39. 護衛
前回のお話
鍛冶屋の夢
鍛冶屋から屋敷に戻ってきた優剛にトーリアが護衛との面談について報告してくる。
「ユーゴ様、本日の午後に護衛を希望する者が屋敷までいらっしゃいます。」
「はーい。了解です。僕はずっとここに居ると思います。」
優剛の堂々とした引きこもり宣言にも嫌な顔をせずに、感謝を述べるトーリア。
トーリアたち使用人からしたら、外に出たら何をするかわからない非常識な優剛が家に居るのは大歓迎なのだ。
「時間の指定は出来ませんでしたが、マミ様のお迎えまでにはいらっしゃるかと思います。」
「助かります。迎えに行かなかったら、死者1名の殺人事件が起きますからね・・・。」
トーリアが「まさか」と苦笑気味に返すが、優剛は真剣だ。
そんな話は軽く流されて、午後になってしばらく経つと護衛が屋敷に面談をしに来たという報告が、広間で寛ぐ優剛に届いた。
すぐにトーリアと共に待たせている客間に廊下を通って移動する。
「失礼します。わざわざお越し頂きありがとうございます。」
優剛は部屋に入って挨拶したが、心中は穏やかではない。面談に来ている護衛希望者は子供のような見た目をした獣人と大人の獣人で合計4人だ。頭の上にはしっかりと獣耳が付いていた。
所謂、獣人と呼ばれている人種は獣が人型になったような外見をしておらず、少々毛深い人間が頭の上に耳が付けて、尻尾が生えているだけのコスプレにも似た外見をしている。
尻尾の形や爪で犬系や猫系に分類する学者もいるが、基本的には同一人種だ。しかし、爪が鋭く、出し入れも可能な猫の特性を持った者も多く、4人の内の2人の爪は鋭かった。
優剛が入って来ると全員が素早く立ち上がって護衛希望者の4人は頭を下げて挨拶をする。
「お・・・ぐぅ。」
何かを言おうとした男性の獣人の足を抓って、女性の獣人が挨拶を始める。
「私はテスと申します。家族全員で住み込み可能な護衛の仕事を探しておりまして、こちらのお屋敷が条件に合うとの事で参りました。」
(見たからね・・・。その爪で抓られたら痛いだろうなぁ・・・。)
事実、男性の獣人は少し涙目である。
テスの髪はクリーム色のショートカットで鋭い爪に、猫のような尻尾が生えた優剛と同じくらいの身長の獣人だ。
「私は優剛です。よろしくお願いします。こちらこそ私たちの希望と一致するような方たちだと嬉しいです。座って下さい。」
獣人たちが座るとトーリアがそれぞれの前に紅茶を置いていく。
「よろしくお願いします。隣は夫のタカ。その夫の隣にいるのが長男のフガッジュ。そして、私の隣にいるのが次男のシオンです。」
テスから紹介されるタイミングで、それぞれが軽く頭を下げて来る。
タカはテスと比べると坊主頭のような濃いグレーの短い髪も合わさって柴犬のような印象を受けた。テスとは違い尻尾はモフモフした毛で覆われていた。先程、立ち上がっていた時に確認したが、身長は185㎝ほどで体格は引き締まっていて無駄のない筋肉が付いているように見えた。
フガッジュはタカと似ており、タカがそのまま小さくなったような感じだが、顔にはまだあどけなさが残っている。身長は優剛と大体同じくらいであろう。
最後に紹介されたシオンはテスにそっくりでかなり幼く見えるが、鋭い爪を見れば素手でも十分に危険な子供に見えた。
「では、早速お話を聞かせて下さい。私は護衛を募集しております。皆さんの特徴や長所などを教えて頂けないでしょうか。」
「もちろんでございます。私は戦闘の他にも読み書きと計算が出来ます。夫は戦闘に特化しておりますが、1対1であれば3級ハンターからもご主人様をお守りする事が出来ると思っています。」
優剛は3級ハンターと聞いて、よくわかっていないが「ほほぉ」と僅かに感心の声を出す。
「フガッジュも夫と同じように戦闘に特化しております。3級ハンターに襲われても足止めくらいは可能かと思います。」
「お2人はかなりの手練れなのですね。」
「おぅ!お・・・。ぎぁ!」
タカが自慢気に声を上げた瞬間、苦悶の声を漏らしてそのまま黙ってしまった。
(テーブルの下で見えないけど、きっと抓られたんだ・・・。)
優剛の予想通り、タカの足には2つ目の抓られた痕が付けられている。もはや抓られたではない。テスの鋭い爪で抉られたような傷がズボンの下には出来ている。
