17. 領主は心配
前回のお話
絡まれる → 倒す → 治す
「あれ?怪我人がいるんじゃないんですか?みんなで集まって何しているんですか?」
不思議そうな表情で人の輪を抜けてきたミドリナが、輪の中心にいる優剛とモーリアを見ながら周囲に尋ねた。そして、その質問にはヒロが答えた。
「ただの模擬戦じゃ。ユーゴが怪我した時の為に回復魔術が使える者を呼んで貰ったんじゃ。」
「え?そのヘタ・・・。ユーゴが模擬戦ですか?戦えるんですか?」
「おぉ。今、1回目が終わったところじゃ。」
「しかし、ユーゴは怪我をしているようには見えませんよ?」
「無傷で相手を倒したからの。」
自分は戦っていないが、胸を張って優剛の勝利を伝えるヒロ。不思議そうな表情で首を傾げるミドリナ。そこにギルドマスターのエモーがヒロに質問する。
「ヒロイース様、この状況を説明して頂けますか?」
周囲にいる多くのハンターを見渡してエモーはヒロに説明を要求した。
ヒロは「もちろん」と言って状況と経緯の説明を始めた。
一方、優剛とモーリアは治療費について少し揉めていた。しかし、それは殺伐とした雰囲気ではなく、穏やかな雰囲気であった。
「では、もう足は大丈夫という事で良かったです。ありがとうございました。」
「いや、礼を言うのは俺の方だ。感謝する。あれだけの怪我を完全に治して貰ったんだ。治療費はどれくらい払えば良い?」
「え?要らないですよ。僕が回復魔術を使ったのは初めてだったので、危険手当って事で無料です。」
「いや、そういう訳にもいかんだろ。初めてでも完璧に治療したんだ。治療費は払わせてくれ。」
「えぇ・・・。相場とか知らないんで、要らないですよ・・・。」
「あれだけの怪我を即日で完治させれば、金貨2~3枚が相場だ。しかし、俺はそんなに手持ちも、蓄えも無いからすぐに払うのは無理だ。少しだけ払うから残りは少し待ってくれんか?」
(200万~300万!?治療費高いなー。保険が無いとそんなもんか?)
「えぇー。そんなに貰えないですよ。・・・んー。そうだ。モーリアさんには仲間がいましたよね?ちょっと呼んで下さい。」
「あぁ・・・いるぞ。しかし、俺の仲間も金は無いぞ?」
優剛はモーリアに仲間を呼ぶように言ったが、モーリアと同様に治療費を払えるほどの金を持っているわけがないと言った。
「良いんですよ。無くても。えっと・・・。いた、いた。」
優剛はお金が無くても良いと言いながら、モーリアの仲間を探して、優剛の肩を掴んだ男を見つけて、手招きして呼び寄せた。
仲間内では実力が抜き出ていたモーリアを子ども扱いして倒した挙句、完治までさせた優剛に手招きされて、モーリアの仲間たちは怯える表情で優剛の元にやってきた。
「貴方にしよう。さっき僕の肩を掴んだ人ですよね?」
この光景を見れば屈強なハンター4人に優剛が詰め寄られているように見えるが、実際は怯えるように優剛の言葉を聞いていた。特に優剛の肩を掴んだハンターは優剛の質問に肩をビクっと震わせて、俯きながら小さな声で反論するのが精一杯だった。
「あ・・・。あの時はすいません。お・・・俺は挑戦しません。」
モーリアの仲間も当初は優剛に挑戦しようと思っていたが、モーリアとの戦いと優剛の回復魔術を見て、完全に心が折れていた。
「すいません。勘違いさせたみたいで。モーリアさんの治療費を貴方から貰おうと思ったんです。」
「えっ!?・・・お・・・俺から・・・ですか・・・?そ・・・そんな・・・。」
モーリアの怪我を完治させたのを見ていたので、支払う金額に怯え、さらに優剛に反論しようにも、モーリアと同じ目に合いたくないと考えたモーリアの仲間は、絶望するように呟いた。
「所持金を全部出して下さい。」
優剛の台詞だけ聞けば完全に恐喝である。
