44. 専属料理人
前回のお話
おぅ!おぅ!よくもおめぇらうちのもんに手ぇ出してくれたなぁ
今日は優剛の屋敷にトーナの知り合いで女性の料理人が、自分の実力を披露する為に来訪する予定になっている。
採用試験と伝えているが、形式的なものでほぼ採用は決まっている。しかし、料理人は採用が決まっている事を知らないので、並々ならぬやる気に満ちていた。
トーナから聞いた雇用時の条件は貴族の専属と比べても遜色が無いものだった。いや、賃金以外の条件が本当であれば、これ以上の雇用条件は無いと断言が出来た。
「ここよね?大きすぎじゃない・・・?」
ショートボブの茶色の髪で身体はガッチリしており、身長も170cmほどはあるだろう。優剛や麻実と同じくらいの年齢の女性が塀の大きさと長さに驚きながら、優剛の屋敷の塀沿いを歩いていた。そして門番の前まで来ると、獣人の門番が声をかけて来る。
「ケンピナさんですよね。話は聞いています。屋敷までご案内しますので、中に入って下さい。」
「あっ・・・ありがとうございます。」
(頭を撫でたい衝動に駆られる獣人ね・・・。くぅ。モフモフの尻尾をフリフリさせてて可愛いわねぇ!)
随分前に今日の事を聞いていたフガッジュは、密かにプロの料理人が作る夕食を楽しみにしていた。尻尾が揺れているのは楽しみな気持ちからだ。
「では、どうぞ。」そう言ってフガッジュが屋敷のドアを開けたそこには、待ち構えたようにトーリアとトーナが待っていた。
2人は信長からケンピナの来訪を知らされたのだ。
「ケンピナさん、ようこそお越し下さいました。早速ですが、調理場はこちらになります。」
「はい!」
ケンピナはトーリアの後ろに付いて歩くが、隣を歩くトーナに小声で話しかける。
「ちょっと!凄いじゃない。トーナはこんなとこで働いてるの?」
「ふふ。そうよ。そこが私の部屋よ。私だけのね。ふふ。」
トーナは自分の部屋を指差して自慢するように微笑む。
「え!鍵?表札?・・・トーナの話は本当だったんだ。」
「言ったでしょ?休暇も出るし、ユーゴ様は優しい方よ。それに2級ハンターで凄く強いわよ。ユーゴ様が在宅中はこの屋敷の中が、世界一安全な場所だと思うわよ。」
「うぅ・・・。やる気は漲って来たけど緊張するわ。」
「こちらで本日の夕食を約20人分ご用意下さい。トーナをここに残しますので、わからない事や何か手伝える事があれば頼って下さい。配膳は私たちもお手伝い致します。夕食後にユーゴ様からお話があるかと思います。本日はよろしくお願い致します。」
トーリアは説明を終えると優雅な一礼をして、入って来た扉から廊下に出て行った。
「うわぁ・・・。何この調理場。どれも最新の魔道具で作られているじゃない!ねぇ、トーナ!ユーゴ様って何者よ!?」
「ちょっと興奮しないでよ。さっきも言ったし、前から話しているけど、お優しい2級ハンターよ。」
「ほぇー。玉の輿を狙うべきかしらね・・・。」
「ユーゴ様は奥様一筋だから可能性は0よ。」
「うわぁー。益々良いじゃない。」
興奮するケンピナにトーナが真剣な表情に変えて質問する。
「ちょっと大丈夫なの?美味しくなかったら採用なんてして貰えないわよ。」
「それもそうね。」
ケンピナは「よし」と言って両頬を叩いて気合を入れる。
「始めるわね。トーナは食材の場所や調味料の場所を教えて。一応、私も調味料は持って来たけど、基本は屋敷にある物を使って作るわ。」
