47. 開戦
前回のお話
ぶひぃー。ぶひぃー!
優剛「ちょっと何言ってるかわかんないです。」
優剛は電撃で身体の自由を奪った豚の護衛である2人の男に質問を始める。
「もう喋れますよね?お2人の家族はさっきの豚の人質か何かですか?」
「・・・あぁ。そうだ。俺の妻や子供が奴の屋敷で暮らしている。」
「俺も同じだ。」
2人は悔しそうにしながらも、優剛の質問に回答した。
「2級ハンターなら家族を連れて逃げたら良いのでは?」
「俺だけなら可能だが、妻や子供を連れて行くのは難しい。」
「あぁ・・・。奴は一部の衛兵や商人とも繋がっているからな。俺たちが消えれば門を封鎖する事も可能だ。街を出ても奴の私兵に追跡されて家族が狙われてしまうだろう。」
(え?何あの豚・・・。本当にフィールド領の領主代行補佐官なの?)
優剛は2人に同情しつつも質問を続ける。
「あぁ・・・そもそも2人はなぜ彼に雇用されているんですか?雇用される前に評判とか調べますよね?」
「調べたさ。そしてお前と同じように断った。」
「俺もだ。それから奴の嫌がらせが始まったんだ。まずはハンターの生命線である鍛冶屋との取引を強引に打ち切りにしてくる。」
ハンターの武器や防具はそれぞれが贔屓にしている鍛冶屋で整備や製造される事が多い。
そんな鍛冶屋と取引が出来なくなれば、武器や防具の整備は出来ず、ハンター業を続ける事は出来ない。
破損した武器や防具で魔獣と戦う事は自殺に等しいのだ。新しく買うにも商人が販売しない。
「それでも薬草の採取なんかで細々と生活していても、食料品を売っている商人が俺たちに物を売らなくなるんだ。いや、売るんだが、俺たちだけ非常に高額な代金を吹っかけて来るんだ。」
優剛は嫌悪感を顔全体で表して2人の話を聞いている。
「そんな街では暮らせない。街を出る決断をするのは不思議じゃないだろう?」
「はい。2級ハンターなら別の街でも問題無いですからね。」
「奴はそれを待っていたんだよ。」
「あぁ。俺たちが街の外に出るのを・・・。」
2人は悔しさを押し殺すようにして言った。
「あぁ・・・。良いです。その先は。なんとなくわかるんで。」
(昼夜問わずハンターにプレッシャーを掛け続けて、肉体的にも精神的にも追い込んでから襲撃。そして家族もろとも自分の屋敷に監禁か・・・。)
「俺たちはそろそろ戻る。」
「あぁ。身体も動くようになったしな。しかし、何をしたんだ?」
「それは秘密ですよ。」
優剛は口に人差し指を付けて回答した。
「当然だな。自分の手の内を教えるハンターは3流以下だからな。ただの愚痴みたいなもんだ。気にしないでくれ。」
2人は起き上がると軽く身体を動かしてから部屋を出る。
「あんたは家族だけじゃなく使用人も抱えている。早い内にフィールドを出た方が良い。護衛と一緒なら奴らの追手からも逃げ切れるだろう。」
「ありがとうございます。でも僕はここに残ります。連れて行けない家族がいるんでね。」
「そうか・・・。あんたも大変なんだな。」
ポークリフの護衛は何を勘違いしたのかわからないが、優剛の連れて行けない家族とは、屋敷その物になっている信長の事だ。
彼らが屋敷から出て行ったタイミングで信長の声が優剛に届く。
「連れて行けない家族とは俺の事か?」
「当たり前でしょ。ノブ爺。」
「はっはっは。」
嬉しそうに大きく笑い声を上げる信長に優剛が非常識な事を口にする。
「さすがに屋敷を持って歩くのは・・・。ん?出来るかもしれないね。」
「おい。壊れるかもしれんから止めろ・・・。試すのもだ。俺の感動を返せ。」
そんな2人の会話を聞いていたトーリアは微笑みを浮かべて優剛に進言する。
「ユーゴ様、食料品を抑えられては我々もフィールドを出るしかありません。何か対策を立てるべきです。」
「僕が他の街に飛んで行って適当に買い込んで来たら良いんじゃないの?ほら、異空間があるし、1年分とか買い込んでみます?」
優剛の回答にトーリアが驚いた表情で確認する。
「ユーゴ様の異空間はどれ位の容量があるのでしょうか・・・?」
「今?うちの敷地で言うと何個分だろ・・・。ちょっと待って下さいね。」
「いえ・・・。それだけの容量があると知れただけで十分でございます。」
トーリアは優剛から明確な回答を受け取るのを、拒否するかのように話を打ち切った。屋敷の敷地何個分という呟きを聞いて、容量を聞くのが怖くなったのだ。
