05. 筋肉おじさん
前回のお話
魔力を使って走り始めた優剛。
麻実がおも・・・。ん?誰か来たみたいなので少々お待ちください。
優剛はどの位の時間、走り続けたのかわからなくなってきた。生い茂る樹々や草の間を通り抜けながら、進行方向に気配を感じては回り道を繰り返している。
身体能力の強化によって不思議と身体の疲労は無いが、ゴールが見えない事による精神的な疲労が蓄積していた。
優剛は不安な気持ちを押し殺して明るい声で、変な虫や木の実を見つけては子供たちと騒ぎながら走り続けた。時刻はわからないが、日が陰ってきているのは感じていた。
(夜になったらヤバい……)
未知の森で夜を過ごすのは自殺行為だ。優剛は視覚に頼って行動している訳ではないが、暗闇は不安と恐怖を与えてくる。
優剛は思っていても口には出さず、不安を押し殺した明るい声で3人と会話を続けた。
由里と真人はそんな優剛に騙されているのか、非常に楽しそうに森の中の生き物や果実を指差して、わーわー、きゃーきゃー騒いでいた。当然、優剛も混じって騒ぎ立てた。
麻実は出来るようになった身体能力の強化で優剛の髪の毛を強く掴み続けた。そして、麻実の掴む力が安定すればするほど優剛の走る速度が上がった。
麻実には優剛の早く森を抜けたいという焦りが伝わってきていた。
優剛は前方から聞こえてくる森の生物が出す音とは違う音を聴いて走る速度を落としていく。
(ん? 前から変な音がする……金属を叩く音? 騒がしい声……かな?)
優剛は走りながら口を開く。
「金属を叩く音と声みたいな騒がしい音が前から聞こえてくるから、人間が居るんだと思う。このまま進むね」
3人はそれぞれ了解の意を優剛に伝え、自然と3人の優剛を掴む力が強くなった。
優剛は視覚の強化に意識を集中する。そして、樹々の隙間から前方を確認する。
今、自分の視力はどれ位を記録するのか興味が出てきたが、その興味を脇に置いて樹々の隙間から音の発生源である森の先を観察する。
そこには大勢の金属鎧と兜を身に着けた人型が剣と盾を持って、人型より一回り以上大きい緑色のゴリラの様な生き物たちと戦っていた。
数では人型がやや優位に見えるが、ゴリラが振り回す腕に人型が当たると、盾で受けても大きく仰け反っている。
既に優剛は走っておらず、ゆっくりとした歩みで前方を確認していた。そして、戦いが避けられない時の為に準備していた動体視力の強化と、遅くなった世界で身体を動かす最終確認をしていた。
(ゆっくり見えるけど、身体は速く動く。この感じは慣れないな……)
不思議な時間軸で動く感覚に馴染みがあるはずもない。しかし、優剛は人型の振る剣やゴリラの振る腕に合わせて、身体を軽く揺らすように動かしていく。
(周りは遅いけど、速く動ける。これならどっちが敵でも避けきれるし、逃げ切れる)
優剛は前方の戦闘を見ながら身体を動かして、避けるイメージトレーニングを続けて自信を深めていく。
鎧を着ている人型と毛むくじゃらで服みたいな物を何も着てないゴリラ。
優剛は人型の方が文化水準が高いと判断した。異世界特有のゴリラが言葉を話して畑を耕す等の考えもあったが、衣食住の文化が無ければ、考えが違いすぎて一緒には居られない。
優剛は人型側に自分たちの身を寄せようと決断する。
そして、遂に森の出口に差し掛かった優剛は、戦場全てを見渡せる樹の陰で止まって戦場を見つめた。
(んー。あれが人型の指揮官とボスゴリラかな?)
周りに向かって声を張り上げている少し豪華な兜と鎧を身に着けた指揮官風の人型が1人で奮戦している。
他のゴリラよりもさらに一回り大きいゴリラと複数のゴリラを、指揮官風の人型が多数のゴリラを1人で相手にしていた。
そして、他のゴリラたちも他の人型たちと対峙している。基本的には人型が2か3に対してゴリラが1だが、徐々に人型が倒れて数的優位が崩れている。
さらに目の前の人型を倒し終えたゴリラはボスゴリラの加勢に向かい、既に指揮官風の人型はゴリラに囲まれながら戦っている。
(人型さん達は逃げた方が良いんじゃないかな? 退却も大切ですぜ。ん?)
