54. 審査
前回のお話
真人「ティセ姉さま!」
ティセ「ひ・・・久しぶりね。」(ぐぅ!相変わらず可愛いわね!)
優剛は応接室の扉をノックしてから扉を開けて部屋に入る。トーリアも優剛に続いて部屋の中に入る。
(審査官って絶対ハンターだ・・・。体格がヤバイわ・・・。)
応接室で待っていた審査官は2人で、1人は座っていてもわかるくらい背が高く、服を着ていても大きい筋肉の鎧を纏っているのがわかる。さらにスキンヘッドで何もしていないのに迫力がある。
もう1人は背中まである金の長い髪で、長い耳をした非常に綺麗な女性だ。
「こんにちは。僕が優剛です。」
「おぅ。審査官でお前の審査を担当しているチャモだ。」
「私はエミーナです。」
トーリアが紅茶を淹れて優剛の前に置く。2人には先ほど案内したい際に提供済みだ。
そして、トーリアは優剛の座るソファーの後ろに控える。
「話は聞いていると思うが、1級への審査だな。正直に言ってお前の報告は信用出来んが、あのエモーさんが何度も強く推してくるんだよ。それで実際に見て審査する事になった。」
「見るだけで良いなら良いんですけど・・・。」
チャモからの来訪理由に優剛が警戒するように告げた。
「まずは青銀狼とブラックテイルドラゴンは何処に居るんだ?」
「たぶん青銀狼は屋敷に居ると思いますよ。ブラックテイルドラゴンは夜になったら帰って来ます。」
「じゃあ青銀狼を見せてくれ。」
「うーん。来るかな・・・。」
「あ?お前が主じゃないのか?」
優剛の回答が気に障ったのか、チャモが少しイラついた空気を発する。
優剛は魔力通信でレイを呼んだが、レイの回答は『撫でられているから嫌だ』であった。
「今は嫌だそうです。」
「あ?なんでわかるんだ?見せろ。」
「なぜ見たいんですか?」
「報告を確かめる為だよ。」
「んー。今は動きたくないって言ってるので無理ですよ。」
「お前・・・ふざけるなよ?」
優剛の言葉にチャモの身体から魔力が発せられる。軽い魔装状態だ。
「別にふざけてないです。チャモさんも楽しんでいる時に邪魔されたら怒りますよね?彼も今はそういう状態なんですよ。」
「そうじゃねぇよ!呼びもしねぇ。さらに見てもいねぇのに、なんでそんな事がわかるんだ!あぁ!?」
(うわぁー。怒っちゃったじゃん。超怖い・・・。)
『レイ、助けてー。』
『ユリが撫でてくれてるんだ。俺は行かないぞ。』
優剛がレイに助けを求めても、冷たい返事が返って来るだけだ。レイもわかっているのだ。優剛が本気で来て欲しいとは思っていない事に。
仮に麻実の護衛で病院に行っているハルがこの場に居ても来ないだろう。
(ハルだったら『うるさい』だけだろうな・・・。)
「エミーナさん、やっぱりあの報告書は出鱈目か偶然なんだよ。俺が魔力を出しても警戒すらしねぇ。」
「うーん。私はエモーの報告は信用出来るから、考えられるのはあんたが魔力を出しても警戒に値にしないって事じゃないの?」
チャモはその可能性もあったかと考えて、しっかりと魔装した。
「審査の名目で実力試しに襲っても良いんだぜ?不意打ちに対応するのも1級ハンターには必要だからな。」
チャモは挑発的な笑みで座ったままだが、すぐに動けるように身構える。
「いや、目の前で魔装して不意打ちって・・・。」
「あぁ?魔力を感知したら即魔装。常識だろうが!」
(トラウマの影響で、ずっと魔装してるんです・・・。)
優剛は異世界に来た直後に襲われた3つ目狼の魔術で恐怖に震えて動けなくなった事が未だにトラウマとして刻まれていた。
確かに3つ目狼が魔術を放つ前に魔力の放出が始まっていたので、魔力感知から即魔装で防げるのは事実だ。
しかし、優剛は漫画の影響もあって魔力を隠す技術はあると信じている。小さい魔力なら感知も難しいが、そもそも小さい魔力に脅威は無い。そんな小さい魔力に視覚や聴覚を付与して、さらにそれを放出中に変化までさせるなど誰も実行出来ない。
イラつくスキンヘッドのチャモにエミーナが告げる。
「こら。脅かすんじゃないよ。あんたはもう黙ってな。」
「いや、でも!」
「黙ってな。」
チャモはエミーナの2度目の言葉で大人しくなり魔装も解除する。
「ユーゴ君、このままだと1級に昇級は出来ないわ。それでも良いの?」