屋敷は立派な屋敷で広い事は広いのだが、やはり目を引くのは広い庭だ。信長が修練の為にと確保した庭が特徴的だ。
優剛の回答は屋敷何個分では無かった。敷地何個分であった。敷地1つ分でもどれだけの容量を有した異空間であろうか。
現存するどのアーティファクトの道具袋でも優剛の容量と比べたら、ただの袋に成り下がってしまう。
優剛は毎晩、真面目に自分の魔力を殆ど全て異空間に注ぎ込んで、容量を広げ続けている。その結果、東京ドーム何個分という単位で表す広大な容量になっていた。
もはや、無限に物が入ると言っても差し支えがないほどだ。
(魔力が無くなると眠くなるから、異空間に魔力を入れないと、ぐっすり寝られないんだよね・・・。)
さらに魔力は筋肉と同じで個人差はあるが、使えば使うほど鍛え上げられていく。
体内に蓄えられる容量。体内で魔力を生産する早さ。優剛の中ではまだまだ限界を迎えておらず、今もそれらは向上中である。ただ、ぐっすり寝られるという理由なだけで・・・。
「ねぇ、トーリア。貴族って何?物を売らせないって凄いですよね。そんなに影響力あるの?」
「では貴族についてご説明致します。」
貴族についての説明は2度目だが、トーリアは嫌な顔もせずに説明を始める。
レミニスターに保護されている時に異世界の常識はトーリアが説明しているのだ。その時に貴族についても説明していた。
優剛が聞いていなかっただけだ。
貴族とは、政治に関わる者たち。民を導く者たちだ。
貴族は世襲制であり、国王の承認で貴族として政治に参加する事が許される。
民から後押しされて、貴族になる者も居る。
もちろん、不正や汚職。罪を犯せば貴族権限は剥奪される。
しかし、政治に参加していれば、様々な最新情報が手に入る。それを利用して金を儲ける事も可能だ。商人と手を組む貴族。自らが商人として取引する貴族。
世襲制という事もあって、古来より貴族として活動している者たちは莫大な資産と人脈を持っている。
その為、ポークリフ。豚のような貴族も少なくない。不正や汚職をしても証拠を残さない。残ってしまった場合は身代わりを祀り上げる。様々な手段で貴族の地位にしがみ付いている。
「その中でもポークリフ様は別格でございます。長きに渡り貴族としての地位を確保しております。」
「へぇー。地位が確立されたら崩すのは難しいか・・・。世襲制なのは何故ですか?」
トーリアは続く優剛の質問にも淀みなく答えていく。
「主に教育面でございます。貴族であれば国や領主からの給金が高額になります。そう言ったお金を自分の子供たちの教育に回します。教養が無ければ収支管理が出来ません。読み書きが出来なければ有事の際に救援要請を出す事も受ける事も出来ません。一定水準以上の教養を持っている者たちで政治を行う為に世襲制が採用されております。」
「なるほどー。説明ありがとうございました。」
トーリアは優剛の感謝を受けて優雅に一礼するのみだ。
(かっけぇぇー)
トーリアの所作に感動する優剛は残った懸念を口にする。
「っという訳で心配なのはダメさんかな。ちょっと行ってくるね。」
「畏まりました。」
優剛はランドの鍛冶屋に来ると、自然な動作で扉の鍵を開けて中に侵入する。
「ダメさーん、ちょっと良い?」
「はーい。すぐ行くっスー。」
鍵の掛かったランドの鍛冶屋に入ってダメリオンを呼び出す優剛に違和感は無い。
奥から出てきたダメリオンも違和感なく、優剛に問いかける。
「今日はどうしたっスか?」
「ポークリフって知ってる?」
「あぁ。あの豚さんっスね。なんかやらかしたっスか?あぁ・・・。ちょっと待つっス。親方ー、ユーゴさんが豚さんとモメたっスー!」
「ねぇ、なんでモメた前提なのよ・・・。」
「ガーハッハッハ!遅いくれぇだろ!!」
優剛が名前を挙げただけでダメリオンはモメたと決めつけて、奥にいるランドは大きな笑い声を上げていた。
「おぅ、ユーゴ。豚とモメたのか?」
ランドはニヤニヤしながら優剛に告げた。その隣ではダメリオンも同じように、ニヤニヤしながら優剛の回答を待っている。
「はい、はい。そうですよ。モメましたよ。」
「ぶふぅ。やっぱりモメたんじゃないっスか。」
「ガーハッハッハ。いやー、良い気分だ。ダメオ、今日は久しぶりに飲むか。」
「俺はヤスリを仕上げたいから遠慮するっス。」
