22. 初めての武器
前回のお話
鍛冶屋に行って短剣を発注。
服屋に行って浴衣を発注。
優剛は翌日の訓練からイコライズの訓練メニューを1つ増やしていた。最初から最後まで魔力の体内循環を30分に短縮して、20分の筋力強化訓練が追加された。
昨日手に入れたペンサイズの金属棒をイコライズに渡して、使い方の説明を始める。
「イコ、今日からはこれを曲げる訓練を始めます。念のために確認するけど、魔力使わない状態で曲げられる?」
イコは渡された金属棒の両端を持って、曲げようと力を入れる。顔を赤くして、手はプルプルしているが、曲がる様子は見られない。
「うん。再発注しなくて良いね」
もし、筋力だけで曲がってしまうなら、強度を増した金属棒を再発注になってしまうので、今日の筋力強化訓練が出来なくなってしまう。優剛は少しだけ安堵した。
「最初は魔力だけで手足を動かすイメージでゆっくり動かして、魔力を使って身体を動かす感覚を掴むのが良いと思う。だけど、他にも良いイメージがあるかもしれないから、自分でも考えながらゆっくり出来るようになろう」
「はい!」という元気な返事をしてイコライズは金属棒の両端を握ったまま、集中するように目を閉じる。しかし、その表情はニヤニヤしている。
遂に身体能力強化の訓練だ。この世界の基本にして、誰もが出来る事を自分も出来るようになるかもしれない。いや、先生の教えなら出来るようになると信じているイコライズは嬉しさを抑える事が出来ないでいた。
結局この日は金属棒が曲がる事は無かったが、優剛から貰った金属棒は自主練での使用が許可された。しかし、体内循環の後に金属棒を使うという条件が出された。
そして短剣の発注をしてから10日後の朝、遂にイコライズは金属棒を曲げる事に成功する。
「おぉぉ。曲がった、曲がった」
そう言いながら優剛はパチパチと手を叩いた。
それに気づいたヒロは曲がった金属棒とイコライズを交互に見てから、ダダっと駆け寄りイコライズの脇を掴んで持ち上げると、イコライズを上に投げて喜びを爆発させる。
「イコォォォ。よーやった。よーやったのぉ」
「ちょ、お爺様、高い。高いです!止めて下さい!」
2階の窓付近の高さまで投げられているイコは、その高さに恐怖して止めるように叫ぶ。
「おぉ。すまんかった」
ヒロは最後にギュっと抱きしめてから地面に降ろす。
「先生出来ました」
地面に降りてホッとしたようなイコライズは、曲がった金属棒を優剛に自慢気に見せつける。
「良いね。良いね。じゃあ、真っ直ぐに戻して」
「え?」
「ん?元の状態に戻して。今は曲がっている状態だから、最初の状態に戻すの」
優剛は困惑するイコライズを無視するかのように、人差し指を少し曲げた状態から真っすぐにして、鉄棒を元の真っすぐの状態に戻せと指示を出す。
「はーい。みんな休憩している場合じゃないよー」
優剛はそう言って、次々と魔力玉を飛ばす。今は脳力強化の訓練中だ。
「くっ。ユーゴ、少しは喜ぶ時間をくれぃ」
「あとでいくらでもあげるよ」
優剛は孫の魔力使用に喜びを爆発させる爺さんにも容赦はない。
「1回出来れば、次もすぐ出来るよ。これから強度と持続時間を高めていく訓練に移行するから、まだまだこれからだよ」
「そうは言っても嬉しいん……もご」
嬉しいと口を開いたヒロの口の中に魔力玉を突っ込む優剛。
「はい。避けてー」
「むごぐぐぐ」
ヒロは不満の表情を浮かべながら飛んで来る魔力玉を避け続ける。なんだかんだ言っても訓練に慣れてきているようで、当初よりも速い魔力玉を避け続けていた。
鬼ごっこが終われば由里と真人もイコライズを祝福するように「良かったね」と声をかけている。ヒロは倒れながらも「イコォォ、良かったのぉ!」と叫んでいる。