「良いですよ。」
エミーナは真剣な顔で優剛に尋ねたが、優剛は食い気味に回答した。
「え・・・っと。1級に興味ない?」
「ないですね。審査官なら知っているかと思いますが、ハンターの仕事は1回しかしてません。昇級に興味があるならもっと仕事をしていると思いませんか?」
「そこが気に入らねぇんだよ!」
優剛の言葉に再びチャモが噛みついて来た。しかし、すぐエミーナが口を開き、さらに魔力も漏れる。
「黙ってな。3度目だよ。」
チャモはその言葉を聞いて、大きな身体を小さくして無言で頷いた。
「このままだとエモーにも迷惑が掛かるけど良いのかい?」
「何故ですか?」
「そりゃ虚偽の報告をしたからだよ。それに君の降格もあるからレミニスター様にも迷惑が掛かるね。」
優剛はレミニスターに迷惑が掛かるというのを聞いて少し悩み始めた。
「うーん。まぁ良いんじゃないんですかね。」
「なるほど、君が降格で済めば良いけど、虚偽の報告で2級に昇級。さらに1級への昇級審査もしているから、ハンターズギルドからの除名も考えられる。そうなると超特級危険生物の2匹は殺処分の対象だよ。」
エミーナは真剣な表情で優剛に語りかけた。
「処分の理由はなんですか?」
「無許可での超特級危険生物の飼育。まぁ、本当にいるなら見つけ次第、殺処分ね。」
「レミさんから許可を貰えるので、ハンターズギルドから許可は必要ないですよ。」
「それでもハンターが間違って殺しちゃうことはあるかもしれないわ。」
「たぶん返り討ちですよ・・・。」
優剛の言葉にエミーナは目を細めて軽く睨みつけた。
「自分の魔獣に自信を持つのは良い事だけど、世の中は広いんだよ。」
「そうですよね。だから困ってるんですよ。頂上がわからない山を登っていると、何処がゴールかわからないから精神的に辛いんですよ。」
初めて優剛がエミーナに同意した事でエミーナの雰囲気が若干和らいだ。しかし、優剛が何を言っているのかわからない為、思案顔になる。
優剛は自分がどれ位の強さを手に入れれば、危険なこの異世界で家族を守り切れるのかわからないのだ。
何かあれば日本の場合は警察を頼る事が出来る。突然、街中で喧嘩に巻き込まれる事はあるかもしれないが、それでも死にはしない。
この異世界ではどうか。
警察?それ美味しいの?1人の平民が死んだくらいでは簡単な捜査しかしないだろう。街の外に誘導、もしくは連れて行かれて、殺されたら魔獣の餌で証拠も残らない。
命の価値が軽い異世界では、自分の身は自分で守らなければならない。
目標とする強さがわからないから優剛は訓練を続けるのだ。朝の訓練内容は異世界人も涙する内容だが、優剛がゴロゴロしている時はその数十倍は厳しい訓練を自分に課している。
そんな事は誰もわかってくれない。暇そうにゴロゴロしているように見える優剛は、毎日『邪魔』と言われて、由里や真人に踏まれるのだ。広い広間で邪魔なはずが無いのに踏まれるのだ・・・。
紅茶を一口飲んだエミーナが再び口を開いた。
「君の登っている山はよくわからないけど、君は調査官も追い返しているからね。ハンターズギルドと戦争でもする気かい?」
「戦争。駄目。絶対。」
優剛は何かのスローガンのような事を口にした。
「でも調査官なんて来てないですよ?」
「いえ、恐らく来ております。」
優剛の疑問に答えたのは優剛の後ろに控えていたトーリアだ。
「午前中にユーゴ様に面会を求められる方の中に、そう言った方が居たと思いますが、何故か皆様すぐに会わせろと騒いだり、力に訴えたりしておりましたので、タカやテスが排除しておりました。」
「お・・ぉう。ま・・・まぁ仕方ないよね・・・。」
「これだからギルドの調査官は嫌いなんだよ。事前調査して午後に訪問するくらいしなさいっての。しかし、ギルドも君に迷惑を掛けていたみたいだね。」
「いえ、いえ。気にしていないので・・・。ホントに・・・。」
優剛は頭をヘコヘコ下げた。
「話が逸れたね。このままじゃ戦争みたいな事になるよ。」
「双方が納得出来る回避方法を議論しましょう。」
「その通りね。青銀狼を見せて。」
「今は撫でくり回されているので無理です。」
優剛は真剣に答えているのだが、内容が弱い。エミーナが納得する訳が無いのだ。