「そりゃあ残念だ。俺は完成したから飲むぜ。おっと・・・ユーゴ、俺のヤスリは出来たぜ。今日、持って帰ってくれ。」
「あっ。どうもありがとうございます。ってなんか違くない?ランドさんは豚から圧力とか大丈夫なの?」
「問題ねぇな。俺の武具は受注生産が基本だ。豚の傘下にいる商人にも武具を卸してねぇ。材料を仕入れるのに苦労するくらいだが、依頼人に持って来させれば良いだけだからな。」
「うんうん」頷くダメリオンがハッとした表情で優剛に質問する。
「あっ。ユーゴさん、食料品が買えないのはヤバくないですか?」
「・・・手口も知ってるんだね。でもそれは平気だよ。僕が別の街に行って買い込んで来れば良いだけだからね。」
「あぁ・・・。異空間収納魔術が使えたんスよね。」
「食べる?」
優剛は異空間から肉の串をダメリオンに手渡した。
「頂くっス。」自然な手付きでダメリオンは受け取る。
「ユーゴさんは便利っスよねー。一家に一台ユーゴさんが欲しいっス。」
「美味しい物がいつでも食べられるのは便利だよね。」
優剛はダメリオンに向かってサムズアップしてからランドにも同じ物を差し出す。
「こりゃ、今回は豚野郎の負けだな。」
「ユーゴさんは非常識ですからね・・・。」
「常識人ですよ。2人が心配だから来たんだし・・・。」
そんな優剛の言葉にランドが嬉しそうにしながら告げる。
「ハッハッハ。そりゃありがとな。俺の客では豚とモメるのはユーゴが初めてだが、奴の手口は有名だからな。俺の店にも豚の手下が来て偉そうに指図して行きやがる。」
「ホントっスよ。うちの店の外見が鍛冶屋じゃないので、被害者のハンターが来た事は無いっスけどね。」
「うっせぇぞ!聞き込みでもなんでもして、うちまで来てくれたら面倒見てやらぁ!名前だけ聞いてもわかんねぇんだよ!」
「そういう訳っスから俺たちの心配は要らないっス。」
「あぁ。問題ねぇ。それにユーゴに頼んだら飯も鉱石も手に入るしな。」
「ありがとね。なんか迷惑を掛けたら言ってね。」
優剛は苦笑して2人に告げた。
「おぅ。気にすんな。じゃあ俺はヤスリを持ってくるからちょっと待ってろや。」
「いやー、また依頼かと思ってドキドキしたっスよ。このままヤスリ作りに集中するっス。」
「うん。お願いね。」
優剛とダメリオンが談笑していると、ランドが奥から石板のような物を両手で持って来た。
「おーっし。これが俺の作ったオリハルコンのヤスリだ。見ればわかると思うが、こっちの面がオリハルコンだ。」
ランドはカウンターに置いた表の面を指でなぞる。
「裏は?」優剛はヒョイっと重そうな石板を持ち上げて裏面を覗く。
「裏はただの魔鉱石だ。魔鉱石を石板のように加工して、1面をオリハルコンで覆ってある。ハッキリ言って削れねぇもんは無い。」
「ランドさん、ありがとうございます。早速ハルに使わせてみますね。」
「おぅ。使った感想は教えてくれよな。」
「今度ハルと一緒に来ますね。」
「俺のもすぐに仕上げるっス・・・。」
優剛とランドの会話を聞いていたダメリオンが悔しそうに呟いていた。
「あっ!草履が2足、完成してるっス。持ってくるっス!」
ダメリオンは思い出したかのように告げると駆け足で奥に向かって行った。
「それじゃあ俺は短剣作りに戻るぜ。ユーゴ、豚野郎に負けんじゃねぇぞ。」
ランドは優剛を激励してから店の奥に戻って行った。入れ替わるようにダメリオンが草履を2足持って来た。
「ユーゴさん、これっス。しかし、これ何用っスか?」
「これ?庭とか街に出掛ける用かな。おぉ!流石ダメさん。少し緩い感じがベストマッチだよ。」
「まぁ、そうかなって思って作ったっスからね。マジでユーゴさん、靴が嫌いっスね・・・。」
「靴を履き続けると死んじゃう病なんだよね。」
「そりゃ不治の病っス・・・。」
「じゃあ残った草履の材料は好きに使ってね。」
「ははー。ありがたいっス。」
優剛は3足の草履をダメリオンに託して、それを解体して2足の草履を優剛用に再作成したのだ。もう1足は作れないが、材料が余っているのは想像に難しくない。
そこで余った材料を譲渡する優剛の行動を読んでいたダメリオンは、大袈裟に一礼したのだった。
優剛は草履の出来に大変満足して、迷惑料も込めて多めに代金を支払って店を出た。もちろん外から鍵を掛けるのも優剛の仕事だ。
足元は既に緑熊の革靴から草履に変わっている。もう1足の草履と革靴と石板型のオリハルコンのヤスリは異空間に収納済みだ。
