25. 初勝利
前回のお話
鳥だ。飛行機だ。いや!ユーゴだ!
小首を傾げて見つめてくる真人に、気圧されるように後退したティセルセラが口を開く。
「わ・・・私が来たのはイコの先生に会いに来たのよ。」
「そうなんだ!イコ姉さまの先生はおとさんだよ!おとさーん!」
ティセルセラの回答に笑顔で納得して、それから視線を外してユーゴを呼ぶ真人。
「・・・ティセ姉さま。」
ポツリと呟いた言葉は誰にも聞こえる事は無かったが、絶妙のタイミングでイコライズが声をかける。
「マコトはどうなのよ?」
「かわ・・・。なかなか良いんじゃないかしら?」
「ふーん」とニヤケ顔のイコライズがティセルセラを見る。トーナも同士が増えた事を喜ぶようにティセルセラを見つめる。
やり取りを全て聞いていた優剛は知らん顔で、真人に呼ばれたから来たという風を装う。
「真人、どうした?」
「ティセ姉さまが会いたいって。」
「くっ」という声が聞こえた方を見れば、表情を必死に隠そうとして、隠しきれていないニヤケ顔をしたティセルセラが口を開いた。
「あなたがユーゴね?私はティセルセラよ。イコに魔術を教えている先生なんでしょ?」
「そうだよ。僕がイコの先生でユーゴだよ。よろしくね。」
「子ども扱いしないで、私は戦士よ。」
優剛はイコより少し小さなティセルセラに対して、目線が合うようにしゃがんで話をしたが、戦士であると睨まれた。
(あれ?イコや真人と話している時と印象が違うなぁ。)
そんなティセルセラに困惑する優剛だが、その場に座り込んで質問をする。
「ティセルセラは何しに来たの?」
「だから私は戦士よ。呼び捨てにしないで。」
「目的を教えて下さい。ティセルセラ様。」
優剛の地面にダラッと座っている態度と口調は一致していないが、それを気にしないのか、気づかないのかティセルセラが答える。
「イコが世話になったからお礼を言いに来たのよ。ありがとね。」
「ん?感謝を頂けて嬉しいですよ。」
優剛は一瞬返答に困ったが、素直に感謝を受け入れる言葉を発した。
「イコ、この子って誰?友達?」
「私の唯一の友達よ。歳は1つ下だけど、魔力が使えなかった私を差別しなかったし、気にするなって会うたびに励ましてくれて、一緒に遊んでくれたの。」
「それは立派な女性ですね。」
優剛は素直にティセルセラを称賛した。
「それでユーゴは強いの?」
「弱いです。戦えません。」
「お爺様より強いわ。毎朝お爺様が倒れるまで鬼ごっこしているわよ。」
(イコ!?この子からバトルジャンキーの匂いがするから、そんな刺激的な事を言ったら駄目なんだよ!)
強いの?という問いをした時のティセルセラの挑戦的な目は、ヒロと似たようなバトルジャンキーの雰囲気を放っていた。
「へぇ。私もオニゴッコしてみたいわ。」
「鬼ごっこなら良いですよ。魔力でも手でも足でも何でも良いので、僕に触れたら終わりです。」
「ボクも一緒にやるー。」
「マコト、最初は私1人でやってみたいの。」
「ティセ姉さま1人でやりたいの?順番?」
「・・・そうよ。順番よ。待てるマコトは偉いわね。」
トーナとイコライズは視線を合わせて小さく頷いていた。優剛に対する口調と真人に対する口調が全く違うのだ。
挑戦的で拒絶感のある口調で優剛と話すのに対して、優しくゆっくりと慈愛を感じさせる口調で真人と話すティセルセラ。
「触れば良いのよね?早く距離を離しなさい。」
「ん?この距離で良いですよ?まだ遠いかな?いつでも来て下さいな。」
3歩で手が届く距離、異世界では魔力を使って跳べば1歩の距離であろうか、挑発するつもりはなかったが、朝と同じようなダラっとした雰囲気で優剛がティセルセラに言ってしまった。
「だから・・・。私は戦士よ!」
ティセルセラはそう言って優剛に飛び掛かる。当然、優剛に触れる事は出来ない。優剛は最初の突撃を半身の姿勢で避けると、少し足を開いて腰を落とした。
