13. 家を見に行こう
前回のお話
魔法袋じゃないナニカを作った。
朝食の後に優剛たちはイコライズと1時間ほどの魔力の訓練をして、その後は暇である。
優剛と麻実はその後の時間はトーリアと会話をして、異世界の情報収集と言う名の常識を勉強していく。
子供たちはそれぞれのメイドと一緒に街に行っているようだ。優剛も外に出たい気持ちは少しだけあったが、情報収集を優先するという大義名分を盾に、家でのんびり過ごしていた。
優剛たちが屋敷に来て5日目の朝の訓練中である。
ヒロは常に魔力を身体に纏っていたユーゴが、今日の訓練から身体に魔力を纏っていない事に気が付いて聞いてきた。
「ユーゴ、魔力を身体に纏うのを止めたのか?」
「纏っているよ。昨日、トーリアさんに魔力を纏う意味や状況を聞いてから、少し工夫した。」
魔力を纏うのは戦闘中、もしくは戦闘前など、剣を鞘から出している状態と似ているという説明を受けた。
この説明を受けて、優剛は今まで失礼な事をしていたのだと自覚したが、異世界到着時の三つ目オオカミもどきの咆哮がトラウマになっていたので、魔力を身体に纏うのを止める気はなかった。
しかし、常に臨戦態勢では印象も悪いので、昨日から色々試していたのだ。
「纏っている魔力を圧縮して、皮膚の下に纏っているんだよ。これなら見えないでしょ?性能が少し落ちている気がするから、今は圧縮率を高める練習中。」
「お主は・・・。もう魔人で良いか?」
「なんでだよ・・・。」
成果を自慢するような表情から一転して、ヒロの言葉で落ち込む優剛。
「聞いているかもしれんが、魔力を纏うのは『魔装』と言ってな、穴が空いた状態でも十分なんじゃ。魔装を穴が無い状態にするのは・・・難しいのぉ。それをさらに圧縮じゃと?何をどう考えたらそういう結論になって、実際に出来てしまうのだ?」
魔装は身体能力を強化するものではないが、外部からの衝撃や魔術から身を守ってくれる防御魔術だ。
「三つ目オオカミが怖かったからかも・・・。それにヒロはもう穴が空いてないじゃん。」
「立ったまま維持するのが精一杯で動く事は出来んよ・・・。それをユーゴたちは纏ったまま1時間の訓練を終えるじゃろ?4人は異常じゃ。非常識じゃー。」
最後は手足をバタつかせて駄々をこねるように言い放つヒロ。
「うーん。そんな事を言われてもね・・・。」
不満をぶつぶつ言いながら優剛は今日の朝食で使った食器類を魔力で形作っていく。優剛は10まで数字を作った後は違う物を作り出していた。
「おとさん!ボクもそれやって良い?」
「10まで終わったらねー。」
むぅぅと、10分で6までが限界の真人は不満顔になる。
「この時間以外も練習して良いんだよ?トーナさんと遊びに行くのも良いけど、魔力の練習はした方が良いよ。」
優剛はこの時間以外も常に練習していた。放出した魔力の形を変えながら動かす事で、変化と放出の訓練を同時並行で進めるなど、様々な方法を試して短時間で効率の良い練習方法を模索していた。
「はーい。時間だよ。次は放出ね。魔力を浮かべてー。」
「その数も非常識じゃ・・・。」
優剛の周りに浮かぶ魔力玉は既に玉の形はしておらず、ナイフやフォークの形に変えながら10mほど先にある木の周りをクルクル回って、優剛の元に戻ってくる。戻って来る時は元の丸い形に戻りながらである。
「きもいのぉ・・・。」
「止めてよ・・・治りかけた心の傷が・・・。」
悔しそうな表情でヒロは優剛をいじる。
強化訓練の前には魔術の訓練が新たに加えられていた。
最初は水を使って、魔力で水を作っていた。昨日からは種火を使って、魔力で火を作る訓練である。これはヒロも出来るようで、優剛との差は無いように思えた。昨日までは・・・。
「おい!ユーゴ。それはなんじゃ!?」
「火の手。」
(俺の右手が真っ赤に燃えるぅ!勝利をつ・・・)
優剛の内心ではノリノリで右手に火を纏わせて、拳を握りこんでから手を開いて、前に伸ばす。そして、前方の何かを掴むように握りこんでから火を消す。
「非常識じゃ・・・。昨日はそんな事しておらんかったじゃろ・・・」
「ボクもやるー!」
