31. 初依頼
前回のお話
ハンターに勧誘されそうになる麻実。
ダメリオンが屋敷に来た。
いつものように優剛が麻実を病院まで送って屋敷に戻って来ると、トーリアから声をかけられる。
「ユーゴ様、ダメリオン様がお越しです。奥の客間でお待ちです。」
優剛はトーリアにお礼を言うと、広間に直接行ける扉を備えた客間に小走りで向かう。前回ダメリオンが案内された客間は直接広間に出られないので、優剛の友人ではない者が案内される事になっている。
「ダメさーん、早いね!」
優剛は扉を開けてダメリオンを歓迎する。1週間前に依頼した服の納品で屋敷を訪れていると思っているからだ。
「靴用の革が余ってたんで余裕っス。」
「感謝、感謝。早速見せて下さいな。」
服の色は信長の服の色だが、ダメリオンは様々な色のTシャツをテーブルに並べていく。
「僕はこの2枚だね。ズボンも良いねぇ。」
「ユーゴさんのは汚れても目立たないように濃い目の生地で作ったっス。」
濃紺と黒に近い灰色のTシャツで、ズボンも黒に近い灰色だ。
「これがコート・・・。」
優剛は呟きながら黒をベースに赤が混じったコートに浴衣のまま袖を通す。
「それは自信作っス。」
ダメリオンはロングコートを着た優剛を見ながら胸を張る。
「やっぱりダメさんは超一流の職人だね!」
ダメリオンは前髪を撫でて照れた後に袋から靴を出した。
「この靴は緑熊の腕の革で作ったっス。」
「緑熊って何?」
「東の森の奥に生息している手と腕の革が硬いのが特徴の緑色の毛が生えた熊っス。爪が最大の武器で、その武器を守る為に手の革が特に硬いっス。さらに腕はゴツゴツした革に覆われていて硬いだけじゃなくて、腕自体も武器になるっス。」
「怖っ・・・。でも、靴はゴツゴツしていないよ?」
「ゴツゴツが好みの人もいるっスけど、今回は綺麗に削り取ったっス。」
「素晴らしい判断です!」
優剛がパチパチと称賛すると、ダメリオンは自分の前髪を撫でる。
「おぉ!中はフワフワだ。」
早速、履いてみた優剛は中の柔らかさに驚いた。
「スリッパの応用っスね。」
「素晴らしい!あぁ・・・。スリッパをまた作って貰って良い?」
試作品は麻実が最初に選んだ後は残ったスリッパをトーリアたちが使っている。
最初は優剛と麻実が家の中でだけ不思議な靴を履いているなと、怪訝な表情で見ていたが、試作品を履いたアイサが大絶賛。それをきっかけに3人は家の中ではスリッパを愛用していた。
「良いっスよ。どのスリッパが良かったっスか?」
「ちょっと待っててね。ノブさん、由里と真人に欲しいスリッパを持って、ここに来るように言って下さい。」
「オレたちしか部屋にいないのに、違う人の名前が呼ばれるのは慣れないっス・・・。」
ダメリオンが少しの恐怖を感じていると、「呼んだぞ」という信長の声が聞こえてくる。
優剛が「ありがとうございます」と言えば、信長は笑い声を響かせて部屋は再び静かになる。
扉がノックされてから入ってきたのは由里だった。
「ダメさん!私、このスリッパが良い!」
信長から要件を聞いていた由里はスリッパを掲げてダメリオンに小走りで寄って来る。
「外側も柔らかいスリッパっスね。了解っス。」
「麻実と同じやつだね。」
中も外もフワフワの柔らかい可愛い感じのスリッパだ。
その後も由里の細かい要望をダメリオンは笑顔で了解していく。由里の要望を聞き終えるとタイミング良く扉が勢いよく開けられる。
「ダメさん!ボクはこれが良い!」
真人が持って来たのは毛皮で作られたスリッパだ。
「真人、部屋に入る前は扉をノックしてね。」
「あっ!・・・ごめんなさい。」
優剛の小言に俯いてしまった真人にダメリオンが声をかける。
「他に何か希望はあるっスか?」
真人は「うん!」と言って、由里と同じようにダメリオンに自分の要望を伝える。
「じゃあ2人はダメさんにちゃんとお願いしなね。お願いしたら戻って良いよ。真人のはアイサさんのでしょ?早く返してあげてね。」
「うん!見つけるのに苦労したよ。」
優剛は片足だけスリッパを履いたアイサを想像した。
2人は頭を下げてダメリオンにお願いすると、ダメリオンは快く了解してくれた。部屋を出た2人を見送ったダメリオンは口を開いた。
「うーん。やる気が出るっス。でもダメさん呼びが定着してしまったっス・・・。」
