戦闘
「フレンダ!逃げろ!!」
ブルーノはフレンダの方に向かって力の限り叫んだ。
――ビーッ!
それを邪魔するようにアラート音が鼓膜を刺激する。ブルーノがふと我に返って、ハッと後ろを振り返ろうとしたが、遅かった。
先ほどのビルに埋め込まれたストライザがマシンガンを連射する。その銃弾が丁度振り返ったエスペラントに全てヒットする。
激しく火花を上げながら、機体をふらつかせる。
「くっ!!」
左下の数値が少しずつ下がっていく。銃弾の雨の中、何とかストライザを立たせるのでやっとの思いだ。
ブルーノはこの機体の癖に足掻いていた。
ゲームのように簡単にバランスを取れる物ではない。大戦当時の記録によると、ストライザは本来なら1カ月の訓練でようやく二本足で歩く事が可能な程に難しい。それは承知の上だが、何か妙に反応が早い時もあれば、遅い時もある。そのこの機体の癖に悩まされていた。
「くそっ…。くそっ!!!」
地震のように揺れ動くコックピット、なおも容赦無く下がる数値、焦る汗が頬を伝う。
心拍数は興奮と緊張と不安で感じた事の無いほどにまで上がっていた。
そんな事も命がかかっている戦いとなると、お構いなしだ。
敵機はマシンガンを連射しながら近づいてくる。
このままだと間違いなく殺される、ここもここ一帯全て壊される、誰一人守れずに…。走馬灯のように友の顔が頭をよぎる。
「言う事を聞け!!!エスペラント!!!!!」
ブルーノが叫んだその瞬間、事態は急速に変化した。
『ロック解除します』
甲高い機械的な音声が流れた。
エスペラントは撃たれる中、機体表面に規則的なヒビが全身に入る。
次の瞬間、その銀色の装甲は全て剥げてしまう。
そして中から出てきたのは、純白な機体だった。
何の汚れも知らない純白、嫌でも目立つ純白だ。
「これは……。」
ブルーノはこの機体の真の姿にたどり着いた事に気がつく。
敵機はエスペラントが変わった事に見とれ、マシンガンを撃つことを止めていた。
「違う…さっきまでとは大違いだ…。
よし、行くぞ!エスペラント!!」
ブルーノはバーニアを再び展開、出力をMAXまで上げる。
サッと身構える敵機だが、根本的に違った。
為す術もなく、敵機との距離を詰める。物凄い風が巻き起こり、地上の軽い物質は巻き上がるように飛んだ。
エスペラントは敵機の両腕を掴むと、そのまま思いっきり腹付近に蹴りを入れる。
すると敵機の両腕は本当に金属でできているのか疑うほどに簡単に引きちぎれた。
先ほどまでのエスペラントの動きとはまるで別だ。
思うように動く、それはエスペラントが生きているようであり、恐怖的でもある。
大きな物音を立てて敵機は倒れた。
エスペラントはその上に跨り、拳を振り上げる。
「お前たちを…許さない!!」
鉄拳は敵機の顔面にクリーンヒット、粉々になった所で完全に敵機は動きを止めた。
「もう一機ッ!!」
エスペラントは素早く機体を反転させると、もう一機をロックオンした。
蛇に睨まれた蛙と言うべきだろうか、お互いが見合った瞬間に敵機は恐れの余りに動きを止めてしまった。
だが、やはり敵も腕利きのパイロット。状況を理解すると、バーニアを展開して元来た天に空いた穴に向かって飛び立ち全速力で逃げる。
しかし、それも無駄な事だと悟るのに数秒も要しなかった。
背後から忍び寄る、敵意を丸出しの純白の見慣れぬ機体が、すぐそばに近づいている事に気がついたのは、操縦者からすれば一瞬だっただろう。
それほどに恐ろしい加速力。
ヤバイ…そう感じた時には既に遅かった。
エスペラントが敵機の右足を掴む。
足にもバーニアが装備されていた上に機体バランスが取れなくなった敵機がフラフラとする。
当然、それを見逃すはずがないエスペラントはもう片方の足も掴んで、そのまま地面に急降下した。
そしてその機体を川沿いの土手に思いっきり叩きつける、叩きつけると言うより埋め込むに近い。
大地を揺らし砂埃を大きく巻き上げ、ビクビクと機体は足掻くも、その次の瞬間には完全に機能を停止した。
「はぁ…はぁ…はぁ…。」
ブルーノの呼吸は物凄く荒れていた。
左下の数値は62を示していた。
ブルーノの当初の目的は果たせた、が、それでブルーノは満足が行かなかった。
鋭く天井を見上げる。
穴がポッカリと開いた空。
青空に、まるでブラックホールのように広がる黒い世界。
そこが何なのか…ブルーノのわだかまりは全てそこに集中されていた。
再びバーニアを展開する。あの穴が、どこに繋がっているのか分からないが、後には引けない。と言うよりも責務にも感じる。
常識という概念が崩壊しかけている今は、その結果が何であろうと受け入れる覚悟はできている。
勢い良く飛び上がると、重力に逆らうように垂直に飛んだ。
最初は数ミリにしか見えていなかった黒い穴が、だんだんと近づいてくる程に増す緊張感。
それが数十メートルになった瞬間に、フッとワープしたように周りの青空は全てなくなってしまった。
その時は訳がわからなかった。
見渡す限り真っ黒い空間であったから。
それと同時にバーニアを閉じても機体は落ちること無く、空中を漂っていた。
「無重力…?」
ブルーノは無重力が宇宙を意味している事を知っている為に、地球から宇宙に飛び出したと思い込んだ。
そして今来た後ろを振り返った時に、全ての今までの自分が騙されていたことに気がついた。
そこにあったのは、青い惑星、地球ではなかった。
金属の丸い惑星であった。
そして、その惑星の遥か先には…青い星……そう、地球がポツンと点在していた。
「何だよ…これ…。」
先ほどまでの受け入れる覚悟はどこへ行ったのだろうか…ブルーノは困惑と絶望で言葉に詰まっていた。
自分たちが今まで生きていた空間は、ずっと地球だと信じて止まなかった。疑う者すら現れなかった。
だが、それは作られた世界だった。
この惑星の面積から考えると、およそ4分の1がブルーノの生きてきた壁の中の世界であった。
いつも見ていた青い空は、スクリーンに映し出されただけの、模造品だった。
――ピピッ
音が鳴り、見とれていた地球から目を離す。
ふと気がついた時にはストライザ4機に囲まれ、完全に銃を向けられていた。
「そこのストライザ、投降しろ。」
無線で男性の声が入ってくる。
「アンタたち、またここを荒らしに来たのか!」
とブルーノは威嚇する。
「私たちは違う、君たちの味方だ。」
「味方…?味方なのに何故銃を向けるんです!
僕はここを守ったんですよ!?」
「だが、そのストライザを奪った罪は重い。」
「仕方なかったじゃないですか!僕が行かなかったら、もっと多くの犠牲者は出ていましたよ!」
ブルーノだけ感情的になる。
「その件については感謝している。だが、これはこれ、それはそれだ。」
「くそっ…!」
「大人しく投降しろ。さもなければ、本気で撃つぞ。着いてくれば悪いようにはしない。」
「……わかりました。でも一つ条件があります。」
「何だ?」
「ここの秘密について教えてくれませんか?全部です。全部。」
ブルーノの目にはまだ諦めの意思は無かった。