シエル
――――――――――
壁の外…。
騙されて生きていた狭い世界と、本当のこの世界。
その二つの事実を突きつけられたブルーノの頭は最高潮まで混乱していた。
おまけに腕を後ろに回された上に手錠まで掛けられ、まるで犯罪者扱いを受ける仕打ちである、感情的にならない方がどうかしている。
連れて来られた先はもちろん、壁の外だ。
その光景を見た時は息を飲んだ。
幾多の工場が見えなくなるまで広がっており、資料でしか読んだことない程の戦艦が何隻もある。
そのうちの一つの他よりも一回り大きい戦艦にブルーノは連れて行かれた。
ブルーノ達が住んでいた安全な世界のすぐ隣には、こんなにも武器が置きっ放しになっている事を知らなかった。
連れて行かれた戦艦は迷路のように通路が分岐していて、連行する3人の大人は一切迷うことなく連れて行く。ここのクルーなのだろうか。
最終的に小さな部屋に連れて行かれた。いわゆる尋問部屋だ。
そこに手荒に座らせられる。睨むと、ブルーノと同じように睨まれ返された。街を救ったヒーローだともてはやされてもおかしくは無い活躍をしたにも関わらず、この扱いは不当だと声を大にして言いたい。
連れてきた大人たちはその部屋を後にした。
ブルーノが座る丁度反対側にはもう一席、安っぽいが椅子が置いてある。
きっと尋問官が座る場所だろう。
それよりブルーノは壁の中の事の方が気になって仕方なかった。
カールやフレンダ、さらには爺さん。無事なのだろうか、生きているのだろうか。
頭に血が上っていたブルーノは何も考えずに敵を吹っ飛ばした。その衝撃で…。
それを考えるとこんな場所にジッとしていることに不快指数が上がって行く。
何とかここから脱出出来ない物だろうか…。
四方八方から監視カメラで見られているこの空間からどうやって活路を見出せば良いのだろうか。
もぞもぞと動いてもビクともしない手錠、そもそもここから脱出してもICリングで正確に場所を把握されてしまう。
完全にどうしようもない。
頭打ちになっているとトントンとドアを二回叩く音が聞こえた。
間を開け扉が開いた。
ブルーノはそれを横目で確認する。こいつが尋問官か…。唾を飲む。
壁の外に脱出しようとしたクダラも捕らえられ…きっと…きっとこの光景を見たのだろう。
そして殺されたのか、はたまた刑務所に入っているのか。どちらにせよ、壁の外を見た人は戻って来ることが出来ない意味を悟った。
「どうも、よろしく。トレノだ。」
そう手を差し伸べてトレノという男は黒髪で比較的長い髪でくっきりとした二重瞼。その整った顔立ちには勿体無いボサボサとした髪。
「あなたが尋問官ですか。よくもこれから尋問する相手にそんな挨拶ができますね。」
嫌みたらしく、尋問官のフレーズを強調する。今更相手を挑発しようがしまいが、刑はきっと揺るがないだろう。
すると尋問官はカラッと笑って見せた。
「尋問官か…。残念だけど僕は尋問官じゃないよ。
この船、『ランクス』の艦長のトレノだ。改めてよろしく。」
「艦長直々に罰を与えるんですか?」
「まあ、そう警戒しないで。」
と言うとトレノ艦長は目の前の椅子に腰かけた。
「警戒も何も、俺は罪を犯したんですよね。なら処罰が下るのが当たり前で警戒するでしょう。」
ブルーノはここから脱出したい欲と、なぜ艦長が出てきたのか知りたいジレンマに苛まれていた。
「まあ確かに、処罰が下るのは当たり前…かもしれないが、私はここで1つ君に提案したい事がある。」
「提案?」
ブルーノは予想外の選択肢に耳を疑った。罰を受ける他に提案があるとは思いもよらなかった。
「ああ。
ここのクルーになって、共に私達と戦わないか?」
その言葉は異常なまでに不自然で、今後のブルーノの人生を大きく左右することを本人は直感した。
「そ、その前に、何と戦わなきゃいけないんですか!
