67. 治療
前回のお話
王都で買い物
ラーズリア vs レイ
優剛は身体が弱いというラーズリアの息子の部屋の前に来ていたが、中々部屋の中に入ろうとしないラーズリアを不思議に思って声をかける。
「入らないの?」
「俺が入ると風邪を引くかもしれん・・・。」
「うーん。風邪は目に見えない小さい菌が身体の中に入って、それを殺す為の防御反応なんだよ。だから、こうやって事前に全部殺せば風邪は引かないよ。」
優剛は突然ラーズリアを水で包んで、ラーズリアに付着していた菌を全滅させる。その際にラーズリアが持っていたシュークリームは濡れないように、しかし同時に殺菌するのは忘れない。
「帰って来た後とか訓練の後に手は洗ってる?そういう時って菌が沢山付着してるから、風邪がうつるんだよ。」
ラーズリアは優剛の指摘にビクっと身体を震わせて口を開く。
「そうなのか?そういうものなのか・・・?俺はちゃんと手を・・・洗う・・・ぞ。」
「ふーん。もう大丈夫だから入るよ。」
優剛はラーズリアを放置する事にして、部屋の扉をノックした。
「優剛でーす。ラーズの友達が部屋に入りまーす。」
軽い自己紹介も兼ねた優剛の声に反応して、部屋の中から小さな声が聞こえて来た。
「どうぞー。」
「失礼しますよー。」
優剛は言いながら扉を開けて部屋の中に入っていく。その後ろをラーズリアが小さくなって付いてくる。
「こんにちは。僕は優剛です。よろしくね。」
「僕はジェラルオンです。父さまの友達とは初めて会います。こちらこそよろしくお願いします。」
ベッドのヘッドボードを背もたれにして、座りながら本を読んでいたであろう細い子供が優剛に礼儀正しく挨拶した。歳はティセルセラよりも上に見える。
(12か13歳かな?)
「ねぇ、ラーズにそっくりだね。小さい細いラーズじゃん!」
ジェラルオンは髪の色こそ黒に近い茶色をしているが、目元や口元はラーズリアによく似ていた。しかし、ラーズリアと違って優しい雰囲気しか持っておらず、非常に接しやすい印象である。
(この子ならアイドルでやっていけるよ・・・。)
「はは。小さくて細いのはベッドから出れないからですよ。」
「おぉ!ごめんね。大丈夫だよ。僕も細いし、小さいでしょ。」
ジェラルオンの悲しそうな告白に、優剛は謝罪しながら力こぶを作る。
「ホントだ。ユーゴさんも小さくて細いですね。ふふ。」
笑顔を取り戻した事に安心した優剛は、ベッド脇まで歩み寄って診察に入る。ラーズリアは部屋の扉に貼り付くようにして立ったままで近づこうともしない。
「僕は回復魔術が使えるんだ。それでラーズから身体が弱いって聞いたんだけど、具体的に教えてくれるかな?」
(ん?呼吸音が・・・。)
「はい。調子が良い日もあるんですが、すぐに風邪を引いてしまうんです。風邪を引くと咳が酷くて、呼吸も難しくなります。」
「それは辛いね。今日は調子が良い日なの?」
「そうですね。今日は調子が良いかな。」
「喉をちょっと触っても良いかな?」
ジェラルオンは上を向いて喉を優剛に見せる。
「おっと、ごめんね。上は向かなくて良いから・・・。うん。そのままで。」
優剛は真っ直ぐになったジェラルオンの喉を右手で掴む。当然、右手の診る魔力でジェラルオンの喉を詳細に分析する。同時に自分の喉とも比較する。
「ありがとう。ここからはラーズとも話したいから、一緒に話そうか。」
「聞いてるぞ。どうなんだ?」
「いや、こっちおいでよ・・・。」
優剛は扉に貼り付いているラーズリアを咎めるようにして手招きする。
「俺が近づくと・・・。」
「ジェラルオン君の症状を説明するから、こっちに来なさい。大丈夫だから。」
「むぅ・・・。ユーゴが言うなら・・・。しかし、ジェラルオンの様子が変わったら離れるからな。絶対だぞ。」
(どんなトラウマがあるんだよ・・・。)
牛歩のような歩みでジェラルオンに近づいたラーズリアは、右手に持っていたシュークリームを思い出して、最大限に手を伸ばしてジェラルオンに渡そうとする。
「ジェラ、これ美味いぞ。食ってみろ。」