モーリアの仲間は腰から革袋を取り出して、優剛に革袋ごと差し出した。受け取った優剛はジャンプしてみろよ。というセリフは心の中だけに留めて、「ありがとうございます」と告げた。
「あの・・・残りは・・・?」
「残りは俺が払うから、お前は良い。こいつはこれで勘弁してやって下さい。」
残りの金額に怯えるモーリアの仲間。そしてそれを庇うモーリア。
(・・・美しい友情だ。みんな熊みたいだけど。)
「治療費はこれで終わりです。あなたはモーリアさんの治療費に所持金を全部支払った。もしかしたら金貨2~3枚分かもしれないですよね。」
「え?あ・・・そんなにな・・・。」
「良いんです。良いんです。入っているんですよ。きっと。あっ、モーリアさんは袋の中の金額を確認して下さい。あとで彼に払って下さいね?」
優剛はそんなに入っていないと伝えようとする言葉を遮って、モーリアに革袋の口を広げて中を見せた。
「僕も得るものがあったので、これ以上は要らないです。」
「全然足りな・・・。いや、あんな事をしたのにすまない。感謝します。行くぞ。」
モーリアはお金を確認して、足りないと言おうとした時に、ハッとしたような表情をして優剛に深々と頭を下げて感謝を伝えた。そして、仲間と共に訓練場を出ていった。
モーリアたちが優剛に支払った治療費は対外的に見れば、1人のハンターの所持金全部だ。これが多いのか少ないのか。ハンター関係者でも予想は難しい。
武器や防具を買いに行く途中や依頼の報酬を貰った直後であれば、それなりの金額を支払ったと言えるだろうが、散財した後であれば、少額しか所持していないだろう。
モーリアたちの面子を立てる為に、優剛は治療費を支払えないと言った彼らから具体的な金額を受け取らず、所持金全部と言ったのだ。
あとで彼らが治療費に支払った金額を聞かれた時に、所持金全部と回答が出来るようにしたのである。
「ユーゴ、次の挑戦者が来ておるぞ。」
訓練場から出ていくモーリアたちを眺めていた優剛に、エモーに説明を終えたヒロから次の挑戦者がいる事を告げられた。
「えぇ・・・。まだやるの?」
「あと2~3回もやれば十分じゃろう。」
嫌そうな表情でヒロの言葉を聞き終えた優剛は、人の輪の中心で大きい斧を持ったハンターに歩み寄って行った。
「貴方が次の模擬戦の相手で、その斧を使うんですか?」
「次は俺だ!お前に勝てば推薦が貰えるんだろう?お前がどうやってモーリアに勝ったかは知らんが、油断でもしたのだろう。残念だが、俺は油断しないぞ。」
優剛は身長2mほどの男性ハンターを見上げて、その体格に見合う大きな斧を見た。
(背も体格も凄いね。斧もでかいし、それ振れんの?異世界パワーで振れるんだろうな・・・。しかも豪快に・・・。)
「エモーさん、止めた方が良いんじゃないですか?ヘタレが死んじゃいますよ?」
「うーむ。危なそうなら止めるが、今は止められんだろう。」
優剛の身を心配して事情を聞いたミドリナがエモーに止めた方が良いと進言するが、状況的に止めるのは不可能だと言うエモー。しかし、何かあれば飛び出して優剛を救う気でいるのは明らかだった。
「では、始めー。」
再びやる気のないヒロの合図で2回目の模擬戦が始まった。ヒロは始めの合図を言った後に優剛が剣を持っていない事に気が付いた。しかし、まぁ良いじゃろう。と内心では軽く考えていた。
「ヒロー!さっきの剣はどこ行ったの!?」
「知らんぞ?素手で良いじゃろ?」
油断しないと宣言しただけあって、素手の優剛に対しても相手はゆっくりと間合いを詰めてきた。
(えぇぇぇ。あいつの後ろにあるし・・・。)
斧を肩に担ぐようにして構えながら、ジリジリと油断なく間合いを詰めてくる相手の後方に先程の剣が落ちていた。そして斧の間合いに優剛が入った瞬間、上段に構えられた斧は優剛の左肩から右脇腹を抜ける軌道で振られる。
しかし、その斧が振り切られる事は無かった。
