28. 別れ
前回のお話。
旅の回復魔術師を見つけた!やはりお前か!?
麻実の医療体験(動物)
領主の屋敷での最終日。イコライズは最後の朝の訓練を終えた。その眼には涙を浮かべているが、由里と真人に励まされて涙を堪えている。
「レミさん、イコの同世代と比べて、イコはどれくらい魔力が使えるようになったの?」
優剛はイコライズが異世界人と比べて、魔力がどの程度使えるのか?という比較対象がヒロやラーズリア、ティセルセラなので、基準がわからなかった。
この3人は異世界基準でも一握りの強者に数えられた。
「一般的な大人と比べても頭1つ抜けているな。半年前まで魔力が使えなかったとは誰も信じないだろう。」
イコライズはこの半年間で穴の空かない魔装、10分で3まで作成する変化、10mほどの距離までならゆっくりと魔力玉を操作可能で、魔術で火や水の作成も習得した。さらに身体強化や脳力強化も使いこなしている。
「このまま順調に成長すれば魔導騎士も夢ではないぞ。」
レミニスターは娘を誇らしく思う父親の表情だ。妻のミロマリアは目に涙を浮かべながら首を縦に振って同意を示す。
「おぉ!イコ、凄いじゃん。でも、ラーズみたいな化け物もいるから訓練は欠かさないようにね。」
「お前が言うな。」
当然のように一緒に訓練を終えていたラーズリアの鋭いツッコミが優剛を襲う。
「先生、本当にありがとうございました。」
イコライズは優剛の前に歩み寄ってきて、頭を下げて感謝する。
「俺からも改めて感謝する。ありがとう。」
「儂もじゃ。孫が世話になったのぉ。」
フィールド家が優剛に頭を下げる。使用人一同もそれに続いて頭を下げた。
恥ずかしくなった優剛は片言の異世界語で言った。
「トモダチ ナラ アタリマエー」
「はっはっは。ユーゴと友人になれて本当に運が良かった。」
その後は非常に和やかな雰囲気で出発の準備を進める一同。
王都に行くラーズリア、ティセルセラとイコライズ、ミロマリア。
信長の屋敷改め、優剛の屋敷に向かう田中一家。と言っても優剛たちの持ち物は優剛の異空間に収納しているので、手ぶらだ。同行するトーリアとトーナ、アイサの手荷物までも異空間に収納している。
使用人の荷物など主が持ってはいけないと、トーリアのお説教があったが、「異空間の中だから持っていない」と押し切った。
出発の際はそれぞれが切ない表情で別れの挨拶をしている。優剛は気にした風でもなく、レミニスターと会話していた。そして、子供たちの会話を盗み聞きしていた。
「ユリも来年は王都に来てね。一緒に学園に通いましょう。」
「んー。お父さんが良いって言ったらね。」
「私もユリがいるなら学園に通うのも悪くないわね。私はまだ1年あるから、ユリとマコトに会いに、近い内にまたフィールドに来るわ。」
女子3人組が早くも来年の事や、今年の事をキャッキャと話をしている。
(くっ。10歳で留学は早いだろ!寂しいぞ!でも行きたいなら行かせるのが親なのか・・・?)
10歳の娘の早すぎる留学に今から悶々とする父親の優剛。
真人はラーズリアと双剣談義をしていたので、優剛は早々に盗み聞きを止めた。
「そういえば王都の学園って入学試験とか無いの?」
「あるぞ。1月の下旬が試験期間だ。この期間に1度だけ試験が受けられる。合格すれば2月の中旬に入学だな。」
ちょうど日本が暖かくなり始める3月が、異世界での1月に該当している。
試験期間が長いのは交通の便が悪い為だ。試験期間を長めに取って、試験が受けられなかった者を減らす目的がある。
異世界でも1年は365日。しかし、1週間は6日。5週の30日で1月が終わる。1月から12月まであって、12月が終わると新年を祝うお祭りが5日間、開催される。この5日間は新年の1月に含まれていない。360+5で1年だ。閏年が4年に1度あるが、新年の祭りが1日延びるだけだ。
「合格出来ると良いね。」
「ん?何を言ってるんだ?合格は確実だぞ。」
「えぇ?凄い自信・・・。」
「ユーゴのおかげだぞ。今のイコなら筆記が0点でも、魔力を使った実技試験だけで合格だ。」
「なるほどね・・・。逆の場合は不合格になるから、イコは学園を諦めてたわけか。」
「その通りだ。ユーゴには感謝しているぞ。こんなに晴れやかな気持ちでこの年を迎えて、イコを王都に送り出せるとは思ってもいなかった。はっはっは。」
薄っすらと涙を浮かべてレミニスターは笑った。
別れ際に真人が涙目になって「姉さま」と言いながら、イコライズとティセルセラに順番に抱き付いた時、2人は頬を赤く染めて「ぐぅ」と唸っていた。
一通り別れを済ませれば、馬車を連ねて出発していく。見送るレミニスターと田中家の面々は手を振って送り出す。
「僕たちも行きます。レミさん、半年間お世話になりました。」
優剛は深々と頭を下げて、感謝した。
「あぁ。こちらこそ世話になった。これが家庭教師の報酬だ。受け取ってくれ。父上とその部隊を救出した報酬は優剛の屋敷の設備を購入した費用に充てたから後で確認してくれ。」
レミニスターは重そうな革袋を優剛に手渡した。
「多くない?大丈夫?この場で見て良いものなの?」
優剛は恐る恐るレミニスターとトーリアに確認した。
「報酬は受け取ったその場で確認するのが普通だ。正当な報酬なのか?約束した金額なのか?を確認するのは信頼関係があっても大事だぞ。」
レミニスターの言葉を聞いて優剛は革袋を開いてみた。
「全部金貨じゃない?何枚あるの?」
「200枚だ。」
(2億!?)
