59. 王様が呼んでる
前回のお話
不審者の優剛が王都に到着
優剛はラーズリア邸に着いてから散々な目に合っている。
荷台を庭の片隅に置いている隙に他の皆は早々に屋敷の中に入っていた。さらに屋敷に入った優剛はティセルセラに無視されて、不審者として屋敷から放り出される3秒前だったのをラーズリアに救われた。
優剛は救われたはずだったが、すぐにラーズリアに悩まされる事になる。未だ椅子にも座らせて貰えない。
「なぁ。ちょっと。ちょっとだけで良いからやろう。」
「諦めろって。ほら、僕ってフィールドから荷台を牽いて来たから疲れてるんだよ。」
「ハッハッハ。魔獣車を追い抜く勢いで走ったらしいな。さっきチラっと聞いたぞ。しかし、そんな事でユーゴは疲れんだろう。さぁ、やろう。」
優剛は理解ある友人の言葉に嬉しいやら悲しいやら複雑な心境である。疲れてはいないが、戦闘行為が嫌いな優剛は模擬戦をやりたくないのだ。
そんな悩める優剛はいくつか名案を閃いた。あやしい笑顔で口を開く優剛は非常にあやしい。
「ねぇ、ラーズの家のご飯って美味しい?」
「なんだいきなり。自慢じゃないが美味いぞ。うちの料理人は何処に出しても恥ずかしくないな。」
(レイは・・・ラーズと相性が悪いか。ハルだな。)
「ハルー。ハルちゃーん。」
優剛がハルの名前を呼ぶと気怠そうにしながらもハルが優剛の足元にやってきた。
「ねぇ、ハル。この人と遊んで来て。死なないと思うけど、僕が治すから強めに遊んであげてよ。」
『嫌よ。』
ハルの面倒そうな意思が魔力を通して優剛に届いたが、ここまでは優剛の予想通りだ。
「ラーズ、ラーズと遊んだら、ハルだけに美味しいご飯を1つ追加してくれない?」
「何?・・・ほぉ。この小さなドラゴンが俺と遊んでくれるのか?そうだな。俺が満足出来る遊び相手なら、特別に用意した飯をやろう。」
『遊ぶ。どこでやるの?』
優剛の言葉を聞いて、ハルをジッと見つめたラーズは、優剛の意図を察知してハルを挑発するように言うと、特別という言葉に誘惑されたハルからすぐに返事が返ってきた。
(釣れた。)
優剛は口を三日月の形にして微笑んだ。ラーズとハルは優剛の表情を確認もせずに、どこかに消えてしまった。
そして、優剛はようやく案内された部屋のソファーに座る事が出来た。
「はぁぁあぁあ」
「おっさん臭い溜息になってるわよ?あっ。ごめん。おっさんだった。」
「僕がおっさんなら麻実はおばさんだからね?」
「私の方が年下だからお姉さんよ!」
「1歳なんて違う内に入らんでしょ。」
つまらない言い争いが終わって麻実が口を開く。
「ラーズさんに由里のお願いをするんでしょ?」
「するよ。今ハルと遊んでるから後でね。」
「何して遊んでるのよ?」
麻実の質問に優剛が目を閉じて、僅かに顔を上に向けて答える。
「ハルの尻尾を必死な顔で防いでるラーズの顔が見える。」
「あの人・・・。本当に戦うのが好きなのね。」
「変態だよ。変態。オラ、わくわくすっぞぉ。とかその内言いそうだよ。」
しばらくして所々服が切れて血が滲んでいるラーズリアが、非常に満足そうな顔で部屋に入って来た。
「ユーゴ!ハルは凄いな!」
「でしょ?うちの子は凄いでしょ?」
「あの速さで動けて、さらに細い尻尾の1発1発が重い。あぁ。早く怪我を治してもう1度やりたい。」
「怪我は治してあげるけど、ハルに無理はさせないでね。特別な美味しいご飯は頼んでくれた?」
「うむ。終わってすぐに厨房に連れて行かれたぞ・・・。」
「にゃー」とアピールしながらハルが優剛の座るソファーの上にピョンと飛び乗った。そして、優剛はハルを撫でながらラーズリアの治療を終わらせる。
「ユーゴ・・・。俺の怪我を治してくれたのは感謝するが、手際が良すぎないか?俺がフィールドに居た時より強くなっている気がするぞ。」
「戦闘なんかしないから知らないよ・・・。」
「俺ともぎ・・・」
「次の相手も用意しております。シオーン。あと真人ー。」
優剛はラーズリアの言葉を遮って、次の生贄としてシオンと真人を呼んだ。
シオンは獣人特有の恵まれた身体能力と優剛に無理矢理高められた魔力で、近接戦闘であれば非常に頼れる存在になっていた。しかし、魔力を身体から離すのは苦手としており、なかなか上達していない。