「良いよぉ!火と手の間に魔装を入れれば熱くないから簡単だよ。」
優剛の火の手がカッコ良く見えた真人が優剛の真似をするように自分の手を火で覆っていく。
「それじゃ火が多くて手が見えないじゃん。こうだよ。火は薄くして、手が見えるようにした方がカッコイイよ。」
真人の手は火に包まれていて、手首から先は火しか見えない。優剛は自分の火の手を見せながら、真人に助言する。
「出来たー!ファーコン・・・パーンチ!!」
真人は完成した火の手を握りこんで、右ストレートを繰り出している。
「こっちの方がもっと良いんじゃない?」
優剛が腕から肩付近まで細い火を纏わせて、右ストレートを打ち出す。
2人はキャッキャしながら、火の拳を打ち出す事を繰り返す。
「はぁー。完全に手が燃えているように見えるわ・・・。魔力や魔術についての知識が無ければ、倒れている自信があるわよ。」
麻実が優剛と真人の火の手を見て、溜息と共に愚痴る。
「イコ、あれは簡単じゃないからの・・・。」
「お爺様、わかっていますわ・・・。」
キャッキャしながら魔力の火で遊んでいる優剛と真人を見て、ヒロとイコライズが呟くように会話していた。
反射神経強化の訓練を終えて鬼ごっこが終われば、朝の訓練は終了である。
纏う、形を変える、魔力を外に出して操作、魔術、脳力強化、鬼ごっこ。全てが10分という短い時間であるが、子供が飽きないギリギリの時間で訓練内容を変える事で、集中力が持続されて効率良く鍛えられていた。
「イコは自分だけで体内循環させるのはもう少しかかるかもね。順調に魔力は増えているから、近い内に自分だけで動かせると思うけど、1人で練習する時は魔力切れに気を付けてね。」
「はい!ありがとうございました!失礼致します。」
元気な返事で最後の助言を聞いて、イコライズは次に予定されている勉学に励む。
「ユーゴ、今日はお主たちの家を見に行こうと思うが、良いか?」
「おぉ!もちろん!」
「よし。では中で少し話してから行こうか。」
客間にやってきた優剛たちがソファーに座ると、トーリアが紅茶と水を置いてくれる。
「うむ。ユーゴの家は3つほどに絞ったから、この中から決めてくれ。」
3つの家の間取りがわかる紙をテーブルに並べるヒロと同年代の執事。
(ヒロに付いている執事さんは『執事!』って感じの空気でカッコイイなぁ)
「どの家も貴族街にあるから治安も心配いらんじゃろ。何か希望はあるか?」
「はは。希望って今聞くの?3つに絞る前に聞いてよ。」
優剛が笑いながら文句を言うと、ヒロは「それもそうだな」と言ってガッハッハ笑った。
「うーん。希望ねぇ・・・。家は狭くて良いから、広い庭が欲しいかな。訓練するのに広さが欲しいからね。」
「ふむ。なるほどのぉ。ではこれはダメじゃな。」
そう言って家は広いが、庭が狭い家の間取りが書かれた紙を執事に渡す。
「この2つか。実際に見に行くのが良いじゃろ。」
「そうだね。行きますか。」
席を立とうとしたヒロを止めるように執事が口を開いた。
「ヒロイース様、例の件ですが、調査が終了しております。そちらも候補に含めてはどうでしょうか。」
「む?おぉ。そうか。優剛たちに説明してくれ。」
執事は畏まりましたと一礼して優剛たちに説明を始める。それは400年ほど前に来た日本人に関する話だった。
「資料によりますと、そのニホンジンの屋敷は現在も街外れにある騎士団の南訓練場の近くに残っております。屋敷の中に入る事が出来ない為、中の様子はわかりませんが、庭は今も定期的に庭師が綺麗に整備しております。」
「おぉ!あの庭が広い屋敷か。南の訓練場なら近くて良いのぉ。」
「何故、庭師が整備をしているのですか?それとなんでヒロが喜んでいるの?」
「庭師に支払う代金はニホンジンの主が亡くなる前に、フィールド家にまとまった金額を支払っているからです。フィールド家は代々そのお金を庭師の整備代にしていたようです。」
「儂は領主を引退した後に街の騎士団の教官みたいな事をしておる。それでよく訓練場に行くんじゃよ。」
近いから遊びに行けるのぉ。と言ってガッハッハ笑っている。
