32. 留守にする準備
前回のお話
ユーゴ!森に行ってくれ!(ついでに山にも行ってくれ)
ただの調査だ。調査。気にするな!
優剛はレミニスターの屋敷を出て、寄り道せずにハンターズギルドまで来ていた。
(怖い系の人たちがいませんように。)
優剛は覚悟を決めてハンターズギルドの扉を開けた。建物の中にハンターが少なかった事に優剛は安堵して、空いている受付の女性に声をかけた。
「おはようございます。指名依頼が入っているか確認したいのですが、よろしいでしょうか。」
「はい。ハンター証の提示とお名前を頂けますか。」
そんな優剛と受付の会話が聞こえた近くのハンターが優剛を見て馬鹿にしたように声をあげる。
「お前みたいな弱そうな奴に指名依頼なんてあるわけねぇだろが!ギャハハハ。」
しかし、優剛が出した黒いカードを見て、笑っていた顔をギョっとした顔に変えて、素早くその場から立ち去った。
(ブラックカードすげぇ・・・。これがあれば絡まれない!感謝、感謝。)
優剛は内心で3級以上のハンター証である黒いカードの影響力に感謝する。
「3級の優剛です。」
「ご提示ありがとうございます。少々お待ち下さい。」
受付の女性が受付の近くにある棚で書類の確認を始める。何かを見つけたような表情をした後に女性が戻ってきた。
(あれ?あの人、結構綺麗だ。ん?受付のレベル高くない?)
改めて優剛は受付の女性たちを観察すると、可愛い系や綺麗系など系統は違っているが、非常にレベルが高かった。
優剛の受付をしている女性も背が高く、スタイルが良い。肩甲骨付近まであるロングヘヤーは少しウェーブが掛かっている。
「ユーゴ様、お待たせしました。レミニスター様からご依頼が入っております。依頼内容をご説明致しますか?」
「お願いします。」
「では依頼内容は2階の部屋でご説明致します。」
2階に向かう優剛と女性を見送ったハンターたちが噂話の確認を始める。
「あれがユーゴか・・・。」
「噂通り小さいな。」
「だから言ったじゃねぇか。俺は模擬戦を見たけど、ありゃバケモンだぞ。」
(小さい言うな!異世界人がでかいんだよ!)
少ないハンターたちをしっかり警戒して、話声を聞いていた優剛は内心で愚痴っていた。
「指名依頼の内容は他のハンターに聞かれるのを防ぐために、こちらの部屋でお話を致します。どうぞ。」
女性は扉を開けて中に入ると、椅子に座るように促した。
「では依頼内容のご説明を致します。」
依頼内容はレミニスターから聞いた話と同じであった。東の森の奥にいる魔獣が森から出て来る原因の調査だ。
「狂魔地帯が隣接している地域の調査依頼ですので、依頼料は金貨20枚になっております。」
(高っ!調査だけで金貨20枚とか凄いな!)
「依頼を受注されますか?」
「はい。明日か明後日には森に入ります。」
「畏まりました。最近は森の手前に守備隊が編成されて、ハンターも参加しております。くれぐれもお気をつけ下さい。」
「ありがとうございます。慎重に行動します。」
優剛は1階の受付近くまで女性と歩いていくと、女性に好意を持っているであろうハンターが受付で待っていた。
「ライムちゃん!納品の受付してくれ!」
「今はこちらの方の対応をしておりますので、他の方にご依頼下さい。」
ライムはハンターを睨みつけているが、口調は穏やかなものだ。
「僕はもうお・・・」
「ユーゴ様、こちらにどうぞ。」
(えぇぇぇぇ!?)