(おぉ!結構早いな。異世界人の子供だと思って油断した。)
「やるわね!怪我をさせたら怒られると思ったけど、本気を出しても大丈夫そうね!」
2分後。ティセルセラは地面に大の字になって倒れていた。
「結構速かったね。でも持続力が無いかな。」
優剛は素直な感想をティセルセラに告げた。
「あんた・・・何者よ・・・。」
「イコの先生だよ・・・。真人、良いよ。イコも一緒にやる?」
開始の合図もしていないのに、真人は一気に間合いを詰めて優剛に迫る。その速さはティセルセラよりも速かった。
「ちょっと・・・マコトって私より速い?」
「速いと思うわよ。マコト、私も行くわ!」
ティセルセラはマコトの速さに驚いて、思わず口から出た言葉にイコライズが答える。そして、イコライズは嬉々とした表情で鬼ごっこに参加する。
「お?今って足を強化した?」
「したわ!私の強化くらいなら他の部位を強化しないでも、バランスを崩す事も無いでしょ?」
「良い発想だねぇ。ぐぉぉ!」
イコライズを褒めていたら、真人が常識では考えられない動きで優剛を強襲した。先程の空を飛ぶ要領で、空中を蹴って軌道修正しながら加速もしたのだ。
「危なっ!こっちも空を飛ばないと捕まるな・・・。」
焦る優剛をさらに追い詰めたのは、優剛の頭上から放たれた魔力玉の数々だ。
「ズルーい。私もやりたーい。」
「のぉぉぉぉ!」
かつてない危機が優剛に迫っていた。地上では予測不能の軌道から猛スピードで迫る真人。イコライズは優剛の逃げ道を確実に1つ潰す動きで真人をサポートする。さらに上から由里の魔力玉が降り注ぐ。
しばらく必死で避け続ける優剛をさらに追い詰める要素が追加される。
(あっ。ヤバイ。)
空を飛んでいたアイサが何食わぬ顔で参戦したのだ。彼女は優剛の魔力に包まれているので、優剛に動きは筒抜けになっていたが、非常に嫌らしい位置を目指していた。
目標の位置に到達したアイサは両手足を大きく広げて、優剛の逃げ道を1つ塞いだ。
(ですよねー。そこですよねー。)
優剛は強制的にアイサを動かす事も出来たが、その場で留まりたい意思が魔力を通して伝わってきていた。
仕方なくアイサの手が届かない位置を飛び越えるが、そこには由里の魔力玉が先回りするように飛来する。速度を落として魔力玉をやり過ごすが、速度を落とした事で足を真人に掴まれた。さらに掴まれた事で動きが止まった優剛の顔に、時間差で放たれていた由里の魔力玉が1つ当たる。
「あぁぁぁあ!捕まったぁぁ!負けたあぁぁ!」
少し大袈裟に、しかし本心で優剛は悔しがった。
そんな優剛の様子を見て、喜びを爆発させる4人。
4人は輪になってそれぞれの動きを称賛する。アイサは使用人という立場を忘れて、イコライズとハイタッチしている。イコライズも気にする事は無く、アイサの動きを褒め称える。
そんな鬼ごっこを見ていたティセルセラは驚愕の表情のまま結果までを見届けた。
「何よあれ・・・。マコトは私より速いし。それに上を飛んでる子は誰よ・・・。」
座り込んでいたティセルセラの横に、達成感のある表情をしたイコライズも腰を下ろす。
「はぁー。初めてユーゴを捕まえたわ。マコトとユリが飛べるようになったのが大きいわね。」
「飛んでる子がユリ?」
「そうよ。ティセと同じ歳でマコトの姉よ。魔力玉も上手に使っていたでしょ。」
「え!?小さい方?魔力玉も!?大きい方は誰よ。」
「うちの使用人よ。たぶんあれはユーゴが飛ばしていたと思うわ。」
若いが身長は伸び切っているであろうアイサをユリだと勘違いしていたティセルセラは驚きの表情で固まってしまう。由里が放った魔力玉は消える事が無く周囲を飛び回っていたので、アイサが操作しているようにも見えたのだ。自分と同じ歳の女の子が空を飛びながら、無数の魔力玉を操っていたのだ。
「そうよね。ティセの気持ちはわかるわ。私も最初は驚きの連続だったわ。」