「え?ダメオにする?」
「ダメさんで満足っス。」
苦笑してダメオを拒否するダメリオン。
「では大人はお金の話をしましょう。」
優剛は微笑みながら少し低い声で、ソファーに深く座り直して言うとダメリオンは笑いながら言ってくる。
「ははは。そんな風に言っても全然悪そうじゃないっス。」
「隠しても隠し切れない良い人オーラが出ちゃうんだよ。」
優剛も笑いながら反論した。
「緑熊の腕の革って貴重なんでしょ?金貨1枚で足りた?」
「腕1本分で靴が作れたっスから結局ちょうど良い感じになったっス。」
「そっか。足りて良かったよ。今回のスリッパはおいくら?」
「素材は購入するので、銅貨2枚っスかね。」
スリッパが1足1万円である。素材の高さと手作り、そしてダメリオンブランドによって価格が高騰しているように感じるが、優剛は気にせずに支払いを終える。
「サイズはさっき見ていたから大丈夫だよね?」
「大丈夫っス。ユーゴさんよく見ているっスね。」
ダメリオンが子供たちと会話しながら、足を観察していたのに優剛は気づいていた。
「じゃあ出来たら連絡をくれれば取りに行くよ。それかまた来て下さいな。」
「了解っス。珍しい素材でも無いんで、たぶん明日には出来るっスよ。」
「じゃあ明後日、行くね。」
その後に少し雑談をしてからダメリオンを門で見送ると、トーリアが声をかけてきた。
「ユーゴ様、レミニスター様が屋敷に来るようにとの事です。」
「え?なんだろう・・・。僕なんかしたっけ・・・?」
「私の知る範囲では何もございません。」
やり過ぎをお説教されている優剛は今回も何かやってしまったかとトーリアに確認するが、朝の訓練の後は麻実の病院を往復するだけの生活をしているニートの優剛が、何かをしたという情報をトーリアは持っていなかった。
「だよね?まぁ良いや。ちょっと行ってくるね。」
「お気をつけて、いってらっしゃいませ。」
優剛は屋敷の管理と田中家の世話をしてくれているのが3人の使用人だけなので、出掛ける時は使用人の同行を拒否している。トーナは真人と共に外出する事が多いので、実質アイサとトーリアだけで手が足りていないのが現状だ。
優剛も人を増やして良いと言っているのだが、トーリアの選考を潜り抜ける人材が見つかっていないのだ。護衛も同じように現在募集中の状況は変わっていない。
現在、浴衣を着ているのは街で優剛1人だけなので、貴族街に入る門でも顔パスのように通過出来る。既に優剛は街の騎士や衛兵の間では有名な存在だった。
ヒロイースの友人でヒロイースよりも強い。4級ハンターを子ども扱い。南の訓練場に現れるとんでもなく強い双剣小僧の父親。色々な噂話が事実だと判明する度に、優剛の名が上がり有名になっていくのだ。
「おはようございます。優剛です。レミさんに呼ばれて来ました。」
優剛は領主の屋敷の前にいる警護の2人に挨拶した。
「少々お待ち下さい。案内の者を呼んで参ります。」
「ちょっと待って下さい。先輩。誰ですかこいつは?変な服を着ているし、怪しいですよ。」
若い警備の男性は優剛と面識は無かった。優剛も新しい人かな?という疑問は持ったが、もう1人の男性と優剛は面識があったので、気にする事もなかった。
「馬鹿野郎!ユーゴ様だ!領主様のご友人だぞ!」
若い警備の男性の頭を叩いて、そのまま押し付けるように頭を下げさせる。
「ユーゴ様、最近入ったばかりの新人が申し訳ありません。」
「全然気にしないで良いですよ。」
「ありがとうございます。すぐに呼んで来ますので、少々お待ち下さい。」
優剛と面識のある男性は若い警備の男性を残して、走って人を呼びに行った。その場には気まずい空気が漂う優剛と若い男性が残された。
「ユーゴ様、お久しぶりでございます。どうぞこちらに。」
しばらくして、レミニスターの執事が小走りで優剛の元にやってきた。
「ありがとうございます。今日、僕が呼ばれた理由って知っていますか?」
「知っておりますが、ここでお話しする事が出来ません。」
「・・・僕・・・なんかしました・・・?」
この執事も優剛がレミニスターからお説教されているのは何度も目撃しているので、優剛の気持ちを察して優剛の行いに関する事ではない事だけが告げられた。
(だよね!だよね!最近は何もしていないもん!)