優剛は斧が振られ始めた直後には相手の右側面に移動を終えて、同じ方向を向いて横並びになっていた。そして斧を振る為に踏み込んでいたハンターの右足を左足で蹴り払ったのと、同時に相手の右肩を持ち上げるように押した。
当然、踏み込んで体重を支えていた足を払われた巨体はバランスを失い、さらに肩を押された影響で、残っていた足は地面から離れて巨体は横向きに地面に倒れる。
そして、優剛は相手が宙に浮いた瞬間に軽く跳んで、ハンターを跳び越すと左足を倒れた直後の相手の顔の目の前の地面を踏みつけていた。さらに優剛の右足は斧が動かせないように柄も踏みつけていた。
「まだやりますか?」
優剛がドン!ドン!と左足をスタンプすると、踏み込んだ際に土の硬い地面に足型が作られていく。
ハンターは自分と比べたら小さな優剛に、踏まれただけで動かない斧と、へこんだ地面を見て降参を宣言した。
「え?ヘタレ君って滅茶苦茶強くないですか?あの人って素行が良ければ3級確実のハンターですよね?」
「・・・あぁ。そうだな。とんでもない人物をレミニスター様は推薦したのか。」
「他に挑戦したい者はおるか?誰もおらんなら終わりにするぞ?」
ヒロは周囲を見渡して、確認してから模擬戦の終了を宣言した。
周囲のハンターたちは優剛の実力に恐れをなして、挑戦する事も当初のように卑下したり、煽ったりも無く、今では小声で話し合う者ばかりだ。
「では帰るとするかの。レミ、ユーゴ、行くぞ。」
「次は止めてよ?滅茶滅茶怖かったからね?」
「何を言っておるんだ?あいつらより早く動ける儂を、毎朝倒れるまであしらっておると言うのに・・・。」
そんなヒロと優剛の会話が聞こえていた周囲のハンターは、今日何度目かの驚愕の表情で優剛たちの後ろ姿を見つめていた。
「お見事でした。ユーゴ様。」
「止めて下さいよ。トーリアさん・・・。」
馬車の御者として同行していて、一部始終を見ていたトーリアが少し嬉しそうにユーゴを褒めた。
「トーリア、ノブナガ様の屋敷に向かってくれ。お主をユーゴの執事としてノブナガ様に認めて貰う。そうすれば屋敷の準備も可能であろう。」
「畏まりました。」
時刻は既に夕暮れ。帰ってご飯だと思っていた優剛は残念そうに馬車の中で項垂れた。
「ユーゴのハンター証もノブナガ様に見せねばなるまい。儂はノブナガ様にユーゴをハンター登録してくると約束したからな。ガッハッハ。」
項垂れる優剛の肩をバシバシ叩くヒロ。
「レミさん・・・。僕はのんびり暮らしたいよ。」
「・・・無理じゃないか?」
優剛の希望を申し訳なさそうに否定したレミニスター。報告で聞いていた優剛の動きを初めて目にしたが、それは想像以上のものだった。さらに優剛は高度な回復魔術も使ったのだ。
「ユーゴ、回復魔術はいつ使えるようになったのだ?」
「そうじゃ、そうじゃ!アレには儂も驚いたぞ。」
「さっき初めて使ったんですよ。動物で実験したかったんですけど、ちょうど良く怪我人がいたので、仮説を試したんですけど、治せて良かったです。ダメなら止血だけして回復術士を待つつもりでした。」
そんな優剛の返答に頭痛を堪えるようにヒロとレミニスターは額に手を当てた。
「・・・ユーゴ、回復魔術は応急処置が基本だ。先程のように完治させるのは高度な回復魔術だとされている。しかもユーゴの回復魔術は短時間で完治まで行っていたな。アレは異常だぞ・・・。しかも初めてだと?」
「うむ。応急処置だけでも長い時間を掛けるのが普通じゃ。それを1分も掛からずに大怪我を完治までさせおって・・・。」
「話を聞いた金持ちの重傷者がユーゴに殺到するぞ。」
「うげ。それは困る・・・。」
この後も2人から余計な事はしないようにと、お説教を受けた優剛。
「俺の屋敷にいれば面倒事は無いだろうが、屋敷を出た後が心配だぞ・・・。回復魔術の他には魔術関連の仮説はあるのか?」
