【第10話】 真実の向こう側へ・後編
「いえ、そんな……はい……ではまた後日」
電話の向こう側の相手が電話を切るのを聞いてから悠月も自身の通話も切り、携帯電話をポケットにしまいながら溜息をついた。
ここは土手付近にある公園。先ほどの魔導人形襲撃から二時間が経過しており、すっかり夜の帳が下りる時間になっている為に辺りは薄暗く子供の姿も見かけない。そのおかげでこよりをゆっくりとベンチに寝かせる事ができるのだが。本来は自宅のベッドで寝かせるのが良いのだが、いち早くこよりの治療を行う為に致し方なかった。
ルキの膝枕で眠るこよりは治療魔法のおかげで顔の血色は良くなり始めており、悠月も内心かなりホッとしている。助け出したすぐはまるで死人のような顔をしていた。それも魔力を無理矢理抜かれた影響だとルキは言っていた。
治療中に聞いた話によると、こよりは学校帰りにたまたま麻美と会ったのだが様子のおかしい麻美の話を聞く為に川原へと向かった。頑なに断る麻美をかなり強引に連れてきたようで、話を聞きだすのに時間が掛かったとの事。それもそのはず、実の兄である悠月とのいざこざの話など妹のこよりにしにくいであろう。
話を聞いている最中、辺りが妙な気配になったのにこよりは気付いた。するとそこに突如として黒いローブを着た男が現れた。こちらに近づいてくる男を不気味に思った麻美とこよりはその場を逃げた。するとその男は二人を追ってきたのだ。いよいよヤバイと思った麻美は警察に連絡しようとするも圏外で連絡する事もできない。
住宅街に入ろうとする二人の前にゴーレム型の魔導人形が現れて襲い掛かってくる。訳が分からないながらに無我夢中で建設途中のマンション施設内に入るが、そこで二人に魔導人形が攻撃を仕掛けてきて、こよりを庇って吹き飛ばされた麻美が怪我を負ってしまう。
そしてそこに黒ローブの男までやってきて、倒れるこよりの首筋を掴んだと思ったら唐突に自身の身体から力が抜けて全く動かせなくなった。ルキの話だとこよりはこの瞬間に魔力を奪われたという事らしい。
全ての魔力を奪われそうになった時、先ほど吹き飛ばされた麻美の決死の体当たりにより、黒ローブの男はこよりから手を離してしまう。そんな麻美はゴーレム型魔導人形に掴まれて力強く握られて気絶。そこに悠月が駆けつけて先ほどの戦いへとなった。
こよりは魔力欠乏症による貧血、そして麻美は頭部怪我・左腕骨折と大惨事となった。麻美の怪我はルキの回復魔法による治療で治り、その後に救急車を呼んで貧血で倒れたという事で病院に搬送されていった。先ほどの電話は麻美の母親への電話であり、麻美が運ばれた病院を伝えていた。
こよりは麻美と違った魔力回復の治療魔法を受けている。外傷がほとんど無かったが、怪我の治療よりも時間が掛かるようで公園のベンチに寝かせて今も治療を行っている。
「……しかし、まさかこよりも魔導師、しかも『アンリミテッド』の担い手だったとはな」
「……微弱すぎて悠月の魔力の陰に隠れて分からなかったけど、間違いなくこいりちゃんも魔導師の力を持っているわ。しかも今の時点のかなりの量の魔力をね。いったいいつ覚醒したのか分からないけど」
「兄妹で伝説の魔導師なんて、な……。この力の出所は分からないが、やはり両親がルキの世界と関係しているのか?」
「可能性がゼロでもないけど、今の段階ではなんとも言えないわ。『アンリミテッド』が遺伝による一子相伝なのかも分からないし」
いったい自分は何者なのか?という疑問は尽きないが、それよりも敵がこよりの魔力を狙ってきたという事実が問題だ。敵が狙ってくるくらいなのだがから、自分やルキとは違う特別な力の可能性は高い。
悠月の能力の覚醒のきっかけは『インペリアルナイフ』に触れたことであり、それまでに自分に特殊能力があると感じた事すらなかった。だがしかし、こよりの場合は実は前から妙な片鱗を見せていた。それが今となっては『アンリミテッド』の能力の片鱗だったのかもしれないと容易に想像できる。
「……こよりの周りでは昔から妙な事が起こりやすかったんだ。自分の持っていた物や周囲の物が忽然と姿を消すっていうな。最初こそは偶然かと思ったが数年に渡って起こり続けた結果、こよりは周りから気味悪がられた。それがイジメを受けるきっかけだったんだけどよ」