足取りが軽くなった優剛は懐かしい客間で紅茶を飲みながらレミニスターを待った。
「ユーゴ、久しぶりだな。新しい家はどうだ?何か不自由などはしていないか?」
「レミさん、久しぶり。ありがとね。快適に生活していますよ。」
「そうか、そうか。それなら良いんだ。マミが病院で医師をしているのは聞いている。この街の為に感謝するぞ。評判も実に良い。」
「うーん。評判が良すぎて引き抜きの誘いが凄いよ・・・。」
送り迎えの道中や診察の時も引き抜きの誘いがあるようで、優剛は少しうんざりしていた。麻実は引き抜きの誘いに対して、嬉しそうにしている。結局、症例数が最大の目的である麻実には今の病院が最適なので、毎回同じ理由で断っている。
「贅沢な悩みだな。暴力で従えようとしてもお前たちなら相手が可哀想だよ。はっはっは。」
優剛は苦笑すると本日の呼び出し理由を尋ねる。
「今日はどうしたの?」
「あぁ。そうだな、ユーゴにハンターとしての依頼をする為の事前交渉だな。」
「では、お断りします。」
笑顔で断る優剛に慌ててレミニスターが引き留める。
「待て、待て。待ってくれ。優剛も関係する話だぞ。」
「街でのんびり生活している僕には関係無いでしょ・・・。」
「このままでは農作物に・・・。米に被害が出て、白い飯が食べられなくなる可能性がある。それでも関係無いか?」
真剣な表情で語るレミニスターに優剛は座り直して口を開く。
「お米は大事だ。」
優剛も真剣な表情で姿勢を正すとレミニスターに続きを促す。
「今、東の森の魔獣が森から外に出て来るようになっているんだ。その中には森の奥に生息するような非常に危険な魔獣も混じっている。今は騎士団で守備を固めているが、危険な魔獣が増えれば騎士団員の負傷者が増えて、やがて崩壊する可能性がある。」
レミニスターは深刻な表情で説明を続ける。
「もちろん既にハンターには森から出て来る魔獣を駆除する依頼を出している。しかし、普段は森の奥にいるような魔獣が相手では、ハンターも騎士団員にも死傷者が出てしまっているのが現状だ。」
「その守備隊に加われっていう依頼?」
優剛は少し嫌そうな表情でレミニスターに確認する。
「いや、違う。ユーゴには森の奥に入って原因の調査を頼みたい。」
「うげ」という声を出しながら優剛はさらに嫌そうな表情になる。
「森の先にある狂魔地帯の山に近づけば、それだけ強い魔獣も増えていくが、原因が分かれば山に近づく必要も無いぞ。」
「原因が山にあったら山にも行かないと・・・?」
「うむ。そうだな。ハンターにも調査依頼は出しているが、成果は出ていない。森の中腹付近から戻ってきたハンターの中には、森の最奥でしか見られない危険な魔獣を見たという報告もある。」
(お米と命なら命だろ!?そんな危険な森に入って生きて戻って来られるか・・・?)