レミニスターが屋敷を出た後の優剛を心配しつつ、他に何か魔術に関する仮説が無いか確認してきた。
「いくつかありますよ。ヒロは毎朝飛ばしている僕の魔力玉に当たった事あるよね?」
レミニスターが呟いた「複数あるのか・・・。」というのは無視されて、ヒロが眉根を寄せて不満を言う。
「毎朝、顔に当たっとるわ。儂だけ顔にポンポンと放ちおって。」
「そう。顔に当たっているよね?衝撃を感じているよね?」
「そりゃ、そうじゃ。当たったと感じて・・・。ん?」
魔力が実体化するには元になる何かが必要である。しかし、顔に当たったと感じる魔力玉は優剛が何も無いところから作り出しているのを思い出す。訓練中は必死に集中しているので、考えが及ばなかったが、明らかに不自然であった。
レミニスターが「風か?」と優剛に言った。
「そうです。風です。風の付与は難しくないと思っていますが、これはどうですか?」
「いや、難しいからな?」
レミニスターの言葉を無視して優剛は手の上に水玉を浮かべて、2人に見せた。
「「はぁ?」」
2人揃って目と口を開けて浮いている水玉を見つめている。
「待て、待て。馬車の中に水はあったか?」
「い・・・一応こちらにございます。」
馬車内で待機しているヒロの執事が水の入った革袋を掲げた。レミニスターの使用人とトーリアは場所の外にある御者席だ。
「それは使ってないです。空気中に見えない水があるのは知っていますか?」
湿度の事であるが、馴染みが無いようで2人は首を傾げている。
「雨の日に空気が湿っている感じってしませんか?」
「確かにするな。」
「うむ。ジメっとしておるのぉ。」
「簡単に言えばそれですね。雨の日は空気に沢山水が含まれる。晴れている日も少量ですが、空気には水が含まれているんです。だから、空気があれば魔力で水を増やせるんですよ。」
「・・・ユーゴは学者だったのか?」
「違いますよ。どちらかと言えば、物事を知らない方です。」
「ユーゴの世界の教育はどうなっているんだ・・・。」
呆れるように額に手を当てるレミニスター。
「ユーゴは水が無いところでも水の魔術が使えるという事かの?」
「その通り。でもヒロ、ここからが本番なんだよ。」
「儂、ユーゴが少し怖くなってきたぞ・・・。」
うっしっし。という小悪党の笑いを浮かべる優剛に少し恐怖を覚えるヒロ。
「水には3つの形があるんです。気体。液体。固体。気体は湯気とか空気の事ね。液体は見慣れていると思う。最後に個体は氷の事。」
優剛は解説しながら水玉をそれぞれの形に変えていき、氷を作った時に話を聞いていた執事を含めた3人は「おぉ!」という驚きの声をあげた。
「さ・・・触っても良いか?」
恐る恐る氷に手を伸ばすレミニスターに、「どうぞ、どうぞ。」と言って優剛は氷を差し出す。
「つ・・・冷たいな・・・。」
「儂にも触らせてくれ。・・・おぉ。氷じゃな。」
「これを応用すると・・・。こうなる。」
優剛は自分の手の周りに氷から作った気体を纏わせると、3人は非常に冷たい空気を優剛の手の周辺から感じる事が出来た。
「これで直接冷やせば冷たい飲み物が飲みたい時に便利でしょ?」
胸を張って笑顔で良い使い方だろうとアピールする優剛。
「・・・その使い方で良いのか?いや、うーん。」
「非常識じゃ・・・。」
2人がぶつぶつと呟くように何か言っているようだが、優剛は聞く気も無いようで、冷たい空気を解除した。優剛の「熱くも出来るんだよね」という呟きを聞いていたのは執事だけだった。
額に手を当てて項垂れるようにぶつぶつと何かを呟く2人とは違い、執事は驚愕の表情で優剛を見つめていた。
馬車内の空気が外と同様に太陽が沈んだ静かな雰囲気になった時に、馬車は織田信長の屋敷に到着した。
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