「その話から推測するに、こよりちゃんの『アンリミテッド』の能力は空間を操る『エリジオン』って能力ね。詳しい事は判明していないけど、一説には時空間ですら操る事ができると言われている強力な魔法よ」
「そんな凄い魔法なのか……厄介な魔力を奪われちまったな」
「大丈夫、魔力の大半を奪われただけで根本の魔法を完全に奪われた訳ではないわ。魔力が回復してくれば自然と魔法は使えるように修復するはず。でも、自分とは違うタイプの魔力を奪うなんてね……おそらく魔導人形だからこそ出来る芸当ね」
「何をする気か分からんが、かなりマズイ事態になりそうだな。そういえば、あいつが妙な事言ってやがったな。ルキのおかげで計画が進んだとかなんとか……。どういう事だ?」
「…ッ……!?」
悠月の言葉を聞いたルキは途端に顔色を変え、気まずい表情で俯いてしまった。
その態度に疑問を思った悠月だが、おそらくルキが悠月たちを事件に巻き込んでしまった事を気に病んでいるのだろうと考えた。悠月はルキに気を使うように一際元気よく話しかける。
「気にすんなって。敵がこっちを混乱させる為に言った戯言だってのは理解してるよ。むしろ、こよりを助けてもらって感謝して……」
その途端、悠月は大きな魔力の気配を肌で感じた。それはルキも同じようでハッと顔を上げて川原の方へと視線を向ける。その先の夜空に怪しげな光が輝いて見える。魔導人形とは違う魔力なのだが、悠月にはこの魔力には覚えがあった。
「こいつは……『アンリミテッド』と同じ魔力だと?」
「……おそらくデュナミスが奪ったこよりちゃんの魔力ね」
「ちっ、これ以上なにかされてたまるか。俺は行ってくるから、お前はこよりを頼む!」
それだけを言うとルキの静止の声も無視して悠月は魔力のする方へと走っていった。
*
「……ここか。この街で一番安定している次元の切れ目だな」
そう言いつつ、黒ローブ姿の男は歪みを繰り返す空間に浮かぶ亀裂へと近づいた。
河川敷にある小さな公園の片隅に佇むブランコ前で立ち止まり、黒ローブ姿の男はその上にある次元の切れ目はと両手をかざした。すると男の両手から淡い光を帯びた霧のようなモノが出てきて、次元の切れ目の亀裂の中にへとまるで吸い込まれるように次々入っていく。
その霧が次元の切れ目へと入っていく内にその男の腕はどんどん細くなっていき、その霧が止む頃には枯れ木の枝のような腕となった。
「……遅かったではないか、水瀬悠月」
「やっぱりテメーか、デュナミス……」
空に掲げていた腕を下ろし黒ローブ姿の男……デュナミスが振り返ると、そこにはすでにナイフを長剣へと変化させた悠月が身構えて立っていた。
すでに臨戦態勢の悠月を前にしてもデュナミスは余裕を崩す事なく立つその姿からは不気味さを感じさせる。元々が魔導人形という事だからというのもあり、不気味さを際立たせている。
「すでに水瀬こよりから奪った魔力はアステラスの世界に転送し、我が目的は達成された」
「その魔力をどうするつもりだ」
「破壊と再生、その大儀に必要なモノだ。貴様とルキ・ハーディストには感謝してもしきれんよ」
「前にも言ってやがったな……ルキのおかげで目的を達成できるとか」
「ククク……どうせこの魔導人形ももう壊れるのも時間の問題。それまでに特別に教えてやろうか」
「ずいぶん気前が良いじゃねえか」
「お前らに次元を超える術はない。真実を知った上で遠い次元の先で震えているがいいさ」
デュナミスの言う通り、悠月やルキに次元を超える術はない。ここで目の前の魔導人形を倒したとしても本体は次元を超えた先に居る。もはや状況は詰みになったと言っても過言ではない状況だ。だからこそデュナミスのこの余裕なのだろう。
「この広い世界でも微弱な魔力は数々確認してきた。その中で目的の魔力を持つ貴様らを見つけるのには骨が折れた。五年もの無駄な歳月を使ったのは痛手だったな。元々この世界に送る事の出来る魔導人形の絶対数には限界がある。人口数だけはあるこの世界は実に探しにくい世界だった。長い月日の中でついに見つけたのさ、お前を」
「……どうして別世界である地球に『アンリミテッド』の担い手が居るんだ?」