真剣な表情に変わったケンピナはトーナに指示を出して、テキパキと夕食作りを始める。
(あれ?今日って暑くなかったかしら・・・?火を使っているのに涼しい?見えない場所に高級な魔道具でもあるのかしら・・・。)
屋敷の中は信長の魔力で快適な温度に保たれているが、屋敷の住人でなければ信長が話しかける事は無い。
日が暮れて夕食の時間になると、トーリアとアイサが調理場に現れる。
「そろそろよろしいでしょうか?」
「はい!盛り付けが終わった物から運んで下さい。」
アイサは盛り付けられた皿を凝視して、クンクン匂いを嗅ぎながら楽しそうに配膳していく。
ケンピナは使用人が食べるのは余った物だけだと思っているので、何故そんなに楽しそうに配膳するのかわからなかった。
(でも嬉しいわ。余ると良いわね。)
ケンピナはアイサの後ろ姿を見ながら内心で喜ぶ。
「ふぅー。あとは結果を待つだけね。」
調理場で一息ついていると、トーナが自分の分も盛り付けを始める。
「ちょっと何してんのよ?私たちはユーゴ様が終わってからでしょ。」
「ふふ。違うよ。今日は私もここで食べるけど、いつもはユーゴ様と一緒よ。」
「はぁ?主と一緒に食べるって事?」
「そうよ。しかも、同じテーブルでね。ふふふ。」
自慢気に微笑むトーナを困惑顔で見つめるケンピナ。
「ケンピナも食べる?」
「さすがに無理だわ・・・。」
「あっ。すぐに誰かがここに来るけど、ケンピナは座ってて良いからね。」
「おかわりなら私が盛り付けるわよ。」
「良いのよ。おかわりは好きな物を好きなだけ、自分で盛り付けるのが良いんですって。じゃあ、いただきます。」
そしてトーナは本当に食事を始めた。隣の部屋から空の食器が運ばれて来ていないので、主が食事を終えていないのは明らかだ。
困惑しながらも「美味しい」と言って食べるトーナを微笑みながら見つめるケンピナ。そこにアイサが調理場に入って来る。
「ケンピナさん、凄く美味しいです!あっ。私は使用人のアイサです。」
「ありがとう。アイサさん。」
自分の料理を美味しいと言ってくれたアイサに笑顔で感謝を述べるが、すぐに困惑の表情に変わる。美味しいです。という感想は食べないと言えないのだ。さらにアイサの呟きが聞こえてくる。
「おかわり♪おかわり♪うふふ。」
(え!?ホントに自分の分なの!?嘘でしょ・・・?)
「あっ!アイサさんズルいですよ。俺も食べたいんですからね!」
「ふふーん。早い者勝ちだよー。」
フガッジュが尻尾を振りながら調理場に入って来たかと思えば、アイサと微笑ましい喧嘩を始める。
自分の皿に盛りつけを終えたフガッジュが、ようやくケンピナに気が付いて挨拶をする。
「俺は護衛のフガッジュです。ケンピナさんの料理、凄く美味しいです。」
「え・・・。えぇ。ありがと。」
ケンピナの感謝を聞いたフガッジュはすぐに部屋に戻っていく。そして入れ替わるように再びアイサが入って来る。
「ちょっと多めに入れないと私がゆっくり食べられないよ・・・。」
何やら小声で呟きながら大きな器に大量に盛り付けて再び部屋に戻っていく。
「ねぇ、トーナ。さっきも気になったんだけど、馬鹿みたいに大きい器があるわね。」
「あれはレイって言う狼が食べている器よ。」
「はぁ!?狼が人間と同じ物を食べてるの?」
「うーん。実際に見たら納得すると思うけど、今は疑問のままで良いんじゃないかしらね。」
納得のいかないケンピナは何やらブツブツと呟く。そんな調理場に、おかわりを求めて次々と器を持った者がやってくる。
