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【第07話】 揺れる少女たち・前編

〝英雄とは何なのか?〟


〝力を持つ者が英雄? 答えは否。力は力でしかなく、強さの証明にしかならない〟


〝正義を持つ者が英雄? 答えは否。正義とは立場が変われば変化する曖昧なものな故に〟


〝では真の英雄とは何なのか? それは――〟



「……んがっ」


 ふいに覚醒した悠月は眠気眼を手で擦りつつ、ベッドからのそのそと起き上がる。カーテンの隙間からは眩しい日の光が入り込んできており、それが朝になっている事を物語っている。

 何か重要な夢を見ていたような気がしたが悠月はまったく思い出す事が出来なかった。目が覚める直前に見ていた夢なら起きたての頃なら覚えている事が多いが、今日に限ってはまったく思い出す事ができなかった。

 なにか消化不良のようなものを感じながらも悠月はベッドから立ち上がって伸びをする。


「う~ん……。あ、そういや疲れてすぐ寝ちゃったから風呂入ってねーや……」


 それだけを言って気だるい体を引きずりつつ悠月は部屋を後にし、階段を下りてい風呂場へと足を進めた。

 まだ半分寝ぼけている悠月は風呂場の扉の隙間からは微かに明かりが漏れているのに気付かず、風呂場の扉をおもいっきり開けてしまった。


「ったく、学校面倒くさ……い……」

「へっ……?」


 風呂場の中を見た瞬間、悠月の寝ぼけた頭は一気に目を覚ました。

 扉を開けた先にはパンツ一枚のルキが濡れた髪をタオルで拭いていたのだった。

 言うなればほとんど裸の状態のルキは少しの間膠着し、すぐに顔を真っ赤にさせてタオルで全身を隠した。だが時すでに遅し。すでに悠月は控えめながらも綺麗なルキの裸体をしっかりと見てしまっている。見た事ないくらいほどに顔を真っ赤にさせたルキは、震える右手を悠月へと向けた。


「ご、ごめ……。お前が入ってるとは……」

「……ど、堂々と覗いてんじゃないわよ、このド変態っ!!」

「どあああああああああああああああああああああああああっ!?」


 激昂するルキの右手からは手の平サイズのオーラの弾が発射され、見事に悠月の顔面へと直撃した。オーラは弾は当たったと同時に弾けて消え、直撃した悠月はそのまま後方の廊下の壁に向かって吹っ飛でしまう。

 あまりの痛みに額と背中を押さえて悶絶する悠月をジト目で睨みつつ、ルキは「バカッ!!」と怒鳴って扉を勢いよく閉めた。

 額は赤くなっているだけで大事には至っておらず、悠月はよろめきながらゆっくりと立ち上がって溜息をついた。


「本来なら嬉しいイベントなんだが、相手が魔導師だと命に関わるな……」


          *


 風呂から上がった悠月は学ランへと着替え、まだ少し痛む額を摩りながら居間へと向かうとすぐに香ばしい焼きたてのパンの匂いがした。いつものなら朝はそれで気分が上がってくるのだが、今日に限っては少々気が重い。

 しかし悠月は意を決して居間へと入った。見ると居間のテーブルには朝食が置かれており、それを食べながらルキとこよりが楽しく談笑していた。しかし悠月の存在に気付いた途端、ルキは怒ったような表情となってそっぽを向いてしまった。

 悠月は少し気まずそうな雰囲気で近づいていき、こよりの隣の椅子へと座った。ルキは母親に借りたのか一般的な普通のジーンズとTシャツを着ている。


「お、おはよう、ルキ。さっき言い忘れたからさ……」

「……おはよう」


 それ以上の会話はなく、ルキは黙々と食事を続ける。この様子にこよりもオロオロし始めたので謝らなければ話が進まないと思い、悠月は意を決してルキに手を合わせて頭を下げた。


