52. 優剛の暗躍
番外編です
優剛はオーヤンを救った日の夜、上空から豚の屋敷を見下ろしていた。
ただ見下ろしているだけでは無く、小さな魔力玉を無数にバラ撒いていた。
優剛は視覚や聴覚の能力を付与した魔力玉は壁を貫通して屋敷内に侵入。それらを通して屋敷内の様々な情報を手に入れていた。
そして、何らかの能力が付与された実体を持つ魔力玉は、一時的に薄くペラペラになったり、細い糸状に形を変えたりして、あらゆる隙間から屋敷内に侵入させた。
視覚、聴覚、さらには物を掴んだりなど、優剛がバラ撒いた魔力玉は非常に性能が良い。
(無抵抗の使用人を殴るとか、信じられないわ。あとで治してあげよう。さぁ・・・。お仕置きの時間だ。)
優剛は豚が寝室に向かったタイミングで、侵入させた魔力玉を使って寝室の窓に付いている内鍵を開錠。見張りが居ないタイミングを見計らって、あっさりと窓から寝室に侵入する。
そして、忍者のように天井の隅に張り付いて豚を待つ。
(窓は開けたままにしよう。その方が怖い。僕だったら怖い!)
すぐに豚が扉を開けて中に入って来た。
(天誅でござる!)
キャラが定まらない優剛が静かに床に着地して扉まで移動する。そして、扉に寄りかかるように立って豚が気づくのを待つ。
豚は窓が空いているのを不審に思ったのか、訝し気に周囲をキョロキョロと見回している。
(ふあははは。怖いだろう!僕なら絶対怖い!!)
豚は何かに気づいて後ろを振り返る。月明りが差し込むだけの暗い部屋で優剛と豚の目が合った。
「なっ・・・。き・・・。」
(おっと。声は出させないよー。)
優剛は豚の顔周辺に移動させた小さい魔力で効率的に酸素を奪う。
豚は何かを言おうとしたが、パクパクと口を動かして、やがて胸を抑えて苦しみだす。
(おぉ。風の魔術で空気を没収するの良い感じじゃん。)
優剛は豚の顔周辺の空気が薄くなるように風の魔術を使ってコントロールしていた。呼吸が出来ない豚が苦しみだしたのは当然のことである。
優剛は開発した魔術の性能に満足しつつ、ゆっくりと豚に近づいていく。
(成敗!)
優剛は豚の顎を横に叩くと、豚は脳震盪を起こして倒れる。もちろん音が出ないように、周囲に漂う魔力玉を使って豚をゆっくりと床に転がす。
(さぁーって、起きた時に恐怖が増すようなアイテム無いかなー。)
優剛は豚を床に転がしたまま、部屋の中を物色する。
枕元を探っていると良い感じの短剣が出て来た。その短剣を倒れた豚の顔の横に深く突き刺した。
(うわぁー。これマジ怖いじゃん・・・。起きたら漏らしちゃうかな?)
満足した優剛は空いている窓から悠々と脱出していった。
上空で待機したまま、優剛は怪我人を探しては治療をしていった。夜も遅く、豚が寝た後は使用人も順次寝床に付いていく。治療が必要な使用人は寝ているか、1人で行動している者ばかりだったので、何の遠慮も無しに治癒力を強化して痣を消していった。
(あっ。豚には痣を作っておこう。ぶつけた記憶が無いのに痣を見つけた時って怖いもんね。)
優剛は豚の周囲に魔力玉を移動させると、腕の中に魔力玉を入れて、脂肪や筋繊維、毛細血管を切っていく。
これで疑似的な痣が完成する。
全てをやり終えた優剛は、空を飛んで自分の屋敷に帰ってぐっすりと眠った。
次の日の夜。再び優剛は遥か上空から豚の屋敷を見下ろしていた。
(警備増えたかな?まぁ頑張って下さい。)
既にバラ撒いた魔力玉で屋敷の情報は筒抜けである。
「ゴォー。グォー。ガッ!!・・・・・・・・・・・グアァァ。」
無呼吸症候群の豚の寝息を聞いた優剛が、昨日と同じように侵入させた魔力で豚の短剣を発見した。そのまま魔力玉を使って寝ている豚の頭の上に短剣を突き刺した。
そのまま流れるように魔力玉を操作して豚の足に痣を作る。
(魔術便利過ぎ・・・。セキュリティーとか無意味だわ・・・。)
優剛は自分の魔力運用方法に若干引いてしまうが、止めるつもりはない。
今日も痣のある使用人を発見しては治療していく。
(ん?金庫?・・・こっちは金貨部屋?うわ・・・。宝石部屋まであるよ。)