「ほぉ・・・。お前は俺に子供の相手をさせようと言うのか?」
「ふっふっふ。勘違いして貰っては困るなぁ。シオンはこう見えてかなり強いし、真人には双剣を教えてあげてよ。たぶん戦っても真人は強いから退屈はしないと思うよ。」
優剛の挑発するような説明を聞いたラーズリアは、2人を連れて再びどこかに行ってしまった。
シオンは少し不安そうにしていたが、真人は久しぶりにラーズリアから双剣を習える事が嬉しそうな様子だった。
平和になった部屋の中で優剛が呟いた。
「今日はゆっくりしたいんだよ・・・。」
「いつもゴロゴロしてるじゃない。」
優剛が「ぐぅ」っという悔しそうな呻き声を出したタイミングで、部屋を扉がノックされて1人の銀髪の女性が部屋に入って来た。
ウェーブのある長い髪で背の低い女性は一見すると幼く見えるが、切れ長の濃い黄色の瞳からは大人の女性の迫力が備わっていた。
女性は優剛たちに向かって一礼すると口を開いた。
「皆様、王都ムーフリットにようこそ。私はラーズの妻でムラクリモと申します。フィールドではラーズが大変お世話になりました。皆さまが王都に滞在中はずっとここに宿泊して下さい。」
ボーっとムラクリモを眺めていた優剛が、ラーズの妻という言葉を聞いてすぐに立ち上がって返礼の準備をしていた。
麻実はムラクリモの服装や仕草から予想していたのか、ムラクリモが部屋に入って来たのと同時に立ち上がっていた。
「優剛です。ラーズには息子がお世話になっております。しかし、宿を取る予定ですので、こちらに滞在するのは遠慮させて頂こうかと思います。」
「何を仰いますか。ラーズが貴方を逃がすと思っているのですか?」
「え?もう屋敷から出られないですか?」
「他の方はともかく、ユーゴ様には常にラーズが付いて回るかと思います。」
「え?それって計画とかしてました?」
「もちろんでございます。ティセがフィールドに行く前から2人で話し合っているのを何度も見ましたよ。」
優剛を王都に招く計画はティセルセラがフィールドに着く前から計画されたものだった。それを知った優剛が倒れるようにソファーに座って口を開く。
「ティセ。ちょっと説明して。」
「私?なんで・・・?ちょ・・・ユーゴ怒ってない?」
「そんな事で怒らないよ。模擬戦がしたいだけの馬鹿の仲間だったのかを、確認したいだけだよ。」
優剛の態度とティセルセラの困惑する様子を、驚いた表情で見ていたムラクリモが吹き出すように笑い出した。
「ぷっ!あははは。ティセがこんなに困惑するなんて珍しいわね。それにラーズを馬鹿なんて言うのは私だけだと思っていたわ。」
「ムラクリモさん、貴方の夫を悪く言って失礼しました。」
「いえ、いえ。良いんですよ。ラーズは馬鹿で間違いありませんから。ふふふ。さぁ、ティセ。貴方は馬鹿の仲間だったの?答えなさい。」
「うぅ・・・。」
ムラクリモの睨みつけるような視線にティセルセラが怯んだような呻き声を出した。そして、観念したかのようにポツポツと自供を始める。
「父さまと一緒に考えて、いくつかユーゴを王都まで連れて来る計画を用意していました・・・。ユリをこの屋敷に招いて、ここから学園に通うという事も話したわ。そうすればユーゴなら挨拶に来るだろうって父さまが・・・。」
「くっ・・・。馬鹿に行動を読まれた自分が恥かしい・・・。」
「あははは。ユーゴ様は本当にラーズが怖くないんですね。」
優剛が悔しそうに顔を歪めるが、ムラクリモは本当に面白いものを見たかのように笑い声をあげる。
「フィールドから帰って来たラーズは、楽しそうにユーゴ様の事を私に話すんですよ。自分より強い奴が居たって。どれだけ凄いのかって。」
「止めて下さい。今までラーズが積み重ねた剣の技術を用いた戦いになったら、手も足も出ないですよ。僕の強さは魔力で底上げされた手品みたいなものですから。」
「その魔力が桁外れなのでしょう?その魔力を含めてユーゴ様の強さだと思いますよ。」
困ったような表情で言葉を探す優剛を無視して麻実が口を開いた。
「まぁ、優剛も馬鹿よね。」
「あら、そうなんですか?」
「失礼しました。優剛の妻で麻実と申します。」
「あら!貴女がマミさんなのね!ミロからお話は聞いていますよ。」
「え?ミロと知り合いなんですか?」