優剛は子供たち3人に近づいていくと、イコライズの持っている金属棒を見てから助言を始める。
「うーん。まっすぐには戻ってないね。でも身体能力強化の感覚はわかった?」
「はい!なんとなくわかりました」
「良いね、良いね。魔力を集中する部位を変えるだけで、速く走ったり、高く跳んだり、重い物を持ったり、色々な事が出来るようになるから試してみるのも良いよ」
キラキラの笑顔で元気に「はい」と返事をするイコライズ。
「その為に魔力の体内循環を重点的にやっているわけだからね」
「え?……あっ!」
イコライズは優剛の言葉に何か気づいたようで、尊敬の眼差しで優剛を見つめる。
「気づいたみたいだね。体内の魔力を素早く移動出来れば、素早く強化が出来るって事」
「はい!だからずっと体内循環を……」
「退屈な訓練で申し訳ないとは思っていたけど、魔装が出来るまでは続けるからね」
「え?魔装?私が?」
「当たり前じゃん。僕に言わせたら魔装が出来ないのに、身体能力を強化してガンガン攻撃するっていうのは怖くて教えられないよ……」
「いえ、そうではなくて……」
「ん?あぁ、出来ないかもって事ね。もうすぐ魔装が出来る魔力量にはなるよ。魔力を全然漏らさないならね」
優剛は最後の言葉をイタズラっぽく言う。しかし、イコライズはその前の魔力量という言葉に反応した。
「私の魔力は増えているんですか!?」
「うん。かなり増えているよ。最近、魔力は外に出してないでしょ?」
「はい。出してないです」
イコライズは魔力を外に出すと大きな疲労を感じてしまうので、魔力を外に出すのは自主練習でもしていなかった。
「出してみたら?今なら少し疲れたって感じるだけだと思うよ」
「うーん。やってみます」
イコライズは掌を上に向けて目を閉じ、集中するが、すぐに困惑するような表情で目を開けると「出ます」と言って、掌から上に向かって小さな透明な煙が立ち昇っていく。
ふぅーっと息を吐くイコライズに優剛が話しかける。
「簡単に出るし、そんなに疲れないでしょ?魔力量が増えた事と体内循環の成果だよ。……きっと」
優剛は魔力を教えるのが初めてで、魔力量や魔力操作も田中一家には初めから問題が無かったので、魔力が極めて少なかったイコライズの指導方法が正解なのか不安は持っていた。
しかし、順調なイコの成長で間違っていなかった事を確認出来て、安堵していた。
「はい!私、これからも体内循環を頑張ります!」
「はい。魔力切れには注意して練習して下さい。あと昼食の時にレミさんに金属棒曲げを見せてあげてね」
優剛はそう言ってイコライズを見送ると、由里や真人にも今後の課題と興味がある事などの話をして、それぞれが訓練という名の遊びに散っていく。
そんな優剛の元に鍛冶屋に来るようにという伝言が告げられた。
「麻実、鍛冶屋に行ってくるね」
「はーい。1人で大丈夫?」
「1回行っているし、大丈夫……だ。問題ない」
優剛は最後に何かを思い出したように、いつもと違う口調で問題ないと麻実に告げるが、麻実は何も気づく事は無く、淡白に「いってらっしゃい」と言うだけだった。
「はい……。いってきます」
ネタとしてフラグを立ててみたのに気付いて貰えなかった。少し残念そうな優剛に気が付く者はいなかった。
なんの問題も無く鍛冶屋に到着した優剛はダメリオンから短剣を手渡されていた。
「おぉ。よくわからないけど、綺麗ですね」
優剛は両刃で少し肉厚な短剣を受け取って、色々な角度から短剣を見つめていく。
「そう言って貰えて嬉しいっス。でも今日呼んだのは最終調整の為っス。持ち手の部分はどうっスか?手に合うようには作ったんですけど、太めや細めが好みの方もいるっス」
「凄く持ちやすいですよ」
「じゃあ、軽く振って欲しいっス」