「それは私も疑問だったよ。だが文献を調べていく内にひとつの答えへと辿りついた。初代『アンリミテッド』の担い手である人間は元々あの世界の人間では無かったのだ」
「なんだと……!?」
しかしそこまで調べたデュナミスにもどういった経緯であの世界へとやってきたのか分からなかった。だが重要なのは別世界が存在しているという事実と、初代の担い手がそちらの世界出身であるという事。
デュナミスの悲願を達成する為にはどうしても『アンリミテッド』の力が必要であり、その情報を元に私は時空間の研究を進め、ついに別次元へと行く方法を見つけ出した。実験の結果、普通の生命体が無事に次元を超える事は不可能という結果が出てしまった。
そこで命を持たぬ魔導人形を改良し、デュナミスが遠隔操作で別次元への進入を試み、結果は成功。問題点があるとすればこの魔導人形を操っている間は本体であるデュナミスの肉体が仮死状態になって無防備になってしまう点。そして何度も繰り返し魔導人形から元の肉体に精神を戻す事が難しいという事だった。
時空を越えたデュナミスは元の世界との文明の差に驚く一方で『アンリミテッド』の担い手を探し続けた。時間経過の法則がアステラス世界と同義かどうかは不明だが何千年も前の事。本人は生きておらずとも魔力を引き継いだ子孫が残っている可能性があると探し続けた。そして見つけ出した。微弱だが同じ魔力を持つ悠月とこよりを。
だがそれは魔力と言うにはあまりにも微弱であり、とても奪う事ができる量ではなかった。覚醒させる為の条件を探しに元の世界へと精神を戻したデュナミスは、そこでこよりこそが必要な力を持つ人物だという事を発見する。そこでデュナミスは同じ種類の魔力が互いに同調し合う現象に目をつけ、『ダークマター』から抽出した僅かな『アンリミテッド』の魔力の残滓を植えつけ人工的に『アンリミテッド』の担い手を造りだそうという計画を立てた。
「人造の『アンリミテッド』の担い手……だと?」
「お前の世界にある知識は実に役に立った。科学を魔力に置き換えて研究を進め、私は『アンリミテッド』の残滓魔力を結晶化する事に成功したのだ。だが魔獣にはこの魔力結晶を受け入れる事はできなかった。実験の結果、この魔力結晶は人間にしか適応できないという事実が分かった」
「まさか……!」
「そうさ、人体実験だ」
戦争中という事もあり、村ひとつを壊滅させて奪ってきた人間を実験材料にデュナミスは人体実験を繰り返してきた。だが人間の方が適応するとはいえ、元々魔力の適正が無い人間では魔力結晶を埋め込んだ時点で死んでしまうという事態が続いた。しかも魔導師に実験を施しても、元々別の魔力を内包しているせいで反発反動で死んでしまった。
そこでデュナミスは秘密裏に敵である魔導師軍団である『ブレイブ』に接触を試みた。
人類を守る組織である『ブレイブ』だが組織は組織。中には欲深き自己中心的な人間も潜んでいる。その人物に本人の身の保障と『魔元団』での絶対的な地位を約束し、仲間へと引き込んで内通者を仕立てあげていたのだ。元々は戦況を支配する為に使っていた駒だったが、そういった人物を使って魔導師と育成する機関にその魔の手を伸ばす。
その機関で育てていた魔導師の卵の子供たちを実験に使おうと目論んだのだ。『ブレイブ』上層部を操り『アンリミテッド』の担い手という救世主を復活させる計画を軍に発足させた。戦況が芳しくない状況に『ブレイブ』上層部は了承したのだが、その実験は熾烈を極めた。適正の無い子供は次々に発狂して死んでいく状況が続き、その状況が民にも伝わってしまったのだ。尊厳を無視したその行いに至難殺到し、『ブレイブ』は国から糾弾され始めたのだ。しかしデモが続く中、ついに魔力結晶と適合する子供が現れた。
能力こそはデュナミスが求めていた『アンリミテッド』の能力では無かったが、現代に伝説の担い手が復活したのだ。
「それこそがルキ・ハーディストだ」
「あいつが……造られた魔導師だと?」