優剛は使用人を探している内に、屋敷内に隠されている金銀財宝を見つけてしまった。
隠し部屋なども壁を突き抜けて進む魔力玉たちを欺く事は出来ない。
昨夜は律義に廊下を進んでいた魔力玉だが、今夜からは優剛が面倒になったというだけで、視覚や聴覚を持った魔力が壁を突き抜けて屋敷内を飛んでいた。
(星々が輝きを増す時刻、豚の宝を頂戴に参上。怪盗ユーゴー。・・・やべ。中二病かも。誰にも言えないわー。)
優剛が中二病で恥ずかしさに悶えている間も、魔力玉は健気に金銀財宝を上空に待機している優剛に届ける。
魔力だけでチーム制も実現している。
開錠組。窓や隠し部屋などの鍵を開錠、そして開けるチームだ。
運搬組。金銀財宝を優剛に届けるチームで、最大数を誇る。
見張組。金銀財宝を運ぶルートに異常が無いか見張っているチームだ。
見張組が異常を察知すれば即座に窓や金庫の鍵まで閉じられる。運搬組も隠し部屋などに戻るか、家具の隙間や絨毯の下に運んでいる物と一緒に潜り込んで、巡回している私兵や使用人たちをやり過ごす。
「ふあぁー」大きな欠伸で眠そうな優剛は魔力玉チームを撤収させる。撤収と言ってもただ消すだけだ。
優剛は「帰ろ」っと、呟いて空を飛んで帰る。
今日だけで豚の被害額は数十億ジェイを記録していたが、まだまだ残っている事に古来より続く貴族の資産力は際立つが、そんな事を優剛は気にしていない。
優剛が敵認定した豚が真珠を持っているから頂いているだけである。
再び翌日の夜も優剛は豚の屋敷の上空に居た。
(うわぁー。今日は気合が入ってますねー。)
優剛を捕らえた者には賞金が出るという私兵の話を聞いたのだ。
(あれ?今日は部屋の中に護衛を入れるのか。ん?女性?)
優剛は眉根を寄せて思案顔だ。
部屋の中の女性の体格が良い。優剛より全然良いのだ。背が高くガッチリしており、手足も太く、筋肉に覆われている。
(くっ・・・悔しくないもん・・・。)
悔しさに落ち込む優剛は健気に運び込まれる金銀財宝を異空間に収納していて、豚に何もしていない事を思いだした。
(やべ。今日は豚に何もしていないじゃん。)
優剛は慌てて豚の部屋に魔力玉を展開する。まずは護衛を無力化しようとした時に扉が開きかける。
(うお!魔力感知か!?鋭い奴が扉の前に居たのか!?)
そんな事を考えながらも優剛の魔力玉は高速で移動しており、扉の隙間から出て行く。
出て行ったと同時に外の男の顎を、下からカチ上げるように打ち抜いた。同時進行で部屋の中に居る女性の護衛も既に無力化が完了している。
無力化した3人を静かに床に転がした優剛はいつも通り短剣を探すが、今夜は見つからなかった。
(あれ?今日は無いのか・・・。じゃあ護衛の剣でも使おうかな。あっ・・・。)
何かを閃いた優剛は悪い笑顔を浮かべていた。
まずは扉を閉めて外の男を扉に寄り掛かるようにして座らせた。
(この人、完全にサボってます。うしし。)
護衛中に寝てしまったという風に偽装する。
続いて豚をベッドから放り出して床に転がす。睡眠不足もあるのか、豚が起きる事は無かった。
空いたベッドには剣を取り外した女性の護衛を2人並んで寝かせる。しっかり布団も掛けて、主人を無視するような形で熟睡している形を作り上げる。
最後の仕上げに取り外した護衛の剣を豚の顔の左右に突き刺して完成だ。
(良い出来だ。豚の使用人の治療も終わっているし、今日はもう帰ろう。)
満足した優剛は今日も十億ジェイほどを奪って帰っていった。
優剛の恐怖の嫌がらせは翌日の夜も終わらない。
(あれ?今日はどこ行った?豚さーん。どこですかー?)
しかし、優剛がバラ撒いた無数の魔力玉はすぐに隠れた豚を発見する。
(入る扉は偽装されているし、隠し部屋っぽいな。ハッハッハ。無駄なのだよ豚君!)
優剛は眠っている豚の顔に無数の痣を作って終わりにした。短剣をここまで持ってくるのが面倒だったのだ。
(ん?今日は怪我人が少ないな。豚が気づいたか?まぁ良いや。)
いつものように豚の使用人たちを治療して、金銀財宝を頂いていく。
(うーん。そろそろ気づいて欲しいなぁ。もう無くなっちゃうよ?)