ほんの少し前の事を懐かしそうにイコライズが優剛たちの事を順番に語りだす。
「嘘でしょ・・・。ユーゴも変だけど、その家族も変よ・・・。」
「・・・全部本当よ。私がティセに嘘を言うと思う?」
「思わない。それにその片鱗は見たわ。」
即答するティセルセラに笑顔を見せるイコライズ。
「もう1回やろー。」
「やりたーい。」
「良いけど、魔力玉を手で触っても良い?」
「えぇぇ。やだ。」
もう1回を強請られる優剛だが、前回の鬼ごっこで1番厳しかったのは由里の魔力玉だ。数と速度が共に脅威となっていて、優剛の避けた先を予測する動きで飛来してきた。
手で払えれば状況は大きく変える事が出来るが、由里は許してくれなかった。
「ぐぅ・・・。わかった・・・。でも次はアイサさん飛べないからね。」
話を聞いていたアイサはこの世の終わりかという表情に変わった。空を飛ぶのが非常に楽しかったのだ。
「よーし。じゃあ良いよ。」
優剛は腰を落として構えると、再び無数の魔力玉と真人を同時に避け続ける。
「なんであれを全部避けられるのよ・・・。」
「私たちの中では『先生だから』とか『ユーゴだから』で伝わるわ。」
再び始まった鬼ごっこを見つめて、ティセルセラの愚痴をイコライズが達観したような表情で答えた。
「混ざってくるわ!」
「私は疲れたから見ているわね。」
ティセルセラは強い決意で立ち上がると、優剛に向かって駆けだした。
「ティセ姉さま!そっち!」
真人がティセルセラに指示をすると、ティセルセラは素直に応じて優剛を追い立てる。
「あっ!ちょっと待った。」
優剛は突然、真人とティセルセラを捕まえて、空を飛んでいる由里に向かって飛び上がった。
「娘の由里です。」
「ちょ・・・高っ!下ろしてよ。」
「あぁ。ごめん、ごめん。」
突然、空に招待されたティセルセラは困惑して、自己紹介どころでは無くなってしまった。
「あっ。ティセルセラ様、失礼しました。娘の由里です。」
「止めて。ユーゴにとって私は子供だったと理解したわ。」
優剛は何かしたっけ?という考えになるが、すぐに「まぁ良いか」に変わる。
「私はティセルセラよ。ティセって呼んで良いわ。8歳よ。」
「私は由里。同じ8歳。よろしくね。」
ティセルセラが年齢を言ったのは由里の年齢を確かめる為だ。自分と同じ歳はもちろん、年上の男の子や大人にも模擬戦で勝利を上げてきた彼女にとって、由里は初めて見る同世代の強者だ。
もちろん由里にそんなつもりはない。同じ歳の女の子と会えたのが嬉しいだけだ。
「・・・本当に同じ歳なのね。」
「ティセ、一緒にお父さん捕まえよ。」
「ボクも一緒だよ。ティセ姉さまも行くよ!」
鬼ごっこに開始の合図は基本的には存在しない。『鬼ごっこしよう』からの飛び付きが開始の合図だ。
「ふっふっふ。全力で来なさい。」
優剛は悪役のように3人を挑発して手招きする。
(うーん。もうすぐ捕まる気がする。少し強めに強化するか・・・。)
優剛は地上のティセルセラ。半分飛んでいる真人。飛びながら魔力玉を放つ由里。3人の連携と速度の上昇を感じて、捕まる自分を想像する。そして自身の強化を強める事を決断する。
「え?何よそれ・・・。」
初めに声を出したのはティセルセラだ。優剛の魔装を初めて見た彼女は、その精度と密度に自然と声が出てしまった。
優剛は自身の強化を強めた事で、皮膚の下に圧縮して隠していた魔装が外に出てしまった。
(やっぱりこの量の魔力を使うと外に出ちゃうか。)
優剛は分析をしながらも、強化を弱めようとはしない。弱めれば捕まるのは時間の問題だからだ。
由里と真人に動揺は見られない。何故なら優剛の魔装は見慣れているからだ。やっと本気を出した優剛に嬉しさを隠せない由里。真人はよくわかっていないが、速くなった優剛に臆する事も無く飛び掛かる。
2人に刺激を受けるかのようにティセルセラも自身を奮い立たせて、優剛に向かって行く。