伝説の『アンリミテッド』の担い手が誕生したという喜びと人体実験に対する怒りが交じり合う複雑な空気が国中に流れた。だがまだ子供であるルキが戦場へと行き、子供では考えられないほどの魔力を使い敵をなぎ倒す姿に人々は驚嘆した。そして次々に戦場で活躍するルキに対して反発の声は少なくなっていったが、大人顔負けの魔力を誇り子供ながらに平然とした顔で敵を仕留めていくルキに恐怖を抱き始めた。人によって造られた魔法の怪物のようだと。そしていつしかルキは人の形をした魔導人形と忌み嫌われるようになり、一部からはそれを操る『ブレイブ』を畏怖の対象として恐れられるようになった。
そこまで仕向けたのはデュナミスであり、全ては計画の一端ではあるが勝手に悪意と恐怖を増長させて歪んでいく人間には笑いが止まらなかったという。
「面白いだろう? 戦いとは真正面から衝突する脳筋の戦法だけではないのさ。もはやあの国は一丸となっているとは言い難いだろうねえ」
「………」
そしてルキの魔力が一定のレベルまで成長したのを確認したデュナミスは、悠月の所へとルキを転送すべく行動を起こした。
任務で魔導人形の軍団と戦っていたルキの所属する部隊だったが、そこで予想を超える魔導人形の軍団が現れて部隊は全滅。守る対象であった村が壊滅してしまった。
命からがら敵を追い払ったルキが『ブレイブ』の本部へと講義へ行った。だが事前情報の誤りの件はもみ消されており、事実はルキの独断による壊滅という事で軍にも民衆にも伝えられていたのだった。
とんでもない被害を出した人類の裏切り者の汚名を浴びせられ、死刑は免れない状況へとなってしまった。そこで『ブレイブ』上層部はルキを危険な人体実験を行う刑を実行した。それは敵に対抗すべく作り出された魔導兵器という新たな武器の実験だった。使用者の魔力を吸い上げてそれを魔力弾へと収縮させて放つという物。だがその実体はデュナミスが開発した転移装置。使用者を一時的に魔力の粒子に変換して次元を超えさせる装置。常人では魔力に分解されたら二度と肉体に戻る事は出来ないが魔力結晶を身に宿すルキならば耐える事ができるという想定。もちろん理論上は上手くいくというだけであり、実際の成功例は無い。
そしてついに装置は作動し対象となったルキは魔力へと変換されて次元の彼方へと飛ばされた。
「無理に人間を飛ばしたせいか『アンリミテッド』の担い手が次元を超えたせいかは分からんが、その影響で次元の切れ目は増えて被害は拡張されてしまった。だが実験は成功。無事にこの世界にルキ・ハーディストを転移させる事ができた。後はこちらの魔導人形を操り、その魔導人形を追ってきた彼女を悠月の元に誘導するだけ。思惑は成功し、見事にお前とその妹の魔力は覚醒した」
「……すべて、お前の手の平の上だったって事かよ」
「賭けではあったがな。ここまでお前が思い通りに動いてくれるとは思っていなかったぞ。元の世界へと帰還し、手に入れた魔力を研究して計画は最終段階に入る。かなり複雑な魔力で少々時間は掛かるだろうが、一ヶ月もしない内にアステラス世界は我らの物となる。この次元も支配してやる!」
「……許さねえぞ、お前も協力した人間も。人の命を踏み台にしやがって」
「戦争とは綺麗事だけではない。正義が勝つのではない、勝った者こそが正義なのだよ。何もできない自分に震えているがいい! フハハハハハハハハハッ!!」
そう言った途端、デュナミスの身体は一気に燃え上がった。
あまりにも咄嗟の事で悠月が対処できないでいるとあっという間に炎は消えて後には魔導人形だった黒い燃えカスだけが残っていた。ついに魔導人形を捨てデュナミスは元の世界へと帰還してしまった。このままではもはや手の届かない場所で計画を進行されてしまい、いずれはこの次元も危機が及ぶ。
「……悠月っ!」
呼ばれた声に振り返ると公園の入り口からルキがこちらへと走ってきていた。
「遅くなってゴメン! 回復したこよりちゃんを家に送るのに時間が掛かっちゃって。敵は!?」
「……魔力をアステラス世界に送ってから燃えて消えた。デュナミスはあちらの世界に帰ったようだ」
「そんな……このままじゃあっちの世界が危ない。どうにかしないと……」
「どうにかするってどうやって? この世界にはお前を転送した魔導兵器は無いんだぞ?」
「えっ……? ゆ、悠月がなんでそれを……?」
「デュナミスから全て聞いたよ。お前が造られた魔導師だってこともな」