優剛がその場から立ち去ろうとするのをライムが妨害した。
優剛はハンターに軽く頭を下げて、受付でライムが処理する書類を死んだ魚のような目で眺める。優剛の後ろには凄まじい形相で優剛を睨みつけるハンターが控えている。
「もう良いだろうが!こんな変な服を着た奴の相手なんかしてないで、俺の納品を処理してくれよぉ。」
ハンターは優剛の後ろでギャーギャーと悪口を言いながら、早く自分の受付をしろと喚いている。
「ユーゴ様、すみません。もう少しこのままでお願いします。私、あのハンター嫌いなんです。」
小声であるが、きっぱりと嫌いと言われたハンターに望みは無いだろう。優剛もライムに逆らったりせずに、何度か首を小さく縦に振る。
何も無ければ優剛が女性に逆らったりはしないのだ。怖いからである。再び死んだ魚のような目でライムの書類を眺め続ける。
遂に待ち切れなくなったハンターが優剛の肩を掴んだ。掴んだ瞬間ザワつく周囲のハンター。
「おい!もう良いだろう!」
「ライムさんが終わりと言ったら終わりなので、僕からはなんとも言えないです。」
「お前はどんな要件だよ!?どうせ街中の簡単な依頼や報告だろうが!俺は東の森で仕留めた魔獣の納品だぞ!」
「離して下さいよ。問題を起こしたら3級とか難しくなるんですよね?」
「うるせぇ!俺は殆ど猟師みたいな生活をしているんだ!3級ハンターなんぞ興味はねぇよ!」
(そういう人もいますよねー。)
優剛は内心で絶望する。このハンターを止める手立てが無いのだ。
「ユーゴ様、ハンター証をもう1度ご提示して頂けますでしょうか。」
(ブラックカードォォ!)
「どうぞ。」
ブラックカードは実力が保証された3級以上の証明だ。これを出せば大抵のハンターは警戒して絡むような事は無い。
内心ではライムを褒め称え、嬉しさが表情には出ないようにハンター証を提示した。
しかし、猟師だと言うハンターは止まらなかった。
「お前が3級?ハッ!笑わせんな。どっかの誰かに上手いこと取り入って、推薦を貰ったんだろうが。」
(のぉぉぉぉぉおおおお!)
遂にハンターは優剛の胸倉を掴んで、優剛を自慢の腕力で後方に放り投げた。
「ライムちゃん!納品手続きをしてくれ!」
ハンターは大きな袋から魔獣の死体を出してカウンターに置いたが、ライムの視線はハンターの後方、やや高い位置で固定されている。そして次第に周囲は騒然となる。
騒然となる周囲とライムや他のギルド職員の驚いた顔と視線の先が気になったハンターは後ろを振り返って確認する。
そこには腕を組んで上からハンターを見下ろす優剛が浮いていた。
優剛は特に睨んではいないが、優剛を放り投げたハンターは腰を抜かして座り込んでしまった。
「ひっ!な・・・なんだお前!?」
「あなたが放り投げた3級ハンターの優剛です。ライムさん迷惑しているみたいですよ。猛アタックするのは良いですけど、偶には引いてみるのも良いかもしれないですよ。」
ハンターは首を縦に何度も振ると、四つん這いになって「ひーひー」言いながらギルドから出て行った。
優剛がゆっくり床に降り立つと、ライムが上擦った声をあげた。
「あ・・・ありがとうございます。」
「いえ、いえ。こちらこそ指名依頼の件、ありがとうございました。困ったハンターも多いですね。」
優剛はそう言って小さく手を振ってからギルドを出て行った。ライムも優剛に応えるように小さく手を振っていた。
(この辺で食料を買っておこうかな。)
もうすぐ昼時になる事で、屋台からは良い匂いが優剛の鼻に届いてきた。優剛は串焼きやおにぎりを中心に、次々と購入しては路地に入って異空間に放り込んでいく。
(なん・・・だと・・・。あれは・・・お好み焼きじゃないのか・・・。)
鉄板の上で焼かれて仕上げにソースとマヨネーズのような液体で彩られたどう見てもお好み焼きを優剛は購入した。
(くっ・・・。食べたいが、昼食前に食べたら昼食を残してしまう。そして由里や真人を通して麻実にバレる。あぁぁ・・・。今は我慢するんだ優剛!)