優剛は目を閉じて深く考える。そんな優剛をレミニスターは説得する。
「ちなみに森の最奥で見られるような魔獣だが、ラーズは若い頃に討伐しているぞ。1人でな。」
(それなら・・・まぁ出会っても逃げられるか。)
レミニスターは優剛の表情を見ながら畳みかけていく。
「父上も討伐したと話していた事があったな。」
「うーん。原因の調査だけで、原因の解決では無いんですよね?」
「そうだ。解決しても構わんぞ。俺はそっちの方が都合は良いけどな。」
レミニスターは説得に確かな手応えを感じていた。
「わかりました。ちょっと見てくるだけで、解決はしないですからね。」
「おぉ!依頼を受けてくれるか!感謝するぞ。依頼はギルドを通して受注してくれ。」
優剛が了解してくれた事で、既に問題が解決したかのような晴れやかな表情をするレミニスター。
「依頼を受けても良いんですが、条件があります。」
「むっ。条件とはなんだ?」
レミニスターは優剛が出す条件に警戒感を出して優剛の言葉を待つ。
「護衛を貸して下さい。麻実の病院までの送迎と屋敷の護衛です。3人くらい?」
「ふぅー。なんだそんな事か。騎士団員から選抜して護衛任務に当たらせよう。父上も暇だろうから優剛の屋敷に泊めてやってくれ。そうすれば父上も護衛だ。くっくっく。」
レミニスターは優剛の条件に安堵して、笑いながらヒロイースも巻き込んだ。優剛が安心出来る戦闘力を有していない護衛では、自分の依頼が断られてしまうので、最高の護衛を用意するつもりだ。
「ヒロがいるなら安心かも。騎士団の人も結構強いんでしょ?」
「騎士団員は強いぞ。その中から選抜するから安心してくれ。それに優剛の屋敷の隣は騎士団の訓練場だ。屋敷に残って護衛する者には笛でも持たせれば、すぐに応援も駆けつけるだろう。」
「おぉ!なんか安心して留守に出来るかも・・・。」
「よし!では早速、選抜して優剛の屋敷に向かわせよう。」
レミニスターは優剛の決意が変わらぬ内に優剛を森に調査へ出したかった。
ラーズリアやヒロイースが1対1で倒した魔獣は、偶然森の外に出てしまった魔獣を広い場所で倒したのだ。森の奥に入って狭い木々に囲まれた状況で、他の魔獣の乱入に警戒しながら戦えば彼らでも1人では危険だろう。
問題の原因が山にあれば騎士団の主力部隊に、ヒロイースや1級ハンターを加えた大規模な部隊を編成しなければならなくなってしまう。
レミニスターは優剛であれば単独で狂魔地帯の山も突破出来ると考えている。
「護衛を貸してくれるなら、依頼料は半分でも良いですよ。」
「いや、危険な調査になるだろうから、そのまま受け取ってくれ。ギルドには記録も残るから、他に示しがつかん。」
「了解。ギルドに行けば指名依頼を受注出来るの?」
優剛は初めて依頼を受けるので、依頼の受け方がわからなかった。
「そうだ。受付で確認してくれ。毎日ギルドに行くような者であれば、ギルド職員が指名依頼について声をかけてくれるはずだが、ユーゴはギルドに出入りしていないからな。あとは依頼達成の報告をした時に、指名依頼の話があるぞ。」
「ありがと。今から行ってくるよ。」
「こちらも感謝する。良い報告を待っているぞ。」
「いや、いや。調査だけなんだから良い報告は無いでしょ・・・。」
そんな優剛の言葉にレミニスターは笑いながら握手を求めて右手を差し出した。優剛もなんとなく右手を出して2人は握手した。優剛は少し困ったような表情で、レミニスターは晴れやかな表情だ。
レミニスターは優剛が部屋から出て行くのを見届けると、部屋の中で小さくガッツポーズをしていた。
ありがとう平成。
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