「シオンは幼いですが、戦闘の他に私と同じように読み書きと計算が可能です。」
(読み書きと計算って凄いのかな?この文明レベルならきっと凄いんだろうな。)
「ありがとうございました。テスさん達は家族との事ですが、家族全員が住み込みで働くというのは難しい条件なのでしょうか?」
「はい。私たちは腕に覚えのある獣人です。そうなると費用が高くなってしまうのですが、能力の高い獣人を4人も同時に雇ってくれるような雇い主を探すのは非常に困難です。もっと言えばこの街では獣人が余り歓迎されていないようにも感じました。」
「トーリア、フィールドでは獣人が差別みたいな事があるのか?それと獣人を雇用する場合の費用は高いのか?」
敬語を使わずトーリアを呼び捨てにする時は外向けモードの優剛である。
「表向きはございません。しかし、ここは獣人の国とは1番遠く離れた街になります。獣人を雇うという事に抵抗を示す方も多くいるのは事実です。」
(獣人の護衛は少し見た事あるし、抵抗が無い人もいるんだろうね。)
「獣人は一般的に身体能力が人間よりも高いです。魔力を上手く扱えない人間では身体能力の差を埋める事が出来ません。しかし、身体能力が高いが故に魔力の訓練を疎かにする傾向はありますが、基本能力の高い獣人の方が人間より戦闘力は高いというのが一般的です。」
優剛はトーリアの解説を聞いてから、再びテスに視線を戻して問いかける。
「なぜ4人が同じところで、それも住み込みでの働き口を希望するのでしょうか。」
「はい。2人の子が心配だという親心でございます。」
「腕に覚えがあるのであれば、ハンターは考えなかったのですか?」
「もちろん考えましたが、この地で私たちが命を落として子供たちが孤児になれば、待っているのは辛く厳しい生活でしょう。せめて独り立ちするまでは、ハンターのようなリスクの高い仕事は遠慮したいのが本音です。」
(なるほどね。仮に護衛中に死んでも残った子供の雇用は続くと考えたのね・・・。)
「わかりました。タカさんともお話がしたいのですが、よろしいですか?」
「良いぞ!」
タカは耳をピンと立てて元気に返事をする。そんなタカの態度に溜息を押し殺したような表情をしたテスの腕が僅かに動いた。
(うおぉぉぉ。今頃テーブルの下ではタカさんの足に、テスさんの手が添えられているんだ・・・。)
「なんでも・・・聞いてく・・ださい。」
タカは口ごもりながらゆっくりと声を出していた。
(タカさんはなんとなくわかったからもう良いかな・・・。)
そんな一連の流れを見てタカの事が大体把握できた優剛はタカに若干の仲間意識を持った。
「タカさんは護衛という仕事に不満は無いですか?本当はハンターをしたいとか思っていたりしませんか?」
優剛の質問で突然立ち上がったタカが語りだす。突然、立ち上がると思っていなかったテスは、タカの足に添えていた手を離してしまった。
「護衛は不満だ!自分より弱い奴の言う事を聞くのは、獣人であれば不満に思う奴は多い!」
「大変申し訳ございません。タカ、座って。」
テスは本当に申し訳なさそうに謝罪をする。
「いえ、いえ。気にしないで下さい。私としては本音が聞けて嬉しいですから。」
テスは優剛のそんな言葉を聞いて勘違いしたのか、雇われる可能性が無いと判断して、ガックリと項垂れてしまった。
「テス、気にするな!ハンターで稼ごう!この街の近くなら良い獲物が沢山いるぞ!」
タカが項垂れるテスを励ますように肩をバシバシ叩く。
「だから言ったでしょう!もし、この間の緑熊みたいなのが目の前に現れたら、今度こそ私たちは全滅よ!この間は運良く、近くに騎士団の野営地が合って警戒していた騎士たちが助けてくれたけど、私達だけならフガッジュとシオンを逃がすので精一杯!子供たちだけになったらこの街で生きていけると思うの?」
捲し立てるようなテスの言葉にタカは何も言えずに俯いた。
優剛は森の奥に生息する緑熊と遭遇した事が気になって質問する。
「どこで緑熊と出会ったんですか?」
「・・・はい。東の森に近いところです。」
「ハンター業に対して危険だと思っているテスさんが、なぜそんなところに行ったんですか?」