「もちろんよ。彼女も王都に居るし、3人でお茶でもしましょうね。」
優剛を放置して共通の友人であるレミニスターの妻であるミロマリアの事で盛り上がる。そのまま流れるように雑談に移行するのは女性ならではの匠の技である。
無視された優剛は再びティセルセラに話しかける。
「まぁ、ティセが馬鹿の仲間でも、由里の滞在先を紹介してくれた事には感謝するよ。」
(留学を勧めた事は一生許さんがな。)
「う・・・うん。感謝してる?本当に?顔が怖いわよ?」
「元々こういう顔だよ。」
「口だけ笑ったら怖いわよ・・・。」
目が笑っていない笑顔の優剛に怯むティセルセラを援護するのは由里である。
「お父さん!ティセをいじめてるの!?」
「いじめてません。」
優剛は背筋を正して即答する。しかし、その後も由里からお説教が続いた。
その様子を麻実と一緒に見ていたムラクリモが呟いた。
「あの2人がティセを変えてくれたのね・・・。」
「ん?どういう事?」
既に麻実とムラクリモの2人は気さくに話す事が出来ていた。
「去年フィールドに行く前のティセは周囲に対して高圧的だったわ。親の贔屓目もあるけど、あの歳で考えたら本当に卓越した戦士で自分に自信があって、多少我儘に振る舞っても怒れるのはティセより強い、極一部の者だけ。そんな人たちも子供のティセには甘かったわね。」
麻実は黙ってムラクリモの言葉を聞いていた。
「それで去年フィールドから帰ってきたら周りの人に対して高圧的な態度を取らなくなったの。それが私は嬉しかったけど、ラーズに聞いても戦闘馬鹿の説明はわからないし、ティセに聞いても知らないって言われちゃうし・・・。」
「それを優剛が変えた?」
「ううん。ティセは帰ってきてからボソっと言ったのよ。2人も私より強い子が居たって。ふふふ。おかしいでしょ?父親と似たような事を言っているのよ。それで訓練も今まで以上にするようになったわ。」
麻実は少し目を開いて驚きの表情に変わる。
「由里と真人が?」
「きっとそうよ。ユリちゃんはわからないけど、マコト君はラーズと一緒に訓練が出来るってだけで異常なのよ?」
「うーん。うちは優剛が非常識なせいで、みんな非常識になっちゃったのよね。」
「ふふふ。そんな強い人がユリちゃんに怒られて、俯いて『はい、はい』って言ってるわよ。あれでラーズより強いって言うのも信じられないわね。」
「えーっと・・・。酷い時は由里の隣にいる狼にも似たような態度にな・・・。」
由里の隣でおすわりの姿勢で優剛を見つめていたレイが、優剛に向かって「ワン」と吠えた。そんなレイに対しても優剛は軽く頭を下げる。
既に優剛は何を怒られているのかわかっていないが、「はい」と言って何度も頷いている。
「あら。誰に対しても平等で素敵な人のね。」
麻実は「はは」っという乾いた苦笑で答える。
「由里ー。その辺にしておきなさい。どうせ聞いてないわよ。」
「うーん・・・。」
麻実の声に由里は渋々お説教を止める。
「お父さん、わかった?」「ワン!」
「わかった。ティセ。いじめない。わん。」
「ねぇ、ユリ止めて・・・。私いじめられてないから・・・。」
先ほどからティセルセラは由里の腕を掴んで、グイグイ引っ張るが由里が動く事は無い。お互いが魔装を纏っているのを部屋の者は全員が把握している。
それ故にラーズ邸の使用人たちは驚愕する。
あのティセルセラが引っ張っているのに動かない少女が居る事に。そんな少女に怒られながら、ヘラヘラしている男性に。そんな2人と1匹に狼狽えるティセルセラに。
驚く点が多すぎて処理が追い付いていない。そんな部屋の中に1人の男性が礼儀正しく入ってきて、何やらムラクリモに告げる。
ムラクリモは驚きの表情に変わり、一緒に話を聞いていた麻実はニヤニヤと優剛を見つめて口を開く。
「優剛、王様が呼んでるって。」
一瞬の間。そして、優剛は心底嫌そうな顔で口を開く。
「帰るか。」
「だめ。」
「そこをなんとか由里お姉さん。」
「だめー。私もっとティセとお話したいもん。イコにも会いたいから1人で帰って。」
「ぐぅ・・・。じゃあ1人で・・・。」
1人で帰ろうとする優剛を麻実が止める。
ほら、すぐに来いって話だから行くわよ。外で馬車が待ってるって。」