優剛は自分を叱咤して誘惑に勝つと、その後も様々な屋台から持ち帰れる料理を購入していく。
誘惑に打ち勝ったが苦しい表情で屋敷に帰って来ると、屋敷の前で6人の騎士と筋肉おじさんに出会った。
「おぉ!ちょうど良いところにユーゴが来たぞ。」
「もう選抜終わったの?早くない?」
すぐにレミニスターに頼んだ護衛の件だと察した優剛がヒロに確認した。
「うむ。事情はレミから聞いたぞ。儂とこいつらが護衛じゃ。」
「おぉ!早いね!ありがとうございます。屋敷を案内するから入ってよ。」
優剛は騎士たちに頭を下げると、騎士たちは優剛に敬礼で返した。
「ユーゴ様、おかえりなさいませ。先程、レミニスター様のお屋敷から使用人が2人ほど応援として派遣されてきました。事情も聴いておりますので、部屋の割り振りは保留にしております。」
「はーい。ただいま。トーリアさんありがとうございます。ノブさん、この人たちはしばらく護衛で屋敷に泊めるからねー。」
「おぅ」という声が響くと、騎士たちは辺りをキョロキョロと見渡す。そしてヒロが説明すると騎士たちはその場で跪いてしまった。
「ヒロ、なんて言ったの?」
「フィールドの街を作った英雄だと説明したぞ。」
「あぁ・・・。うん。本当の事だね・・・。」
優剛は恐縮しきった騎士たちを立たせるのに苦労した。
「ヒロの部屋は2階の大きい部屋が良いと思うけど、騎士たちはどこが良い?」
「1階と2階の部屋で3人に分かれて使って頂ければと思います。」
「それで行きましょうか。応援に来てくれた使用人の2人は2階の部屋を割り振って下さい。」
「畏まりました。皆様、お部屋にご案内致します。」
騎士たちは1階と2階に割り振られるとそれぞれの部屋に案内されていく。3人で同じ部屋を使うと思っていた騎士たちは、個別に部屋を与えられて非常に満足そうに部屋に入っていく。中には部屋の中で小さく歓声を上げている者もいた。
応援で派遣された2人の使用人も個別に部屋が与えられた事に歓喜していたが、トーナとアイサの部屋の扉にある表札を見て、羨ましそうな表情をしていた。
「お昼は全員で食べられそう?」
「はい。問題ありません。」
「じゃあ、真人が帰ってきたらお昼にしよう。いや、呼びに行ってくる。」
優剛は真人を騎士団の訓練場まで迎えに行って、帰って来ると広間には全員が集まっていたが、6人の騎士と2人の使用人は困惑している。ヒロと同じテーブルに座っていて、目の前には自分の食事であろう物が配膳されているのだ。
「お待たせ。食べよっか。いただきまーす。」
その言葉を待っていましたとばかりに、アイサが食事に喰らいついた。トーリアとトーナも自然な動作で食事を始める。そんな3人を困惑の表情で見つめる騎士と使用人に気が付いたトーリアが、小声で彼らに説明をしていた。
美味しい食事で緊張が解れた騎士たちが真人と会話を始める。剣について語り合っているようで、優剛には理解が出来なかった。
アイサは立ち上がって空の皿を持ってキッチンに入る。そしてキッチンから出て来ると皿には料理が盛られている。それを見た騎士たちが真人に確認すると、笑いながら一緒に空の皿を持ってキッチンに向かって行く。
「ふぅー。皆で食事が出来る家は良いのぉ。」
ヒロは満足そうに周りを見渡して微笑んだ。
「最初は反対されたけど、僕は貴族じゃないからね。今日みたいに貴族のお客様が来て、気に入らないって言ったら出て行って貰うだけだから。」
「ガッハッハ。貴族同士の繋がりや外聞を気にしなくて良いのは羨ましい限りじゃ。」