優剛は指揮官風の足元に倒れている2つの人型を見つけた。
指揮官風の人型は足元の人型にゴリラの攻撃が向かわない様に立ち回っているようだ。
他の人型はゴリラの攻撃に耐えられずに仰け反ったり、倒れたりしているのに対して、指揮官風の人型は盾でしっかり受けて、さらに盾を振り回してゴリラを2mほど吹き飛ばしている。
剣による攻撃はゴリラを深く傷つける事が出来ておらず、何度も斬られたであろう個体だけが、森に近い場所で待機していた。
指揮官風の人型が盾でゴリラを吹き飛ばしてもすぐに復帰してしまう。
指揮官風の人型には決定力が欠けている様に見えた。しかもボスゴリラを吹き飛ばす事が出来ず、常にボスゴリラの攻撃を受けながら、他のゴリラも相手取っている指揮官風の人型は苦戦を強いられている。
足元の人型を見捨てて退却は出来ないのであろう。声を張り上げて何やら叫び、救出をしたいという思いが伝わってきた。
(恩を売れれば1日くらいは安全な場所で寝られるかな?)
優剛は悪い笑顔を真剣な表情に変えて口を開く。
「みんな違和感を使ってしっかり掴まって。振り落とされないようにね」
3人に告げれば無言で力強く身体に掴まってきたが、髪の毛以外は痛くなかった。髪の毛以外は痛くない。
もう麻実の力に耐えられなくなっている。
禿げる! 優剛はそう思ったと同時に走り出す。
指揮官風の人型を囲んでいるボスゴリラの集団に猛スピードで突っ込んでいく。スルスルと後方で待機している傷ついたゴリラを抜いていき、ボスゴリラの背後10m程まで来ると速度を緩めた。
「怖かったら目を閉じててね。大丈夫。すぐ終わるよ」
由里はギュっと目を閉じたが、真人はゴリラと指揮官の戦いを見ていた。
緩く走っていた優剛はボスゴリラが腕を振り上げる動作を見た瞬間に、走る速度を一気に上げた。
そして、ボスゴリラの背後まで素早く駆け寄ると、振り上げた腕の脇を狙いすまして蹴りつけた。
優剛はいくら身体強化が出来るようになったとはいえ、圧倒的な力を持つまで強化が出来るとは思っていなかった。しかし、3人を軽々抱えられる腕力、信じられない速度で走れる脚力、長時間の行動でも疲れない身体。
そして、初めて戦うものたちを見て、自分はそこそこイケるんじゃないかという思いがあった。
優剛は蹴った時の音と足に伝わる感触から自分の蹴りの威力に驚いて、吹き飛んだゴリラの方を見ながらその場に立ち止まってしまった。
麻実の大きな抗議の声が戦場に響く
「ちょ、なんで蹴るのよ! そのまま逃げると思ったのに!!」
しかし、人型とゴリラは麻実の言葉を理解できていない。
優剛の蹴りの威力と、麻実の雄叫びのような声に驚いて戦闘を止めてしまう。
ボスゴリラは5mほど地面と平行に飛んでいき、数回弾んでからゴロゴロと転がってようやく止まった。死んではいない様で、倒れて咳き込みながらも驚愕の表情で優剛を見ている。
(マジで?2m以上ある巨体が地面と平行に飛んだよ? 思ってたんと違う……)
優剛の想定では脇を蹴ってゴリラに隙を作り、その隙に指揮官風の人型が剣で致命傷を与えられれば最善だった。
もし、蹴りが効かなかったらすぐに戦場を離れて、人型の後方に走り去る予定だったのだ。
しかし、現状は一撃でボスゴリラを戦闘不能にし、麻実が勝鬨を上げたようになっている。
指揮官風の人型を囲んでいたゴリラたちは、ボスゴリラの周りに、逃げるように集まって怯えるように優剛を凝視している。
優剛はゴリラから視線を近くに居る指揮官に向けると、同じタイミングで指揮官も優剛に視線を向けてきた。
指揮官は背が高く、176㎝の優剛でも見上げる程で190㎝以上あるのではと思わせた。さらに横幅も広く非常に体格が良い。さらに優剛は麻実を背負っていて前屈みになっている為、身長差が凄まじい事になっている。
微妙な沈黙で優剛と指揮官が近距離で見つめ合っていた。
耐え切れなくなった優剛が苦笑する。
「……は……はは……」
指揮官は優剛が笑った事でニヤリと笑ってから、大きな雄叫びを上げて剣を空に突き上げた。
優剛はビクっとなって素早く指揮官から大きく離れて身構えた。
さらに他の人型たちも勝鬨の声を上げてゴリラたちを威圧する。
動きの止まっていた戦場はボスゴリラが倒れた事と、勝鬨の威圧を感じてか、ゴリラたちは森に引き上げていった。ボスゴリラも2匹のゴリラに支えられて森に去っていった。
指揮官風の人型は剣を鞘に収めて兜を取って、部下に何やら命令や会話をしている。優剛はその言葉が全く理解出来なかったが、兜を取ったその顔は人間だったので、少し安心していた。
白髪の混じった赤茶色の短髪で口周りには小奇麗に髭を生やしている。優しそうな目つきであるが、目元の皺の数々が年齢を重ねた証拠だろう。彫りも深く、鼻が高い。
白人系の元気で大きなおじさんが笑顔で優剛に歩み寄ってくる。
「あqwせdrftgyふじこl。ガッハッハ!」
(うおおおお。全くわからん。笑ってるし機嫌は良いんだよね?)