「今朝はすまなかった。まさか、お前が風呂に入ってるとは……」

「……明かりも付いてたし、普通はノックくらいするもんじゃないの?」

「えっ? お兄ちゃん、お風呂覗いたの?」

「ち、違うぞ、こより! 寝ぼけてて気付かずに風呂の扉開けちまったんだ。けっして故意があった訳じゃない!」

「どうだか……。そういえばあんたって一昨日もあたしの後をつけて倉庫まで来たのよね? もしかして本当の変態なんじゃない?」

「ち、ちがっ……アレは魔導師としても直感に従っただけだ! やましい気持ちじゃねーよ!」

「お兄ちゃん……」

「信じてくれ、こより! お兄ちゃんはそんな人として誤った事はしない! 悪かったって本当に!」


 女性陣からの白い視線に悠月は慌てて理由を言うが、こういった事案の場合は何を言っても言い訳にしか聞こえなくなってしまうのが悲しい。

 電車での痴漢の場合、どう考えてもやっていなくとも女性が黒と言えばどんなに言葉を尽くしても黒となる。弱い立場と呼ばれる女性だがこういう風に考えると男性の方が社会的には弱い立場なのかもしれない。冤罪で逮捕されるニュースが多い昨今、悠月は常々そう思う。

 とはいえ今回は悠月が覗いた事実は揺ぎ無い事実なのでもはや裁判をするまでもなく有罪である。

 もはや何を言っても無駄だと悟った悠月が判決を待つ罪人の表情をしていると、それを横目で見たルキは諦めたように深い溜息をついて悠月の方へと向き直った。


「……一応反省はしているみたいだから、今回は許してあげる。だけど今朝の事は忘れなさい」

「りょ、了解しました……ありがとうございます」

「お兄ちゃんって本当デリカシーないよね。なんか全体的に」

「……気をつけてはいるんだがな。そもそもちゃんと鍵を掛けていないルキにも……」

「はっ? あんた豚箱に入りたい訳? それとも今ここで豚の餌にしてあげようか?」

「申し訳ありませんっ!! 以後このような事が起きないよう反省する所存でございます!」

「よろしい」


 キレイに敬礼する悠月にそう告げ、ルキは一息つくかのようにコーヒーを飲み始めた。

 ようやく事態が収まった事に安堵し、悠月は少し冷めているパンを手に取ってもそもそと食べ始めた。そしてキッチンでお弁当を作っている母親に聞こえないような静かな声でルキへと話しかける。


「……それにしてもお前日本語上手いな。勉強でもしたのか?」

「これは魔石の力よ。魔導師が所持する事で言葉を自動で翻訳してくれる訳。とはいえ、この魔石がその言葉を覚える為にはその言葉を使用している人間の周辺で言葉を学習させる必要があるけど」

「学習? 魔石なのに学習機能みたいなもんがあるのか?」

「機能っていうとこの世界の機械みたいな感じになっちゃうけど。この魔石に込められている翻訳用の魔力が自動で言葉を収集するって感じかしら。あたしもそこまで詳しくはないけど、特別な魔力を石に魔法陣を植え付けて制御してるって聞いた事あるわ。あたし達が戦闘で使っている魔力とは性質が違うのよ」

「自分の声も変換してくれるのか……まるで未来の道具みたいな夢のような魔石じゃないか。こっちの世界にそんな便利な翻訳機能無いぜ」

「そうなの? とはいえこの世界の科学力も大したものよ。遠距離の相手と連絡が取れる携帯電話に鉄の塊である飛行機が飛んでいるという事実。こっちの世界に来てから驚愕の連続だわ」

「あっちの世界での連絡手段ってどうしてるんだ?」

「基本は魔導師同士が専用の魔石を使って思念を送って頭の中で会話するって感じね」

「いわゆるテレパシーか。十分すごいように思えるが」

「それがそうでもないのよ。燃費は悪いし、長時間の会話は脳への負担も大きいの。日常向きじゃないのは確かね」

「なるほど。一長一短って感じか……」


 ルキの世界の魔法とは悠月が思っていたような夢の代物という訳ではないらしい。魔法で出来て科学では出来ない事、逆に科学で出来て魔法では出来ない事があるとの事。似たような事はできるが科学の方が一般人にも扱えるという点ではルキの世界よりレベルは高い。

 ルキの話だとあくまで魔法は魔導師という人間でしか扱えない代物であり、一般人が使える魔石は限られているという事だ。もしこの科学をあちらの世界に持ち込んだら魔法と科学が融合し、新たな文明を開花させるのかもしれないと悠月は考えたが、それを実行するにはあちらの世界に行かなければならない。それが出来るのならばルキも苦労しない。