「ヒロイース様は優れた戦士で、領主になる前は王都の精鋭騎士が集まる魔導騎士団にも所属しておりました。」
「へぇー。ヒロ、凄いじゃん。」
「止めんか。昔の話じゃ。」照れながらそっぽを向いてしまうヒロ。
「それでなぜ中に入れないんですか?」
「屋敷の扉が魔道具になっていて、ニホンジンしか開ける事が出来ないと資料にはあります。」
「どんな魔道具にしたらそうなるんですか・・・。」
「全くわかっておりません。扉に書かれた文字に秘密があると研究者は言うのですが、解明には至っておりません。」
「扉から入らないで、窓を壊して入ったら良いじゃないですか。」
強盗みたいな事を提案する優剛。
「屋敷の庭までなら無断で侵入しても、何も起きません。しかし、屋敷に侵入しようとする者は小さい火傷を身体に残して気絶してしまいます。」
「何それ・・・。怖い屋敷ですね・・・。」
不穏な防犯設備に恐怖を覚える優剛だが、ヒロが笑いながら行ってみようと言い出す。
「ユーゴはニホンジンだから大丈夫であろう。こっちの2つはどうでも良くなったからその屋敷を見に行くぞ。」
「そんな家は日本に無いからね・・・。それに日本人として認定されなかったら、その2つの家も見たいよ。」
「それもそうじゃの。では馬で行くか?馬車は狭いから苦手じゃ・・・。」
「馬は乗れないから歩きじゃダメなの?」
「ユリもマコトも乗れるぞ。」
ヒロのそんな言葉を聞いて優剛は驚いて首を左右に振って2人を交互に見る。
「うん。私乗れるよ。」
「ボクも1人で乗れるよー。」
「い・・・いつの間に・・・。」
「うーん。お父さんがトーリアさんとお話をしている時にアイサさんに教えて貰ったの。」
「なんてことだ・・・。麻実、知っていた?」
「・・・初めて聞いたわよ。」
「2人ともなかなか上手じゃぞ。今日は馬に乗って街に行く予定になっていたはずじゃ。」
「真人、ごめん。遊んでいたわけじゃなかったんだね。」
優剛は今朝の訓練で魔力の練習をしないで遊んでいると思っていた真人に、魔力の練習をしろと言った件を真人に謝罪する。
「良いよ!」と元気いっぱいで謝罪を受け入れる真人。
(わかっているのかな?まぁ良いか。)
優剛は「2人とも凄いね!」そう言って2人を褒めちぎる。
「へへぇ」と言って2人はドヤ顔になっていく。
「それでどうするのじゃ?ユーゴとマミ以外は馬に乗れるぞ。2人は歩くか?」
「うーん。すぐ乗れるの?」
「走らせなければすぐじゃよ。すぐ。簡単なもんじゃ。」
「じゃあ乗っていくかー。」
渋々了承した優剛に全員が立ち上がって部屋を出ていく。「え」という表情をした麻実は移動中に小声で優剛を咎める。
「私は乗れないからね?どうするのよ?」
「僕と一緒に乗れば良いじゃん。」
「え?なんか怖いわね。」
口から出た言葉とは裏腹にニコニコしながら、優剛の隣を歩く麻実。
「麻実?なんで笑っているの?」
「っ!由里と真人が馬に乗れて凄いなーと思っているだけよ。」
「そうだよねー。凄いよね。いつの間に!?って感じで驚いたよ。」
そんな風に会話をしながら馬小屋の前に着いた優剛たちは馬の管理人から馬を割り振られていく。
「うわ。ホントに乗れている・・・。」
由里と真人が子供用の小さな馬に乗っている姿を見て優剛が呟いた。
「よーし。よろしくね。」そう言って馬の管理人から手渡された馬の顔を撫でた後に、鐙に足をかけて、馬に跨った優剛。
(高っ!と・・・とりあえず首でも撫でておこう。)
「どうやって動かすんですか?」
馬の首を撫でながら管理人に質問する優剛。
「おや?お前さん初めて乗るんか?馬を蹴れば動き出しますし、手綱を引けば遅くなりますよって。難しい事は無いじゃろぉ。」
「ありがとうございます。ヒロ、ちょっと練習させて。」
「まぁ少しなら構わんじゃろ。」
優剛はカッポカッポと、馬を歩かせて、感覚を掴んでいく。
「ねぇヒロ、これくらいの速度なら馬を使わないで、歩いても良いんじゃないの?」
「儂も年寄りでのぉ。膝が痛いんじゃよ・・・。」
ヒロは年寄りのような口調で馬に乗りながら膝を触って優剛の問いに答える。
