53. 帰って来たやんちゃ娘
前回のお話
平和な日常が戻って来た
ある初夏の暑い日。とあるお婆さんが飛行屋の順番待ちをしている時に呟きました。
「ふぅー。暑いわね。孫と飛ぶのは楽しいけど、待っているのが辛いわね。」
誰も聞いていないと思われたその呟きを優剛は逃さず聞いていた。
その日の午後には屋敷の外塀に沿って木のベンチが順次設置されていった。さらに塀の上部には庇を作ってベンチは日陰にもなっていた。
飛行屋の看板や優剛の椅子とテーブルを製作した木工職人たちの仕事は早かった。自分たちも家族と一緒に優剛の飛行屋を訪れた際に、子供やお年寄りが立って待っているのは辛そうだな。と思っていたところに優剛からの正式な依頼である。
やる気溢れる彼らは優剛の依頼を格安&最速で完了させたのだった。
夏も真っ盛りになった暑い日に炎天下で待つお客さんに、キンキンに冷えた水を無料で配るサービスが始まった。
ただでさえキンキンに冷えた水は珍しいのに、飲む状況が炎天下で茹だるような暑さの中だ。砂漠に現れたオアシスかのような、人を生き返らせるキンキンに冷えた水だ。
暑さで苦しんでいるところに、キンキンに冷えた水を持って現れたオーヤンは天使と呼ばれるようなった。
もちろん飛行屋の噂が広がればトラブルも多かった。フィールド領だけではなく、他領の貴族や商人からの勧誘が毎日のようにやってくる。
それらをタカやテスが追い払う。時には力ずくで貴族や商人の護衛と一緒にお帰り頂いている。そんなタカやテスの戦闘力が評価されて、2人も勧誘の対象になりつつある。
「無礼者!」この台詞を優剛の屋敷前で聞くのは毎日のようだ。
そんな日常を過ごしていた優剛たち。最近は夏の暑さも和らいで、季節はゆっくりと秋に向かい始めている。
今日も優剛の飛行屋は大繁盛。屋敷の敷地にある塀を沿うように人々が列を作って順番を待っている。
そこに豪華な馬車が順番待ちの人たちを無視するように門の前で止まる。馬車の護衛として、鎧を着こんだ男が受付をしているテスに話しかける。そう、今日もテスだ。
「おい、ユーゴに面会だ。」
「ユーゴ様はお忙しいので、面会は出来ません。」
テスのこの台詞は既にテンプレートのように使い古されている。優剛が誰とも面会しないのは非常に有名な話になっていた。
午後にフラフラと街中を歩いている優剛を見かける事はある。その時に話しかけるのがチャンスだと人々は言う。基本的に温厚な優剛は丁寧に対応するが、しつこいと空に打ち上げられるのも、同じく有名な話だ。
「貴様、面会希望者が誰だか・・・。」
「ユーゴ様はお忙しいので、面会は出来ません。」
テスは護衛の言葉を最後まで聞かずにテンプレで回答する。いつもの事だ。
「後悔する事になるぞ。強行突破も許可されている。」
「ユーゴ様はお忙しいので、面会は出来ません。」
テスの3度目のテンプレが炸裂したところで護衛が我慢の限界を迎えた。
「剣を抜け!門番を制圧!その後に屋敷のユーゴを確保だ!」
「「「おぉ!!」」」
護衛のリーダー格の号令に返答するのは豪華な馬車の周りにいた者たちだ。全員が剣を抜いてテスにジリジリ迫る。
順番待ちをしている人たちが逃げ出す事は無い。むしろパチパチと拍手する。
タカ、テス、フガッジュ、シオン。4人の戦闘を直接見る事が出来る幸運に感謝する。
こんな光景も午前中の優剛の屋敷の前では珍しい事では無いのだ。
テスたちは優剛式の朝の訓練で戦闘力を飛躍的に上げていた。元々獣人は恵まれた身体能力に頼る傾向があるので、魔力の扱いは苦手にする者が多い。
しかし、優剛の朝の訓練に身体能力は殆ど不要だ。テスたちにとっては非常に厳しい訓練になっているが、魔力の扱いが向上している。その結果、恵まれた身体能力と魔力の相乗効果で優剛に雇われた当初よりも飛躍的にその実力を高めていた。
襲い掛かって来た男たちはテスとタカ2人によってその場であっさりと制圧される。
「キャー!テス様ー!」「うおぉ!テスさーん!」