「そういえば、ルキってこの世界に来てそのくらい経つんだ?」

「そうね……約二ヶ月くらいかしら?」

「すげーな。ビジネスホテルに泊まりながらこの世界の勉強したってんなら大したもんだ」

「幸い図書館や漫画喫茶みたいな便利な所を早い段階で見つけたからね。文字を覚えるのには苦労したけど、翻訳と照らし合わせながらなんとかって感じ」

「マジか……もしかしてお前って頭良いの?」

「これでも魔導師育成学校ではかなり良い成績だったのよ? 見直した?」

「まあな。さぞ同級生からは羨望の眼差しで見られたんだろうなルキさんよ」

「………」

「……無視かよ」


 しばらく雑談をしていた悠月たちは食事を終え、悠月とこよりはお互い学校へと行く為に玄関で靴に履き替えていた。

「ねえ、悠月。……明後日にあたしも悠月の通っている学校へ行っても良い?」

「はっ? なんでだ?」

「少し気になる事があるっていうか……。あたしにしか調べられない事だからさ」

「なんだよ、それは俺が調べちゃ駄目な事なのか? というか今更だが俺とこよりは普通に学校に行っても大丈夫なのかよ?」

「それは大丈夫。こよりちゃんには護身用の転移魔石を持たせておいたから。緊急時に魔石にこよりちゃんが念じればすぐにあたしがそこに転移できる。許容半径は10キロ圏内だし問題ないわ」

「そんなもんまであるのか。俺は?」

「あんたはもう戦う力があるでしょ? ナイフを忘れないで持って行ってね」

「雑だな、俺の対応……。てかなんで明後日なんだ?」

「今日明日は少し調べておきたい事があるの。あの次元の裂け目についてね。だから今日明日は留守にするわ。明日の夜には帰ってくる」


 どうも歯切れが悪いというか何かを隠しているようなルキの態度に疑問を抱いたが、確かに次元の裂け目の調査は必要なのは事実だ。デュナミス抜きでどこまで調べられるのかは分からないが、何かルキにも考えがあるのだろう。どちらにせよデュナミスを見つけない限りは、悠月も動きようが無いのは事実でもある。


「……次元の裂け目の件はわかった、任せる。だが俺に学校に来る話は保留だ。少し考えさせてくれ」

「どうして?」

「ただでさえ昨今は不審者に敏感なんだ。堂々と真正面から入れるとお前だって思っている訳じゃないだろ?」

「やっぱり怪しまれるかしら?」

「考えてなかったのかよ……。やるんだったら忍んでやらないといけない。急を要する事か?」

「そういう訳じゃないけど……」

「? なんだか分からんがそういう事だ。じゃあもう時間だから行くわ、調査よろしくな。何かあったらすぐ伝えてくれ」


 悠月は何か言いたそうなルキに背を向け、扉を開けて家を後にした。こよりも少し戸惑いながらも悠月の後に続いていく。

 家を出て少し歩いたところで、こよりが悠月の隣へと並んで学ランの裾をつまんできた。


「……さっきの居間でのルキさん楽しそうだったね」

「そうか? いつもあんな感じじゃねーか?」

「ううん。なんかいつもはピリッと気を張っているみたいな感じだった」

「へ~、よく分かるな」

「うん。こよりと同じ雰囲気だったから」

「同じ……?」

「学校ではイジメられないように気を張ってるけど、お兄ちゃんとかの前だと安心して話せるあの感じにすごく似てるの。気を許せる人と久々に話したような」

「………」


 確かにそう言われるとルキの態度はこよりの言う通りに近い雰囲気だったと今となっては悠月も思う。

 今までがプライドが高く気丈に振舞っていたイメージが強かったので考えもしなかったが、ルキは一人訳も分からない世界に飛ばされてしまったのだ。元の世界の外国に行くのとは訳が違う、いわゆる異世界に単身で飛ばされてしまった。それで気丈に振舞う彼女のストレスはいかほどのものだったのか?

 少し考えれば誰でも分かる事だ。まだ数日の付き合いではあるが、彼女はもしかしたら安心できる時間が欲しいのかもしれない。今の状況がそれを許さなかったとしても、ルキは気を張り続けている中で無意識化で望んでいるのかもしれない。


「……ルキさんはお友達が欲しいのかもね」

「お友達……か。そう、かもな」

「一人はさびしいもん。たまたまだったのかもしれないけど、お兄ちゃんと知り合えて楽しいのかも」

「そんな事あいつが思っているとは考えにくいがな」

「朝の質問も、もしかしたらお兄ちゃんの学校のお友達に会いたかっただけとか?」

「マジかよ、あいつには似合わない考え方だな」

「はあ……お兄ちゃん、そういうところだよ。デリカシー無いの」

 

 こよりの深い溜息に苦笑しつつ、悠月はルキが帰宅してから少し遊びにでも誘ってみるかと頭の片隅で考え始めた。

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