、なんと無茶な事をしおる・・・。しかし、その喋り方はなんとかならんのか?」
「拙者の言葉は違うでござるか?」
「父上・・・それは無理ですよ。安心しろ。ユーゴ。喋り方に俺たちが違和感を覚えるのは、ユーゴの覚えた言葉が古いからだ。その水晶はアーティファクトと呼ばれる古代文明の遺産だ。古代人はその水晶を大量に作って自分たちの言語を世界に広めようとしたのだ。超技術で作られたので、俺たちの技術では作れんし、調整も出来ん。もちろん壊れたらそれで終わりだ。」
(あっぶね。壊れたら直せないのかい・・・)
「そのおかげで世界は統一言語になったが、内容が古くてな・・・。大きく変わらないように努力はしているが、言葉は増えるし、変わっていくものだ。地域ごとで若干の違いが出ているし、ゆっくりと覚えてくれ。」
ヒロが優剛の喋り方に疑問を感じたが、どうやら水晶はアーティファクトと呼ばれる非常に古い魔道具で、当時の喋り方で作られた魔道具は当然、今とは少し喋り方が異なる。
「では領主氏の言葉を参考にさせて頂くでござ・・・。頂く。」
「それは止めてくれ。言葉なら執事のトーリアを参考にするのが良いぞ。普段の俺たちは言葉使いが荒いからな。トーリア、しばらくユーゴに付いてくれ。女性の世話役も二人ほどお前が選んで四人の世話をさせろ。」
「畏まりました。旦那様。ユーゴ様、どうぞよろしくお願い致します。」
(敬称は氏じゃなくて様ね。しかし、優雅な一礼ですね・・・。)
「こちらこそよろしくお願いするでござ・・・。お願い致します。トーリア様」
「それくらいにして水晶をマミにも使わせてやれ。睨んでおるぞ。ガッハッハ!」
「否。言葉がわからない今が絶好の機会にござる。」
ヒロと領主が笑って麻実を見るが、優剛は笑うだけで麻実を見る事は無かった。怖いからである。
「さて、儂はマコトとユリを連れて少し遊んで来るぞ。マミはユーゴのようにすぐは終わらんだろう。良いか?ユーゴ。」
「ヒロ様なら信用は出来るでござるが、由里と真人が良いと申せば否は無いでご・・・否は無い。」
「早く普通に喋れると良いのぉ・・・。あと『様』は、いらんぞ。今まで通りヒロと呼べ。ユーゴには儂と部下の命を助けて貰ったからの!あれは死んだと思ったぞ。ガッハッハ。」
(ヒロだけは死ななかった気がするけどね・・・)
戦いを思い出してヒロだけは生き残って、ゴリラが森に引き上げている戦場を想像する優剛。
「由里、真人。ちょっと時間が掛かるみたいだからヒロと遊んでくる?」
昨日から何かと世話を焼いてくれるヒロに対して、信用が出来ると思っている優剛はそう言って、子供たちの意見を聞いた。
「行くー!」
「やだ。ここにいる。」
由里は警戒感があるのか、優剛から離れようとせず、真人だけがヒロに連れられて部屋を出て行った。
「麻実は水晶に両手で触れて丸い印の方の手から煙を出せば、異世界語がわかるようになると思うよ。自分で水晶に煙を押し込めば早く終わるみたいだけど、止めた方が良いって言われたから調整は任せるよ。」
「由里と一緒には使えないの?」
「聞いてみようか。」
少し暇そうな由里を心配して麻実が由里と一緒に使いたいと希望するので、領主に確認する優剛。
「領主様、この魔法具は二人同時に使えるでご・・・?」
「俺もレミで良いぞ。気軽に呼んでくれ。報告で聞いているが、父上の命を救ってくれたみたいだしな。その魔道具は二人同時には使えん。六芒星に触れている者だけが使用出来る。それと、個々人で違う魔力の性質を五人まで水晶は記録しているから、途中で止めても、止めたところから始める事が出来るぞ。」
「そうすると、魔力を入れるのは誰でも良い?」
「その通りだ。古代の上流階級者たちは部下の魔力を使って、触れているだけであったと古い文献などからわかっている。」
「世知辛いでござるなぁ。」
「しかし、ユーゴは止めておけ。あれだけ早く終わったんだ。短時間で大量の魔力を消費しているはずだ。」
「左様でござるか。魔力の消費とは実感が無くてわかりにくいでござ・・・。」
嘘だろ?という驚きの表情で優剛を見つめるレミニスター。自覚症状は無いが、止めろと言われて素直に従う優剛。
「同時には使えないって。自分で煙を水晶に入れれば早く終わるから余裕があったら、麻実は自分で水晶に煙を入れてね。」