「じゃあ、君の強さを私たちに証明して。報告が本当なら君は私よりも強いはずよ。」
「・・・どうやって証明するんですか?」
優剛は恐る恐る質問した。この先の展開にはテンプレがあるのだ。
「私たちを相手に戦う事よ。」
(ですよねぇぇえ。)
優剛はテンプレの通りの展開に内心で盛大に愚痴る。
「戦うの好きじゃないんですけど・・・。」
「報告書通りの強さが君にあるのか、戦わないと強さってわからないと思うけど?」
「あぁ・・・。それって第三者に確認するって言うんじゃ駄目なんですか?例えばラーズリアとか・・・。」
「ラーズリアってあの魔導騎士のラーズリア様の事?」
「そうです。あの戦闘馬鹿です。」
しかし、これは優剛の誤算であった。確かにラーズリアに優剛の強さを裏付けして貰えれば、強さの証明になっただろうが、ラーズリアを戦闘馬鹿と言ったのは頂けなかった。
「ラーズリア様は馬鹿では無い!彼は私のヒーローよ!表に出なさい。その薄汚い口を二度の開けなくしてあげるわ。」
エミーナは怒った顔で立ち上がって部屋を出ていった。チャモはニヤニヤしながら優剛を見てから同じように部屋を出ていった。
部屋に残された優剛は項垂れながらトーリアに尋ねる。
「ねぇ、あの馬鹿って人気あるの?」
「はい。ラーズリア様は強さだけでなく、見た目も良く、その行動も権力に縛られておりませんので、貴族が絡んでいる凶悪事件を次々と解決しております。そして、民からの人気は絶大でございます。そんなラーズリア様を馬鹿呼ばわりするのはユーゴ様だけかと・・・。」
(えぇぇぇ。あいつ戦闘馬鹿じゃん。たぶん凶悪事件って言うのも『俺より強い奴に会いに行く』くらいのノリで行ってぶっ飛ばしてるんだよ。)
優剛は大きな大きな溜息を吐き出して立ち上がり、トボトボと部屋を出て庭に向かう。
庭では既に武器を持ったエミーナとチャモが待っていた。優剛が出てきたのに気が付いたエミーナは優剛を睨みつける。
(こえぇぇえ。)
「それ・・・どこから出したんですか?」
「魔法袋よ。君も武器を出しなさい。」
(貴重な品を普通に持ってるんだ・・・。)
「それと私たちは1級ハンターよ。君、本気でやらないと死んじゃうかもしれないわよ?」
「あー。武器って使えないんですよ。」
「あら、素手なのね。珍しいけど無いわけじゃないわ。じゃあ始めて良いわね?」
エミーナは細身の剣を構えて優剛を睨みつける。チャモは巨大な斧を構えて油断なく、優剛を見ている。
「早く魔装しなさい。」
いつまでも身構えない優剛を不審に思ったエミーナが優剛に告げる。
「あぁ・・・。僕がちょっと離れたら始めて良いですよ。普通の魔装はしないようにって止められているので・・・。」
「誰がそんな事を言ったのか知らないけど、死んでも知らないからね。」
優剛は軽く後ろにステップして2人から距離を取った。そして右手を上げて2人に告げる。
「良いですよー。」
優剛の言葉を聞いてすぐにチャモが優剛に向かって駆けだした。その速さは巨大な斧を持っているとは思えないほどの速さだった。
(うーん。速いけどこのままで大丈夫かな。エミーナさんはどうかな?)
優剛はチャモを視界に入れながらエミーナの動きに注目する。ここまでの2人のやり取りではエミーナが上だと言うのが伝わってきている。さらに体格や持っている武器からしても、確実にエミーナの方が速いのは間違いない。
エミーナは優剛の側面に回り込むように大きく迂回して優剛に迫っていた。その速度はチャモよりも速い。
最短距離で向かって来ているチャモと大きく迂回しているエミーナで、ほぼ同時に優剛に斬りかかる事が可能だ。
(うーん。このままじゃ厳しいか?)
常時展開している皮膚下にある魔装の魔力量では、各種の強化が優剛に言わせれば不十分である。
しかし、相手は待ってくれるわけも無く、遂にチャモが巨大な斧を上から優剛に向かって振り下ろした。エミーナは優剛が回避行動を取った先を狙うように、剣を構えて突っ込んできている。
しかし、優剛は回避行動を取らない。
チャモの懐に素早く近づいて、振り上げた大きな両腕を優剛は両手を使って受け止めた。
(腕が太くて右手だけじゃ指が届かん!)