手にした事も無い大金に眩暈を起こしかける優剛に、レミニスターが告げる。
「正当な報酬だ。魔力の覚醒だけではない。王国でも一握りの魔術士に娘を育ててくれたんだ。もっと多くしようとしたが、トーリアに止められた。」
「トーリアさんナイス!」
優剛は親指を立ててトーリアを称賛した。
「はい。ユーゴ様はこれからもっとレミニスター様から報酬を受け取るでしょう。次回の報酬も考えると、今回は前金程度に抑えて、次に繋げるのが良いと判断しました。」
それを聞いた優剛はシレっと親指を一瞬だけ下に向けた。
「レミさん、ありがとうございます。大事に使います。」
死んだ魚の目をした優剛が笑顔でレミニスターに感謝を述べる。
「あぁ。次も期待しているぞ。」
(期待すんな!)
和やかな雰囲気?で領主の屋敷を後にした優剛たちは徒歩で優剛の屋敷に向かった。荷物も無いのに、馬車は不要だと優剛が断ったからだ。
優剛の屋敷を初めて見たトーナとアイサは大きく息を吐いていた。非常に大きな敷地と屋敷だからである。
屋敷の敷地に入れば、信長の少し拗ねた声が聞こえてきた。
「田中、全然来なかったから心配したぞ。」
「すいません、ノブさん。王国最強っていう人の修行に付き合わされて、ここに帰って来られなかったです。」
信長の声を初めて聞いたトーナとアイサは驚きで固まってしまった。そんな2人を紹介しつつ、優剛は信長に頭を下げて告げる。
「今日からここにいるみんなで、この屋敷に住みます。よろしくお願いします。」
「はっはっは。やっとか。見た事ない顔もいるが、問題ないぞ。田中の使用人であろう。はっはっは。」
非常に嬉しそうな信長の声に、トーナとアイサが声を詰まらせるようにして「よろしくお願いします」と頭を下げた。
いつものように屋敷に入って正面の部屋に行くと、ソファーなどの家具が新調されているのがすぐにわかった。
「おぉ!新しくなってる。ありがとうトーリアさん。」
トーリアは一礼するだけだが、新しい主の喜ぶ顔に微笑みを浮かべる。
「みんなの荷物を出しますね。僕たちの部屋は2階の扉の先だから、そこ以外の部屋で好きな部屋を選んで使って良いですよ」
「ユーゴ様、お待ち下さい。使用人は主と同じ階層の部屋を使用する事はありません。」
「よーし。その挑戦を受けて立とう。」
突然、優剛vsトーリアの記念すべき最初の対決が始まった。
「この屋敷では僕が使用人の住み込むルールを決めても良いですよね?1階と2階の部屋を見に行こう。」
優剛は立ち上がって部屋を出ると1階をグルっと見て回る。みんなが優剛の後に付いていった。由里や真人は新しい家にテンション高めで走り回るようにして、確認していく。
1階の広間からも入れる部屋は執務室や応接室との事だ。それが2部屋。その並びに待機部屋のような客間が1つ。
反対側も広間から出入りが出来るが、こちらはキッチンだ。さらに広間からお風呂場の脱衣所にも通じる廊下の扉がある。脱衣所は中から鍵が掛けられているので、ラッキースケベは発生しない。
玄関を入って左右に分かれる廊下には、部屋が左右で合計6部屋。使用人や護衛用の部屋との事だ。
2階に上がればキッチンやお風呂場の上にあるのは、大きめの部屋が4つ。
玄関の上に当たる部屋は5つと、信長の衣服が置いてあった大きめの部屋が1つだ。
優剛たちの私室になるという扉の先には大きめの部屋が4つで、1番大きな部屋が優剛と麻実の寝室になるそうだ。
由里と真人は素早く残った3つの部屋から自分の部屋を選んだ。大きな違いがある部屋ではなかったが、1部屋だけ窓が無かったので、その部屋だけが残った。
由里と真人の静かな戦いが終わって、広間に戻ってきた優剛たちは再び使用人たちの部屋決めだ。
「2階のキッチン側の大きな4つの部屋はトーリアさんが1つ選んで下さいね。奥さんと娘さんも連れて来て一緒に住み込んで下さい。」