テスは歓声を受けて恥ずかしそうに俯いて受付業務に戻っていく。テスの見た目はスラっとした長身で見た目も良く、非常にファンが多い。女性からはお姉様と慕われ、一部の男性からは女王様と慕われている。
テスに罵倒されるなら10,000ジェイも惜しくない一部の変態たちだ。
倒れた護衛は勝手に浮かび上がって豪華な馬車に飛んで行く。そして、馬車は徐々に破壊されていく。最後にリーダー格の男が車輪を盛大に吹っ飛ばして、馬車が傾いて扉が開く。中から様子を見ていた身なりの良い男性が馬車から転がるように出てきた。
「き・・・貴様!俺が誰だかわかっているのか!?」
身なりの良い男性が震える声でテスに向かって叫んだ。
そのタイミングで再び地に倒れた護衛たちが再び浮かび上がる。そして身なりの良い男性に向かって飛んで行く。
飛んできた護衛と軽くぶつかって倒れた身なりの良い男性が慌てて立ち上がる。すぐに次が迫ってきているのだ。
「ひっ!なんだ!?これはなんだ!?」
身なりの良い男性は空飛ぶ護衛に追いかけられてその場を走って逃げていった。
「ふあぁー。平和だねぇ。」
倒れた護衛を操っていた優剛が欠伸をして呟いた。
「うーん。そうですね。」
門の様子は庭からも伺う事が出来る。優剛の隣にいるフガッジュの答えを聞いた優剛は内心でガッツポーズをする。
(よし!フガッジュも今の状態で平和だと思っているぞ。一緒、一緒♪)
連日のようにテスとタカが誰かをぶっ飛ばしているのだ。感覚が麻痺してくるのも不思議ではない。
そんな見世物のようなイベントが終わってすぐに、別の馬車が優剛の屋敷に止まった。
順番待ちの人たちは内心で心を躍らせる。テスの勇士を続けて見られる事に感謝する。
しかし、護衛も少数。さらに護衛たちが受付に行く素振りは見せない。いつもとは違う状況に困惑する順番待ちの人たち。そして、馬車から出てきたのは真っ赤な髪を簡単に2つ結びにして、動きやすい服装をした1人の少女である。
ある程度の大きさの子供なら軽く追い払うのだが、さすがに優剛の娘である由里と同じくらいの女の子を力尽くで追い払うわけにはいかない。この状況がテスは苦手だった。貴族の子供が親を連れずに「ユーゴを家臣にしてやる」というのが1番苦手だ。
そんなテスの内心を読んだのか、少女はトーリアに話しかける。
「ねぇ、ユーゴと会える?」
トーリアは対応中だったが、声を掛けて来た少女に振り向いた瞬間に一礼した。
「お久しぶりです。ティセルセラ様。あそこにユーゴ様がいらっしゃいますので、どうぞ中に入って下さい。」
「ありがとう」ティセルセラは感謝を述べて門を抜けていく。
これにはテスも順番待ちをしている人たちも唖然としていた。
優剛と会えるか?この答えはいつだって『いいえ』だ。それを覆した少女は何者なのか。
しかし、そんな悩む暇は無いのだ。お金を支払って庭に入れば空を飛べる夢の空間が待っている。今か今かと頭上を飛んでいる人たちの着陸を待っている内に忘れてしまうのだ。
テスも悩んでいる暇はない。次々にお客はテスの受付に殺到する。
「久しぶりー。1人で来たの?」
フガッジュは優剛に直接向かってくるティセルセラに警戒していたが、優剛から少女に声を掛けるとは思わなかった。
「うん。ユーゴはトンでも無い事をしているわね。王都まで噂が届いてるわ。」
「えー。なんか怖いなぁ。あぁ・・・。椅子が無いね。午前中はここを離れられないから、中で待ってる?それともこの椅子にでも座る?」
優剛はティセルセラに自分が座っている椅子を勧めた。フガッジュもここで気が付く。優剛がここまで優しくするのは友人などだ。この少女は優剛の友人であると予想して、警戒を解いた。
「別に要らない。ここに座るわ。」
「そっか。はい、果実水。飲むでしょ?」
ティセルセラは芝生の上に座り、何処から出したかわからない果実水を警戒する事も無く、コクコクと喉を鳴らして飲んでいく。
「冷たすぎでしょ・・・。聞きたい事が増えるわねー。」