「のぉぉぉ!王様なんて無理ー。用事なんて無いよー。何を話すの?お作法とかわからんよ!」
「そんなの普通にしてれば平気よ。ムラさん、ラーズさんを呼んで。私は優剛を引きずって行くわ。由里と真人はティーちゃんとお留守番ね。」
麻実は矢継ぎ早に指示を出して、優剛を文字通り引きずって行く。
「のぉぉぉぉ!」
「ほら、会わないとレミさんに迷惑掛かるでしょ!」
そんな麻実の言葉が廊下から聞こえてきて、優剛の叫び声は止んだ。
優剛は外に出ると、待っていた馬車の中に放り込まれる。監視に麻実が付いた状態で優剛は待機する事になる。
そんな馬車の中に沈んだ表情のラーズリアが入って来た。
死んだ魚のような目をした優剛がラーズリアに問いかける。
「ラーズも呼び出し?」
「あぁ・・・。ユーゴのついでだろうな・・・。お前のせいだからな。」
「ラーズは日頃の行いでしょ。」
「くそ!あんなに楽しい模擬戦を中断するなんて!誰も見てない時に陛下に肩パンチしてやる。」
そんなラーズの不敬とも取れる発言で優剛の目に光が戻る。
「へぇー。僕も肩パンチするわ。」
そんな優剛とラーズが頷き合った瞬間、2人の頬が引っ張られる。
「むぎぁ。」
「ぐぅおぉ。」
「馬鹿な事は言わないの。ラーズさんはともかく優剛がやったら死刑よ。出して!」
麻実は2人の頬を引っ張りながら器用に御者に指示を出す。
「麻実、御者への指示とか貴族生活が板に付いて来たみたいだね。」
「マミ!痛い!止めて!マミさん!聞いて!離して!取れる!取れちゃう!」
頬を捻り上げられても余裕のある優剛に対してラーズリアは必死だった。魔装を纏っているのに引っ張られる頬の防御力は楽々突破されている。
この出来事を馬車の扉が閉まる寸前に、外から見ていたムラクリモとティセルセラは驚愕する。
「ティセ、マミさんも強いの?」
「マミが強いのは知らないけど、父さまがあんな風になったのは初めて見たわ。」
「私も初めて見たわ・・・。」
そんな2人と一緒に見送りに来ていた真人が告げる。
「おかさんは由里より少し強いくらいだよ。おかさんも由里も遠くからビュンビュンって、魔力を飛ばしてきてズルいんだよ。」
「それにお母さんはお父さんと違って手加減が下手なの。」
由里が補足してきた内容が不穏だった。2人は本当にラーズリアの頬が取れてしまう心配を始める。
そして、ティセルセラはうっかり口にしてしまう。
「父さまの頬・・・。取れたりしないわよね?」
「大丈夫、大丈夫。」
由里は明るい口調でティセルセラに告げる。
しかし、次の言葉はムラクリモとティセルセラを悩ませる事になる。
「取れてもお母さんなら付けられるよ。」
「そだね!おかさんなら付けられるから大丈夫だね。」
何が大丈夫なのか2人には判断が出来ない。頬が取れたらそれはもう事件である。
王国最強の魔導騎士ラーズリアが頬を失う。
不可能だ。誰が?何を使って?どうやって?様々な憶測が飛び交う事だろう。
最悪をイメージするムラクリモとティセルセラにトーナが声をかける。
「ラーズリア様は大丈夫です。マミ様は手加減が苦手なだけです。これまでも大丈夫でした。今回も大丈夫です。」
「そ・・・。そうよね。では部屋に戻りましょう。」
「う・・・うん。ユリ、マコト。戻りましょ。」
「はーい。ティセ姉さま。」
真人の返事を聞いたムラクリモが微笑んでティセルセラに声をかける。
「あら、あら。可愛い弟が出来たのは本当だったのね。」
真人に向かって微笑んでいたティセルセラは恥ずかしくなって俯いてしまうが、「うん」と言って首を縦に振った。
この国の国王に呼び出された優剛とラーズリアに付き添う麻実は、平民が国王に会う機会など無いと言われていたので、異世界の国王に会えるのを楽しみにしていた。
頬を捻リ上げる手にも力が入ってしまうのは自然な事だろう。
「麻実、ちょっと痛いんだけど・・・。」
「ぐあぁぁあ!マミ!マミさん!マミさぁぁぁん!」
ラーズリアの叫び声は馬車の外にも響いていたが、中の様子を外から伺う事は出来なかった。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
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