何故か大きなおじさんを見つめていた真人が笑いだす。
「ガッハッハ!」
(ちょ、真人! なぜこの状況で笑える!?)
身構えたままの優剛と笑う指揮官と真人。
由里と麻実は優剛と同じく警戒感が表情に出ていた。
軽く頭を下げた大きなおじさんが口を開く。
「X X〇X〇〇X〇X◇〇△〇X◇〇□△△ X◇〇□X〇◇X〇」
しかし、優剛と真人は言葉がわからないため首を傾げ、由里と麻実は不安の表情を隠さずに指揮官を見つめる。
それでも指揮官は一方的に話し続けたが、言葉が通じていない事を察する。
そして、笑顔を浮かべて剣を地面に置いて鎧を脱ぎだした。
その肉体は顔から読み取れる年齢とはかなりの隔たりを感じさせる。
(うへぇぇ。おじさんムッキムキですね)
鎧の下には簡素な半袖のシャツを着ていたが、盛り上がった胸筋とシャツから出ている腕は逞しい筋肉で覆われている。そんな筋肉おじさんは、にっと笑って右手を出してきた。
由里と真人を抱えたままで両手が使えない優剛は、ようやく筋肉おじさんの意図に気が付いた。
自分は無害である。その証拠として武器と防具を地面に置いたのだ。
何時間振りであろうか。
3人は優剛から降りて地面に降り立った。そして、優剛は筋肉おじさんと異世界でも握手ってあるんだな。と感傷に浸りながら握手をした。
筋肉おじさんは笑いながら優剛の肩をバシバシ叩いてくる。
「ガッハッハ! X X〇X〇〇X X X〇X〇〇X〇X◇〇△〇X◇〇X◇〇△〇X◇」
やはり何を言っているのかわからず首を傾げる優剛。
しかし、筋肉おじさんは自分を指差して訴える。
「ヒロ。ヒロ」
「ヒロさん?」
優剛が敬称を付けて呼んだのが悪かったのか、筋肉おじさんは首を振って訂正する。
「ヒロ」
優剛は自分を指差してからヒロを指差して、再び自分を指差す。
「ヒロ」
「ユーゴ、ヒロ……ユーゴ」
ヒロは再び優剛のバシバシ肩を叩く。
「ユーゴ、ユーゴ。ガッハッハ!」
優剛はヒロの笑顔が素敵で悪い気はしなかった。
その後に名前だけは伝わったのか、麻実と由里と真人も紹介して、ヒロは「ガッハッハ!」と笑ってから、部下の兵達に向かって歩みを進めていく。
優剛たちはその場で筋肉おじさんのヒロを見ていたが、立ち尽くす優剛たちに振り返ったヒロが腕を振ってくる。
「ユーゴ、ユーゴ」
優剛は歓迎されていると捉えてヒロに頷いてから麻実たちに告げる。
「悪い人じゃなさそうだし、行ってみようか」
「ヒロの剣と鎧……カッコイイね」
「街に行けると良いんだけど、言葉の壁が厚そうね」
少しズレた感想の真人に言葉の壁を心配する麻実。
由里は別言語に委縮しているのか黙っている。
優剛は由里と真人と手を繋ぎながら、ヒロに向かって歩みを進め、他の人達の動きも確認していく。
ヒロが向かう先は野営地になっているらしく、沢山のテントが立っていて、女性も見つける事が出来た。
ゴリラとの戦闘中にヒロが守っていた2人は酷い怪我を負っており、後方の大きいテントに運び込まれていく。他にも傷ついている者はテントの外側で治療を受けている様だ。
優剛たちはそのままヒロの後ろを歩いていき、少し大きいテントの前でヒロが立ち止まって振り返った。
中に入る。座る。寝る。そんなジェスチャーで説明を始める筋肉おじさんの動きが面白く、優剛はこの世界に来て初めてリラックスした笑い声をあげた。
ヒロは伝わったと思ったのか、再び「ガッハッハ!」と笑って、今度は食事のジェスチャーをしてきた。
優剛はカバンからペットボトルと非常食を出して見せて首を振ったが、ヒロは不思議そうに2つを見つめた。11111
(水はわかるけど、非常食は缶詰箱みたいになっているしわからないか……)
非常食を1つ開けて、中身をヒロに見せても、不思議そうに中身を見つめた。