「娘は幼く仕事が出来ませんので、辞退致します。」
「却下です。子供は遊ぶのが仕事です。この屋敷でたくさん遊んで下さい。何かを壊しても直せば良いだけです。奥さんは子供を遊ばせるのが仕事です。他に辞退の理由はありますか?」
珍しい優剛の強い主張に押されて黙ってしまうトーリア。
「妻と相談させて下さい。」
「わかりました。良い返事を期待しています。」
困った顔で即決を拒んだトーリアに優剛は微笑むと、次の標的であるトーナとアイサを見た。
「トーナさんとアイサさんはどの部屋が良かったですか?」
「私は1階のキッチン近くの部屋を希望します。」
「私はその隣の部屋を希望します。」
トーナがキッチン付近を希望したのに同意するかのようにアイサが続いた。
「理由を教えて下さい。」
「料理や洗濯場などが近い事です。すぐに仕事に取り掛かれる1階の部屋を希望します。」
同意するかのようにアイサは首を何度も縦に振っている。
「わかりました。部屋には鍵が付いて無かったので、鍵を付ける業者の手配をして下さい。」
「「お待ち下さい」」
トーリアとトーナの声がハモった。
「使用人が鍵付きの部屋なんて・・・とか言うんですよね?レミさんの屋敷でも気になってたから、言いたい事はわかります。だけど、ここは譲れないです。鍵付きの部屋で安全で安心して過ごして下さい。」
そんな優剛の言葉に困ったような2人に対して、アイサは下を向いているが、口元の笑みは隠せない。1人部屋はもちろん、鍵付きの部屋で住み込むなど夢のまた夢だったのだ。
質の悪い貴族や金持ちや粗野な護衛などは、勝手に使用人の部屋に入って襲ったり、自分の寝室に攫っていく事もあると、同僚から聞いた事があった。優剛がそんな事をするとは思えないが、鍵付きであれば安心だ。
「麻実、こんな感じで良い?忘れている事ないかな?」
「んー。お風呂の時間?」
「皆様が順番にお入り下さい。主より先に入るのは、遠慮させて頂きます。」
トーリアがこれだけは勘弁してくれという悲痛な表情で懇願してきた。
「うーん。とりあえずそれで行きましょう。でも、いつでも身体が洗えるようにもう1個お風呂を庭に作る方向で考えます。あとはお風呂の扉に掛ける使用中の札とか作って貰おう。他にも作りたい物があるから、明日ダメさんに頼んで来るよ。」
そんな優剛の言葉に嬉しさで震えていたアイサも驚きの表情で優剛を見る。普段は水で濡らした布で身体を拭く程度で、週に1度くらいの頻度で主たちが寝静まった深夜に、静かに使用するのが常識であった。使用人の為に風呂を新しく作るなど聞いた事が無い。
「お風呂問題は一旦保留で、他には?」
「3人に払う給料じゃない?」
「おぉ!大事だ!あとで1人ずつ呼ぶので、レミさんから貰っていた賃金を教えて下さい。とりあえず同じ金額で良いですか?」
そんな優剛に3人は直角に腰を曲げて頭を下げると、声を揃えて拒否した。そして最初にアイサが口を開いた。
「ここまで快適な仕事場で、同一賃金など頂けません。」
「私も同じ意見です。」
「領主の屋敷で働く賃金と言い方は悪いですが、市街地に住むただの住民の屋敷に住み込む使用人の賃金が同じにはならないかと思います。」
トーナがアイサに同意し、トーリアが補足説明をした。
「では、トーリアさんを中心にして3人で決めて下さい。決まった額をお支払いします。」
トーリアは真剣な顔で頷いた。この先、使用人や護衛も同じような基準で優剛は賃金を決めてしまうだろう。自分たちが基準になるのだと気持ちを引き締めた。
「トーナさんとアイサさんは自分の荷物を自分の部屋に片付けて下さいな。トーリアさんには相談があるから残って下さい。」
トーナとアイサは素早く優剛が異空間から取り出したそれぞれの荷物を持って部屋を出ていく。
優剛は部屋に残ったトーリアに麻実の就職先について相談を始めた。