優剛は適当に短剣を振り回す。それは不格好で、見ていて技術が伝わってくるようなものではなかった。
それを見て苦笑したダメリオンは「大丈夫っスね」と言った。
「短剣が肉厚なのは用途が戦闘に特化しているから?」
「その通りっス。厚いので、敵の攻撃を受けても折れないっス」
「なるほどねぇ」
「もっとユーゴさんの中で短剣の用途がハッキリすれば、それにあった形状で作るっスけど、今は万能型としてその形状になったっス」
感心するように「うんうん」言う優剛にランドが割って入ってきた。
「ダメオは偉そうな事を言っているが、細いの作って失敗したんだよ」
「え……。ダメさん失敗したの?」
「ぐっ!親方……。言わないで欲しいっス」
驚いて確認する優剛に、慌ててランドに抗議するダメリオン。
「ユーゴさんの体格ならどんな攻撃も、防御したら吹き飛ぶっス。攻撃に特化した短剣を作るっス!」
ランドがダメリオンの口調で当時ダメリオンが考えていた短剣の構想をバラした。
「親方ぁぁぁ。勘弁して欲しいっスぅぅぅぅ」
子供が爺さんに何かを懇願する絵になっているが、ダメリオンは立派な32歳の大人だ。子供のように見えるが立派な大人である。
「あははは。構想は合っている、合っているよ。ダメさん」
前髪で隠れている目は睨んでいるのであろう、むぅぅと尖らせた口で優剛を睨むダメリオン。
「素材が足らなくなったかな?面白い素材を見つけたら持ってくるから、次は構想通りで作ってよ。……ぷぷぷ」
「その通りだな。元々1回は失敗を想定していたが、2回の失敗は想定していなかったから、万能型の肉厚短剣になったってわけだ。……ぶふ」
「くっ。物作りでここまで失敗した事は無かったっス。鍛冶の腕を上げて待っていてやるっスから、精々極上の素材を持ってくるっス」
ダメリオンは微笑する優剛とランドを睨みつけながら、メラメラと身体からやる気を漲らせて優剛に極上の素材を持って来いと要求した。
「まぁ僕には何が極上の素材なのかわからないけどね」
「ぬぅぅぅ。じゃあ金属から魔力を感じる素材を見つけたら持って来いっス」
「うーん?どれくらいの魔力?」
優剛は本当に疑問を感じてダメリオンに質問したが、挑発と受け取ったダメリオンは声を荒げて返答した。
「これくらいっス!」
ダメリオンは懐から親指ほどの小さな小瓶を取り出して、優剛に見せつけた。
「おい。ダメオ……。こりゃ……どこで手に入れたんだ?」
最初に反応を示したのはランドだ。
「これは旅立つ日に母さんから貰ったっス。全ての製作技術を学んだ後に、これを使って何か作るのがオレの目標っス」
「俺も初めて見るな……。こりゃ……オリハルコンか」
(へぇー。伝説の金属かな。聖剣でも作れそうだね)
緊張感が高まる場で優剛は違う事を妄想する。
「ダメさんそれって金属?」
「そうっス。液体みたいにドロっとしているっスけど、確かな技術と魔力で加工すると硬くも柔らかくも思いのままに出来る貴重な金属っス」
優剛はその小瓶をジーっと見つめたまま動かない。
「作った物は母さんにあげるっス。他の誰かの為にこれを使う事は無いっス」
「ダメオ、早くしまえ。それが原因でお前の命が狙われる事もあるんだぞ」
「はいっス。これまでの修行の旅では誰にも見せなかったっス」
言いながらダメリオンは小瓶を懐に大事に入れる。
「うん。覚えた。あれくらい魔力のある素材を持って来いって事だね」
優剛はオリハルコンを見つめたあとは目を閉じて心に刻み込むかのように集中していた。そして閉じていた目を開いて軽そうにダメリオンに告げた。
「そうっスけど、たぶん無理っスよ?」
「そうなの?まぁ見つけたら持ってくるよ。それよりさっきのって重大な秘密だったんでしょ?」
「あぁ。良からぬ野郎が知ったら、殺してでも奪うだろうな」