チャモは自分の一撃を受け止めた優剛を驚愕の表情で見下ろすが、エミーナが視界に入ってきた事で意識を切り替える事が出来た。そのままの状態で優剛を足止めする為に、上から押し付けて優剛の動きを封じた。
優剛は片手でチャモの両手を抑えようとしたのだが、腕が太すぎて右手だけでは腕1本持つのが精一杯だった。両手で持った事で優剛の空いた脇にエミーナの剣が凄まじい勢いで迫る。
(これ突くんじゃなくて、貫くレベルの勢いでしょ!死んじゃうから!)
優剛は巨大な斧を持った大きな熊のようなチャモを、エミーナに向かって振り回した。
小枝のように振られたチャモの背中は盛大にエミーナと接触して、エミーナが吹き飛んでいく。チャモも、優剛に放り投げられてエミーナの後ろを追うように飛んでいく。
しかし、1級ハンターは伊達ではない。2人とも空中で姿勢を制御して、地面を滑るように着地する。
2人は優剛が魔装もせずに、この速度に反応しただけでは無く、チャモまで振り回すとは思っておらず、思わず顔を見合わせてしまう。
そんな2人に向かって遠くにいる優剛が声を掛ける。
「あのー。もう良いですかねー?」
チャモはハッキリと自覚した。報告は虚偽ではなかったと。あの細い身体の何処にそんな力があるのか、優剛に対する興味の方が上回ったほどだ。
しかし、エミーナは違った。
「まだよ!ラーズリア様を馬鹿にした事を後悔させてやるわ!」
(いや、それ完全に私怨じゃない?審査関係ないじゃん・・・。)
チャモの「あっ」という声が口から漏れた時には、既にエミーナは横にステップしながら速度に緩急を付けて優剛に突っ込んでいた。
ただ横にステップしているだけでは無く、時に大きく、時に小さく、フェイントも加えて優剛に的を絞らせないように、とてつもない速さと動きで優剛に接近する。
先ほどまであった油断や魔装をしていない優剛への気遣いは無いのだ。
エミーナが近づけば近づくほど、横に大きく動いた時に視界から消える。フェイントを混ぜた速い動きで、やがて相手はエミーナを見失う。
エミーナを見失った相手の死角から、自慢の細身剣を突き入れるのがエミーナの必勝パターンだ。
事実、チャモは何度やっても最後はエミーナを見失って、木の枝などで突き刺される。
エミーナも遊びでチャモが血を流すほどの攻撃はしないが、木の枝でも痛いものは痛いのである。
エミーナの必殺の一撃が優剛の左の肩甲骨付近に突き刺さる瞬間に、優剛は身体をクルっと回して綺麗に回避してみせる。
身体を回転して避け終わった優剛の正面に、エミーナの右腕が無造作に伸びている。
優剛はエミーナの右腕を掴んで捻り上げる。さらに足払いもしてエミーナは盛大にズッコケる。
エミーナはうつ伏せのまま優剛に右腕を持たれて身動きが出来ない。右肩を外せば脱出は可能かもしれないが、背中を踏まれれば拘束は継続される。右肩を外しても損しかない状況でエミーナは歯を食いしばって優剛を下から睨みつける。
「くっ。・・・殺せ。」
(クッコロさんが降臨しておられる・・・。)
「殺さないですからね。」
優剛は下から睨みつけてくるエミーナに伝えるが、状況は変わらない。
困った優剛は遠くで巨大な斧を支えに立っているチャモを見る。チャモは首を振るだけだ。
(役に立たんハゲチャピンめ!)
何やら関西弁のような言葉が優剛の下から聞こえてくるが、今はそれどころではないのだ。優剛はこの危険人物を直ちにお帰り頂きたいのだ。
「タカー、フガッジュー。来てー。この2人がお帰りでーす。」
エミーナはタカとフガッジュに両手を拘束されて、チャモに腰を持たれて、足をバタバタさせながら門を抜けていった。
「離せぇ!離せぇ!私はユーゴを許さん!離せぇ!私はエルフだぞ!お前らはエルフを敵に回す気か!?離せぇ!!」
最後に自分の種族がエルフだと叫んでいたが、優剛は聞かなかった事にした。
優剛のイメージするエルフは冷静沈着で誇り高いのだ。確かにエミーナはスラっとした細身で耳も長く、美しい容姿でエルフの外見的なイメージとは一致していた。
しかし、あんなに足をバタバタとさせて拘束されながら、叫ぶような人がエルフな訳が無いのだ。
優剛はエミーナの記憶を消すかのように、ゆっくり目を閉じて顔を斜め上に向けた。そして大きく鼻から息を吸って、口から吐き出した。
(エルフなんてなーいさ♪エルフなんて嘘さ♪)
エミーナの記憶を消した優剛は軽い足取りで屋敷に入っていった。
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