「嘘だろ・・・。僕が乗れないのを楽しんでいるだけでしょ・・・。」
「そんな事ないぞ。」口元だけニヤつきながらそう言ってそっぽを向いてしまったヒロ。
「麻実、もう大丈夫そうだから後ろに乗って。」
馬上から優剛が麻実に手を伸ばすと、麻実は優剛の手を掴んで馬の上に乗った。
「私も練習しようかな。」そう言って優剛の腰に腕を回して掴まった。
しばらく歩くと、ヒロが遠くを指差して「あそこが訓練場だ」と言って教えてくれた。
「遠くからでもわかるけど、結構大きいね。」
「そうじゃの。例の屋敷は貴族街では無いから、まずは門を抜けるぞ。」
訓練場という事もあって、広い範囲で石壁に囲まれているのがわかった。
貴族街に入る為の簡易門を抜けて、市街地に入ると再び貴族街を囲む石壁沿いに
訓練場の方向に歩みを進めていくと、掛け声が辺りに響き始める。
「この辺りは街の外れになるが、訓練場があるせいか治安は良いぞ。」
訓練場は市街地と貴族街両方から入れるような作りになっているようで、貴族街を囲む石壁が、そのまま訓練場を囲う石壁になっていく。
訓練場の石壁は貴族街を囲う石壁と高さも同じで、馬の背中で立ち上がれば、手が届いて乗り越える事も出来そうなくらいだった。
「ヒロ、訓練場は貴族街と市街地のどっちからでも入れるの?」
「そうじゃ、この街の騎士団は実力主義じゃが、生意気な貴族が多くてのぉ。貴族街から訓練場に入れないとうるさいんじゃよ。だから、両方に入り口をつけた結果、この様な形になっておる。街の北にも同じような訓練場があるぞ。」
「へぇー。あぁ。あそこから入れそうだね。」
門などの入り口は見えなかったが、石壁が途切れた先を左に曲がった先には門番のような人が立っていた。
その道を曲がらずに真っすぐ進むと、ヒロがなんでも無いよう再び現れた石壁を指差して言ってきた。
「ここがニホンジンの屋敷じゃよ。」
「は?この石壁の向こうって事?広すぎじゃない?」
訓練場に行く道の向かい側が屋敷の敷地の側面となるようで、屋敷があるという石壁の向こうには木々が立ち並んでいて、敷地の中の様子は見えない。
「む?広い庭が良いんじゃろ?」
「いやいや。大き過ぎたら維持出来ないでしょ・・・。住むのと、見るのは違うでしょ。」
「そんなもんかのぉ。おお。ここから入るぞ。」
屋敷の庭に入る為の門は鉄格子のような作りで、外からでも庭の様子を僅かに見る事が出来た。その門を押して開けると、大きな庭と奥にある西洋風の立派な2階建ての屋敷が優剛たちを迎えた。
「広すぎだよ!ここは貰えないわ・・・。過剰請求だ。」
「む?仮にここに住めるなら報酬ではなく、ニホンジンの遺言通りに遺産をユーゴに譲渡するだけじゃ。気にするな、気にするな。ガッハッハ。」
優剛は「えぇぇ」と言う呟きを溢しながら馬から降りて近くの木に繋いでいく。
敷地の横幅は100m以上の広さがあり、屋敷の両サイドにも余裕があり、裏庭もあるそうだ。
庭は綺麗な芝生で整備されていて、花も所々に植えられている。屋敷に向かう道は歩きやすい石畳になっていた。
「よし、ユーゴ。ここが屋敷の玄関じゃ。扉を開けてくれ。」
「いや。そんな事を言っても開かないんでしょ?火傷して気絶したくないんだけど・・・。」
広すぎる庭と屋敷に優剛の小市民感が目を覚ましたようで、表情には力がなかった。
優剛はぶつぶつ言いながら扉に近づいていく。由里や真人はキャーキャー言って、庭を走り回っている。
(ん?何この文字。汚い字だけど日本語で『封印』って書いてあるの?)
「封印?何これ?読みにくい字だな。ま・・・。」
優剛が扉に日本語に見える『封印』の文字を口に出して言いながら、麻実にも確認してもらおうと、後ろを振り返って麻実を呼ぼうとした時である。
「ほぉ。きしゃんは、ひのもとのぐにから来たがか?」
訛りのある小さな声が日本語で聞こえてきた。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
皆様の読んでいた時間が、少しでも良い時間であったなら幸いです。
次回もよろしくお願い致します。




