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【第05話】 新たなる日々・前編

「……デュナミスが言っていた『ダークマター』は、あんたの世界で呼ばれている物と違ってあたし達の世界では実際に存在する『魔石』の事なのよ」

 

 ルキはどこを見るとなく公園内で遊んでいる子供ら辺を遠巻きに見ながらそう告げた。

 デュナミスの遭遇から少し経った今、悠月とルキは近場の公園のベンチで座り一息入れていた。遊んでいる子供たちの光景は先ほどまで起こっていた事が嘘かのように平和な光景だった。

 だがそれはあの子供たちが先ほど悠月が体験した出来事を知らないからの無邪気さなのだ。世の中知らない方が幸せという言葉はマジかもしれないと思いつつ、悠月は持っていたコーヒーの缶に口をつけた。


「たしか俺らの世界では、宇宙に漂う謎の物質だったけな。決して光を反射する事はないとか内部に蓄積された光が爆発して太陽になるとか色々言われてるな。それとは違うのか……」

「とはいえ、性質的には似たようなモノなの。アステラス世界の『ダークマター』はしいて言えば人工的に造られた暗黒物質ってところ。『第一次魔導大戦』の頃にね」

 

 過去に起こった『第一次魔導大戦』の時代、『アンリミテッド』の初代担い手との魔獣との激戦の最中の頃。あまりの強さを誇る『アンリミテッド』の初代担い手という脅威に対し、ある程度の知能を持つ高位の魔獣が他の魔獣たちの全魔力を使った大陸すらも塵にするかのような大破壊を目論んだ。

 恐ろしく早いその魔獣たちの魔力収縮を察知した『アンリミテッド』の初代担い手は、それを阻止する為に動いた。『アンリミテッド』の能力を限界まで開放し、暴発寸前となっていた敵の大魔力を魔獣もろとも特殊な石の中に封印した。

 特殊な呪印で封印された大きな魔力を封印したその石は光を反射する事のない暗黒の魔石となった。その魔石は後に『ダークマター』と呼ばれ、その封印と共に魔獣の数は激減して戦争は終結した。

 大魔力と魔獣を封印する際に発生した魔力を浴びた事により、周辺諸国の生き残った人々は魔法を使えるようになった。その終戦の年が『創世暦』の元年と呼ばれる年となる。

 だがこの戦争での生き残りの全世界人口半は戦前の分以下。あらゆる文明が魔獣に食い潰されてしまい、人々は過去の文明を捨てて新たな魔法文明の時代を始める事を余儀なくされていた。

 『アンリミテッド』の初代担い手と『ダークマター』は戦後消息を絶った。世界中の人々が彼を探したがその姿を確認する事は無く、世界を救った英雄は歴史から姿を消した。人々は彼が神様が与えてくれた天からの救世主だと思い、初代担い手は未来永劫伝承として伝わり続けた。

 その後の三千年に渡り、『アンリミテッド』の担い手は現れる事は無かった。


「……なるほどな。『魔元団』であるデュナミスはその魔石から大魔力と魔獣を開放する事でも狙っているのかな?」

「可能性は高いわね。いまだに所在が掴めていない伝説上の『ダークマター』……それが敵の手にあるっていう最悪のシナリオ。あたしだって半信半疑だけど、あそこでハッタリを言ってくるとは思えないわ」

「ハッタリの可能性もあるがどうなのかな……」


 全ては『ダークマター』の為と断言したデュナミス。魔導人形部隊・総司令官を名乗り、思念転送型の特殊魔導人形を造りだしてこの世界に干渉してくる魔導師。悠月を監視する為にルキよりも早くこの世界へとやってきたと言う。もうすでにこの世界の侵略は自分が知らないだけで進んでいるのかもしれないという事実に悠月の背筋に冷や汗が流れる。

 自分たちの世界が何者かに侵略されているという漠然とした恐怖がいつの間にか目の前まで迫ってきていた。


「……ごめんなさい。少し一人で考えたい事があるから、今日はこれで別れるわね」

「いや、でも一緒に対策を練った方が……」

「妹さんの為にも寄り道せず帰りなさいよ。友達にあたしの事聞かれたら適当に親戚とか言っときなさい。じゃあ、今日はありがとう」


 そう言い放ち、悠月の制止の声も聞かずに公園を立ち去って行ってしまった。

 あまりにもはっきりとした拒絶に咄嗟に反応する事が出来なかった悠月は溜息をついた。だがこよりの安否が気になるのは事実なので、とりあえず自分の鞄を取りに藍川高校に戻る事とした。

 まだ敵が襲ってくるかもしれない可能性はある。守る力がある自分がさっさと帰ってこよりの安全を守らなければならない。

 本来なら世界中にこの危機を発信しなければならないのだろう。世界の危機が迫ってますよと。

 だがそんな話を誰が信じる? 一般人の目には見えない次元の切れ目が発生し、異世界の敵が攻めてきているという荒唐無稽な話を信じる人が居るだろうか?