「トーリアさん、この街に病院っていくつありますか?」
「個人で治療をしたり、薬を作ったりしている者もおりますが、領主が認めている正式な病院は5つでこざいます。市街地にある3つと貴族街にある2つです。」
「市街地の病院について詳しく教えて下さい。」
「風邪などの体調不良を専門にしている病院と怪我などの小さな外傷の応急処置を専門にしている病院。最後の1つが総合病院になっております。総合病院はハンターの患者も多く、街中の様々な住民が来院しております。」
「ありがとうございました。麻実、僕は2択だと思うけど、どっちにする?」
優剛は一緒に話を聞いていた麻実に確認する。
「何の話?」
「麻実の就職先の病院だよ。」
「え?個人でやるんじゃないの?」
「多分、個人でやると血が流れるよ。」
物騒な優剛の言葉に驚いた表情で理由を尋ねてくる麻実。時折、トーリアに確認しながら優剛は丁寧に回答を始める。
優剛はイノシシの治療を見ていたラーズリアとの会話から、自分たちの回復魔術が高度な医療魔術だと考えていた。個人でやればこの街で生活する医者が職を失う事になると予想した。職を失った医者たちは逆恨みで麻実に危害を加える事も考えられる。また、患者が殺到すれば麻実1人では手が回らないだろう。
不幸な未来を避ける為に他の医者や病院との軋轢などを出来るだけ回避可能な、正式な病院に就職する事で回避しようとしていた。
「総合病院なら患者も多いと思うし、症例数も稼げると思うよ。症例数が稼げれば麻実の医術も確実に上達するだろうしね。」
「ふーん。なるほどねー。って実質1択じゃない?」
「怪我専門の病院で名を上げるって選択肢もあるよ。だけど、医療魔術には先があると思うんだ。」
麻実は「先?」と小首を傾げて尋ねる。
「うん。体内のウィルスを魔力で殺すんだよ。風邪はもちろん、危険な感染病もウィルスを特定出来れば治せると思う。ただ、全殺しはダメだよ。予防の為にほんの少しだけウィルスを残して免疫を付けないといけないからね。」
「うーん。オタクは違うわね。ウィルスを魔力で殺す発想は無かったわ。」
「くっ・・・。っという事で僕のお勧めは総合病院だね。あらゆる怪我や病を治して聖母様って呼ばれちゃいなよ。」
優剛は麻実をからかうようにして言った。
「ウィルスの特定って視る魔力で拡大が出来るようになるのは必須ね・・・。」
「有益なウィルスもいるから、患者の免疫力を強化して死んでいくウィルスを特定。白血球とかに攻撃されているけど、死なないウィルスを特定。とにかく外傷以上に研究が必要だと思うよ。」
麻実は医療の研究と聞いて燃えてきた。獰猛な挑戦者のような眼に変わっていた。
「すぐに行きましょう。総合病院はどこにあるの?」
「待て、待て。落ち着いて。トーリアさん、総合病院の採用担当か院長と会えるように予約を取って頂けますか?」
「畏まりました。」
トーリアはウィルスという単語は知らなかったが、感染病が魔術で治せると聞いて驚いていた。古来より伝わる薬を使って治療するのが、一般的だったからだ。
そして、執事らしい仕事を優剛から依頼されて、少し嬉しそうな表情をして部屋を出ていった。
「あっ。このままだと僕が無職で、麻実が医者?」
「ぷっ。優剛も医者になれば良いじゃない。」
「嫌だよ。興味ないもん。主夫かな・・・。」
「優剛が主夫なんてしていたら、トーリアさんたちの迷惑になるだけよ。だから、働きなさい。」
「・・・働きたくないでござる。由里と真人と遊ぶでござる!」
「子供たちと遊ぶのは大事だけど、働きなさいね。」
麻実は優剛を睨みながら言った。優剛は睨まれたカエルのように動けず、必死に返す言葉を探すが、良い返しが見つかる事は無かった。
しばらくして、「ぐぅ」と呻いて項垂れた。
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