「そっかー。早く終わらせるからね。ごめんね、由里。」
そう言い終わってから麻実は両手で水晶に触れて、優剛同様に、へぇー、うーん、これ女の子だ。などと呟きながら脳内の映像に集中していく。
そんな麻実をつまらなそうな表情で見つめる由里を「すぐ終わるよ」と声をかける優剛。
「レミ、魔力を入れ過ぎて壊れない?」
「魔力を入れ過ぎて壊れたという話は聞かないが、壊れたら王城に申請が必要だから壊されると面倒だ。中にはドクロの形をした水晶もあるみたいだが、俺は遠慮している。そんな物を屋敷で保管するのは気味が悪い・・・。」
(へぇー。王政なんだ・・・。ドクロの水晶ってオーパーツであったなぁ。こっちの世界で作られた物があっちに行ったとか・・・?帰れないし証明も無理か。)
全く別の感想を抱いた優剛に警戒しながらレミが壊すなと、軽く睨むようにして念を押してくる。
「ユーゴが無遠慮に魔力を水晶に注ぐと壊れそうだな・・・。壊すなよ?」
「麻実が途中で疲れて拙者が魔力を入れるとしたら、拙者自身の時と同じくらいにするから大丈夫。」
会話が一段落した瞬間にトーリアが再びテーブルに近づいてくる。
「紅茶がお口に合わなかったようなので、ユリ様にクッキーと果実水でございます。」
「トーリア様、有難く頂戴します。」
「私の事はトーリアとお呼び下さい。後ほど、会話の練習を致しましょう。」
「承った。宜しく頼むでござ。」
「由里、クッキーとジュースだって。トーリアさんにありがとう言ってね。」
由里はトーリアにお礼を言うと言語の壁を越えたのか、トーリアは微笑んでお口に合うと幸いですと告げて部屋の隅に離れていった。
「ユーゴ、良いか?」
「もちろん、良い。そして、語尾にござるを止める。口調が荒かったらご容赦して欲しい。」
「俺は気にしないから気にするな。そんな事よりユーゴたちの事を教えて欲しい。俺が色々質問するから答えてくれ。」
「拙者も聞きたい事が数多ある。まずは、拙者たちを保護して頂き誠に有難く。そして、拙者たちと共に参った者たちの救出が可能であれば願いたい。」
「ユーゴたちが来たのは南西の森だったな・・・。」
「その先にある草原から来た。」
「・・・すまないが、救出は出来ない。あの森と草原は『死の森』と『死の草原』と呼ばれていて、救出は森の浅いところまでで限界だ。死の草原付近から戦闘力のない素人を救助するのは不可能だ。全員手練れのチームが行って帰ってくるだけで偉業になる地域だ。」
「なんと・・・。では拙者たちと共に来た数百名は救助出来ないと・・・。」
「それほどの人数を救助する命令は危険すぎて誰も出せないだろう・・・。救助に向かえる者もいない・・・。俺たちがあそこに部隊を布陣していたのは空飛ぶ物体に警戒したからだ。」
優剛は救助出来ないという答えを聞いて、気落ちしたような表情で淡々とレミニスターからの質問に回答していく。旅客機の事や用途、優剛たちの世界の事など質問は多かったが、優剛から質問は無く、聞かれた事に答えるだけだった。
優剛の横ではソファーが気持ち良いのか、いつの間にか由里は優剛に寄りかかって眠っていた。
(あの人たちが全滅する可能性もわかっていたはずだ。草原から森に入ってすぐに別行動した時に覚悟は決めたはずだ・・・。)
自分も聞きたい事が沢山あったはずだと、優剛は自分を叱咤して、思考を戻して口を開く。
「拙者からも伺いたい。まずは拙者たちの今後について。」
「ユーゴたちはしばらく俺の屋敷に住んでくれ。待遇は俺の友人としてだ。」
「それは破格の待遇と感じる。理由を聞いても?」
「そうだな。それは父上からの報告でユーゴが・・・」
レミニスターが優剛を保護した理由について説明しようとした時、部屋の扉が開いてヒロが一人で入ってきた。
「ユーゴ、マコトは疲れてしまったようで、寝てしまったから客間で寝かせているぞ。いつ起きても良いように、寝ている部屋に一人付けているから安心しろ。」
「ヒロ、かたじけない。」
「それでレミよ、ユーゴは魔人だったか?」
ヒロは真剣な顔で優剛が魔人であったか、レミニスターに確認した。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
読んでいた時間が少しでも良い時間であったなら幸いでござる。
次回もよろしくお願いします。