「私たちは行商人をしておりました。最近は北の港街とフィールドを行き来していたのですが、フィールドに行く途中で小銭稼ぎの為に、いつも東の森に寄って薬草を採ってからフィールドに入ります。その際に信じられないかもしれませんが、森の外で出会いました。その時に運んでいた商品は緑熊に破壊されました。」
「商品を積んでいたのであれば、損害も大きかったかと思います。今までどのように生活していたのでしょうか。」
「運良く無事だった商品を集めて、それを売って生活しておりましたが、それも限界に来ております。こうして働き口を探しているのですが・・・。この馬鹿が全て台無しにしてきたのです。」
テスはタカを睨みつけるとタカは黙って、申し訳なさそうに紅茶を少し飲んだ。
「それでも・・・俺は弱い奴の言う事を聞くのは嫌なんだよ・・・。」
タカの声は小声ではあるが、申し訳ない気持ちが伝わって来る言葉だった。
「フガッジュとシオンの未来を考えてよ・・・。」
テスもまた、タカの気持ちがわかるのか、同じように申し訳なさそうに告げた。
「お2人の気持ちはわかりました。獣人でもこの街で護衛の仕事をしている方は見た事があります。それについてはどのように考えていますか?」
「私も仕事を探す上で、護衛の仕事をしている獣人に話を聞きました。その者の話では、雇い主は確かに弱いですが、護衛のリーダー的な立場の者は強いと言っていました。」
「なるほど。雇い主の言う事は聞かないけど、自分たちの上司の言う事は聞く。そういう事ですね。」
テスはゆっくりと首を縦に振って優剛の言葉を肯定する。
「うーん。トーリア、採用しても問題無いと思うんだけど。」
「はい。私も問題無いと思います。」
テスは優剛の言葉に驚きと喜びのような表情を浮かべて口を開く。
「この屋敷では護衛が居ないと聞いています。この屋敷にはそれほどの者が既に雇われているのでしょうか?」
「いえ、いえ。正式に雇っているのは3人だけで、みんな私たちの身の回りや生活に関する仕事をして頂いていますよ。」
テスは明らかに落胆した様子で「そうですか」と項垂れる。
「トーリアさん、わかって頂くには鬼ごっこで良いですよね?」
「問題無いかと。」
既に獣人4人を優剛は雇い入れるつもりなので、言葉使いも普段通りに戻った。
「なんと、そちらの執事様が・・・。見た目ではとても強そうには見えませんでした。」
優剛がトーリアを「さん」付けで呼んだ事で、テスは何か誤解してしまった。
「私は戦闘力など何も無い普通の執事でございます。ユーゴ様は私たち使用人も家族同然、いや、それ以上に接して頂けるので、いくら言っても敬称を止めないのです。」
「うーん。敬称くらいなら別に止めても良いけど、最初の癖ってなかなか抜けないんですよね。」
「期待してお待ちしております。」
一礼するトーリアに苦笑を浮かべる優剛。
「では、庭に出て下さい。僕と鬼ごっこしましょう。それで僕に雇われても良いのか、皆さんが決めて下さい。」
「その・・・。オニゴッコとはなんでしょうか?」
「僕に触れたら終わりっていう遊びですよ。」
優剛は「むふふっ」という笑みを浮かべて鬼ごっこの簡単な説明をした。
「面白そうだな!」
優剛とトーリアの後ろからは歓迎するようなタカと警戒心満載なテスと、少し楽しそうな獣人の子供たちが庭に向かって行く。
(やっぱり庭に誰もいなかったか。)
彼らが屋敷に入る前に誰かが庭で遊んでいれば、尋常ではない光景が見られたはずだが、今は広いだけの平和な屋敷の庭だった。
「では、4人同時でも良いので僕に触れたら終了です。いつ始めても良いですよ。」
優剛は屋敷から出て、少し庭を歩いてから振り返って、一足飛びで届くような距離にいる4人に向けて告げた。
突然の優剛の言葉に困惑するように立ち尽くす4人。
「ん?じゃあ最初はシオンが来る?」
1人だけ僅かに尻尾を揺らして楽しそうに待っているシオンに優剛は問いかけた。
シオンが「はい!」という元気な返事と同時に優剛に飛び掛かる。
優剛は軽い動作で横にステップすると、シオンは優剛がいた場所を通り抜けて、芝の上にザザっと着地する。
シオンが「うわぁ。」という感心の声を上げて再び優剛に接近する。