何故か顔から血を流していたタカはケンピナに向かって「美味いぞ!」とだけ言って駆け足で戻って行った。
タカがドアを開けた瞬間に部屋からの声が漏れ聞こえてきた。
「タカー。それ治すからそのままこっち来てー。」
「ありがとうございます!テスの食事を間違って食べちまったらこのザマですよ。ははは。」
ケンピナは「治す」という言葉を聞いてトーナに質問する。
「ねぇ、今の声がユーゴ様?ユーゴ様は回復魔術を使えるの?」
「うーん。マミ様は知ってる?」
「当たり前じゃない!聖女マミ様って言ったらこの街で知らない人はいない有名人よ!」
麻実が聞いていたらその言葉だけでケンピナの採用が決まりそうだ。
「マミ様の旦那様がユーゴ様よ。そしてマミ様に回復魔術を教えたのもユーゴ様よ。」
「はぁ!?嘘でしょ?聖女様がここに居るの!?え!?ユーゴ様は・・・。えぇぇ!?」
「あっ。これは内緒だったわ。今は忘れてね。」
トーナは人差し指を口に当てて、混乱するケンピナにウィンクする。
トーナの話を聞いてグッタリしてしまったケンピナだが、空の器が運ばれてくるのに気が付くと背筋を伸ばして立ち上がる。
そこにトーリアがやってきてケンピナに声をかける。
「ケンピナさん、美味しい食事をありがとうございました。私も少し食べ過ぎてしまいましたよ。」
「はい!こちらこそ褒めて頂きありがとうございます。」
「では、ユーゴ様がお待ちなのでお部屋にご案内致します。」
ケンピナはトーリアの後ろに付いて廊下に出ると、優剛の待つ部屋に案内される。
部屋で寛いでいる麻実が優剛に話しかける。
「美味しかったわね。採用するんでしょ?」
「元々採用するつもりだったからね。それにあんなに美味しいご飯が作れるんだから採用しない理由も無いじゃん。アイサの作る家庭的なご飯も良いけど、ケンピナさんの高級レストランな感じも良いね。たぶんどっちも作れるんだろうけど。」
「おっと、先に部屋に入っておかないと、トーリアに威厳が大事とか怒られちゃうよ。」
「ぷぷ。威厳とか・・・。ぷぷ。」
「ぶっ。あっはははは。お母さん笑わせないでよ。」
優剛が威厳と言っただけで麻実と由里に笑われる。真人は言葉の意味がわからずキョトンとしているが、獣人4人組も笑いを堪えている。
「ねぇーえぇ!みんな笑ってんじゃん!」
そんな優剛の言葉で笑いに耐えていた者たちの笑いが部屋中に響く。
「いや、だって・・・。旦那に威厳とか・・・。あはははは。」
「ユーゴ様は親しみが持てる方ですよ。ぶふふ。」
「俺はユーゴ様が好きだぞ!」
「僕も大好きです。」
優剛は好きと言ってくれたフガッジュとシオンに笑顔を向けた後に、タカとテスに魔力玉を飛ばす。
「べふ。」
タカが顔を上に仰け反らして妙な声を出すが、テスは「あぅ」と言うだけで顔が仰け反る事は無い。
明らかに衝撃に差はあったが、当然の事であろう。
「では、部屋で待つとするかな。」
優剛が胸を張って仰々しく言葉を発して、立ち上がるとそのまま背筋を伸ばして応接室に消えていく。
優剛が居なくなった部屋では、今の優剛を真似して大爆笑を取っている真人が居た。
「では、部屋で待つとするかな。」
「あーっはっはっは!マコト様、そっくりです。」
「ひぃ!ひぃ!お腹痛い。もう1回やってよ真人。」
由里に懇願されて再度ものまねを始める真人に、大きな笑いが部屋を包んだ。
(全部聞こえてるからね!)