ジェラルオンはそんなラーズリアから嬉しそうな表情でシュークリームを受け取る。
「ありがとうございます。父さま。」
お互いが精一杯に手を伸ばしあって、やっと届くような位置で2人が微笑んで見つめ合う。そんな2人の間で、仲を裂いているような位置取りの優剛が口を開く。
「はーい。ジェラルオン君の症状を説明しますよー。」
「あっ・・・あぁ。わかったのか?ジェラは治るのか?」
「たぶん治るよ。ジェラルオン君の症状は喘息ね。」
ラーズリアは不思議そうな表情で優剛に尋ねる。
「そのゼンソクとはなんだ?」
「喉の・・・。うーん。呼吸ってどうやってするか知ってる?」
症状を説明しようとした優剛は悩むような素振りを見せて、1から説明する事を決断する。
「鼻や口から空気を吸って出すんだろ?」
「その先だよ。吸った空気はどこを通ってどこに行くの?」
「む?」
ラーズリアは自分の身体を見つめながら空気を吸って吐いてを繰り返す。同じ事をジェラルオンもしている。その呼吸音を強化した聴覚で確認している優剛は確信する。
(ヒューヒュー鳴ってるし、喘鳴ってやつだね。喘息で確定かな。)
「空気は鼻や口から入って、喉を通って肺に行って、そこから身体中を巡るわけよ。それで要らない空気も同じく喉を通って出ていくわけね。」
ラーズリアとジェラルオンは優剛の説明を黙って聞いている。
「空気を通る道が、調子が良い日も炎症で狭くなってる症状を喘息って言うの。この状態で風邪を引くと、さらに通り道が炎症を起こして狭くなる。結果、呼吸が困難になって死にそうに見える訳だ。」
「なぁ、エンショウってなんだ?」
「風邪になると喉とか腫れて痛くなるでしょ?それが炎症で、普段から狭い空気の通り道がさらに狭くなるって事。」
それでも首を傾げるラーズリアに優剛は恐る恐る尋ねる。
「ラーズ・・・。風邪、引いた事ある?」
「無いな。」
(脳筋です。馬鹿で脳筋は風邪を引きません。)
優剛は説明の方法を変える。
「腕斬ったら瘡蓋になるよね?」
「なる。」
「風邪を引くと喉の中がそれに近い状態になるの。」
ようやく納得したラーズリアは何度も頷いて、ジェラルオンは思い当たる節があるのか、最初から納得したような顔をしていた。
「ジェラの空気の通り道が狭いのはわかったが、身体が弱いのはなんでだ?」
「喘息って言うのは普段から通り道が狭いんだけど、ラーズが気にしている風邪、目に見えない小さなゴミ、嫌な事があった時。そういう時にも喉に炎症が発生して、狭い通り道がさらに狭くなる。結果、普通の人が気にしないような炎症でも、ジェラルオン君には致命的な影響があって、身体が弱く見えているだけだよ。」
優剛が喘息の説明を終えると、ラーズリアは優剛に重々しく口を開く。
「それで・・・治るのか?」
「さっきも言ったけど治るよ。」
「しかし、これまで魔術での治療もしてきたが、改善はしなかったぞ。」
優剛は今までの治療を予想してから口を開く。
「うーん。喘息は他の症状と比べて治りにくい。回復魔術や薬で風邪の症状だけを治しても、喘息の症状は残ったままになってたんじゃないかな。一見、治療すればすぐに落ち着いたように見えるからね。所謂、調子の良い日に戻るだけ。」
どんな治療をしても喘息の症状が残ってしまうという事に、ラーズリアの表情は重苦しいもの変わっていた。
「では、どうやって治すんだ?」
「ラーズの得意な方法だよ。」
首を傾げるラーズリアに優剛は微笑んで告げる。
「力でごり押す。」
「ぶっ。」
「喘息は治ったように見える。っていうのが厄介だけど、僕は症状を直接確認しながら、治るまで回復魔術を続ける事が出来る。」
ラーズリアは優剛の言葉を聞いて、表情を明るいものに変える。
「で・・・では!?」
「うん。今日、今、この瞬間に治しちゃおう。」
そう言って優剛は先ほどのと同じように右手でジェラルオンの喉を掴む。
話を聞いて理解していたジェラルオンも喉を掴まれる事に抵抗を示さない。
(って言うかこの子もイコと同じで魔力が使えないんじゃない?)