優剛は食べる?と大きめのクッキーの様な物が入っていた袋を破いてヒロに差し出した。受け取ったヒロはそれを食べると、目を見開いて中身が全て食べ物だと理解した様だった。
ついでに飲みかけだったペットボトルの蓋を開けて差し出せばゴクゴクと喉を鳴らして飲み干した。
(あっ!この筋肉おじさん全部飲みやがった。)
優剛は睨まない様に気を付けながら、抗議の視線でヒロを見つめる。
ヒロも全部飲んだのは申し訳なかったのか、「ゾリゾリ」言うと、周囲の兵に何かを言い出した。
ヒロがテントの前で座り、「ユーゴ」と言って座るようにジェスチャーで指示をされた。
優剛が座ると真人がヒロに駆け寄り隣に座って、異文化コミュニケーションを始めた。
真人は警戒心が無いのか、適応力が高いのか、五歳児らしい行動に優剛が慌てる。
剣がカッコイイ。見せて。と真人がジェスチャーでヒロに伝えると、ヒロは危ないからダメだとジェスチャーする。それでも真人は諦めず、剣を指差して頭を下げる。
やがてヒロは「ガッハッハ」と笑って、鞘から出さないならと良いと剣に触らせてくれた。
最初は止めていた優剛も、「剣に触っても良い」というジェスチャーを読み取ってから真人に混じっていた。
やがて女性が優剛たちの分も含めた食事を持ってきた。おにぎりとお味噌汁だ。
(なんだって!?異世界の定番になっている硬いパンと不味いスープじゃないだと!?)
定番の不味い食事かと思いきや、和食の野外食に驚愕する優剛。そして麻実もおにぎりとお味噌汁を見て驚愕の表情をしている。
ヒロはそれをすぐに食べ始めると、優剛たちに視線をやって食べる様に促す。その際に空のペットボトルを指差して「ゾリゾリ」言っていた。
(ゾリって「ごめん」って言っているのかな?)
優剛は手の平を相手に見せて首を振った。
(気にするな。って伝わるのかね。)
ヒロは「ガッハッハ」と笑うと、食べろ。食べろと促した。
「食べようか。不味いパンとかスープを想像していたけど、これなら美味しいよね。足りなかったらテントに入って非常食を開けて食べよう」
食事が終われば再びヒロとのジェスチャーゲームが始まった。
(テントに入る。寝る。起きる。歩く?一緒に?)
既に周囲は薄暗くなってきており、今からどこかに向かうとは考えにくい事からジェスチャーゲームの難易度は子供でも理解出来るほど簡単だった。
そして、真人が馴染んでいた……。
ヒロのジェスチャーを見終わった真人は、テントの入り口を開けっ放しにしたまま、中に入って横になり目を閉じた。すぐに目を開けてテントから出てきて、ヒロの手を持って歩く真似をしたのだ。
「ガッハッハ!」とヒロは笑って真人の肩を優しく叩いた。真人も「ガッハッハ」と笑ってヒロのお尻を叩いた。
それを見ていた優剛と麻実は「はは」っと苦笑し、由里は眠そうに優剛に寄りかかって「ニ人ともバカそう」と呟いた。
ヒロは自分のテントに向かって休むようなジェスチャーをして、去って行った。
「僕たちも寝ようか……」
「ボク、テント初めてー」
テンション爆上げの真人はテントの中で寝転んでゴロゴロしている。
「はぁー。寝れるかな……?」
「今日はお父さんにくっついて寝たい」
眠れるか心配する麻実と優剛に甘えたいという由里。
娘に甘えられて嬉しくないはずが無い父は即答で了承する。
「真人は大丈夫そうだし、今日は2人に挟まれて寝ようかな」
「ボクはお母さんの隣で良いよ」
その日は家族仲良く並んで寝転び睡眠を取る事で、緊張感が少し抜けて眠る事が出来た。
マミ トテモカルイ カカエテ ハシル カンタン デス。
麻実「皆さんが読んでいた時間が少しでも良い時間であったなら嬉しいです。」
麻実「次回もどうぞよろしくお願い致します。」