優剛の避ける速さも異常だが、動き自体がその異常性を高めている。優剛にとっては空中の全てが足場となっているだけでは無い。手足を使わなくても、上下左右に高速で動き、回転まで加えて縦横無尽に動き回る。
「はぁはぁ。私・・・限界かも・・・。」
「私も疲れた・・・。」
ティセルセラが倒れると、少しして由里も降りてきた。
「くっくっく。遂に貴様だけになってしまったぁ。」
「ボクは・・・負けない!」
そして残った優剛と真人は何故か鬼ごっこが戦いごっこに変わっていた。
「はっはっは。貴様の全てを見せてみろ。この炎を使ってなぁ!」
優剛は静電気で服についていた糸クズを燃やして火を作った。それを元に魔力で大きくした炎を真人の足元に投げつける。
真人はその炎を使って必殺技の準備に入る。優剛が準備中に動かないのは悪役の礼儀であろう。
「はぁぁー。ファーコン・・・パーンチ!!」
「何よそれ!!」
何も無いところから炎を生み出した優剛に驚いて固まっていたティセルセラだが、右拳に炎を纏って殴りつける真人の必殺技に思わず、ティセルセラがツッコミを入れる。
優剛と共に作り上げた真人のファーコンパンチは右拳に綺麗な炎を纏って、繰り出した拳の軌道上には炎が微かに残り、これぞ必殺技!という完成度になっていた。
「ぐあぁぁ!!」
空を飛べる事でド派手なアクションが可能になった優剛は、TVよりも派手に吹き飛んで、地面を跳ねてからゴロゴロと転がってそのまま倒れ込む。
「ちょ!マコト、やり過ぎよ!」
身体に火を纏って飛んで行った優剛を心配して、ティセルセラは倒れた優剛に向かって走り出す。
「おい!ユーゴ!大丈夫か!」
「キャー!ユーゴ様!?」
「なんだ、なんだ!?燃えている奴が吹っ飛んできたぞ!ユーゴ?こいつがユーゴか?」
吹っ飛んだ先にはレミニスターとその妻であるミロマリアと男性が1人来ていた。身体に火を着けたまま倒れる優剛を心配して、混乱しながらも助けようとする。
優剛はそんな彼らを無視して、身体に火を纏ったままフラフラと立ち上がる。そして、腕を振って火を消してから真人に向かって叫ぶ。
「くっ。真人よ!次は無いぞ。束の間の平和を楽しんでおくんだな!」
はっはっはっという高笑いをしながら、優剛は空高く浮上していく。
「おい、レミ。奴は飛んでいるのか?あれがユーゴなのか?」
「そ・・・そうだ。状況はわからんが、あれはユーゴだ。」
優剛は空高くまで浮上したところで、素早く横に動いて姿を消したように見せてから、急降下して真人の横に静かに着地した。
「真人、ファーコンパンチ上手になったねぇ。」
優剛が頭を撫でて真人を褒めれば「へへぇ」と言って照れたような表情になる。
「ユーゴ!マコト!何よ今のは!?」
走って戻ってきたティセルセラに2人は詰問される。
「「ファーコンパンチ」」
「違うわよ!あぁぁ!なんなの!?」
「ティセ、先生だからよ。」
聞きたい事がまとまらないティセルセラに、イコライズが達観した表情で言い聞かせる。
「俺も興味があるな。」
そこにレミニスターよりも僅かに背が高く、僅かに細いラーズリアがやってきた。
その雰囲気は優しそうではあるが、赤茶色の短い髪に彫刻のような目付きと高い鼻と体格に、歴戦の勇士を想像させた。
「お父様!」
「俺はラーズリアだ。随分娘が懐いているな。」
ラーズリアはティセルセラが優剛に向ける眼差しが、自分の周囲に振り撒いている挑戦的な眼差しでは無い事にも興味が出ていた。自分は『戦士だ』と言って子供扱いを認めない事は知っていたが、実力があるだけに止めるようにも言えなかった。
「優剛です。よろしくお願いします。」
「あぁ。よろしく頼むよ。」
2人はガッチリと握手をした。そしてラーズリアは口角を上げて何かを企むような表情に変わっていった。
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