「ヒロイース様、おかわりでございます。」
「おぉ!すまんのぉ。」
ヒロの空いた皿を見て、トーリアがおかわりを提供する。トーリアはヒロの食事量を把握済みだ。
食事が終わったタイミングで優剛は立ち上がって深く頭を下げた。
「こんな屋敷ですが、皆さんよろしくお願い致します。」
騎士たちも立ち上がって「お任せ下さい!」と返答してくれた。
「ユーゴが留守の間は儂らに任せておけ。」
「おとさん、どっか行くの?」
「うん。明日からお仕事でお出掛けなんだよ。寂しくないように騎士の人とヒロに来て貰ったんだよ。」
「そっか・・・。あの人たちと一緒に遊んで良いの?」
真人は悲しそうな表情だったが、騎士たちと1日中遊べるのかとキラキラした瞳で尋ねてきた。話を聞いていた由里もキラキラした瞳で優剛の回答を待っている。
「え・・・っと。うん。倒れたら休ませてあげてね。」
「やったぁー。」
騎士たちは真人の遊びの規模を知らないので、微笑みながら「俺たちに任せろと」安請け合いをしたが、ヒロは顔が引き攣っていた。由里と真人と遊ぶのは命がけなのだ。
「ユーゴ、朝の訓練はやっておるのか?」
「やっているよ。明日からはどうしようかな・・・。」
「今、軽くやらんか?確認じゃ。確認。」
「そうだね。暇だし軽くやろうか。」
ヒロはあやしく口角を上げた。騎士たちに現実を教える良い機会であった。
10分後、騎士たちで立っている者はいない。穴だらけの魔装の修復に追われ続けて魔力を消費し切ってしまったのだ。そんな騎士たちをヒロが嬉しそうに叱咤する。
「情けないぞお前たち!ユリとマコトはこのまま1時間でも2時間でも続けられるぞ!さぁ立って次の訓練じゃ!」
魔力で1を作るのは魔力を上に放出すれば、1だと言えなくも無いが、2はそんな誤魔化しは出来ない。あっさりと10まで終わった田中家を見て、騎士たちは驚きで固まる。
さらにフォークやスプーンなど色々な形を作って遊ぶ田中家を見る目には恐怖が感じられるようになる。次の訓練ではそのスプーンやフォークが飛んでいくからだ。
そして燃え出すスプーンとフォーク。もはや何でもありの魔術に騎士たちは由里と真人に明確な恐怖を覚える。
「由里、僕がいない間は由里が魔力玉を投げる役をやってくれないかな?」
「やるー。」
由里は嬉しそうに了承してくれた。
優剛は由里の横に立って助言する。由里は助言を参考にしながら、騎士たちに魔力玉を飛ばし続ける。もちろん真人やヒロにも飛ばしているが、2人には当たらない。
「ねぇ、おとさん。ボクも魔力玉を飛ばしたいよ。」
「じゃあ、由里と交代でお願い。明日は真人でその次は由里って順番ね。大事なのは脳力強化の維持だから、魔力玉が当たらなくても気にしないで良いからね。」
そして鬼ごっこは由里と真人の壮絶な一騎打ちだ。触られたら鬼を交代するという従来のルールだが、動きの速さが違う。動きの質が違う。そして空を飛ぶ。
「お前たちはあの2人と明日から遊ぶ事を合意したわけじゃ。頑張るんじゃぞ。ガッハッハ。」
その後、騎士たちは屋内で遊べる道具を買いに街に走った。必死で玩具を探す騎士たちを見た住民は、王子様や姫様がフィールドの街に来るのでは?という噂が広がったほどであった。
よろしく令和。
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平成と令和に挨拶がしたいだけの例外的な投稿でした。
次回もよろしくお願い致します。