俺にはわからない事が多すぎます!」
「おっと…そうだな。まず全てを君に話さないといけないみたいだね。」
そこまで告げると、トレノ艦長は「失礼」と述べてタバコを取り出して一本咥えて火をつけた。
「君が知っている通り、ここは地球ではない。地球を模して造られた人類の移民した最先端の地と言うべきだろうか。」
大体は予想できていたが、いざ直接言われてしまうとショックは大きい。
自分は騙されて今の今まで生きていたのか、思うだけで失望と憤りに感情を黒いペンキで無造作に塗られていく。
「話は大戦より前に遡る。かつての地球には、その青と緑の大地には有り余るほどの人類が存在した。いつしかその人類を抱えきれない問題と直面し、ここ月面都市に移住させる計画が立案された。そこから長い年月を費やし、ここの月面都市…『シエル』は完成した。
その直後世界は大戦に突入する。地球は一気に枯れ果てた荒野と化してしまう。生き残った人々は戦前と比べるとごく僅か。また、大戦で汚された地球は住むのに不適な環境となってしまった。
そこで、生まれて間もない子供達をこのシエルに送り、少しでもいい環境で育たせてあげたいと、数百もの子供を送り込んだ、何人かの大人とともにね。
そこで教えたのは、『ここは本当の地球なんだ』という事。その子供達が成長していき、そしてまた子供を産み…今の社会が形成された。
それがもういつの頃の話か…遠い昔だよ。
で、だ。私たちが戦うのは地球の人たちとだ。」
「地球に人は住んでるんですか…?そしてなんでその人たちと…。」
「地球はそこから奇跡的なまでに回復を見せた。人口こそ、未だ少ないが、技術の進化はめまぐるしい。そんな地球の人たちは、私たちが宇宙人に見えて仕方ない、との事だ。
それもそうだろう、自分たちの事を本当の地球人だと思い込み、生活している。元はいなかった人種だ。いつ、地球に行きたいだなんて言い出すかわからない。もし地球に降り立てば、別人種と嫌われ、いつしか戦争に成りかねないからね。
そうやって、生まれや育ちの違いで差別して、戦争…本来は何も変わっていないのさ…。」
「そんな…。」
ブルーノは言葉を失った。
自分たちは先ほど攻め込んできた人たちからは宇宙人に見られ、排除しようとされたのかと思うと胸糞悪くなった。
「そこで最初に戻るが、このランクスのクルーになって自由と平和を守ってくれないか?」
「………。」
一度に大量の情報を流し込まれて混乱していた。
「どのみち君は元いた場所に戻ることはできない。もう全てを知ってしまったのだから。」
「そ、そんな…。もし聞かなかったら戻れたんですか?」
「聞いても聞かなくても、勝手に軍事機器を動かした罪は極刑に値すると言っても過言ではないぞ。」
「……。」
ブルーノは反論できないもどかしさに悶えていた。
トレノ艦長はタバコを灰皿にグリグリと押し付けて火を消すと、腕を組んでブルーノの方をじっと見た。
「さあ、どうする?」
シンと静まり返る空間が針が心臓を刺すように痛い。
「俺は…。」
ブルーノの頬をひとしずくの汗が垂れ流れる。
「俺は誰かを殺すなんて事、したくありません。」
「ならば君は刑を受けても構わない、そういう事かな?」
「…誰かを殺すよりマシだと、俺はそう思います。自分に誰かの人生を終わらせる権利なんてありません。」
きっぱりと告げると、トレノ艦長は一息ついてこう述べた。
「君の勇気ある行動によって誰かの人生…守りたい人を救うことになるかもしれない。そう考えないのかな?
もしこのまま戦争が長引けば、救えたはずの命も失われるかもしれない。」
「戦わずに済む方法もあるはずです。同じ人間なんでしょう!?なら、わかりあえるはずです!」
「それができたら何も苦労はしないよ…。
だから私たちは皆、武器を取り、大事なモノを守るために戦うのだよ。
私たちは決して人を殺すために戦っているのではない…。」
そこまで言うとブルーノは黙り込んでしまった。その様子を見て、トレノ艦長は再びタバコに火をつけた。
その時だった。