1人でケンピナを待つ優剛は少し拗ねていた。
優剛が応接室のソファーに座って待っているとノックの音が響く。
「ケンピナさんをお連れしました。」
「入って良いですよ。」
トーリアと緊張した面持ちのケンピナが応接室に入って来る。
「初めましてケンピナさん。私が優剛です。本日の食事は美味しかったです。皆が満足しておりました。ありがとうございました。」
若干の外向けモードの優剛に恐縮するケンピナが頭を下げながら口を開く。
「い・・・いえ!ご満足頂けて光栄です!」
「そちらにお座り下さい。」
「い・・・い・いえ!このままで!立ったままで大丈夫です!」
聖女に魔術を教えられるほどの魔術師を前にして完全に恐縮したケンピナが、優剛の申し出に手を振って断る。
「うーん。私としては座って欲しいんですけど・・・。」
「ケンピナさん、座っても採用の合否には全く影響しませんのでお座り下さい。」
トーリアの言葉を聞いて恐る恐るソファーに座るケンピナは、ソファーの感触に驚きの表情を浮かべるが、すぐに真面目な表情に変わる。
座ったのを確認したトーリアがすぐに紅茶を淹れて、優剛とケンピナの前に置いていく。そして、そのままトーリアは優剛の後ろに立つ。
「ケンピナさん、私としては専属の料理人として屋敷で働いて頂きたいです。もちろん調理場に不足している物や不備があれば準備致しますので、お願い出来ませんか?」
ケンピナは優剛の申し出に一瞬呆けた表情をするが、すぐに破顔して口を開く。
「はい!光栄です!私からお願いしたいくらいです!ここで働かせて下さい!」
ケンピナは座ったままだが、テーブルに顔が引っ付く位まで頭を下げた。
ケンピナの回答に優剛は謎の質問をトーリアに告げる。
「トーリア、いつまで続ければ良い?」
「本人もここで働く気があるようなので、もう良いかと思います。」
2人の会話に何か良からぬ想像をしたケンピナが座ったままだが身構える。
「あぁー。外向けの感じってなんであんなに疲れるんだろうね。」
「慣れでございます。」
優剛が大きく伸びをして愚痴るのをトーリアが諫める。
「慣れたくないよ。そんなの。僕は平民だよ?貴族じゃないからずっとこれで良いじゃないですか。」
「いざという時に出来るのと出来ないのとでは違います。これもユーゴ様の為でございます。これからも初対面の方や採用希望者で練習を続けましょう。」
ケンピナは2人の会話をポカンとした表情で見つめている。
「ケンピナさん、すいませんね。これが僕の素です。条件面はトーリアさんと詰めて下さい。」
「ユーゴ様、敬称が。」
「げぇ!気を付けます・・・。」
トーリアに指摘されて項垂れる優剛を見てケンピナは笑い声あげる。
「ぶふ。ホントにトーナに聞いてた通りの人なんですね。」
「なんて聞いてるんですか・・・。威厳が無いとか?」
先ほどのことを割と気にしている優剛であったが、ケンピナの言葉でニヤケ顔に変わる。
「あー。それは言って無かったですけど、最高の主が料理人を募集しているから来ないか?って言ってました。絶対後悔しないからって。」
「ふふ。最高の主だって。ねぇ。トーリア聞いた?」
「もちろんでございます。私も同じ気持ちです。」
「よーし!今日は庭で夜間飛行しようか。ケンピナさんの歓迎会だ!」
「いいえ、駄目です。ケンピナさんは食事もしておりません。それに条件面と設備に関して話し合いが必要です。」
優剛はトーリアの言葉に素直に従って、残念そうな表情でケンピナに告げる。
「また今度、飛びましょうね・・・。トーリア、あとはお願いします。」
「畏まりました。」
「え?飛ぶ?どこで?え?」
一礼するトーリアと優剛の言葉に困惑するケンピナを部屋に残して、項垂れて歩く優剛が何かを思い出したかのように広間に出る扉の前で背筋を正す。
そしてドアを開けると広間の笑い声が漏れ聞こえてくるので、優剛は威厳が出るように少し低い声で告げる。
「おい、お前たち。何を笑っているのだ?」
「ぶふ!優剛、もう終わったんでしょ?ずっとそんな感じだったの?」
「あぁ。ケンピナさんは快く屋敷で働く事を希望してくれたよ。」
仰々しく言いながら優剛はドアを閉めた。
「あはははは。お父さんがずっとそんなんじゃ私、お腹痛くて死んじゃうよ。ふぅ。ふぅ。」
「では、望み通り殺してくれようか。」
「「あははははは」」
何故か爆笑する妻と娘を見て、遂に優剛が限界を迎える。
「もう無理ー。ハァー疲れた。ケンピナさんは働いてくれるって。後半はいつも通りの僕で対応したよ。」
「では、望み通り殺してくれようか。」
早速真人が優剛の真似をして爆笑を攫って行く。
「ふっ。俺が手本を見せてやろう。」
信長も乱入してきた。
今日も田中家は平和である。
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