(流石に領主のレミさんやヒロには手を出さないだろうし、これで僕に関係する人たちの心配は無いかな。あとは順次、相手の手を潰していくだけだ。ふふふ。)
優剛の心配の種は解消されて草履を履いた足は軽やかだ。
軽やかな優剛とは対照的なポークリフが、屋敷の部屋で悪態をついていた。
「クソ!クソ!あいつめ!必ず後悔させてやる!俺に逆らって無事でいた奴はいないんだ!あの綺麗な犬は剥製にしてやる。聖女も俺の物だ!」
豚の狙いには麻実も含まれていたのだ。レミニスターと直接雇用契約を結んでいる手前、表立って勧誘は出来ないが、屋敷内に監禁してしまえば、自主的に辞めさせる事も可能だと考えていた。
その後は自分の手駒にして高額な治療費で麻実に治療させれば良い。または擦り寄りたい権力者の大切な人物を麻実の回復魔術で治療すれば、自分の株が上がるとも考えている。
「あいつはハンター業には積極的では無いと既にわかっている!おい!すぐに傘下の商人に伝えろ!ユーゴとその関係者に物を売るな!全てだ!あらゆる商品が手に入らないようにしろ!」
「畏まりました。」
そして翌日。早速、豚が仕掛けてきた事がユーゴに伝わる。
昼食が終わって買い物に出掛けたアイサとフガッジュが手ぶらで帰って来たのだ。
「ユーゴ様、ポークリフの指示と思われますが、俺たちが食料品を買おうとすると法外な値段を吹っかけられました。」
「昨日のユーゴ様の想定通りでした。ユーゴ様の資金力なら買えない事も無いですが、ご指示通り買い物はしませんでした。」
「おぉ。相手の動きが早いね。それじゃあ明日はケンピナと一緒に北にあるっていう港に行ってみようかな。トーリア、距離ってわかる?」
優剛たちは昨日の夕食時に現在の状況を屋敷のみんなと共有していた。そして対策も同時にみんなで協議して共有していた。
「はい。徒歩で20日ほど。魔獣車で4日ほどになります。」
(距離じゃないし。魔獣車って何よ・・・。)
「まぁ1日くらい飛べば着くかな。ケンピナ、今日の食事は大丈夫ですか?」
結局、優剛はわからないまま放置してケンピナを見た。ケンピナは魔獣車で4日の距離を飛べば1日と言われてビクっと身体を震わせていた。
「今ある食材で5日は大丈夫です!それにそんなに長時間、私が外出していたら夕食に間に合いません。」
ケンピナは強く主張した。飛ぶのに慣れていないケンピナが、魔獣車の4倍の速さで飛ぶと言う優剛に同行したくないのだ。
「うーん。でもケンピナが一緒じゃないと何を買って良いかわからないからなぁ・・・。居ない間はアイサやトーナにおねが・・・。」
「ユーゴ様が何を買って来ても、私が美味しく調理してみせます!」
ケンピナはユーゴの発言を遮るようにして主張する。飛びたくない。その一心で。
「えぇ・・・。じゃあ明日の営業が終わったら1人で行ってこようかな・・・。」
ケンピナに押し切られるような形で優剛の単独でのお使いが決定した。
諦めきれない優剛が誰かと一緒に行きたそうにキョロキョロと視線を動かすが、誰も優剛と目を合わそうとはしない。魔獣車の4倍の速さで空を飛ぶのはアイサでも恐怖を感じているのだ。
いや、優剛なら4倍以上の速度で飛ぶだろうというのは全員の共通認識だった・・・。
その日の夕食時。
「麻実はお昼ご飯買えるの?」
「私は誰かに買って来て貰うから平気よ。病院のスタッフ全員に商品を販売しないのは不可能ね。」
「あぁ・・・。聖女様はパシリがいるんっスね・・・。」
「人聞きの悪い事を言わないでよ。紅の道に襲われたって話をしてから、私が外に買い物に行くのに制限が掛かっているのよ!パシリは便利だけど、私が望んだ事じゃないわ!」
「そっか・・・。ごめん、ごめん。麻実がやらせてる訳ないよね。」
「そそ。わかってくれれば良いのよ。彼らが自主的に買って来てくれるのよ。」
機嫌を直す麻実だが、優剛はわかっていない。
(いや、便利だって思ってるなら、望んでいるんですよ聖女様・・・。)
今日も優剛の心の声は表に出る事は無い。夫婦間の争いの火種は優剛の心の中で揉み消されていく。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
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