今日も優剛は誰にも見つからず、証拠も残さずに帰っていく。
翌日の夜も優剛は豚の屋敷の上空に居る。
(ありゃ?完全に心折れてない?特に私兵たちが酷いな。)
私兵たちは項垂れるように座っている者や、立っているだけで見張りをしているとは到底思えないような目付きだった。
豚は部屋の隅で短剣を2本持って、目を見開いてガタガタと身体を震わせていた。
(豚は帰る時にでも寝かせてやろう。)
優剛は使用人を治療しようとしたが、今夜は怪我人が居なかった。
魔力玉が健気に上空で待機している優剛に金銀財宝を運ぶ。
(明日、豚に教えてあげよう。もう宝石は無いし、お金も殆ど無くなっちゃったよ。)
優剛は宝石を取り切って、金貨は少量を残しておいた。豚に自覚させてから残りの金貨を盗る為だ。
(そろそろ寝かしてあげよう。ん?武器庫の周辺に見張りが居ない・・・。今日は剣も使うか。)
優剛はただの思い付きで武器庫から剣を複数、魔力玉に運ばせる。同時進行で豚を気絶させる。
豚が気絶した部屋の扉がゆっくりと開いて、剣がフワフワと豚が気絶している部屋の隅の壁に突き刺さっていく。天井に向かう足跡のように縦に刺して、天井に1番近い位置に短剣を刺した。
もう1本は起きて扉を見た時に気が付くように扉に突き刺した。
(うーん。痣があり過ぎて、これじゃあ増やしてもわからんな・・・。)
優剛は痣が無い部分を見つけて2,3か所だけ痣を作った。
(ふぅー。帰って寝よう。)
翌日の午前中は飛行屋の営業を終えて、昼食も終えた優剛はトーリアとテスに相談中だ。
「今日これから豚のところに行ってくるよ。それで、豚に僕を雇う条件を提示したいんだけど、僕の雇用条件ってもう出来てる?」
豚に仕返しをする初日に優剛の計画を聞いていたトーリアたちは、その日の内に優剛の雇用条件を殆ど完成させていて、次の日には初期契約料から毎月の給金、さらに住み込み時の待遇までまとめていた。
「もちろんでございます。ユーゴ様の雇用条件を記した紙は執務室にありますので、少々お待ち下さい。」
優剛はトーリアから雇用条件を記した紙を貰って確認する。
「これ本当ですか?僕って高くない?」
「ユーゴ様はご自身を過小評価されております。その雇用条件はポークリフ様が支払いそうな額に抑えております。彼以外に提示すれば喜んで手を上げる者が大勢いらっしゃいますよ。」
「うーん。そうなんだ・・・。まぁ、豚はお金を持って無いから初期費用も払えないけどね。」
優剛の言葉にトーリアとテスは驚いたような表情をした。そしてテスが優剛に尋ねる。
「あの・・・。聞いていた計画とは違うんですが、豚のお金を盗んだんですか?」
「ごめん。言って無かったね。豚は気付いて無いけど9割以上頂いたよ。今日はそれを教えに行く。」
初日の計画では精神的に追い詰めた豚に優剛が接触して雇用条件を提示。他の人にも提示しているから、どれだけ上乗せ出来るか考えて貰う。そしてその日の夜に豚にネタバレをする。
そして豚は証拠も無しに優剛が犯人だと右往左往する。証拠も無しで2級ハンターを罰しようとする豚に、ハンターズギルドと領主のレミニスターから圧力をかけるという計画だった。
「豚がお金を失えば、僕が誰かに頼って圧力をかける必要も無く勝手に没落するでしょ。頂いたお金はレミさんにでも小分けにして寄付するよ。」
トーリアとテスは呆けた表情で優剛の話を聞いていた。
証拠も残さずにどうやって見つけた?どうやって盗んだ?考えれば考えるほど謎が深まるばかりである。
「じゃあこれありがとね。」
優剛は呆ける2人を置いて、屋敷を出て行った。
少し恥ずかしそうにしながら優剛は豚の屋敷から帰って来た。
(震えて眠れって言っちゃった・・・。超恥ずかしい。)
しかし優剛は夕食を食べ終わる頃にはそんな事も忘れて、子供たちが寝た後は豚の屋敷に飛び立っていく。
(もう眠いし、チャチャっと終わらせて帰ろう。)
優剛は手早く豚を気絶させて、探し当てた短剣を豚の近くに刺し込んでおく。さらに残っている金貨を全部回収して飛び去っていった。
宣言通りの早業であった。
翌日の午後に衛兵と一緒に豚が優剛の屋敷を訪れたが、盗んだ金貨や宝石を隠していないか屋敷の中を見て回らせて追い払った。