 この先デュナミスがどんな事を仕掛けてくるかは分からない。またこよりを狙ったり、それそこ関係のない一般人を狙ったりあの手この手で迫ってくるかもしれない。だが敵の行動原理が分からない以上、何とも言えないのも事実。悠月を監視してると思ったらこよりを狙ってきた。それが何を意味しているのかは悠月は分からない。狙われているのは確かだが目的が分からない。

 悠月への人質の為にこよりを狙ったのか、こより自身が目標だったのか。それならばなぜ今まで手を出さなかったのかが疑問である。

 ルキの事も知っているようだったし、ルキがこの世界にやってきてしまったのにはデュナミスが関係しているのかもしれない。謎だらけで悠月の頭はパンク寸前になりそうだった。

 

「……やはり、もう一度デュナミスに会うべきだな。奴から問いただすしかない」

 

 藍川高校へと戻ってきた悠月は出来るだけこっそりと校内へと入っていく。時刻はすでに夕方であり授業は終わった放課後。部活をやっている生徒以外は帰宅して閑散としているが、ここで教師や知り合いに会うと面倒くさい。

 だがそんな悠月の心配も杞憂だったのか誰にも会わずに教室へと辿り着いた。そこで安心した悠月が教室の扉を開ける。そしてそのまま膠着する。


「……こんな時間まで何やってたのかな?」

「あ、麻美? ま、まだ教室に残っていたのか」


 ほとんど誰も残っていないその教室では麻美が悠月の机に座っていた。

 悠月を真顔で見てくるその麻美の背後には般若の霊を幻視してしまう。これは麻美が本気で怒っている時の態度だった。近くの椅子には井上が座っているが、我関せずといった感じで携帯電話を弄っている。


「……どうしたんだよ、そんな恐い顔して」

「悠月くんこそ恐い人だよ……。井上くんのような女ったらしだったなんて」

「あのね、寺島。僕は女ったらしではなくて……」

「井上くんは黙ってて」

「……はい」


 あの井上ですら麻美の気迫に圧倒され、素直に引き下がってしまう始末。どうやら相当ご立腹のご様子。あの言い方からすると昼休みにルキと校門で会ったところを麻美に知られてしまったらしい。

 なぜそれでここまでご立腹になるのかは悠月も薄々感づいているが、とりあえず機嫌をなだめるのが先決だろう。


「麻美、とりあえず落ち着けって……」

「落ち着いてるもんっ!! むしろ、悠月くんが落ち着きなよ!」


 意味不明な事を言い始めた麻美に辟易した悠月は自分の机へと歩いていき、置いてあった自分の鞄を取って中に手を突っ込む。


「ねえ聞いてるっ!? このままじゃあ悠月くんは……んがふっ!?」

「これでも食え。腹が減ってるからイライラするんだ」

「ぼながふあんげ……」

「いいから食えって。その間に訳を話すからよ」


 悠月は鞄からコンビニで買ったクリームパンの袋を取り出し、素早く袋を開けてギャアギャアと騒ぐ麻美の口へとパンを捻じ込んだ。

 あまりに突発的な行動に麻美は目を丸くするが、おとなしくもぐもぐとパンを食べ始めた。


「……実は今日校門であったあの女の子は俺の遠縁の親戚なんだよ。今までほとんど会った事がなかったが、昨日再開してさ。どうやらこの街にしばらく住むらしくな」

「へ~親戚の子か。あんな可愛い子が親戚に居たなんて知らなかったよ」

「少し複雑な関係なもんで、井上にも話したくなかったんだよ。まさか学校に来るとは思わなかったがな」

「本当に可愛い子だったけど、名前とか聞いていいかい?」

「み、水瀬ルキって名前だ。同い年だけど俺の方が少し上の……かな?」

「なるほど、親戚か……」


 単純に知り合いと言えばよかったのかもしれないが、ルキのこの世界での所在を悠月は知らないので言われた通りの設定で押し通す事にした。

 そんな様子を黙って聞いていた麻美はパンを租借しながら悠月へと申し訳なさそうな顔を向ける。


「ほうなんば~。なんふぁごふぇんね、ゆふきふん」

「お、おう……気にすんな。パンを食うか喋るかどっちかにしろ」


 思っていた以上にあっさり二人が信じてくれて悠月は胸を撫で下ろした。

 さすがに少し無理がある設定かと思ったが案外なんとかなった。嘘をつくのは気が引けるが本当の事をこの二人に言う訳にもいかないのは事実。信じてもらえないというのもあるし、仮に信じてもらったとしてもこの事件に二人を巻き込む訳にはいかなかった。

 悠月がなんとも複雑な表情をしていると、ようやくパンを食べ終わった麻美が安堵の溜息をついた。


「良かった……。もう、井上くんが変な事言うからビックリしたよ~」

「僕はただ『悠月が可愛い女の子と授業をサボった』って言っただけさ」

「お前……余計な事吹き込みやがって。とにかく、そういう事だからよろしくな。俺は早く帰らないといけないし今日はもう帰るわ」

「じゃ、じゃあ、私も一緒に……うきゃあっ!?」

「あでっ!?」


 さっさと歩き始めた悠月の方へ行こうとした麻美は、机の足に自分の右足を引っ掛けてしまい、悠月にタックルするかのように倒れこんできた。疲れて油断していた悠月もそれに巻き込まれてしまい、前のめりとなりながら一緒に床へと倒れてしまう。


「いたたた……。ゆ、悠月くん……大丈夫?」

「……大丈夫だから早くどいてくれ。あ、当たってるからよ」

「へっ……? わきゃあああああああっ!?」

「ぐえええええええっ!?」


 そこでようやく麻美は自分自身のその大きな胸を悠月に押し付けている事に気付き、真っ赤になりながら悠月の上で勢いよく立ち上がった。

 おもいっきり背中を圧迫された悠月はヒキガエルのような鈍い悲鳴を上げる。

 そしてすぐに麻美は悠月から離れ、咳き込みながら立ち上がる悠月の顔を見てさらに顔を真っ赤に染めたまま自分の鞄をひったくって教室から出て行ってしまった。


「……良かったじゃないか悠月。可愛い女の子とも密会できてラッキーイベントまで起きて。君は本当に運が良いよ」


 そんな井上の一言に、悠月は苦笑しか返す事はできなかった。

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