優剛は念のためにジェラルオンの全身を診断した際に、極端に魔力が少ない事を確認していた。それは魔力が使えないと嘆いていたイコライズと同じ症状である。
ラーズリアには優剛が治療している時間が非常に長く感じた。優剛がジェラルオンの喉を掴んでから、1分。10分。1時間。途方もない時間を待っているような感覚に襲われていた。
その間に様々な思いがラーズリアを襲う。自分のせいなのかと荒れた時期もあった。
待望の1人息子。最初はよく風邪を引く子だと思っていたが、徐々に身体を動かす事も出来なくなっていった。動けばすぐに咳き込んで酷い時は呼吸もままならない。
優剛を信じ切っているラーズリアは、優剛の治療が終わったらこれまで遊べなかった分を一気に取り戻そう。そんな風に思った時に優剛が口を開いた。
「終わったよ。」
「長かったな・・・。」
「いや・・・。慎重にやったけど30秒くらいじゃない・・・?」
ラーズリアが言っているのは治療時間の事ではない。ジェラルオンが元気になるまでに費やした時間の事だ。優剛の治療を微塵も疑っていない。
優剛は最終確認の為にジェラルオンに尋ねる。
「どう?少し呼吸は楽になった?」
「はい!この辺がスースーします!」
ジェラルオンは笑顔で自分の喉を指差して答える。
「じゃあ、ちょっとベッドから降りて、何度かその場でジャンプしてみて。」
ジェラルオンは掛布団をガバっと捲ってベッドから降りる。そして、その場でジャンプを繰り返す。
ずっとベッドで生活していたので体力が無い。すぐに息が荒くなって呼吸が早まる。しかし、この状態でも咳き込んだり、苦しそうにする素振りは見せない。
「ハァハァ。でも、苦しく、ないです!」
「うん。良いね。ラーズ、もうジェラルオン君と遊んで良いよ。」
そう言って優剛はラーズリアに振り返ると、既にラーズリアの涙腺は決壊していた。そして、1歩踏み出すが何を思ったのかそれ以上は進む事が出来ない。
優剛はそんなラーズリアに向かって優しく告げる。
「もうティセと同じように接して大丈夫だよ。」
「ぬおおぉぉぉぉぉぉ!ジェラ!」
小さくて細いと言ってもそこそこ大きな子供の脇を持って、高い高いをするラーズリア。
「うはっ!父さま!」
しかし、それでも嬉しそうな表情のジェラルオンに、ラーズリアの手にも力が入る。
「ハッハッハ!ジェラ!苦しくないのか!?」
「はい!大丈夫です!」
直後にジェラルオンは勢いを増すラーズリアに高く投げられて天井に頭をぶつける。
「ぐぁ!」
「うあぁぁ!ジェラ!すまん!」
ジェラルオンは頭を摩りながらラーズリアを睨みつけながら告げる。
「うぅ・・・。もう小さな子供ではないので、高い高いは止めて頂きたいです。」
「す・・・すまん。」
涙を拭いながら小さくなって謝るラーズリアが新鮮である。
優剛は解放されたジェラルオンに微笑んで尋ねる。
「ジェラルオン君は何歳なの?」
「12歳です。」
(やっぱりティセのお兄ちゃんか。)
優剛は微笑みを絶やさずに本題を尋ねる。
「魔力・・・使えないよね?」
「え・・・。なんで・・・。」
これにはラーズリアも驚いたのか、すぐに口を開く。
「何故、知っている?」
「さっきジェラルオン君の身体を全部調べたからね。それで魔力がイコの最初の頃と似た感じだったからわかったんだよ。」
「あぁ・・・。そう言う事か。」
「うぅ・・・。そうです。僕は魔力が使えません・・・。」
先ほどとは違い落ち込む2人に優剛が告げる。
「魔力も使えるようにする?」
「「え?」」
2人は声を揃えて、驚き顔で優剛を見つめる。
「初日なら少量の魔力を放出するくらいまで出来るよ。」
「・・・ユーゴさん。いえ、ユーゴ様は何者なんですか・・・?」
「え?ラーズの友達だよ・・・。」
優剛はジェラルオンと会話していた事でラーズリアを見ていなかった。そんなラーズリアが優剛を抱きしめる。
「ユーゴォォォォ!!」
「ぐはっ!ちょ・・・!ラーズ、胸板が痛い!・・・動かすな馬鹿!」
優剛がラーズリアに抱き付かれれば、身長差で優剛の顔はラーズリアのぶ厚い胸板に埋まる。鍛えられた胸板に押し付けられた優剛は悶えるように離れようとするが、歓喜のラーズリアは優剛を離さない。
「ふん!」
「ぐぅ・・・。」
優剛はラーズリアの脇腹を殴って、その場を離脱した。
「もうやるよ。魔力を使えるようにするで良いんでしょ。」
「はい!もちろんです!お願いします!」
ジェラルオンは腰を直角に曲げるほどの勢いで優剛に頭を下げる。
「ぐぅ・・・頼む。」
ラーズリアは優剛に殴られた影響で跪いていた。