優剛はシオンの伸ばす手を後ろや横に少し動いて全て避けていく。
そんな光景を信じられないものでも見るように、参加していない獣人の3人が見つめている。
「ほら、ほら。3人も参加しないとシオンが疲れちゃうよ。」
優剛はシオンの手を避けながら、3人の方を向いてチョイチョイと右手で手招きする。
そんな優剛の手招きに即応したのが、兄のフガッジュだ。シオンよりも速い動きで優剛に接近すると手だけでは無く、足で蹴るようにして優剛に襲い掛かる。
「おぉ!良い蹴りだね。」
そんな素早いフガージュの蹴りを含めた攻撃も優剛に届く事は無く、優剛はその全てを綺麗に回避する。
遅れて参戦してきたタカとテスを加えた4人の素早い攻撃のようなパンチやキックを優剛は身体を細かく動かしたり、前後左右にステップしたりして回避していく。
やがて最初から参加しているシオンが疲れから芝の上に座り込み、続いてフガッジュが座り込んだところで、優剛は肩で大きく呼吸するタカとテスを見ながら問いかける。
「強い者の言う事を聞くなら、僕の言う事を聞くのは問題無いと考えて良いですか?」
「ハァ、ハァ。俺たちが全員で触れもしないなんて・・・。」
「タカ、この人・・・おかしいでしょ・・・。護衛なんて要らないじゃない。何をさせられるかわからないわ。」
そんなテスの言葉を優剛はすぐに否定する。
「いや、いや。護衛は必要なんですよ。主に僕たちの見た目の問題と使用人の護衛としてね。」
タカとテスは「ん?」という疑問顔で優剛の言葉を待つ。
「僕たちって小さいし弱そうに見えるんですよ。カモです。カモ。だから色んな人に目を付けられるんです。タカさんたちにはそんな人たちの抑止力になって頂きたい。あとは使用人を含めた屋敷の護衛ですね。」
「「えぇ・・・。」」
なんとも言えない表情のタカとテスはお互いを見合って、小声で相談を始める。
「この屋敷で護衛として働くのか、今すぐに決めなくても良いですよ。早めに決めて欲しいですけど、2~3日なら待ちますから。」
そんな優剛の言葉を受けて「では」と言って、すぐに退散しようとするタカの頭をテスが掴む。ギギギっという擬音が聞こえてきそうな拙い動きで、優剛の方に顔が向くように強引に回して、そのまま頭を抑えて下げさせる。
そして、テスも頭を下げたまま口を開く。
「是非、私たちを雇って下さい。」
「えぇぇ!?」
頭を抑えつけられても顔をテスの方に向けて驚くタカを無視して、テスはフガッジュとシオンを呼びつける。
「フガッジュ!シオン!挨拶!」
素早く立ち上がってテスの横に並ぶと、2人は同じように頭を下げる。
「「よろしくお願いします。」」
「え・・・っと。みんなここで働いて頂けると考えて良いですか?」
「はい。ユーゴ様の命令に従いたいと思います。」
「ぎぁ!・・・よろしくお願いします。」
(タカさん・・・。頭から血が出てます。あとで治すね・・・。)
何も言わないタカの頭をテスが握りこんで、爪がタカの頭にめり込み血が流れ始めている。そんな事はテスもタカも気にしていない。
「では条件面などはトーリアさんと話して下さい。トーリアさん、あとはよろしくお願いしますね。」
「畏まりました。では皆様、先程の部屋で仕事内容や賃金などの条件を決めましょう。」
トーリアは優剛に向かって優雅に一礼すると、ゆっくりと4人の獣人の方を先程の部屋に誘導を始める。
優剛は獣人たちとトーリア、5人の後ろを歩いていると、屋敷から出てきた由里、真人、ハル、レイ、トーリアの娘のオーヤンの5人にそのまま庭の中央まで拉致される。
そこから鬼ごっこをしたり、空を飛んで遊んだりして非常に充実した午後を楽しんだ。
最後はヒーローごっこになって真人の新必殺技、電撃ファーコンパンチで倒される事になった。
バチバチと電撃を纏いながら吹き飛んでいく姿を初めて見るオーヤンには感動を。ハルとレイには驚愕を与えていた。
あとがき
真人「喰らえ!必殺!ファーコン・・・。パーーンチ!!」
優剛「くっ。忌々しい電撃使いが!次も同じように勝てると思うなよ!ハァーハッハッハ!」
最後まで読んで頂きありがとうございました。
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