ティセルセラは頬を膨らませて優剛を咎めた。そんなティセルセラを気にした風でも無い優剛が口を開く。
「ラーズはなんで来なかったの?」
「父さまは去年の事があって王都から外に出られないわ。」
優剛は「あぁ」と納得したような声を出した。
去年の秋に視察名目でフィールドを訪れた王国最強の魔導騎士であるラーズリアは、雪が降っているという理由で秋から春の始まりまで滞在していた。実際に雪が降っていたのは2,3週間ほどだが、彼が滞在したのは4か月ほどだ。
その結果、1年間の王都から単独での外出を禁じられた。訓練等で部隊を率いて王都を出る以外は王都の門を抜ける事は許されなかった。
「私はすぐにでも来たかったんだけど、私だけ行くのはズルいって言って止められていたの。」
「あいつ何しに来るつもりだよ・・・。」
呆れる優剛にティセルセラが告げる。
「それで私がユーゴのところに行けないなら、父さまとは口を利かないって言ったのよ。」
他人事であるのに優剛は心にダメージを負った。娘と喋れないなんて拷問である。世の中の父親たちがその事に耐えられる訳が無い。
「それで渋々了承してくれたわ。ユリとマコトは何処に居るの?」
「由里は外に散歩だからお昼には帰って来るよ。真人は隣の訓練場で双剣を振り回してると思うよ。」
優剛が2人の居所を話すと、ティセルセラは少し頬を赤くして口を開いた。
「じゃ・・・じゃあ、マコトに会って来るわ。」
「はーい。可愛がってあげてね。お昼は一緒に食べるでしょ?」
「う・・・うん。一緒に・・・。食べたい。」
ティセルセラは真人に姉さまと呼ばれてからは可愛い弟のように思っている。ティセルセラは想いを抑えて優剛に告げが、抑えられてもいなければ、隠せてもいないのである。
優剛に「また後でね」と見送られたティセルセラは、再びザワつく門の周辺を抜けて馬車に乗って訓練場に向かっていった。
「ノブさん、ケンピナに伝言をお願いします。昼食を1人分追加で。」
「任せろ。」
優剛が信長に頼んで専属料理人であるケンピナに伝言を頼み終えると、フガッジュが優剛に尋ねた。
「ユーゴ様、あの子は誰ですか?」
「友達の子供で、由里と同じ歳で仲も良いんだよ。」
「ユリ様のお友達でしたか。」
その後は騒ぎも無く、営業の終了時間になった。
ティセルセラは真人と手を繋いで屋敷に戻って来たが、庭に入った時には手を離したので目撃者はいつも真人に同行しているトーナだけだった。
既に由里は帰宅しており、ティセルセラは由里を見つけて駆け出した。
「ユリ!久しぶりー。ん?なんなのこの犬。」
レイは由里に向かって走って来る見知らぬ少女を警戒して、由里を守るように立ちふさがった。ティセに向かおうとした由里もレイによって阻まれた。
「ユリー。何よこの犬。」
『俺は狼だぞ!誰だよお前は?』
「え?喋るの?えぇ?」
困惑するティセルセラに由里が告げる。
「ティセ、久しぶりー。その子は私を守ってくれているレイよ。レイ、友達のティセよ。」
『ん?友達なのか。ティセ、ごめんな。』
レイは由里の言葉を聞いて、ティセルセラに軽い謝罪と同時に匂いをクンクン嗅いで道を空けた。
「い・・・狼に守られているなんてユリは変になったの?」
「レイは私の自慢の騎士だよ。」
由里の横でお座り状態のレイの尻尾は高速で揺れている。自慢の騎士という言葉が非常に嬉しかったのだ。
由里とレイのお散歩は過激だ。街の外に出て、森や草原を走り回っている。当然、魔獣とも遭遇する。
それらはレイが排除しているのだ。最初は怖がっていた由里も徐々に慣れてきて、最近では由里も排除している。魔力玉での遠距離射撃で、由里の意のままに操られている魔力玉から逃れる術はない。
過激なお散歩は2人だけの秘密なのだ。いや、真人も同行する事があるので、3人だけの秘密だ。
真人は双剣で戦いたいのだが、自分の剣を持っていない為、訓練場以外で剣を持つことは出来なかった。その為、ファーコンパンチでぶっ飛ばしている。