優剛はジェラルオンに向かって魔力玉を飛ばしてそれで終わりだ。
「では、厳しく辛い修行の始まりだ。」
「え?あっ・・・。はい!」
自分の身に何が起きているのかわからないジェラルオンだが、自分の身体に何か異物が入り込んでいるのは認識していた。
「今、動いているのがジェラルオン君の魔力ね。」
「え・・・。この・・・。うぅ・・・気持ち悪い。」
「ユーゴォォォ!ジェラに何をしたんだぁぁ!」
自分の魔力が勝手に動かされた事で、妙な不快感からジェラルオンは苦しそうな声を出す。そして、それを聞いたラーズリアがすぐに立ち上がって優剛に叫んだ。
しかし、優剛はそんな事は気にしない。ジェラルオンに向かって説明を続ける。
「その魔力はジェラルオン君の意思で動くから、自分で動かしてね。ラーズは黙っててね。厳しく辛い修行って言ったじゃん。」
そんな優剛の言葉を受けて苦しそうな表情をしていたジェラルオンの表情は徐々に輝いていく。
対照的にラーズリアは心配そうにジェラルオンを見つめる。
(これは暇だな・・・。)
今の優剛はどんな小さな挙動も見逃さない。人間を空に飛ばす事を考えたら、魔力の動きをサポートする事は造作も無い。
ジェラルオンの魔力が動きたい方向を察知して、ゆっくりとした動きでジェラルオンの魔力を動かしていく。
「紅茶でも飲みに行こうか。」
「おい、おい。ジェラはどうするんだ!?」
「一緒に来ても良いし、この部屋で続けても良いよ。」
既に笑顔輝くジェラルオンは優剛とラーズリアに告げる。
「はい!一緒に行きます。」
「しかし、ジェラ・・・。」
「心配しなくても、もう大丈夫だよ。」
優剛の後押しもあって、ジェラルオンは部屋を出る。優剛たちは先ほどの食事をする部屋に戻って来たのだが、すれ違う使用人がラーズリアと歩くジェラルオンを見て、非常に心配そうに見つめていた。
そんな視線に耐えつつ到着した部屋では床に丸まった状態のレイが放置されていた。
ジェラルオンの身体が弱いという事だったので、狼であるレイは同行が許されなかったのだ。
「うわー。綺麗な犬ですね。」
『犬じゃないぞ!狼だ!』
「うあっ!喋った!?」
お決まりのやり取りであるが、王都に来て初めて喋ったレイにラーズリアも驚いた。
「なんだ!?こいつ喋るのか!?」
(やっと喋ったか。)
常々疑問に思っていた優剛はレイに尋ねる。
「ねぇ、なんでずっと喋らなかったの?夕飯の追加とか喋ればすぐに説明も出来たじゃん。」
『外では喋るなってユリに言われてるんだ。・・・あっ!!』
明らかに挙動不審になるレイ。そんなレイに優剛が告げる。
「この家の中なら平気だよ。」
『ホントか!?大丈夫か!?ユリは怒らないか!?』
「心配ならコッソリ確認すれば良いじゃん。喋って良い?って。」
『そうだな・・・。ハルも何かマミに確認してたな・・・。俺もユリに確認してみるよ!』
(あれ?主人って僕じゃなかったっけ?)
確認相手が優剛では無い事に疑問を持ちつつも、優剛はレイとの話を終えた。
すぐにラーズリアが優剛に尋ねる。
「どうやって喋ってるんだ?」
「魔力を飛ばして、ぶつけた相手に意思を伝えるってやり方だよ。」
「なんだそりゃ・・・。」
『こういう感じだよ。』
優剛は実際に魔力をラーズリアにぶつけて意思を伝えた。
「おぉ!こんなやり方があるのか・・・。まさか・・・ハルもか?」
「ハルの方が繊細に使うかな。レイみたいに複数人が聞こえるように話す事は少ないんじゃないかな。」
『俺だってやれば出来るぞ!』
悔しそうなレイの意思が優剛に届くが無視する。
そんなレイにジェラルオンが近づいて声をかける。
「さっきは間違えてごめんね。僕はジェラルオン。君は?」
『俺はレイだ。』
「ふふ。よろしくね。触っても良い?」
そんなジェラルオンの質問にレイはお座りの状態になって、触るが良いという態度で示す。
「あはっ!・・・うわー。フワフワだ。」
ジェラルオンはモフモフタイムに突入した。レイも撫でられるのは嫌いじゃない。撫でられたい場所に巧みに誘導する。
「そろそろ終わりにして、ジェラルオンは魔力を動かす事に集中してね。」
「はい!」
それから麻実たちが帰って来るまでジェラルオンは魔力を動かし続けた。
帰って来たムラクリモとティセルセラがジェラルオンを見つけて、ラーズリアを烈火のごとく叱った。
ラーズリアは優剛と一緒になって必死に訴えた。
ジェラルオンが健康な体になった事を。
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