追い払って優剛が再びいつものようにゴロゴロしようとした時、優剛が豚に引っ付けた監視用の魔力玉がレミニスターの屋敷に向かっている事に気が付いた。
「あっ。豚がレミさんとこ向かってる・・・。」
テスが優剛の呟きを聞いて呆けた表情をしているが、優剛は微笑みながらテスに告げる。
「ふふ。豚に駄目押しをしてくるね。」
優剛は豚より先にレミニスターの屋敷に到着した。飛んで急行すれば気づかれずに豚を追い抜く事は造作も無い。
「レミさん、至急の面会が続いてすみませんね。」
「全く構わんぞ。ポークリフの件だろう?」
「そうです、そうです。今、豚がここに向かっているんですけど、レミさんが豚と話している時に乱入したいんですよ。」
「ほぉ。なるほど・・・。」
レミニスターは優剛の言葉を聞いて理解する。
レミニスターが誰かと面会中に優剛の乱入が許されているのであれば、優剛とレミニスターの関係は非常に濃密である事が豚には伝わる。
レミニスターは優剛の味方というのを豚に気づかせるのが狙いなのだ。
「そうだな。俺からも少し脅しておこう。」
「おぉ!それはありがたい。報酬は豚から没収した金貨全部を寄付するんで、領主様ここは1つよろしくお願いします。」
手揉みしながら告げる優剛の姿は完全に三下の小悪党である。
「何?ポークリフの資産も盗んだのか?」
「金貨と貴金属だけですよ。絵画や骨董品は価値がわからんですよ。」
「全て一括で寄付するなよ。ポークリフの資産状況は調べていないが、それだけの寄付金があればこの件が露見するぞ。」
この辺りは清濁併せ呑む領主所以だろう。さらっと証拠を残さず寄付を受け取る術を優剛に授ける。
「御意」
優剛は恭しい動作で一礼する。
優剛はレミニスターと協力して豚を屋敷から追い出した。豚を追い出した部屋に残されたレミニスターが優剛に向かって口を開く。
「なぁ・・・。やり過ぎじゃないか?」
「えぇー・・・。殺さなきゃ何しても良いって言ったじゃん・・・。」
優剛は1億ジェイほどをテーブルに置くと口を開く。
「寄付です。残りは来年から数十年かけて払うね・・・。」
「おい、おい。数十年っていくらあるんだ・・・?」
「えーっと・・・。小さい部屋が埋まるくらいかな。」
「俺はあの豚に同情せんぞ・・・。」
優剛の説明を聞いてレミニスターは豚が貯め込んだ資産を甘く見ていた事に気が付いた。おそらくこれから調査すれば、豚の妨害も無くすんなり投獄出来るだけの不正の材料が揃うだろう。
「あっ。豚さん牢屋行き?」
「あぁ。財産は没収したいところだが、既に優剛が没収済みか・・・。」
「じゃあ没収の家宅捜査の前日に全部戻しておきますよ。」
「何?そんな事も出来るのか?」
レミニスターは怪訝な顔で優剛に尋ねた。
「寝ている時に戻すんで、豚は戻った事にも気づかないと思いますよ。」
「ハッハッハ。では家宅捜査の日が決まったら教えよう。資産が無くなったと思っている豚は、資産没収の家宅捜査を拒む事は無いか。ハッハッハ。」
「僕はもう満足したからその時の豚の顔には興味ないですけど、没収出来る金額は期待して良いと思いますよ。」
「うむ。では豚の不正を捜査しよう。そして資産没収の家宅捜査の日を優剛に伝える事にする。」
「了解しました。待ってますね。」
優剛はそう言うと立ち上がって「じゃあまたー」と言って部屋を出て行った。
(あっ。1割とか報酬で欲しいとか言えば良かったかなー。まぁ良いか。)
後日、豚の不正が暴露され職を辞する事になる。先祖代々フィールドに貢献した事を考慮されて資産没収だけで済んだ。既に資産が無いと思っている豚は命が助かった事に安堵した。
そして、快く家宅捜査を受け入れた。
家宅捜査にはレミニスターも同行していたが、運び出される資産の量に絶句していた。
豚は運び出される消えたはずの資産を見て、泣きながら喚き散らしていたが、資産没収が覆る事は無い。
これにて優剛とポークリフの争いは優剛の圧勝で幕を閉じた。
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