「うわぁ……。信用して貰ったのは嬉しいけど怖いね」
「親方はそんな事しないっス。ユーゴさんは……返り討ちッス」
ダメリオンは優剛になら奪われないと宣言する。むしろ殺られる前に殺る。そんな勢いだ。
「別に欲しくないけど、代わりに僕の秘密も教えるから殺さないでよ」
ランドが暇つぶしに作った剣や槍が何本も入っている樽に向かって行く優剛。そして剣を1本、手に持ってそのまま剣全体を2人が見えるようにしてから異空間に収納した。
「はぁ!?何したっスか!?」
「おい!剣はどこに行った!?」
「あっ。別にランドさんには見せなくても良かったか」
優剛は再び2人と話していたカウンターに近づく。
「剣は異空間に収納しました」
優剛はそう言ってから、異空間から先程の剣を出して、カウンターに置いた。
「うげっ。聞いた事あるっス。魔法袋の原点とされている異空間魔術っスか?」
気持ち悪い物でも見たようにダメリオンは自分の予想を優剛にぶつける。
「魔法袋の原点かどうかは知らないですけど、異空間魔術っていうのは合っていると思う」
優剛はハンター証も右手の指の間に出して、2人が見たのを確認して消す。
「レミさんに秘密って言われているから、2人も秘密ね」
優剛は口に人差し指を当ててお願いする。
「お前ら……。俺を巻き込むなよ……」
今日1番の不幸は巻き込まれて秘密を共有してしまったランドであろう。
「オレの秘密の方が小さい気がするっス……」
「そんな事より、失敗した短剣も見せてよ。使えそうなら使うから」
「そんな事……。オレの秘密ってそんな事?いや……。ユーゴさんの秘密もそんな事……」
「2つともそんな事って言えるもんじゃねぇぞ……」
ランドは呆然とするように椅子に腰を下ろして、ブツブツと呟いている。
ダメリオンもブツブツと呟きながら裏に行って、無表情で戻ってきた。
「これっス」
ダメリオンは無表情のままで両刃の細い短剣をカウンターに置いた。
(こっちの方が好みだな……)
優剛はカウンターに置かれた短剣を手に持って、様々な角度から短剣を観察する。
細い綺麗な両刃の短剣は長さと太さのバランスも優剛の好みであった。
「これで失敗は勿体ないね」
「はっ!いや。失敗は失敗っス。魔力耐性が上手く付与出来てないっス。なんでオレはこれを持ってきてしまったっスか……?」
再起動したダメリオンの最後の声は小さく、ダメリオンが優剛に見せるつもりではなかった事を呟いた。
「こっちも欲しいんですよね」
「駄目っス。それで魔力を斬ったり、突いたりしたら、短剣が壊れるっス。最悪、相手にダメージが入らない可能性もあるっス。相手に密着した状態で武器が破損、さらに無手なんて最悪の状況っス」
(うーん。確かに……)
「わかりました。でも次は期待して良いんですよね?」
「もちろんっス。十分な技術を身に着けておくっス」
「では、今日はこれを頂いていきます。ありがとうございました」
優剛は細い短剣をカウンターに戻して、太い短剣を両手で持つと、深々と頭を下げた。
「え……。あっ!はい!こちらこそ貴重な機会をありがとうっス」
「おぅ、兄ちゃん。ありがとな」
優剛の丁寧なお礼にダメリオンは一瞬呆けてしまうが、頭を下げて感謝を述べた。
ランドも片手を上げて、優剛に感謝を述べた。
「ダメさんの貴重な1本目だね。にっしっし」
「そうっス!滅茶苦茶貴重で価値も急上昇するので、精々綺麗に使うっスよ」
そう言ってから2人は笑い合うと、優剛は鍛冶屋を出ていき、ダメリオンは鍛冶屋の奥に向かって消えていく。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
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