順調に脳筋の道を進んでいるが、優剛はその事に気が付いていない。
「まぁ良いけど・・・。私も触って良い?」
『良いぞ。』
ティセルセラは由里に聞いたはずなのだが、既に由里に撫でられていたレイが答えた。
「フワフワだね・・・。」
毛足がやや長いレイの毛はフワフワのツヤツヤだ。特に胸毛は厚く、フワフワ度も他の部分と比べて非常に高い。
「ご飯出来たよー。」
優剛の声でティセルセラを残して3人はテーブルに駆けていく。
それを唖然と見送るティセルセラに優剛が声を掛ける。
「ティセ、由里と真人の間に席を作ったからそこに座って。」
「ありがと。」
感謝を告げたティセルセラも早足に席へと向かう。
「いただきます」を合図に全員が昼食を食べ始める光景にティセルセラは唖然とする。
そして、隣に座る由里に尋ねる。
「ねぇ、使用人も一緒に食べるの?」
「うん。そうだよ。」
「なんで?」
「知らなーい。」
疑問顔をしたティセルセラが優剛に尋ねる。
「ユーゴ、使用人も一緒に食事をするのはなんで?」
「んー。僕の中では一緒に住んでいる人が、一緒にご飯を食べるのが当たり前だからだよ。ご飯の時間に外出とかしていれば一緒に食べないけどね。」
「ふーん。まぁ私は気にしないけど、貴族の中には気にする人がいるんじゃない?」
「そんな奴は呼ばん。僕にとっては、みんな大事な家族だよ。貴族なんかよりずっと大切だね。」
黙って優剛の話を聞いている使用人たちだが、内心では喜んでいるのだ。その証拠に獣人4人の尻尾は揺れている。
ティセルセラは昼食を「美味しい、美味しい」と言って食べ続けた。おかわりも由里と一緒に調理場に向かって、自分の皿をてんこ盛りにして戻って来た。
使用人たちが喋るのを優剛は止めない。由里も真人も自然にティセルセラに話しかける。
ティセルセラは食事中にこんなに喋って、笑った事は無かった。非常に楽しい雰囲気での昼食にティセルセラは満足していた。
「はぁー。こんなに美味しくて、楽しい食事は初めてよ。ユーゴ、ありがと。」
「ん?ラーズって貴族なの?」
一般家庭はこんな感じだと聞いている優剛は、ティセルセラの楽しい食事という言葉に疑問が生じた。
「一応って何よ。父さまは魔導騎士なんだから貴族よ。」
「あぁ・・・。じゃあ固い雰囲気の食事になっちゃうよね。貴族の世間体って大変だよね・・・。」
「え?優剛は貴族じゃないの?あんな広い庭とこの屋敷に住んでいるのに?」
「面倒な事が沢山ある貴族なんてなりたくないよ。肩書は2級ハンターかな。あと飛行屋さん。」
優剛は袖の中に手を入れて、黒いハンター証をティセルセラに見せた。
「2級!?もう2級になったの?」
「1回しか依頼をしてないのに、1級にするとか言っててね。1級への昇級は本部の調査待ちで、今は2級だよ。」
「どんな依頼をやったのよ・・・。」
「あぁ・・・。うん。依頼は難しい事は無かったんだけど、僕の報告内容が異常だったみたいで・・・。」
「ユーゴだもんね・・・。」
呆れたティセルセラだが、すぐに表情を笑顔に変えた。由里と真人がティセルセラを優剛から引き離したのだ。
3人は会えなかった日々を楽しそうに話し合った。
時折、ティセルセラが驚きの表情で確認しているが、基本的には楽しそうに話していた。
そんな楽しそうな雰囲気の広間でも、ブレない優剛はゴロゴロしながら魔術の訓練に励んでいた。
そんなゴロゴロしている優剛にトーリアが来客を告げる。
「ユーゴ様、ハンターズギルドから審査官の方がいらっしゃいました。」
「うわ・・・。さっき話してた調査だよ・・・。噂したのがいけないんだ。」
優剛は審査官を追い返すわけにもいかず、気怠そうに立ち上がってトーリアに尋ねる。
「応接室ですよね・・・?」
「はい。」
優剛の予想通り、トーリアは既に応接室に審査官を案内していた。優剛は深い溜息を吐いてトボトボと応接に向かう。
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